(夜の散歩道上 7月15日の続き)
「オウッ」とコタロウの肯定する声がサキの耳元で小さく響いた。このタイミングで何を肯定したのか理解できなかったが、それはこれまでの固い発声ではなかった、静かな呟き、あるいは熱の籠もる誘い声とも聞こえる。
「これほど強く引き寄せてオウッだって。コタロウは私に関心を持っているんじゃないかな。女としての私サキに」
しかし疑いをすぐに打ち消した。
「まさかそんなことが起こるはずが無いわ。さっきお巡りさんにオウッとグワッを逆に通訳したから、その効果が残ってしまい、オウッグワッの意味合が逆転しているのよ。だってこいつは愛など知らないでくの坊じゃないか。コタロウが女を好きになる、愛するなんて出来ない。
私とは違う」
道行きの二人、確かめながら足先を揃えて歩む夜の道。左手には公園の森、新月闇夜の深い夜、今は木々すら寝静まる。
サキは無言にまま歩みを進めた。高い塀が続く。そして右手には小さな谷を形成する小川、夜の静けさにせせらぎ音すら聞こえてこない。モノレール駅まではゆっくりと、止まるごとく歩いたところで誰が気にするものか。2人を気にする誰かさんなんていやしない。人っこ一人が通りかからないのだ。
この夜道は二人だけのの道なのだ。追っかけフクロウ今度は「ホロホウ」と寂しく啼いた。
谷あいから夜霧がひたと寄せてきた。川の蒸気は白く暖かく、水銀灯を囲み包んで、その白い光芒は散歩道の黒い木立にぽっかりと浮き出た。歩道までうっすら白く霞みはじめた。
2人は手を組み指をからめて握りあった。
コタロウの掌の冷たさにサキは驚いた。温もりが全くないのだ。手を組み恋人同士を演出している敵方(あいかた)は冷血でくの坊なのだと知った。そして敵方を心配するのか、優しい声をかけた
「キミ寒くないの」
冷血人間に「寒くないか」は無意味な質問だ。彼らは寒くないのだ。コタロウは「グワッ」と返した。その意味はノー私は寒くない、あるいはイェス私は寒い、どちらかだ。
「追っかけホウホウのフクロウは寒くないかな」
「…」
「フクロウにも冷血種はあるの」
「…」
「君、冷血タヌキを友達に持っていない」
「…」
「じゃあ冷血のモグラっている」
コタロウは返事を探れない。
なぜサキはこのように意味のない会話を交換し始めているのか。
無意味な質問のとは、その繰り返しとは始まりなのだ。何かが始まると感じているから、サキは無意味質問を繰り返しているのだ。
モノレール駅に近づいた。
駅広場、そこには街路灯の光さえ消え入る広い闇がある。闇空間のうつろな陰に銀色の目玉を向けたコタロウ、冷たい眼光が闇奥に蠢く怪しい物体を認めた。
広場に漂う何モノかが、コタロウの銀色照射を受けて闇から浮き出た。最もそれを視認できたのはコタロウだけ、微細眼振のない冷血の目が気付くのだ。
コタロウは両の腕をサキの腰にまわし女の身を己の胸に引き寄せた。抱きしめられ中空に浮かんだサキは、突然の口づけでコタロウに責められた。
サキの唇を求め己のそれに強く重ねる。赤い唇は青い冷たい唇に苛まれた。熱い赤いあえぎが冷たい青に盗まれた。しばらく接吻が続く。
中空に持ち上げられたサキ。一瞬はもがき、乱暴な愛への抵抗を見せたがすぐに止まった。抵抗はそのフリだけだった。なぜって有無を言わさない抱きしめに、サキは抵抗など出来やしない。
手足も腰も力が抜けた。宙ぶらりんのサキは腕を落としだらりと脚をのばした。
「こんな乱暴な告白なんて、女の心を少しも分かっていない。コタロウ、やはり心は子供ね。
でもなんて冷たい抱擁なの、そして冷たい接吻」
初めての接吻を興奮しサキは冷たさに酔った。
黒い影が風の吹くように広場の闇から抜け、抱擁する二人に近づいた。
その影は密着した立ち止まり、二人の間隔を見極め、さらにじっくり見つめ見下ろしていた。接吻の様をじっと身じろぎもせず暗闇から凝視していた。
闇に向かい一声、「畜生」
悔し言葉を投げた。男の正体はイクオである。
(氷の接吻は最終稿に向け加筆中です。部族民通信(HP)に9月以降に掲載する予定です)
「オウッ」とコタロウの肯定する声がサキの耳元で小さく響いた。このタイミングで何を肯定したのか理解できなかったが、それはこれまでの固い発声ではなかった、静かな呟き、あるいは熱の籠もる誘い声とも聞こえる。
「これほど強く引き寄せてオウッだって。コタロウは私に関心を持っているんじゃないかな。女としての私サキに」
しかし疑いをすぐに打ち消した。
「まさかそんなことが起こるはずが無いわ。さっきお巡りさんにオウッとグワッを逆に通訳したから、その効果が残ってしまい、オウッグワッの意味合が逆転しているのよ。だってこいつは愛など知らないでくの坊じゃないか。コタロウが女を好きになる、愛するなんて出来ない。
私とは違う」
道行きの二人、確かめながら足先を揃えて歩む夜の道。左手には公園の森、新月闇夜の深い夜、今は木々すら寝静まる。
サキは無言にまま歩みを進めた。高い塀が続く。そして右手には小さな谷を形成する小川、夜の静けさにせせらぎ音すら聞こえてこない。モノレール駅まではゆっくりと、止まるごとく歩いたところで誰が気にするものか。2人を気にする誰かさんなんていやしない。人っこ一人が通りかからないのだ。
この夜道は二人だけのの道なのだ。追っかけフクロウ今度は「ホロホウ」と寂しく啼いた。
谷あいから夜霧がひたと寄せてきた。川の蒸気は白く暖かく、水銀灯を囲み包んで、その白い光芒は散歩道の黒い木立にぽっかりと浮き出た。歩道までうっすら白く霞みはじめた。
2人は手を組み指をからめて握りあった。
コタロウの掌の冷たさにサキは驚いた。温もりが全くないのだ。手を組み恋人同士を演出している敵方(あいかた)は冷血でくの坊なのだと知った。そして敵方を心配するのか、優しい声をかけた
「キミ寒くないの」
冷血人間に「寒くないか」は無意味な質問だ。彼らは寒くないのだ。コタロウは「グワッ」と返した。その意味はノー私は寒くない、あるいはイェス私は寒い、どちらかだ。
「追っかけホウホウのフクロウは寒くないかな」
「…」
「フクロウにも冷血種はあるの」
「…」
「君、冷血タヌキを友達に持っていない」
「…」
「じゃあ冷血のモグラっている」
コタロウは返事を探れない。
なぜサキはこのように意味のない会話を交換し始めているのか。
無意味な質問のとは、その繰り返しとは始まりなのだ。何かが始まると感じているから、サキは無意味質問を繰り返しているのだ。
モノレール駅に近づいた。
駅広場、そこには街路灯の光さえ消え入る広い闇がある。闇空間のうつろな陰に銀色の目玉を向けたコタロウ、冷たい眼光が闇奥に蠢く怪しい物体を認めた。
広場に漂う何モノかが、コタロウの銀色照射を受けて闇から浮き出た。最もそれを視認できたのはコタロウだけ、微細眼振のない冷血の目が気付くのだ。
コタロウは両の腕をサキの腰にまわし女の身を己の胸に引き寄せた。抱きしめられ中空に浮かんだサキは、突然の口づけでコタロウに責められた。
サキの唇を求め己のそれに強く重ねる。赤い唇は青い冷たい唇に苛まれた。熱い赤いあえぎが冷たい青に盗まれた。しばらく接吻が続く。
中空に持ち上げられたサキ。一瞬はもがき、乱暴な愛への抵抗を見せたがすぐに止まった。抵抗はそのフリだけだった。なぜって有無を言わさない抱きしめに、サキは抵抗など出来やしない。
手足も腰も力が抜けた。宙ぶらりんのサキは腕を落としだらりと脚をのばした。
「こんな乱暴な告白なんて、女の心を少しも分かっていない。コタロウ、やはり心は子供ね。
でもなんて冷たい抱擁なの、そして冷たい接吻」
初めての接吻を興奮しサキは冷たさに酔った。
黒い影が風の吹くように広場の闇から抜け、抱擁する二人に近づいた。
その影は密着した立ち止まり、二人の間隔を見極め、さらにじっくり見つめ見下ろしていた。接吻の様をじっと身じろぎもせず暗闇から凝視していた。
闇に向かい一声、「畜生」
悔し言葉を投げた。男の正体はイクオである。
(氷の接吻は最終稿に向け加筆中です。部族民通信(HP)に9月以降に掲載する予定です)