(2025年8月27日)ボロロ族男たちは文化村から逃げ出す用意を整えた。身支度といっても弓矢に楽器マラカス、頭飾りだけで身軽この上ない。その晩イッポラキッテに手筈を説明するマンナコロ「まず男どもが脱出する、元の村の修復を手掛ける。3~4日もあれば夜露はしのげるほどの小屋が立ち上がる。したら使いを出すから、女たちがガキを連れて逃げてくる」
「合点した、私たち女もこの文化村には辟易だよ。自然の広さがないから」採取は女の天職だが、文化村の閉鎖環境では満足いくバナナ、パパイヤが集まらない。「でもあいつは毎日、見回りに来る。男の姿が見えない事態をなんて説明するのかね」「狩り祭りに行ったとしとけ」
女子供の避難も完了し、ボロロ大脱走劇は無事成功した。「男はお祭り、女はバナナ合戦で文化村はしばらく無人」宣教師エンリケはすっかり担がれた。

文化村から大脱走して、急ごしらえで立ち上げた男屋。簡素。

こちらは本来の男屋(熱帯雨林研究会サイトから)
今の日本に喧しい「選択的夫婦別姓」。導入となれば法改正が必須なわけだが、さて実現するだろうか。部族民は個別住宅を拒否したボロロ族の境遇を横目に見ながら予測したい。
夫婦別姓の運動には一つの特異が見受けられる。主張するのは女のみ。運動を進めている女性は「姓を替えての社会生活の不便」を声高にする。社会運動であるなら利便のみを語らず、理念、すなわち家族形成における「別姓の価値」も聞きたいところだか、今のところ聞こえていない。ともかく女が不便を言い続ける。しかし隠された思想は垣間見える「女権拡張、フェミニズム」と言い切れるのではないか。
別姓運動家の女史でネットに露出しているから、それら女個人は特定されていると思われる。しかし事情を一切知らない部族民だから、「フェミニズム」は憶測に過ぎないけれど、そう巡らすと「自身の姓にこだわる女性が、子の姓を決める時点で夫に譲る筈がない」(あるSNSインフルエンサー)の指摘も理解できる。
家庭で分裂が深まる。鈴木一夫さんと佐藤花子さんは別姓夫婦です。愛の結晶の長男が授かり、姓を決めるときに花子さんは、結婚を決めたときと同様、自己の佐藤姓を譲らない。一夫は「じゃあ次の子は鈴木」と譲った。2子3子と設けたが、花子さんは譲らない「子同士で姓が替わったら学校でいじめられる」。
鈴木一人に佐藤4人のハイブリッド家族が出来上がった。夫鈴木は少数派の居心地の悪さを気にし始めた。子が成長するにつれ、別姓の父を疎んじるのである。特に長男の治がひどい。「あなたの部屋は大きいから治に譲って」花子の命令口調だった。「オレはどこに行くのか」「玄関わきの部屋」「物置じゃねえか」「氏違いのよそ者は譲歩するんだ」が治の極めつけ、最後通告だった。
この状況はまさにボロロ族である。レヴィストロース神話学第一巻「生と調理」の第一神話(M1)はボロロ少年と父親の相克を淡々と謳っている。父親に断崖に遺棄された少年、死にかけてトカゲを食って生き返り村に戻った。今度は少年が父親を川に押し出しておぼれ死にさせる。ボロロ族は強固な別姓信奉である。しかし男は女居宅に住まない。鈴木佐藤の別姓夫婦が子供を巻き添えに、いがみ合うのは日本式の文化住宅(個別住宅)に住んでいるから。夫婦別姓はいずれ家族解体になると部族民は「預言」する。
ボロロ族、夫婦別姓に泣く 了 (8月27日)
追記:他民族、他国家の制度を探ると;アメリカ:同姓、複合姓、別姓が可能。事実上、夫婦同姓を名乗ることが多い。イギリス:法的には規定がなく、夫の氏を称するのが通例。スエーデン:同姓・複合姓・別姓が選択できることが明文化された婚姻法が施行された。ドイツ:夫婦の姓を定めない場合は別姓になる、選択的夫婦別姓となった。フランス:婚姻によって姓が強制的に変わることはない(別姓)。慣習的には妻は夫の姓を名乗る。(Google AIによる)
選択的別姓が世界の大半を占める。一方で「名乗る」「通例」として対外的には夫姓を使う国も多数。ここで留意する必要は、これら国々には「戸籍」がない点です。国民の記録とは「個人単位」での出生、結婚(離婚)、死亡のみである。出生届には医師(病院)の証明を添付し、結婚届けは両性(ときには両人)の合意書、死亡届けは医師の証明。これら受理証が個人記録であり自身で管理する。個人表(アイデンティティカード)、パスポート申請の拠り所として働く。
家単位の記録(戸籍)を持つのは日本以外では中国、韓国。両の民族は別姓です。家族を同姓の単位として固定する制度は世界で日本のみです。日本人の多数が同姓家族にこだわる背景には、確固とした戸籍制度が維持され、それが個人の特定につながる安心感が底流に潜むからと部族民は感じております。
「合点した、私たち女もこの文化村には辟易だよ。自然の広さがないから」採取は女の天職だが、文化村の閉鎖環境では満足いくバナナ、パパイヤが集まらない。「でもあいつは毎日、見回りに来る。男の姿が見えない事態をなんて説明するのかね」「狩り祭りに行ったとしとけ」
女子供の避難も完了し、ボロロ大脱走劇は無事成功した。「男はお祭り、女はバナナ合戦で文化村はしばらく無人」宣教師エンリケはすっかり担がれた。

文化村から大脱走して、急ごしらえで立ち上げた男屋。簡素。

こちらは本来の男屋(熱帯雨林研究会サイトから)
今の日本に喧しい「選択的夫婦別姓」。導入となれば法改正が必須なわけだが、さて実現するだろうか。部族民は個別住宅を拒否したボロロ族の境遇を横目に見ながら予測したい。
夫婦別姓の運動には一つの特異が見受けられる。主張するのは女のみ。運動を進めている女性は「姓を替えての社会生活の不便」を声高にする。社会運動であるなら利便のみを語らず、理念、すなわち家族形成における「別姓の価値」も聞きたいところだか、今のところ聞こえていない。ともかく女が不便を言い続ける。しかし隠された思想は垣間見える「女権拡張、フェミニズム」と言い切れるのではないか。
別姓運動家の女史でネットに露出しているから、それら女個人は特定されていると思われる。しかし事情を一切知らない部族民だから、「フェミニズム」は憶測に過ぎないけれど、そう巡らすと「自身の姓にこだわる女性が、子の姓を決める時点で夫に譲る筈がない」(あるSNSインフルエンサー)の指摘も理解できる。
家庭で分裂が深まる。鈴木一夫さんと佐藤花子さんは別姓夫婦です。愛の結晶の長男が授かり、姓を決めるときに花子さんは、結婚を決めたときと同様、自己の佐藤姓を譲らない。一夫は「じゃあ次の子は鈴木」と譲った。2子3子と設けたが、花子さんは譲らない「子同士で姓が替わったら学校でいじめられる」。
鈴木一人に佐藤4人のハイブリッド家族が出来上がった。夫鈴木は少数派の居心地の悪さを気にし始めた。子が成長するにつれ、別姓の父を疎んじるのである。特に長男の治がひどい。「あなたの部屋は大きいから治に譲って」花子の命令口調だった。「オレはどこに行くのか」「玄関わきの部屋」「物置じゃねえか」「氏違いのよそ者は譲歩するんだ」が治の極めつけ、最後通告だった。
この状況はまさにボロロ族である。レヴィストロース神話学第一巻「生と調理」の第一神話(M1)はボロロ少年と父親の相克を淡々と謳っている。父親に断崖に遺棄された少年、死にかけてトカゲを食って生き返り村に戻った。今度は少年が父親を川に押し出しておぼれ死にさせる。ボロロ族は強固な別姓信奉である。しかし男は女居宅に住まない。鈴木佐藤の別姓夫婦が子供を巻き添えに、いがみ合うのは日本式の文化住宅(個別住宅)に住んでいるから。夫婦別姓はいずれ家族解体になると部族民は「預言」する。
ボロロ族、夫婦別姓に泣く 了 (8月27日)
追記:他民族、他国家の制度を探ると;アメリカ:同姓、複合姓、別姓が可能。事実上、夫婦同姓を名乗ることが多い。イギリス:法的には規定がなく、夫の氏を称するのが通例。スエーデン:同姓・複合姓・別姓が選択できることが明文化された婚姻法が施行された。ドイツ:夫婦の姓を定めない場合は別姓になる、選択的夫婦別姓となった。フランス:婚姻によって姓が強制的に変わることはない(別姓)。慣習的には妻は夫の姓を名乗る。(Google AIによる)
選択的別姓が世界の大半を占める。一方で「名乗る」「通例」として対外的には夫姓を使う国も多数。ここで留意する必要は、これら国々には「戸籍」がない点です。国民の記録とは「個人単位」での出生、結婚(離婚)、死亡のみである。出生届には医師(病院)の証明を添付し、結婚届けは両性(ときには両人)の合意書、死亡届けは医師の証明。これら受理証が個人記録であり自身で管理する。個人表(アイデンティティカード)、パスポート申請の拠り所として働く。
家単位の記録(戸籍)を持つのは日本以外では中国、韓国。両の民族は別姓です。家族を同姓の単位として固定する制度は世界で日本のみです。日本人の多数が同姓家族にこだわる背景には、確固とした戸籍制度が維持され、それが個人の特定につながる安心感が底流に潜むからと部族民は感じております。