蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

鏡よ鏡(ブログ名=抱き合い心中...)のホームサイト投稿

2021年02月26日 | 小説
17から24日に4回に分けて投稿した「抱き合い....クロワッサン」を部族民通信ホームサイト(WWW.tribesman.net)に「鏡よ鏡」として投稿しました。ブログ似ては言及しなかった人の思考の鏡像化現象(ラセミズム)についても一節を設けた。ぜひご訪問を。

ラセミズムについてのパワーポイント説明。
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抱き合い心中魔鏡クロワッサン 4 (最終)

2021年02月24日 | 小説
(2021年2月24日)「こっちは襟を正して覗くのだけれど、ひどい顔を返してくる。美を貶めて醜にダウングレードする、下手に出るとつけあがる典型ですよ」
大騒ぎながらも正と両側を鏡に見させてなんとか10秒が終わった。
「ご苦労であった、下がってよろしい」
「鏡に裏と表の心を持たせてはなりませぬ。世界と宇宙の表出に悪質な作為を加味させぬよう、日頃の躾けを心がけてくださいませ」
「心得た」
フデ女の引き下がりを見届け、
「どうだ、出来そうか」
「三次元の女面はしかとメモリーに入れた。眉から首筋まで各部品の規格も承った。部材と加工の手順が揃ったといえる。あとは組み立てに進むだけ」
「頼んだぞ」
鏡面からざわめきが消えた。いかなる影も表出していない。風が落ちた湖の隠れワンドの趣が漂う。来る瞬間を待ち望む老人の、逸る心だけが落ち着きを欠いた。
「小煩いと思われたら心外だ、しかし失敗は許されないぞ。今度こそ…迅速に…誤りを排して…」
ハタパタと鏡が揺れた。老人の催促を厭がる心情がせわしない揺れに見て取れる。
「くどいと疎まれるは残念なるも、念には念の教えもある、繰り返えそうぞ…手落ちがあっては…言い訳なし…」
揺れがひとしきり続くうえ振幅も大きくなってきた。
「これ鏡、焦るではない。要求がおまえの技量を凌ぐと我は知る。故に落ち着くのだ、時間を掛けても迅速に、丁寧作業といって大胆心を忘するな…」
鏡の揺れが止まった。白濁のモヤが鏡面を覆い始めた。その奥に人型らしい影が認められる。
「鏡の裏に何やらが見える。少しずつ近づいてくるぞ、これからおまえが映し出そうという顔影はアヤコ様となるか、あるいはそれを越すのか」影の近づきに合わせ老人の声が大きくなる。
立ち姿が半身に拡大し、その半身から顔面クローズアップが始まらんとする瞬間に入った。手を握り歯まで食いしばり見つめる老人の小煩さは大騒ぎとなり、もう怒鳴りまくりだ。
「いいな、眉は三日月、瞳は黒く輝いて、四方に放つ光状なんかは限りなく青い真っ黒…ワー」
「旦那様、ワーとは何が起こったので」衝立の陰からフデ女。
「フデか、何でもないのだ。少しだけ興奮したが落ち着いた。さあ、ここが勘所だ、顔の輪郭が浮き出たぞ。まだぼんやりだ。おぉ、各部品がくっきりし始めたぞ。ずずんずずんと見えてきた」
「何が起こりました、ずずんとか」
「何でもない、独り言じゃ、あっちへお行き」
「どうだ、出たぞー」は鏡の渾身の叫び。
「ワーゥオー」感銘した老人の叫びはもはや祈り。祈りに込める感動は歓喜かあるいは、
「アヤコ18才を令和の今に蘇らせたのだ。おい老人よ、何とか言え」
拝みの合わせ手で鏡の表を凝視する老人が、何とかの一言を喉から絞り出した。
「違うぞ、前と前の前と変わらん」
「そんなことはない、三日月、煌めきの青…全部揃っているじゃないか」
「前とはフデの覗き面、その前は最初の再現面。それらと今見せているこの面はすっかり同じだ」
「と言うことは」
「炭棒眉に炭団目玉、団子鼻にタラコ…」
「なんと、一向に進歩がないとは」
「儂はお前に図面のすべてを教えた。輪郭と部材の規格、それらの許容値まで。お前はヨーガスガッテンと請け負うが早呑み込みしているだけ。一向に製品が出来てこなかった」
「くすん…」
「軽皇子が所有していた鏡との性能の差は雲泥じゃ」
「月とすっぽん、太陽とコオロギ」
「それは儂の台詞だ。今度という今度はお前に愛想が尽きた。こうしてやる」
手元にあったドライバーで鏡面を叩いた。
「人殺しー」
老人は人を殺していない。しかし鏡を割った。
「がっちゃん、パリパリ」
打撃点を中心に蜘蛛の巣状のヒビが鏡面全体に入った。かろうじて破砕鏡面の崩落は発生しなかった。「ひゃー」が断末魔のあきらめ、もう鏡が話しかけることはない。
「なにが起きたのですか、一五郎とか聞こえました」
ただならぬ気配を察し、今度は書斎に乗り込んだフデ女。
「お前には良い報せであるぞ。この鏡の根性悪さは矯正できなかったから、少しだけ強く叩いてやったのさ」
「それは善行ですね。じゃあ、覗いてやるから。あらまぁ今はすっかり反省しているわよ」
「そんな筈はあるモノか、割れ鏡なんて死んでると同じだから」
老人が鏡を覗いた。なんとアヤコ様がそこに浮き出ていたのだ。
「これが正しい私の表情よ、うっとりするでしょう、もともと美形だもん。ひび割れるまで折檻を受けたから根性が良くなった鏡が、宇宙現象をそのまま反映していると理解したわ」
フデ女がうっとりこの顔を、己の正しい影と勘違いするほどに綺麗だった。
炭団眼の不美人相とアヤコ様の美形、両の見せかけ差は紙一重であった。


クロワッサンの極意とは出来たて熱いうちに食べる、バターを塗る(ノルマンディカーン産の発酵バターでなければ風味が落ちる)さらにConfi de ceriseさくらんぼジャムを載せる。コーヒーはエスプレッソ(湯気で機械式に抽出する)の苦味と合う。これらを用意できるのはホテルとなる。食べる人は彼の地であればB.Bardot,日本ではやはりアヤコ様だ。老人がこれを食べると冷やかされる。


追:翌朝、K老人は所用あって日野バイパスに出た。モーニングが充実しているとの評判喫茶店でコーヒーを楽しむとした。サービスに指定したクロワッサンに合わせようと、深煎りコーヒーミルクなしを注文した。出来たて熱々クロワッサンにサクランボジャムをべったり塗って三日月の尻を囓った。母と子が彼の前を通る。
「坊や、サービスに何を頼む」
「クロワッサンって何」
「あのおじさんが食べている」
子供はK老人を真ん前から指さし大声で「この人はクロオッサンだ」母と子が笑い転げた。
「怒らないさ、だって不美人と美形の逆相差の大原則を昨日発見したのだから。整合している顔が不美人で美人はその歪みであると」K老人の独り言であった。

抱き合い心中魔鏡クロワッサン 了(2021年2月24日)
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抱き合い心中魔鏡クロワッサン 3

2021年02月22日 | 小説
(2021年2月22日)鏡の要求は女の真顔、すなわち3次元の顔。美形であればうってつけなのだがK老人宅に、どこを探そうとその美形が見つからない。首実検ボランティアに白羽の矢がたったのはフデ女、細君。「オフデや、これオフデはおらぬか」「ハァ~イ、旦那様」までが前回。

「旦那様、なんの御用で」
奥方の出で立ちはというと普段着下ろし結城の筒袖、割烹着、床掃除の最中だったとは姉さん被りで察しが付く。スティック式の埃拭き取り棒を片手にして、書斎コーナーに入りこんだついでとばかり、油浸モップで床を拭き回し始めた。
「これ、今は掃除する時ではない。ここに座って頼み事を聞いてもらう算段なのだ」
老人は籐の丸椅子を出した。
「他でもない、話というのは鏡のことだ」
「この鏡ですかね」
フデ女は指しながら不機嫌を隠さない。なぜ鏡を嫌うのか、老人は気に止めるも依頼事を進める。
「ちょいとばかりの間、覗いてくれないか」
「その程度なら厄介事ではないんですが、気乗りはしない」
「鏡を覗く、ただのそれだけ。左様な瑣事にも気乗りせんと。仔細を隠すようじゃな」
「ちょくちょくこいつを覗くんです。その都度気分が悪くなる。なぜって私の顔がやけにいびつに映ってしまう。裏に何かの仕掛けでもあるんじゃないかと疑るほどです。
覗きたくはない」
フデ女が疑る仕掛けは大アリ。床掃除が終わったモップを鏡にあてたら力いれ、腕ごと面をしごく。このゴシゴシを持ってフデ女床掃除の打ち止めとなる。しかしその先端はそれまでK宅床の全表面を拭き回ししていた汚れのモップ。埃ごと押しつけられるとは、幾層にも固まった床ゴミに撫で回される事となる。これが屈辱、鏡は気に入らない。「あらま、鏡もすっかりキレイになったこと」と覗いた頃にはゴシゴシが終わった。鏡の不満も頂点に、フデ女の面が理不尽にも歪んでしまう原因とはこの手順であった。

「一皺の崩れるスキのないこの顔(カムバセ)、スンとすなおに流れる鼻の筋がなんとブタかオシシの団子ふくれ鼻に劣化変態してしまう。それだけでは有りませんコト。炭団目玉タラコ口、いけシャアシャアとそれらを貼りつけるこの鏡の図太さには呆れるほど」
「フッフッフ」
フデ女の不満文句にK氏は失笑を隠せなかった。先ほどから鏡に見せつけられていた不細工顔の原因がモップゴシにあったのだ、鏡にとってトラウマだろうと。
「なぜに笑っているのです、不細工顔が楽しいのですか」
たった今までその不細工を見せつけられていたとは答えられないK老人、
「笑ってはおらぬ、幾分か悲しんでいたのだ。誤解を招いた嗚咽を許せ」

神話学第3作「食事作法の期限」でのヒロイン「プロンジョン」


鏡の魂胆とは再現性の放棄に行き着く。境界が面にあるとするとその内と外、別の結界を造るが意図であろう。レヴィストロースは神話学3巻目「食事作法の起源」で鏡が写す像は面の内に在るのか、外に立つ像なのかの疑問を呈した。しかるにこの鏡の個体に関しては鏡面裏の世界を人が覗いているとは明瞭だ。魔鏡たる所以がそこに、そしてフデ女にすらその作為に怪しみを向けられている。
その時どこやらか、柱の影か壁の奥、だみ声ながらキンキン響く声。
「あの顔でジョートージョートー」二人に聞こえた。
「何かおっしゃいました、旦那様」
「何も言っておらぬ、それどころか何も聞こえてない。オッホン、無駄口するなと命じたろう」
聞こえよがしの小声は鏡に向かった。不満らしき「フーム」声が再びが柱の脇から。
フデ女に向きなおり改まった口調でK老人は、
「この鏡には裏の細工があるかもしれぬ。というのも表側、これが鏡の前であるわけで、そのままの現実世界であり、人の姿形も生きるままそこに在る。姿と像光と影の一致、これは宇宙律である、別の言い方で真理。しかしこの鏡は宇宙真理を忠実に再現していないと睨んでいる」
フデ女「おおせのとおり」同意する。
「そんな不実が有ったとしたら調整、いや矯正かも知れぬ。懲らしめると考えている。
先ほどの願いとはこの観点からして宇宙律を糺す悪懲罰の意味もあるのだ。ちょっとだけ覗いておくれ。2,3秒でいいのだ」
「そりゃ無理。正と左右の側にそれぞれ3秒が必要だな」ダミでキンキン声がまたしても柱辺りから。
「10秒か、しかと聞いたぞ」は独り言風の返事。

「よいかフデ、まず鏡を正面に捉え3秒、左向いてそして右に向く。それぞれの側面に3秒を保つのじゃ。角度移動に秒差があるからすべてを合わせて10秒の作業となる」
懲罰目的の願いとあってフデ女は受け入れた。立ち上がり割烹着下の結城の襟を正してひょいと鏡を覗いた。騒動の始まりだった。
「ブッハー」大笑いでフデ女が鏡面にむかって吹き出した。
「やり過ぎの見え見えだわさ。いくら何でも私ってこんな顔をしてませんよ」
「どれどれ検分して存じよう。正面の位置も角度も変えてはならないぞ」
横から覗きこんだ老人が鏡に認めたその顔は、まさにフデ女自ら吹き出した炭団とかタラコの集成であった。フデ女はそこまで漫画的ではない。そしてそれらパーツが「これがアヤコ様」と老人に押しつけられたごったまぜだったのだ。

抱き合い心中魔鏡クロワッサン 3 了 (2021年2月22日)
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抱き合い心中魔鏡クロワッサン 2

2021年02月19日 | 小説
(2021年2月19日)K老人と書斎魔鏡とのやりとりを続けます。
K老人が「汝め、鏡」と指を突きつけなぞった鏡面にポカリ映し出されたその美形とは。老人のいきり立ちの弁を聞こう、
「違うぞ。アヤコ様とは月とすっぽん、太陽とおかめコウロギ、晴天と沼地ぬかるみ、集中豪雨と時雨の差があるぞ」
見れば見るほど大違い、見据えるに気落ちする欠陥だと老人が憤ったのだ。
最も気落ちする差は眉、左右の仕舞い尻が西に溶け込む三日月の下端を思わせる端麗さが本物。ここに見えるその眉は一本の黒い短棒、備長炭の置きつけそのもの。より落胆してしまう乖離は瞳にあった。雪だるまではあるまいがこの眼は単なる黒丸、炭団のはめ込み。炭団は黒い、本物の眼も黒い、真っ黒だ。けれど色の加減をを比較したって何もならない、本物には炭団にはない、心臓がドキリ惑う魅力が潜むのだ。視線をフト伏し目に落とすその刹那、黒いけれど限りなく青い瞬きが、幾つかの光状で放たれる。その青さと黒さが周囲に冷たくやるせなく散乱する。これが美なのだ。

「オシシ」人形(中華圏)見れば見るほど可愛い


その他、いろんな美醜の隔たりを老人がまくし立てたのだが、紙面の都合でカットした。反省を籠めた鏡の言いぷりは言い訳に聞こえる。
「実は私め、アヤコ様なるお方を知らず、60年前のアヤコ様を再現しろとさらなる難題を突きつけられ、困ってしまった。そこで世間一般に通用する万能美人の面を出せば納得してもらえるとテキトーに手抜きしつつ再現したのですわ。バレたかな」
「似ていないけれど美人だったらまあ許す。お前も気付いているだろうが、儂は男盛りで度量の広い男なのだから。しかしながら、この団子っ鼻とタラコ口ではその端くれにもとどかない」
「度量とか男盛りなんて形容には理解出来ないけれど、全体として言い分は分かりました、作り直しまっせ。要は三日月、青い煌めき、団子鼻は止めてつんとがりでよろしいのですね」
「口元もタラコより上品なヤツ、そうだな紅ホオズキみたいにしてくれないか」
「ようがす、それじゃあほいきた、これだ」
「ムムム…」
「その気になればオレって出来るんだ。どうだい令和版アップグレーデッドアヤコは」
「面構え、さっきと少しも変わっていない」
「て言うことは」
「美人と異なる範疇、手抜きバージョン、下位グレード」
がくんと肩を落とした鏡、
「無理だったのか。悲しいけれどその原因に我は思い当たる。生まれて、磨かれてが正しいのだが、以来美人に出会ったことがないから、美人なる概念を持たず、それ故、美人映像化が出来ないのだ」
磨いた工員は50歳代の女性、磨き上げて検品に鏡を覗いた。しっかり自分の年増の様が映っていると満足して、すぐさま包装された。
「その彼女は普通ながら美形でなかった、それが敗因だ」
開いて展示されたのが100円均一の化粧用品売り場。たまに覗きに来る女性にアヤコ様を彷彿とさせる若作りは居なかった。幾分か老け込んでいる女性を含めても三日月、瞳の青光りは居なかった。

「するとお前はこれまで一度も美人を見たことがないとか。不幸なヤツだ」
しかしすぐさま解決策を思いついた老人。その提案は、
「コウしよう、若いときに買い集めたブロマイドを幾葉かを隠し持ってておる。それを美人の典型としてお前に見せてやる。その顔を覚えたらアヤコ様を再現できるだろう」
「…..」鏡は黙った。次に不同意を表すかのとんがり口で、
「ブロマイドは写真です。2次元の再生となります。それを私に見せたところで、2次元面しか再現できませんわ。それならコピー機のほうが性能ははるかに良い。我ら鏡族の自慢は3次元面をこの鏡面、2次元に映し出すんです。そんな折衷案はまっぴらご免です」
「急に鼻息が荒くなったな、一理あるからその言い分を聞いてやる。そうかと推察しておって、もう一つの解決策はすぐにも実行できる手はずなのだ。
しかしお前、しばらく口をきくのではないぞ。相手がびっくりするから」
「同意」

老人は背筋を延ばし両の腕を高く上げポンと叩いた。
「オフデや、これオフデはおらぬか」
「ハァ~イ、旦那様」
オフデは細君、書斎と称す一角を仕切る衝立から首一つを出した。
「何かご用で」
「そちに頼みがあって、なに簡単な事だ。すぐに済む、入って参れ」
「ハ~ィ」
魔鏡クロワッサン抱きかかえ心中 2の了(続く)

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抱き合い心中魔鏡クロワッサン 1

2021年02月17日 | 小説
(2021年2月17日)流れも急瀬に鏡を吊るし、幣で祓って穢れを除きその鏡面に呪いを掛け、衣通姫の顔(カンバセ)を浮き上がらせた。影を抱いて姫と「共に」軽皇子は入水した(古事記軽皇子の段)。この逸話を部族民通信はブログとホームサイトに掲載した(本朝婚たはけ2000年)。記事に接し一方ならぬ感銘を覚えた者がK老人である。さらに老人は奇妙な経験を経る。そこで考えた、
「ブカンコロナ禍で散歩を自己規制しているけれど、この話には驚くだろうな」早速報告にとチャビ公(部族民犬)を引き連れ、渡来部(部族民通信の発起人)を訪れた。
以下はK老人の語りを書き取った渡来部出稿のブログです。

魔鏡を語ったK老人(背景は縄文小屋)

部族民犬のチャビ公

その朝のK老人、一人書斎。「本朝婚たはけ2…」を読み終わり、思わずはたと膝を手で打った。「これだ~」感嘆叫びは書斎を抜け廊下に伝い響いた。書斎としたが実は机を置いた部屋のタダの隅っこ、廊下は筒抜け。
「なんとも哀しい物語であるのう、実の妹とはいえ育つ里は別であったのだろう。それ故、初に出会ったときにその美しさに感動し、以来、一時も姫を忘れられず、純情まっしぐらはひたむき一途、恋いの焦がれに身がだえる。寝ては姫、起きても又「ヒメ~」。皇子ひたむき心に理解も及ぶというものだ」
「旦那さん、なにに感動してますのか」
脇からかかった声は上っ調子で人のそれには聞こえない、
「お前か、朝寝から目覚めたか、この経緯その結末を知るとはお前にも必ず役に立つだろうから一席、聞かせてやろう」
「私めカガミにすら役立つとは、さぞかし徳のお高い方の…」
カガミとは鏡、髭の伸び具合を確認するため。書斎の柱に据え付けたのは半年の以前である。話しかけられた初っぱなこそ気分を害した。鏡ごときに声を掛けられる、K老人は不快だったが白雪姫物語で鏡は喋ると思い直した。おっつけ上っ調子の喋り口に慣れた。
鏡に向かい皇子の悲恋譚を、その結末まで一通り語った。しかし鏡、一向に感動する素振りを見せず柱脇から、
「ナンですが他人の顔を浮き上がらせるってやり口なんざぁ容易い芸ですわ。さらに言っておきますが鏡は覗いている本人を反射させている訳ではない。この辺りを人様は誤解しまくりです。私に限らず鏡内側には独自の虚構世界が存在している。覗く顔を幾分ねじ曲げて、時にはすっかり変えて映し返すのですわ。だから時に、見る人がいなくても浮き上がらせる、それが鏡の能力」
「100均の安売り一品分際にしては聞き慣れないコトを言い出すやつじゃ。でもそういえばレヴィストロースも人が見ている影は鏡の内か外のワレなるかの難題を神話学3巻で問いかけていたな。鏡の内外は別件として、我としてとある一点が聞き捨てできない。汝、他人の顔を浮き上がらせると申したな」
「お察しの通り」
「皇子が愛用した鏡はその通りの芸を見せた。だから皇子は入水できたのだ」
「私だってその芸当はできます」
「それはマコトで真実、偽りなくねつ造ですらないのか」
この問いを幾度か鏡に向けた。老人への答えは「しかるに、まさしく、ご指摘通り」肯定のみが反ってきた。
とある計画をK老人が思いついたのだ。「それなら汝…」老人の声は改まった口調。その企てはなおさら特異。狙いに気づいて鏡ははっと震えた。
「誰かさんの思い出顔なんかを鏡に映してくれだって。すると今の軽皇子ですよね。その顔共に、ってことはこの私を道連れに浅川入水する魂胆は丸見え。私は協力できません、抱き合い心中はお断り」ブルブル。
鏡に限らない、老人との心中は誰もが避ける。震え声を聞いて老人は鏡に一笑し、
「我は皇子ではない、あのような浮ついた心でこれをしでかそうなどとは考えていない」
悲恋だと持ち上げて、下の根も乾かぬうちに浮つきとけなす。一貫性に欠ける言葉遣いは多くの老人に特徴的であり、Kにしてもその陥穽からは抜け出ていない。続ける言葉が解き明かす彼の企みとは、
「汝の鏡面に映し出して貰いたい顔があるのじゃ、その顔がそこに移っていれば儂も安心して読書に励めるかと思ってな」
「そんなら安心だ。その方とは」
「アヤ子様だ」
「それだけじゃ分かりませんよ、どこのアヤコとか姓は何とかとか言ってくれないと」
老人はその姓をだした。「聞いたことがあるけど、オールドジェネレーションに属する方ですよね」
「左様、儂の歳に見合っているだろう。ただしアヤコ様の現在の顔出しではない。今を去ること50年、いや60年前はより美しかったな。過去形のアヤコ様だ」
「リアルタイムでの顔なら割合と速く映し出せるんですが、それじゃ嫌だとおっしゃる。まあその訳は察しがつきますわ。下手に出したらあんた一人で浅川身投げって悲劇になるから。儂も人の子、ちがった、鏡の子だから願望をお聞きしますよ」
鏡は裏面に引っ込んで沈思黙考。しばらくが経過してやっとこ、
「えいや、これだ」鏡が映したその若作りに老人は何とも声を出せなかった。
目の前に浮き出たアヤコ様の若作り、老人は息を殺した。
抱き合い心中魔鏡クロワッサン 1の了 続く(2021年2月17日)
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親族の基本構造4,5ホームサイト投稿

2021年02月15日 | 小説
当ブログに投稿した表題記事(2月8,10,12日投稿)を部族民通信ホームサイト(www.tribesman.net)に「親族...4,5」として掲載しました。ブログ内容との差はあるはずがない、これが前提ですがそこは(文のまとめに至らない)ヒト部族民のこと。元原稿の稚拙さには疑いようがないから、筆を入れます(キーボードを押します)。それをして「加筆」とか言い訳し、サイト文のほうが(最新バージョンだから、Win10みたいに)幾分はマシになってきたーと悦にいりますが、これは勘違い、文の質は変わっていないでしょう(ここもWin10と似ている)。皆様にはよろしくサイトご訪問のほどお願いします。(ブログへのアクセスはそこそこですが、その人数がサイトには行かない。雑誌は気軽に読むけど全集は気づかれしてしまう、こんな心境とも近いかもしれぬ)


ある夕べのデスクトップ。ユーゴーを開いていた。静かに読書したいけれどこんなふうには行かない。だいたいメシを食ったら高いびき、寝てしまう。


(2021年2月15日)

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親族の基本構造10心理からの説明の下

2021年02月12日 | 小説
(2021年2月12日)レヴィストロースは仏翰林員(アカデミーフランセーズ)会員に選出されているを持ってして碩学の程が高等だから、下世話話をクダケた言い回しでクリ回すなど試みていない。部族民蕃神として「近親婚の禁止」を分かりやすく解説せんとして、卑近な証例を持ってこれに当たると決めた。何故に「心理起因」が禁止という社会制度と結びつかないかを、令和の婚姻事情と重ね合わせてA列車のテンポを守って急行で論調していくつもりだ。

前回(2021年2月10日)投稿「親族の…中」でフロイトらのエデプスコンプレックスについて「もしこの傾向が純粋に心理起因であり、かつそれ以上ではないとしたら、何故これほどに社会的掣肘を受けるのかに説明がつかない」とレヴィストロースは指摘した。そして「集団に、関与した個人とそれらの子孫に危険性が存在するとして、禁止の起源はこの危険…」で前回(下)を締めた。
この論点を逆説から解釈すると「婚姻相手への選り好みが心理起因にあっても、それが心理にとどまる限り社会から掣肘を受けない」となる。別の言い方では「純粋心理起因」はレッセパッセ(laisser passer)好きに任せるとなる。令和の今様、時代の習俗を借りてこの点を説明したい。
婚期も盛りの若者にして嫁に求める条件は「一麗二良」であるとネットで読んだ。その内訳は「見目麗しく気立て良く、控えめ良心」だとか。なるほどと感心したがそれも120年前の流行り「♪妻を娶らば才長けて見目麗しく…♪」鉄幹なるが明治32年に謡った詩歌だが、以来男の好みは少しも変わっていないと覚える。変わらない事情はそうした女性は稀にであるが必ず、存在するから。今の世ならばワカオ文子様ですね。
一方、娘が婿さんに選びたい条件はひろく人口に膾炙している。それは「三高」。三とは給与、学歴、身長でありいずれも低きは好まれず、いずれか高きをもって必要条件、三つ揃って十分条件で合格だそうだ。娘らの本音がこの十分にあろうとまことしやかに伝わる。ちなみに三高だって立派に存在する。それが誰かなんて部族民として悔しいから例を挙げない。

好みは心理から発生する。心理で回りその帰結は個である。社会にしても民衆にも心理には規制も制度も設けられない。一麗二良にしても三高にも、そんな選り好みなどはレッセパッセだ、個人の勝手と放置する。もし君が一麗二良の理想嫁と婚約できたとする。家族、友人らはその選択は「人倫に劣る」なり「欠陥を持つ子が生まれる、考え直せ」などと諫めたりはしない。せいぜい「うまくだまくらかしたな」とヤッカミを受けるだけだ。
聞いても見てもの「三高婿さん」を従え悠然と闊歩する散歩嫁に出会った友人が「あなたの結婚には呪いがかかっているわ、すぐに別れたら」の嫌みを向ける横槍もない。
婚姻に際しての選り好みには、男にも女にも「レッセパッセ勝手にしやがれ」が適用される。これが普通なのだが。


この逆説のもう一捻りの逆を考えよう;
対局には「選り外し」が構えている。娘のそれは「三低」で分かりやすく、それが何かを説明する要はない。そして若者が避けたいのは「一醜二悪」であると最近、ネットつぶやきで教わった。その三とは「醜い、陰険、出しゃばり」が心である。誰がそに当たるかは大ぴらにすると面倒だから匿名にして某大学女名誉教授としておこう。
娘達が若者らが、婿を嫁を選ぶにさいし、こんな低悪な条件が絡まる物件、おっと間違い、人物には填りたくない。こう願うが人情、心理。令和の婚姻事情である。
「選り好みも外し」も心理、人情であるとした。
故にいかなる世の規則、社会の制度が介入する気配など見あたらない。三高との結婚願望は三低への差別だ。一麗二良などとウツツを抜かすは一醜二悪への侮蔑だ(文子を諦めキリンにしろと脅されている気がする)などとして、社会が規制制度を発効させて「シコメ婚推奨」「安被俸給者救済」なんて動きは今の処、聞いたことがない。でも何故か?


ミノタウロスは王女と雄牛の婚たはけで生まれた。王女の父はその異形を怖れ迷宮ラビリンス(クレタ島)に押し込めた。

絵はギリシャ古壺の模様、ネットから採取

そうした罰が濃厚なる近親婚の禁忌と比較してみよう。
心理学的説明は「母親への憧憬が近親婚願望に向かうフロイトら、第9回投稿2月10日」「(近親女との同居で)性的関心を亢進させないから制度が禁止Havelock Ellisら第8回投稿2月8日」。
これらは「選り好みと選り外し」の心理作用である。それら心理が向かうベクトルは今様の三高などと変わるところはない。変わるのは一方には社会的掣肘が控え片方はレッセパッセ好きにしたらで許される。この社会反応の差は一体どこから来るのか。
それが冒頭に申した「個人とそれらの子孫に存在するとして、禁止の起源はこの危険だ…」である。近親婚が個人、子孫、集団にもたらす危険は「社会」存続の危険なのである。
この視点を軸に「親族の基本構造」が書き上げられているわけであり、近親婚から相互性、2重構造…と進展し「限定交換」の部族民社会のあり方を論じている。次回は「近親婚...」の社会学的考察に入ります。
(2021年2月12日)親族の基本構造10心理からの説明の下の了

追:最新の女性調査では「三高」はもはや古いのだそうだ。「三優、優しさ」がトレンドナウなんだそうだ。自宅にとどまる時間が多くなった働き方と関連しているとの分析がある。ブカンコロナは女の心理まで変えたのだ。


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親族の基本構造9 心理からの説明 中

2021年02月10日 | 小説
(2021年2月10日)Havelock Ellisらは人はそれを毛嫌いする心理があるとした。次の世代の心理学、精神分析学者らはその正反にして、それへの願望、希求が人の心理の深層に潜む。それが思わしい状態でないから近親婚への禁忌が生まれたと考えた。<la psychanalyse découvre un phénomène universel, non point dans la répulsion vi-à-vis des relations incesteuses , mais au contraire dans leur pursuite.>精神分析学が発見した汎人類的現象とは近親姦淫に対峙するとき身構える反発ではなく、その真逆、希求なのである。
「深層心理」そして汎人類性universaliteなどの言葉は示すけれどレヴィストロースはそれが何かの説明を加えていない。フロイトらが主張した母親願望説エディプスコンプレックスであることは明確である。
エディプス(オイデプス)はギシリャ神話の人物。皆様にはこの顛末をご存じと思いますが、かいつまんで筋をのべると。「王の子として生まれたが「父親を殺し母を犯す」と不吉な予言が宣じられたから山に捨てられ、羊飼いに育てられる。成人し旅に出てどちらが道を譲るかで諍いを起こし、男を殺す。スフィンクスの謎を解いて未亡人の王妃を娶る。道で殺した男が父親の王、妻王妃とは実の母だった。自ら眼を潰し諸国をさまよう」
フロイトらは母への願望が「深層心理」とし、あらゆる男はそれを抱くとした。
Wikipedia で調べると「フロイトが提示した概念である。幼年期に生じ始める無意識な葛藤として提示された….子供は母親を手に入れ、父親のような位置に付こうとする。男児においては母親が異性であり、ゆえに愛情対象である。子供は父親のような男性になろうとして強くなろうとする。子供はじきに父親を排除したいと思う」
しかし、
続く文では人類学的視点からレヴィストロースは心理学説へ反論する。
<Il ne’est pas certain non plus que l’habitude soit toujours considéré comme devant être fatale au mariage. この慣習(近親婚)は、かつて考えられていたようにこうした婚姻の結末が破滅(エディプス神話の例=前述)につながるなどとは(族民は)判断していない。
<Beaucoup de societes en jugent autrement>多くの部族社会は(近親婚をおおらかに)その逆として捉えている。
例証として取り上げるのはイトコ婚の実践例である。これに対してフロイトらの母親願望コンプレックスをイトコ婚で否定するのは近親姦淫の次元が異なる、こんな反論が出そうだ。その回答としては「エディプスコンプレックスにしても近親婚願望の一形態であり、それをことさらフロイトらが喧伝しただけである。総体として近親婚を捉え、説明付けする事が(人類学)としては重要だ」と答えそうだ(ここは部族民蕃神の解釈)。


エディプスコンプレックスなどを素材にすると気が滅入る。ピカソの「母と息子」のスケッチを見て心を和らげてください。

画像は絵はがき(当方が何かの機会で購入した)

族民の風習をまじえて心理学手法との違いを明らかにする狙いである。アフリカ中央部に居住するAzende族<L’envie de femme commence à sa soeur>女性への関心ごとは姉妹から始まる(以上の引用は本書20頁)
Hethe族(居住地不明)婚姻習俗を引用する。
<Les Hethe justifient leur pratique du mariage entre cousins croisés par la longue initimité qui règne les futures conjoints, vraie cause - selon eux – de l’attraction sentimentales et sexuelle>(同)
Hethe族は彼らが実践している交差イトコ婚について、「情緒と性的関心を増長するため幼少からの同居させるなど準備期間を設け、この制度を正統化している」。
人目を避けるために揃って外出するなども多めに見られ、時が来れば二人だけのバンド生活に入って独立する。なにやらアダムとイブを思い起こさせる流れです。
ここでのHavelock Ellisらの「隔離されていたから異性として認識する」説の否定するとあわせて、フロイトらの「深層心理」も否定しています。なぜならば近親婚を認める、否定するとは社会制度であるとしているから。この実例を挙げているから。
<Mais il y a une confusion infinitivement plus grave. Si l’horreur de l’inceste résultait de tendances physiologiques ou psychologiques congenitales, pourquoi s’exprimerait-elle sous la forme d’une interdiction à la fois si solennele et si essetielle qu’on la retrouve dans toutes les sociétés humaines>
訳:よりとてつもなく深刻な混乱がここに見られる。もし近親婚への怖れが生来からの(自然からの)肉体的、そして心理的事由から発生しているとすれば、これほどにも厳格かつ根源的な禁止が、どの人間社会でも認められる理由に説明が付かない。
この理由をレヴィストロースは仮定として自ら用意している。それには2の言い訳があって、
1 近親婚とは自然の規定をはみ出す「例外」であるから罰せられる。(des exceptions où la nature faut à sa mission)
2 このはみ出し行為が社会に悪影響を与えるから。
1については例外なる数量を起因として「罰」という性質を決定するには無理があるとしている。例外が少ないから罰が重いのか、それとも反対に多いから罰を重くしているのか。こうした数を質に替える作業は無い。よって2の社会への影響を重視しなければならない。
<Que ce danger exsiste pour le groupe, les individus intéresses ou leur descendance , c’est en lui qu’il faut chercher l’origine de la prohibition.(21頁)訳:この危険性が集団に、関与した個人とそれらの子孫に存在するとして、禁止の起源はこの危険だとして、これを解明しなければならない。
親族の基本構造9心理からの説明の中の了(2021年2月10日)
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親族の基本構造8 心理からの説明の上

2021年02月08日 | 小説
(2021年2月8日)
本年1月5日から「親族の基本構造」を紹介しています。導入部、自然から文化へ、遺伝劣化を防ぐための禁止と進みました(直近は2月5日)。
人は本能的にこれを忌避する、それを怖れる、この心理故の禁止説を取り上げます(本書第二章「近親婚の問題」の第二節19~22頁)。
<Un second type d ‘explication tend à éliminer un des termes de l’antimonie entre les caractères , naturel et social, de l’institution.(19頁)
(近親婚禁止の)第二の説は矛盾する性格を抱え持つ。自然的な発生原理と社会の仕組みが融合する訳がないのではあるが、これを無視し説明している。(第一は遺伝劣化説1月22日)


本書のタイトル頁


<la prohibition de l’inceste n’est autre que la projection ou le reflet , sur le plan social de sentiments ou de tendances que la nature de l’homme suffit entièrement à expliquer>(同)
人が抱える感情あるいは性向など、いわば自然的性格の吐出が社会制度に投影反映していると考えている。そうすれば「近親婚の禁止」は完全に説明できると主張する。
(心理を人が「自然に持つ性格」として位置づけ、その方向性を社会側が制度として規制する。それが近親婚の禁止であるとする。自然=忌避=を社会が制度化した、との説明である)
この説の変異型として<D’assez importantes variations peuvent etre notees entre les defenceurs de cette position , certains faisant l’horreur de l’inceste, postulee a l’origine de la prohibition , de la nature physique de l’homme , d’autres plus tot de ses tendances psychiques> (同)
この立場を取る学者のなかで有力な一群はその禁止は近親婚への怖れを挙げているし、他にもそれに傾倒する男の身体欲求(la nature physique)を理由としており、また別の立場は精神的憧憬(tendances psyques)からとも説明している。
怖れ(心理)、肉欲さらには心霊(psychiques)など自然側に属する事情の解決の為にこの制度が発生したとしている。古い言い回し「voix du sang」血の呼び声を例と挙げるが、この言い回しは本来前向きの意を持つが、否定的に用いているとも注釈を入れる。いずれも発生は「自然」からであり、社会が制度化するとしている。

上説の代表的心理学者Westermarck、Havelock Ellis(1859~1939年英国)らへの批判にはいる。
1 姦淫に至る近親との関係はとあるきっかけ、または多くが(幼年には共に生活せず)後に巡り会った(une connaissance supposee, ou postérieurement établie)場合にのみ発生する(と彼らは規定する)。
2 日頃顔をつきあわせている近親異性には性的興奮が発生しない。(la répugnance vis-à-vis de l’inceste s’explique par le role négatif des habitudes quotidienne sur l’excitabilité érotique. 性的興奮度に対して日常の接触が否定的に働く事で近親姦淫への忌避が説明できる。19頁)
これら2の指摘が心理説の根幹である、レヴィストロースの批判は;
2の性状を混同している。1平素を共にする配偶者は相手への性的興奮度が減衰する、こうした事情を例証として取り上げている。<d’introduire un élément de désordre dans tout système social社会システムのなかに不調和をもたらす=浮気の真因のことか、生物学者Millerの言>。近親間においても生活が一緒なのだから、それと同じ結果をもたらすとWestermarckらが説明し、よって制度に取り上げられたのだとしている。
この論理の進め方をレヴィストロースが否定した。指摘は「配偶者間おいては興奮の衰弱はあるかも知れないが、日常的に姦淫を実行していない近親間にもその傾向を当てはめるのはすり替え論理として」受け入れられないとしている。
<La moindre fréquence des désirs sexuels entre proche parents – s’explique par accoutumence physique ou psychologique , ou comme une conséquence des tabous qui constituent la proposition elle-même.>(20頁)近親間での姦淫事情が少ない理由に日常的に顔をつきあわせているから、そして禁忌の戒めも影響があると説明される。

日常….だから少ない、これをして<pétition de principe>と断定している。意味は「現象を関連の浅い事象で説明」すなわち「すり替え説明」であると。さらに追加されている「禁忌があるから禁止、だから少ない」は<On la postule donc en prétendant l’expliquer>(同)「説明しながらそれを公式としてしまう」であり、こちらもpetition de principeすり替えであると批判する。
その後、注目の発言が、
<Mais rien n’est plus douteux que cette preéendue répungance instinctive. Car l’inceste , bien que par la loi et les meours, existe ; il est même beaucoup plus fréquent qu’une collective de silence ne tendrait à le supposer. Expliquer l’universalité theorique de la règle par l’université du sentiment ou de la tendence、c’est ouvrir un nouveau problèmes ; car le fait prétendu universel ne l’est en aucune façon>(20頁)
訳:しかるに彼らが主張するとことの近親姦淫への本能的嫌悪については、これほど明らかな事象は他にない。なぜなら近親姦淫はそれを法で、また倫理で戒めているけれど、確実に実践されている。沈黙し、無視しようとも集団、社会が想定する以上にその頻度は多い。さらには規則の汎人類性(近親姦淫の禁忌)を感情、性向で説明する(Westermarqueら)展開は新たな問題を提起する。その汎人類性(感情)は決して証明されていないから。
訳の説明:レヴィストロースは逆説を用いた。近親姦淫への憎悪は確かだ、なぜならそれは多いから(それ故に少ないと前引用のWestermarqueらの説明とは逆)。

それが密かに、多く実行されている故に嫌悪を催す心理が生まれ、さらに制度で規制している。これを受けて「実行したいとする心理がある、だから禁止する」上記心理説とは「真逆の」心理説に入ります。続く。親族の基本構造8 心理からの説明上の了(2021年2月8日)


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本朝たはけ2000年のホームサイト掲載

2021年02月05日 | 小説
部族民通信ホームサイト(WWW.tribesman.net)に本朝たはけ2000年上中下を掲載しました。Blogの内容とは変わりないのですが、若干の加筆があります。来週から親族の基本構造に戻ります。
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