蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

ちはやふる♪豆腐移動販売は詐欺だ 上

2020年07月13日 | 小説
4月の半ば、日本にては新型コロナの国民的蔓延、パンデミックが危ぶまれていた日々、ある庶民の失敗譚である。

ゴメンよ」と同時に「ワンワワーン」。
K氏がチャビ公を連れ、散歩途中、陋屋(借り家なので持ち主には失礼だが)に立ち寄った。半年ぶりはコロナ蟄居のため。マスク越しに「豆腐移動販売の詐欺」を告発してくれた。以下はKから聞いた詐欺の手口を綴った。

晩酌のサカナには豆腐、Kはことさらこれを好む。
冬は湯にくぐらせた「湯豆腐」でぬる燗に温まり、春先からは「ヤッコ」に決めてコップのヒヤをぐいと呑む。丁寧に角取りされた純白のサイコロが2振り盛られる小皿を見るだけで、ちびりちびりの舐め呑み、グイの喉越しの始めには生醤油を垂らして一舐め二囓りをたしなむ。これが日課、Kの言い分では夕べから夜のとば口、通過の儀礼である。ならば、一日を終え独酌に勤しむ己の存在理由が湯豆腐なりヤッコなりに安堵されたのだ。
肌の白さに慰めすら覚えてしまう。

ヤッコの小皿

ヒヤにヤッコをはむこの習慣は、毎夕には持てない。
豆腐の移動販売車の「毎度お騒がせ….」でKの住む一角を訪れるのは木曜の夕刻。その夕にはしかと卓に乗るし、金曜にもおいしく頂ける。しかし土曜を越すと味は僅かにも落ちる。その僅かが持ち前の甘さとなめらかさを消す。すると豆腐はみそ汁行きの哀れ。さらに日がたつと煎り豆腐となる。
これらはこれで美味しいけれど。

Kをして木曜夕べを待ち遠しくさしめる豆腐販売車はどこから来るか。

七生丘陵とは地理院の5万分の1地図にも載らないから、地元土着者の呼称だろう。その丘を一つ越すと高幡、そこは私鉄の特急停車駅を抱え、名刹不動尊の伽藍の立ち並びと裏山紅葉など観光名所と評判が高い。山門から少し外れる横、店先は常に客でにぎわう豆腐屋とそのマスコット常滑狸が見物者の目を引く。

「豆腐の尾張屋」である。

不動尊御用達を標榜するからには味に自信があるのだろう。移動販売すれば商圏が広まる。売り上げも伸びる。店主の作戦は大当たり。上がりと儲けは外部に不明ながら、丘陵の居住民に「トウフ~」が待ち望まれるまでに定着した。

その日、販売車は早々と豆腐、あぶらげ、生揚げなど積み込んで定刻14時のかなりの前に出発した。

この時期、人々は家庭内に逼塞していた。ニュースが「食生活の動向に変化」があったと報道した。外食が減って家庭内で手作り料理が増えたらしい。それなら豆腐は売れるはずと親方は一瞬喜んだが、すぐに楽観と思い直し、仕込みを制した。なぜなら、感染に震える主婦が「生もの豆腐を敬遠し、トンカツに走る」との見解が多方面で吹聴されたとも聞いたからだ。コロナに豆腐は細菌を寒天で培養すると同じ。見えないけれどウイルスが、豆腐表面に巣くっている筈だとのうがった見方である。
トンカツなら油で揚げる。ということは病原コロナをカラ揚げで全滅させてしまう。食うことで感染防止どころかウイルス消却に貢献できる。ならばやっぱりみんながトンカツに走る。こんな推理をこのころは、仕込み準備の度に、あちこちの店主が推理を巡らせていたのだ。

尾張屋の移動販売員主任は富雄くん。本日の出発の前、その頭には楽観と悲観が、すなわち豆腐とトンカツがぶつかるかに駆けめぐった。両論の接点として「幾分の多め」に豆腐あぶらげを仕込んだ。

「幾分の多め」は大失敗だった。

これをK氏が食い損ねた

高幡店を出て南山1丁目に入る。街道から脇にはいると道幅も狭いくねくね曲がった通りが続く。「ここいらは人口はそれほど多くはない」それは富雄くんの勘違い、理由は住民多くがマンション住まい、若い夫婦が多い。昼間に豆腐を買わない人達だ。今日は違った、共働きではなく共引きこもり夫婦だらけだ。「トウフ~」の拡声器案内が始まったら続々と人が集まりだした。これまで見たこともない奥さん、それに旦那さん。

豆腐一丁では終わらない、あぶらげ生揚げがんもどきを買い求める。1丁目が過ぎて2丁目では公園脇に止めて「トウフ~」とやったらとたん「待ってました」。若い勤め人、婦人風の行列。幼い子の手を引くご夫人も多数。
移動販売業界では売れ残りは失敗と評価が低い。しかし売れすぎて道の半ばで在庫を切らす無様はより怖い。後続する地域、お客さんに欠礼をはたらく。これは「討ち死に」と揶揄される。翌週に立ち寄っても客数はたちどころに減る。

富雄くんは作戦を練った。豆腐あぶらげの見せかけ数を減らし、「お一人様1丁」を演出した。見せかけ技術は年季のなせるワザだけれど、それをしのぐほどに客の数が多かった。最終地の丘陵住宅地に向かう前に豆腐、あぶらげ…全てが売り切れた。親方に電話入れた。

「こっちから電話しようとしていたのだ、お前の軽トラ棚に残っていたら、引き返してもらおうと」店にも品物は無くなったとの言い分だ。トンカツや天ぷらに狂った兆候は人々に見られなかった。
「売るモノが何もない、丘陵地には行けない」
「バッカやろー、行かないと売れない」
「行っても売るモノがない」「カラ荷軽トラの前でカンカンノーを踊って笑いをとるのだ、それが商売」
行け、行けない。掛け合いの間に店主がフト思いついた。
「桶カラが残っている、それでコロとドーを作るから、売るのだ」

桶カラとは「ご自由にお取り下さい」と無料に給するオカラである。コロはオカラコロッケ、ドーとはオカラドーナツ。どれも丸めて揚げるだけだからすぐにできる。待つことしばし本店から緊急補充の輜重軽トラがやってきた。銃弾となるオカラコロッケ満載、討ち死には防げる。期待した富雄くんはその数を見てすっかり気落ちした。コロ10枚、ドーは13輪、それにオカラが僅かばかり。これだけで食欲旺盛な敵、イヤ違う、お客さんと交戦するのだ。

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