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蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

テポドンテンコテンコ 4(最終回)

2018年02月08日 | 小説

2018年2月8日

弾道弾の飛行とは、斜めに上昇して頂点で円を描くように経て、緩やかに落ちる。起点と終点が円弧を倣うかの軌道でつながるのが普通だ。もし弾を垂直に発射すると、高く勢いよく上昇し頂点に達したら急なカーブで急激に落ちる。飛距離は稼げない分、どこに落ちるかの予測ができない。これがロフテッド。今回のテポドン、一旦は「弾の道」、緩やか円弧を描いたが、5分後にはロフテッドに早変わりした。おかげで弾着が10分伸びた。「この10分で何とか生き延びられる」K氏は胸をなで下ろした。
アルプス信号が青に替わって、飛び出すかに北野街道を横切って八百屋横の小道を左に折れてドンドン進むとナンペィ駅の脇、踏切は幸い遮断機が上。さっさと突っ切って10歩を走れば浅川の土手。その土手道に足を下ろせば「タカハタまでまっしぐら」、K氏はここで一息つけた。
しかし残り5キロで15分はやはり気がかりなのでスマホから情報収集を始めた。もちろんテンコテンコの足並みは崩さない。
「比較するにもゲブラシラシエやワイナイナでは格が違いすぎる、手軽なところで」と探りを入れたのが日本選手、現役とベテランの二人。ググッた記録は「スッゲー速い!」の一言。いずれも13分代、これにはウーンと頸をひねったが逆に励みでもあった。
「俺だって一匹の日本人、そんなら13分でタカハタにつける」奇妙な論理を根拠にして自信を持った。
「2分は足休みが出来る」ベンチに腰を下ろした。ベンチが2脚、その小さな踊り場から桜並木が始まるのだが、今は冬、葉を全て落した枝木が幾つにも、分かれてくねってのたうって、夜空を不気味に覆おっていた。自身がかくも慌てている、その背景ににK氏は推理を巡らせていた。
「それは2の対立だからだ」と構造主義らしい分析に冬の桜下のベンチで気付いた。その筋道とは;
「広く云われているのだがテポドンの弾着性能は悪い、これもまた言われているが軍基地を狙うとする。これらを前提とした場合、横田、厚木、座間、そして立川がココイラにまとまっている。いずれかを狙うにしても10~20キロのズレが生じて、そしたら日野に飛んで来る」ここまでは一般人の推測。「儂は構造主義だから、テポドンの弾着性能は優秀という対立する概念を導入する」
K氏は愕然とした。やはり日野が危ない、ナンペィが最悪だ~の結論に辿り着いた。
「先に挙げた基地の数々、これらを一網打尽に一発で攻撃するとしたら、それら円弧が描く同心円の真ん中を狙うが必定、日野市がそのアイソセンターの真下、それがナンペィの真上だ」
不正確で正確でも己の頭上にテポドンが飛来するとの分析を、構造主義の手法で解析したからには「逃げねばならぬ」。
ベンチ休みを30秒で打ち切ったら、残ったやる事は一つ。「もっと速く逃げる」走りを足に託し、5キロ13分のスピードに命をかけた。土手道の周囲に聞き漏れるK氏、走りながらの掛け声にこの心境が集約されている。それは;
「逃げろテポドンテンコテンコ、地下街避難でテンコテンコ、足元フラフラ命からがら、それでも止めないテポドンテンコテンコ」
あわてふためきだが、真摯な心情が伺える。己の命をまず守る、人としての本能が聞こえるではないか。命の灯火と生活の連なりを二本足先に賭け、そのうえ超絶なスピードに挑む使命感が「テンコテンコ」に溢れている、それが土手に響いた。

13分30秒の後、タカハタ駅に到着したが、あわてふためく人々の姿など見えない。テポドンのロフテッドなる日野市の攻撃に、人々が気付いている駅風景ではない。

一時は好機到来と喜んだが何かがおかしい。K氏(ハンチングの先だけ見えている)とタカハタ駅前

「チャンスだ、今すぐ逃げ込んで、地下街のど中央にあぐら掻いて陣取って、身を低くして着弾を待てば安全だ。シメシメ」
地下街を捜したが無かった。タカハタには地下街は無いのである。
さて、日野市の駅は12を数える、しかしタカハタを除き駅ビルはない。たとえばJRには2の駅、いずれも平屋建ての駅舎、券売機を置いてトイレを囲うだけの20世紀的代物だ。5駅あるモノレールに逃げ込んだら駅舎は吹きさらし、ホームも風の抜けホーダイ。テポドン逃げ込みには最悪の結果となる。
避難警報に接してすぐにタカハタを目指すとしたK氏の心情には駅ビルがあったからだ。その駅ビルがテポドン未対策の不備駅に過ぎなかった。駅前に立ちつくすK氏(前回にも写真を投稿した)。しかし時間は無慈悲に経過する。携帯が激しく振動した。到着の最終案内だろう「引導渡しの警報と後々、語り継がれるな」
指の震えを抑えスクリーンを開けると、
「テポドン襲来の”疑似”警報はこれで終了します」
と読めた。

「何だって」K氏を聞き続けていた投稿子は気勢をそがれた。尋ねる口調ながらK氏に、
「疑似警報とは耳慣れないな、でも、要するに訓練か、すっかり担がれちゃった。いっぱい喰わされた」
「担がれたのは儂だ、家族仲まで悪くなった。あれ以来、ルミコはお茶すら…」憤りの荒い鼻息がK氏にひとしきり続いた。
最初の通報の冒頭にあったはずの「疑似」を見逃した迂闊さが全ての元凶だった。それだけの話で終わったのだが、
その後K氏は京王線各駅停車で帰宅した。車中ではドリフターズのコントの「遅刻して早退けしない」と家に帰れない茶少年を思い出すコトしきり。「あんな田舎に住んでいればテポドンに狙われることなどなかったのに」田舎うらやみの田舎ボーイにすっかり変心した。

さて、戻ったK氏宅の茶の間ではドリフターズが続いている。殿様と腰元のコントで、アラフォーとしか見えない腰元が「手前、15歳です」とあからさまな詐称で殿様を怒らせた。テレビかじりつきの細君とご母堂は
「サバの読み過ぎだよ、ウソだってすぐにバレる」「せめて33とかにしとけば、バカ殿が刀に手をかける段取りには行かないのに」「腰元ってのは22~3が上限なのでは」「15歳は願望だね」「ワッハッハ」
大口笑いを継続していた。
K氏はコタツの隅にちょこんと座って、二人の口の開き加減に波長を合わせて、
「年齢とは思想なのだ。歳の思想とはすなわち知識、記憶、出来事、諦め、絶望など過去の全てなのだ。顔そして表情という存在に滲みでてくるのは、それらの思想が潜ませる疲れと諦めの一端なのだ。歳を隠せない唯一の理由は過去を消せないという宿命を人が抱え込んでいるからなのだ。犬猫や猿とは多いに異なる」
構造主義による年齢考、レヴィストロースがきっとどこかで、「年齢の思想」を語ったかもしれない。ふと、ポロリとドリフの居間でそれを漏らした。すると細君がゆっくり振り向いた。
「おや、私を階段で果てろと蹴飛ばして一人で逃げた奴が帰ってきている。そのうえ、構造主義風のご意見だなんて。読みかじりを聞くのも鬱陶しいわ」母親が「サオリが老けているだけなんだよ」追随した。
そしてギロリと光らせた細君の、横目の眼光の冷たさに震え上がったK氏はルミコ夫人に「テポドンは来ない、3匹亀で階段のぼりは今夜は無い、ドリフをこのまま見ててくれ」やおら立ち上がって「二階に行くから」脱兎のごとく居間を抜け出し階段をはいずった。「テポドンテンコテンコ、ボクは田舎の小学生」。

テポドンテンコテンコの了


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