蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

構造神話学 農協パラダイムの終焉 9 最終回

2018年03月03日 | 小説
(2018年3月3日投稿)

昭和57年10月15日発行の練馬新報の裏面に地元(東京都練馬区)在住のアパート経営の成田重郎さんのインタビューがあった。その年8月にヨーロッパに旅行した印象を語っている。
「到着したその夜に立派なレストランに連れられて、おそるおそる入っていくと」
テーブルは大入り満員、シャンデリアの明るさ、人々の話し声の行き交いと笑い声、ボーイは料理皿を満載したトレイを肩に、足早さらに足も繁くテーブルに配膳している。こんな盛況ぶりに目が奪われたとか。レストランの名前は覚えられなかったが鴨を一匹丸のままでテーブルに出して取り分け、骨をプレス機で押し潰しソースにした。そこはトゥールダルジャンのことか。
重郎氏の自慢話は続く。
「昼に案内されたのはテラス風食堂、座って注文している内になんと」
天井が開いて夏のパリ、青空が見えてきたのだとか。するとこちらは開閉屋根が名高いラセールだろう。パック旅行とはいえパリレストランの大看板2店を回ったとは、さぞかし料金の方も張ったはずの質問には、はぐらかして答えていない。税務署が怖いのか。
成田重郎さんは私鉄の某駅近辺に畑地を所有していた。農地解放以降、大根の栽培に力を入れた。今はこそ名のみ残すこれが大名物「練馬大根」。春から秋までの3期作、冬になったら軒先にすだれと干して、伝来の大樽に糠と塩をまぶして引っかき回して沢庵を漬ける。小樽に分けた浅漬けをリアカーにのせて「ネリマータクアン」の呼び声で池袋まで売りに出て年越しの金を稼いだ(同誌の記事から)
成田氏が大根農民からアパート経営に転身し、その間に蓄財も重ねた事情は省くけれど、この年を西暦で数えれば1982年、戦後37年が経過している。その時点での成田氏の身辺状況を探れば、余暇は豪華トゥールダルジャン鴨料理付きのパリ旅行、移動はベンツEタイプの排気量4リットル。奥さんが所属する城北農協練馬婦人部で季毎に開催する料理教室は、もはや芋の煮ッコロガシなんかは取り上げず、この秋はプライムリブロース3ボーンのこんがりローストにアップグレイドしている。
しかしここで、paradigmeが天井をうった。
先に紹介した2DKパラダイムでの電化製品、冷蔵庫は6ドア500リットルに至ってその先がなかった。2キロリットルウォークイン冷蔵庫は2DKパラダイムでの選択肢から疎外されてしまった。同じ疎外現象が農協パラダイムの余暇で発生したのだ。

成田氏がスズキ軽トラの買い換えに一時は考えたハマー。中古車販売店に足を運びまでしたけれど、このデカサではtotalisation出来なかった。

成田氏はインタビューの前後に、パリ旅行を自照化(interioriser)したに違いない。しかし次のステップと外部状況を総括するはずのtotalisationが浮かび上がらない。パリの次には船旅クルーズに行き着くかも知れない。レヴィストロース風に語ればパリをやロンドンなどのparadigmeをdiscontinuにして、カリブ海でのんびりするこそparadigmeの発展に他ならないのだが、成田氏はそこに踏み込めない。ベンツがそろそろ車検なので、買い換える予定、こちらでもinterioriser/exterioriserしているし、選択はブガッティベイロンとハマーの組み合わせしか思いあたらない。成田氏はもともとが大根栽培者、ベイロンなんて腰が引けるし、スズキ軽トラをハマーにしたら目立ちすぎ。ここでもtotalisation出来ないままである。そう言えばと思い出した「カミさんがこの次はトマホークステーキだってさ、でもあんな化け物ステーキ誰が喰うのか、あたしゃ沢庵で茶漬けが好きなのに」と愚痴をこぼしていた。
さらに、一人娘が属している農協娘子隊では化粧のテクニックの講習の場を設けているが、前回の講師は顔を「真っ黒にする」革新的化粧法を紹介したとか。渋谷に住むならまだしも、練馬の駅前で「ガングロにはなりたくない」と娘は泣いていた。かく、すべてのsyntagmeが停滞したままだ。
農協のparadigmeはtotalisationを探せないままprogressive/regressive行ったり来たりと止揚を展開できない。まさに2DKパラダイムの状況と酷似するが停滞がここでも発生したのだ。
2DKも農協もセレビーにしてもそのスキーム(scheme)とは継続と発展。その連続がベンツと6ドア冷蔵庫の呪縛を解けず、再生力と想像力を失った結果、弁証法的発展につながらないのである。これは「戦後」の挫折、敗北である。
社会が発展しない限り、経済も政治も活力を失う。その不活性が今の世相と言えないだろうか。日本経済は供給力が需要を大きく上回るとか。その背景に戦後のスキーム、継続パラダイムの無力化がある。プリウスは一時、確かにパラダイムを創造した。しかし小型乗用車という範囲に限られていたから、波及は小規模だった。経済全体を覆い尽くす新しいパラダイムが望まれるが、それには戦後スキームを乗り越える技術が必要だ。AIなのかIoTか。

構造神話学 農協パラダイムの終焉 了

投稿子は現在、レヴィストロースのサルトル批判(野生の思考最終章)について鋭意作成中です。近日投稿あり。第一回は3月5日、お待ちください。

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