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サラは、カリフォーニアからハワイに来て、もう2年にもなる。アラモアナには、なんども来ていたが、シロキヤは初めてということだった。一歩入ってしまえば、いかにも東洋的で、アメリカのマーケットの雰囲気はない。
" I've never been here, although I've been to Ala Moana a great deal. " ( アラモアナには何度も来たが、ここは初めてよ )と言った。
店内では、大きな音量で「江差追分」が鳴っていて、ねじり鉢巻きのオジサンが景気よく商品のデモンストレーションをやっているのを見て、びっくりしたようで、思わず立ち止まってしまった。
「そこの可愛いいお嬢さん!試食していってよ!…と言っても日本語はわからないのよねえ・・・オジサンも英語がわからないんだよ」とか独り言を言っていた。「とにかく食べてみて!お金を取るわけではないから」
トシがそのオジサンと日本語で話し始めたから、サラはエッ!というような顔をして、
" Is that a Japanese ? " ( それ日本語? )
" Yes ! " ( そうだよ )
考えてみると、アメリカにいるから当然日本語を話す場面がないわけで、46時中英語で生活していた。ティムとサラには、しばしばあってはいたが、日本語を使う機会がないからトシが日本語を話すのを聞いたことがないわけである。
マディを初めて平等院に連れて行ったとき、「こんなお寺が日本にあるの?」とか興味津々だったが、それより池で泳いでいたコイ( Koi-carp )のほうに関心があるようで、「きれいな色をした魚だね」とか言いながら見とれていた。揺ら揺ら水面近くを泳いでいて、尾びれに触ることもできそうだ。
そんなことがあってから、マディはコイが好きになったようで、平等院の庭の池で泳いでいるコイを見たくて、トシに連れて行ってとせがむことがあった。
平等院には、大きな池がいくつかあって、たくさんのコイが泳いでいる。
コイは、金魚が何代にもわたり品種改良されて、今の姿になったのだと、どこかで読んだ。おそらく日本独特の魚で、鑑賞用として育てられ、あの色鮮やかな魚になるのだろう。
煌びやかな色をして泳ぐ姿が、アメリカ人にとって非常に印象的なようで、平等院に来た観光客も、泳ぐコイの群れに見入ったり、写真を撮ったりしている人が多い。
マディは、コイの絵を描いて宿題として学校に持って行ったことがあるくらいだ。
平等院の中をマディとクリスティの3人で歩いていると、向うから官長が歩いてきた。官長とは、いささかの面識がある。家さがしの時に相談に乗ってもらったりした。
この方、神奈川の出身で、ヒロの町が大津波に襲われ壊滅した時、同じ宗派のお寺も全壊した。彼は、その立て直しのために本部から派遣されたのである。まだ彼が若い時である。
一応の仕事を終え、日本に帰れるかと思ったようだが、今度は、本部からオアフ島の平等院の責任者としてとどまるよう指令が来たのである。
官長と日本語で話していたら、マディがトシの袖を引くので、
" What ? " ( なに? )と言うと、
" Are you speaking the language other than English ? We don't understand ! "
( 英語でない言葉を話しているの?わからないよ! )