レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

国民性

2012-09-30 05:00:00 | 日記
果たして国民性とか国民気質といったものは本当にあるのでしょうか?例えばアメリカ人はオープンで大げさだとか、イタリア人は陽気だがいいかげんだとか....??

大きな標本を見ながら傾向とか蓋然性とかを指摘することはできると思います。でも、もちろんそこにピッタリとしない具体例をいくつもあげることもできるでしょう。アメリカ人で人見知りの人や陰気なイタリア人も大勢いるのは間違いありませんから。

国民性とかの話しは、すぐにステレオタイプと結びついてくるので気をつけないといけないですね。

日本の国民性は農業、特に稲作と深く結びついているという論があります。田んぼを耕し、区分けをし、水路を造るような作業は個人では難しい。だから人々は恊働するようになり、村を作った。米は効率の良い仕事をすればするほどより多く収穫することが可能な作物であり、よって作業効率の向上という考えが早いうちから生まれた。また、季節に合わせてタイミングよく作業を進めないと、育つのが遅れたり、台風などで被害を受ける。だからスケジュールが重んじられた。

大雑把に言うとそのようなものです。決して根拠のない理論とは思いませんし、多分当たっているところは大きいでしょう。

それに対してのアイスランドの国民性とはどんなものなのでしょうか?アイスランド人の祖先はバイキングですから、船や家など生活の基本設備は自分で作る伝統があった。今でもアイスランドの人はびっくりするくらい様々な「日曜大工」的なことを自分たちでします。ペンキ塗り、水道のパイプ仕事、床のタイル貼り、等々。日本でなら当然のように職人さんを呼ぶようなことも相当自分たちでこなします(もっともこれは最近までそうであった酪農国式の生活–いろいろなことを自分でしなくてはならない–の影響と言った方が筋が通る気がしますが)。

バイキングは魚を取ったり、動物を狩ったりして食料を得ていました。今でも漁業や酪農は重要な産業ですね。ただ、稲作の場合と違うのは魚は海で勝手に育っているものを取ってくるものです。酪農も、たとえば羊は夏に放牧してやれば自分たちで勝手に育っていきます。もちろんこれは粗暴な描写で、漁業も酪農も厳しい生活なのですが、基本的に自分たちで育てるというよりは、「今あるものを取ってくる」という性格の方が強いと思います。

そのせいかもしれませんが、周囲を見る限り、アイスランドの企業家たちには長期的な展望でものごとを発展させるという考えが少ないように見受けます。日本のカップラーメンがアメリカで大ヒットしたのは、事前にアメリカ人を醤油味に慣らさせたからだ、という話しを聞いたことがあります。アイスランド人にはどうもそこまでの辛抱がないように思えてなりません。

アイスランド人が働かない、というのではありませんよ。じっくり耕して、種を撒いて取り入れを待つ、というビジョンが少なく、今,目の前にある収穫には目に色を変える、という感じが強いのです。2008年来の経済破綻の原因も、簡単に言えば制御できない投資の仕方にあったと言っていいのでしょうから。普通のビジネスに関しても、もう少し長期的にカスタマーがひいきにしてくれるようにサービスすればいいのに、って思ってしまいます。何かみんな中が一見の客だと思っているような。

今回の経済恐慌がアイスランド人のメンタリティーにどんな影響を与えたのか?その結果が見えてくるにはまだしばらくかかるでしょう。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 小さい秋見ーつけた! | トップ | 希少性の利益 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事