レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

「想定外」があったユーロビジョン?

2022-05-21 20:11:49 | 日記
こんにちは/こんばんは。

レイキャビクは時折「夏」を感じさせてくれる陽気になってきました。気温は10℃を超えるかどうかですが、太陽が出てくると時折15℃に近づくこともあります。そうなると「暑い」です。

四月中に夏日を記録していた日本とは大違いですが、「暑い」「涼しい」は大抵の場合「ないものねだり」の会話になってしまいますね。(*^^*)




清涼感アップ用ピック1
Myndin er eftir Square_LAb@unsplash.com


さて前回は、14日の土曜日に決勝が行われたユーロビジョンに触れました。日本でも結果が報道されたと思いますが、結果はウクライナの優勝となりました。

Kalush Orchestra というバンドのパフォーマンスによるStefaniaという歌が優勝曲です。二位はイギリスのSam Ryderさんの歌うSPACE MAN。アイスランドの「姉妹」は結局下から三番目の二十三位。

私自身は昨今のユーロビジョンの歌曲にはほとんど興味がありませんので、今回も歌の部分はまったく見ませんでした。ただ、ポイントの発表の部分は結構面白いので、その部分(全体の放送時間の四分の一強くらい?)だけフォロー。毎年、こんな感じでです。

採点は二部構成で、まずヨーロッパ(プラス、イスラエルとオーストラリア)のテレビ局のそれぞれが任命したジャッジの採点結果を発表します。参加25カ国にすべて回していきますので、結構時間がかかります。

ポイントは12点が最高で、11点はなく、次いで10点。次の9点もなく、それから1点刻みで減っていき最小得点は1点。11点と9点がないのでないので、トータル10カ国が点を得ることができます。自国の曲には点を与えることはできません。

この各国テレビ局のジャッジによる採点。始めの五カ国くらいの審査の結果を見ると、おおよその「形」が現れてきます。今回は、スペイン、ギリシャ、イギリスあたりがリーディング国という感じでした。

第一部の各国テレビ局ジャッジの結果では、イギリスが283点でトップ。スウェーデンが僅差の258点で二位。次いでスペイン231点。ウクライナは、この第一次ジャッジの結果では192点で四位。




清涼感アップ用ピック2
Myndin er eftir Einar_H_Reynis@unsplash.com


採点の第二部は視聴者による直接の投票によって行われます。投票といっても携帯からのSMSですが。これも当然ながら、自国に投票することはできません。っていうか、例えばアイスランドの携帯からアイスランドに投票することはできません。各国の携帯局を通して投票が行われるので、この点をコントロールしているようです。

この視聴者の直接採点は、全体の採点の半分を占めます。つまり、テレビ局任命のジャッジと対等の採点権があるわけです。というか、実際はそれ以上の権威があるのでは?と思います。視聴者採点の実際数の方が大きように思われますので。

司会者もご丁寧に「テレビ局ジャッジの採点は終わりましたが、これはまだ半分。後半何が起きるかわかりませんよ」と解説、はたまた警告?

確かにテレビ局ジャッジと一般視聴者の評価は同じではありません。テレビ局ジャッジは、一応それなりの見識を持った方々が選ばれているはずです。評価もそれなりのものとなるでしょう。

対して一般視聴者の方は、自身の感覚というか、曲よりも歌い手が好きか嫌いとか、個人的な思い入れで投票できます。

始めにこの「ギャップ」が出たのがモルドバへの採点。モルドバはテレビ局ジャッジでの特典が僅か14点。それが一般採点では239点を獲得。239点というのは、テレビ局ジャッジでの三位のスペインの231点を超えています。

その他にも、テレビ局ジャッジで36点だったノルウェーが、視聴者ジャッジでは146点を得たりしました。

対して、第一部採点で一位二位だった、イギリスとスウェーデンは、それぞれ183点と180点と、いずれも第一部採点を下回る得点です。

そういう展開だったので「この分だとウクライナは300点くらい行くんじゃないか?」と思って見ていたのですが、結果はなんと439点! これで一躍トップに躍り出て、そのまま逃げ切りました。




ユーロビジョン2022 ファイナル
Myndin er ur Wiwiblogs.com


で、この結果に関してはいろいろ言われました。「これ、パフォーマンスされた歌曲に対しての評価なのか?ウクライナの今の現状に対する応援得点なのか?」

アイスランドにいるウクライナ難民の中からさえ「今回のユーロビジョンでは、アートではなく、政治が焦点になってしまった」という声が聞かれましたよ。

まあ、ウクライナの現状に関しての応援メッセージというのは、確かに相当あったのだろうと思います。ですが、私は個人的には、それよりも一般視聴者の採点システムに「想定外」の穴が空いてしまったのではないかと考えます。

アイスランドの携帯局を通してはアイスランドには投票できないシステム、ということは先に書いた通りです。ですが、ウクライナからは五百万人超の人々が難民となって国外へ逃れています。

半数は子供でしょうが、大人の人たちはおそらく逃れた先でその国の携帯番号を得ることでしょう。アイスランドではそうなっています。その人たちが、当然のことながら自国に投票したのではないか?と。

つまり、仮に二百万人のウクライナ難民が、ポーランドやルーマニア、その他の国々からウクライナに投票したのではないかと思うのです。そうなると、これは政治的メッセージというよりは、普通の意味での愛国心、あるいは自国文化への思慕と考えて良いのではないでしょうか?




優勝したウクライナのKalush orchestra
Myndin er ur Eurovision.tv


私は、今回も参加曲はまったくといっていいほど聴いていません。だから、イギリスの曲がどんなだったか、スウェーデンの曲がどうだったか、まったく知りません。

ウクライナの曲も知らなかったのですが、勝利者の最後のアンコール披露でちょびっと聴きました。半分くらい聴いてネットを閉じましたが。私には何の魅力もない歌でした。スミマセン... m(_ _)m

これらの曲をご自分でジャッジしたい方はこちら:

優勝Kalsh Orchestra (Ukraine) :“Stefania”

準優勝Sam Ryder (UK): “SPACE MAN”


今回のユーロビジョンに、現在のヨーロッパの政治事情が覆い被さったことは確かです。全然無関係だったら、その方が問題がありますよ。

ただ、その結果、本来の音楽の祭典としての性格、目的が歪められてしまったのか、否かは、そう簡単には結論付けられないかもしれませんね。

音楽、とりわけポップスのような庶民の日常に密接している音楽というのは、人々の社会環境や政治状況から中立ということはあり得ないことなのでしょう。

めずらしく、ユーロビジョンに考えさせられてしまったワタシでした。


*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。

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Eurovision万歳!!

2022-05-15 01:04:11 | 日記
こんにちは/こんばんは。

なんやかんやと慌ただしい日々を送っております。時々目にするコマーシャルでいのっちが「疲れは内部から対処しないとダメ」とか言っています。アリナミンかなんかのCMですよね。

「オラ、関係ないな」と思っていましたが、最近、疲れが取れてないのかも?と思えるようになってきました。




5月14日はイタリアはトリノでEurovision決勝
Mynin er ur Eurovision.tv


面白いもので、疲れていてぐっすり眠れる時と、疲れてるのに眠れない時が混在するようです。もう、四十年も前になりますが、新橋でサラリーマンをしていた頃、「自前の説」を披露するのが好きな先輩がいました。

その先輩によると、「疲れている時に十分休むには、精神の疲れと、身体の疲れを一致させる必要がある。頭脳労働で疲れた時には、ジムへ行くかジョギング。肉体的に疲れている時は、難しい本を読んで頭を疲れさせる。

これで、ばっちり眠ることができる」とか、言っていました。まあ、あながちデタラメではないのかも、という気もします。

昨晩(金曜日の夜)は、よく眠れずに何度も目が覚めてしまいました。それで気がついたことがあります。もう、結構「暗くならない夜」に近づいている。そりゃあそうか。もう五月半ば。あと一月余りで夏至ですものね。

慌ただしい日々が続くと、そんなことも気が付かずに過ごしてしまっていたりします。

ネットで調べてみたところ、昨日ではなくて今日(5月14日土曜日)ですが、日の出は4時16分、日の入りは22時34分ということです。気象局の日毎のデータには「真夜中」という項目があり、今日、土曜日に続く夜の「真夜中」は1時24分だそうな。

で、どんなものなのか、昨晩思いついて「写メ」(これは「死語」ですか???) を撮りましたので見てみてください。

始めは就寝直前の11時半くらい。我が西街の古アパートの西側と東側です。一枚目が西側。









次は午前2時12分。ちょっと寝ぼけてて、時計がきちんと写っていなかったのですが、写真編集用のアプリで明るさをマックスにして、かろうじて読み取れれました。







最後は3時35分。もうかなり夜明け間近な感じですよね。







「真夜中」は1時半くらいのはずだったので、おそらく二番目の写真よりはもう少し暗くなっていたと思います。ですが、レイキャビクの五月、六月はだいたいこんな感じで、もう少しすると「暗い」時間は存在しなくなります。

単細胞のワタシは、この「一日中明るい」というだけのことで嬉しくなってしまい、夏はだいたい機嫌良く過ごしています。

さて、慌ただしいのは私だけではなくて、周辺社会も慌ただしそうです。というのは、今、これを書いている5月の14日土曜日、アイスランドの全国の地方選挙の投票日なのです。かつ、夜にはユーロビジョン・ソングコンテストの決勝があるのです。

このふたつだけで、相当数のアイスランド人がソワソワしています。

まず地方選挙ですが、レイキャビクでは現市長のダーグル・エッゲルトスソンさんが、2014年以来というかなりの長期政権を維持しています。市議会はダーグル市長の母体である社民連合、ピラター(海賊)党、再生党、そして緑の党の四つが与党を構成しています。余談ですが、ダーグルさん、もともとはお医者さん。

国会では第一党である独立党は、市議会では野党。前回の選挙以降の特徴の一つは、独立党と並んで、アイスランド政界の常連である進歩党(という名前の保守党)が、一議席も有していないことです。

今回の選挙前アンケートの解析によると、どうやら四議席くらいを奪回するのでは?と言われています。




ダーグル現レイキャビク市長
Myndin er ur Dv.is


私は個人的には今回の選挙は独立党が勝つ番だろう、と考えていました。ダーグル市政に飽きてきた人が多いと見たからです。

ところが、最近国政の方で、2008年の経済恐慌以来、半官半民になっていたアイスランドバンクの、政府保有株の放出に関連したスキャンダルがあり、国民の多数が怒り新党、じゃない怒り心頭に達したため、独立党支持にかげりが生じました。

まあ、結果が出ていないので、これ以上は言えません。結果が出たらまたご報告します。

次にユーロビジョンですが、これはアイスランド人にとっては国民的イベントになっています。ユーロビジョンの始まる頃から、通りから人影が消えてしまいます。

家庭で見る人も多いですが、どこかの家に集まってのユーロビジョンパーティーも非常に多く持たれています。

信じらんねーよ、まったく。あんなつまらないコンテストで。(^-^;

ちなみにアイスランドも決勝に進んでいます。まあ、この曲はわりといい曲だと思うのですが、ユーロビジョンでは通用しないだろうと思っていました。パンチ不足というか、サビがない歌というか。

正直、予選を通過したのには驚きました。歌っているのは三人姉妹なのですが、なぜかグループ名がなくただSysturシストゥル「姉妹」とだけ呼ばれています。

姉妹で驚かされるのはもうひとつ、そのメイクの濃さです。どれだけ塗ったくってんだい?というのが私の第一印象でした。そういうこと言うと、嫌われるでしょうが、写真を見ていただければ、少なくともウソではないとご理解いただけるかと。

それから、これも余談ですが、ロシアは参加禁止になっています。当然。ウクライナは決勝に残っています。




「姉妹」
Myndin er ur Eurovoix.com


「姉妹」のユーロビジョン参加曲はこちらのYoutubeから


私の家に居候している三十一歳の息子もユーロビジョンパーティーに出かける予定。今夜は私にとっては静かな憩いの夜になりそうです。その点では、ユーロビジョンバンザイ!


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「凡庸」なワタシのユニファイド・メモリは?

2022-05-07 05:01:05 | 日記
こんにちは/こんばんは。

GWも終わろうか、という時期ですが、皆様は楽しいホリデーを過ごされたでしょうか?今年は、三連休が二回と、最後に連休がひとつだったとか。間の平日二日に上手く休みを取れた際には、合計十日間の連休?

十日連続だとかなり長いですね。それに、コロナの規制も今年は緩和されてたようですし、良い休みをエンジョイされたことを願います。




くつろぎ感アップ用ピック1 今回はレイキャビク市街ピック
Myndin er eftir Nicolas_J_Leclercq@unsplash.com


その間、こちらにはもちろんGWはありませんので、私はごくごく普通の日常を過ごしておりました。正確には、ウクライナ難民故の「特殊割り当て」の仕事が入っていますので、「ごく普通」ではない日々が続いているのですが、二ヶ月もそういうのが続くと、そちらの方が「普通」になってきてしまいます。

つまり新しい環境に  –それが良いものであっても、悪いものであっても–  慣れてくる、ということなのでしょう。これは「恵み」にも「悪弊」にもなり得る諸刃の剣のように見受けられます。

先日、ウクライナ難民の女性の方ふたりと話しをしていたら、おひと方は東部のドネツクの出身、もうひとりの方はマリウポリの出身と知らされました。一番、戦闘が激しいところです。

ふたりとも家族がまだドネツクにいるということなのですが、家族の安否を心配すると共に「家族はそういう状況にいることに慣れてきてしまっている」とか懸念を示していました。

ニュースで破壊し尽くされたような市街地の映像を見ているこちらとしては、「慣れる、なんてあり得る?」という気にさせられます。

おそらく「慣れる」ということは、良いこと悪いことの次元を超えて、「生き残る」ための本能というか「術(すべ)」なのだろうと考えます。




くつろぎ感アップ用ピック2 コンサート・ホール「ハルパ」内
Myndin er eftir FUTC@unsplash.com


さて、このブログを読んでくださっている方はお気づきだろうと思いますが、私は非常に凡庸な男です。「凡庸」といっても意味は広いでしょうが、私の場合は特に「理解が遅い」「切り替えが遅い」「散漫な集中の仕方が長きに渡る」というようなところに集約されると思います。

最後の「散漫な集中の仕方が長きに渡る」というのは、要するに120%の集中力で一時間で終わらせられるものを、70%の集中力しか持たないので、六〜七時間かけてしまう、というようなことです。

その反面で「切り替えが遅い」これは複数のことに同時に対応する能力がない、ということです。例えば、ある日に結婚式を担当するとしますと、その日は「それだけ」になります。他のことが頭に入ってこないのです。

最近、マックとかでよく「ユニファイド・メモリ」とか聞くじゃないですか。作業処理上のメモリーの大きさと効率のことだと思うのですが、ワタシの頭はそのメモリーというか対応力に乏しいのです。よって、複数の作業を同時に遂行することは不可。

それでも、一日で結婚式二回、ということは過去何度かありました。これは基本的に同じ線上のことなのでまだ可能。ですが、結婚式とお葬式、というような組み合わせはまったく無理です。

もっとも周りを見回しても、結婚式とお葬式を一日で担当している牧師さんはいないですね。別にそこまで背負わなくても、他に担当できる牧師さんがスタンバイしていますから。

というわけで、日常生活すべからず、私は「一度にひとつ」みたいな限界を抱えて生きております。マイナスばかりではないですね。例えば、時折耳にする「二股」「三股」とかの危険は、ワタシの場合はゼロです。(^-^;  したくても能力的にムリ。




くつろぎ感アップ用ピック3
Myndin er eftir Ludovic_Charlet@unsplash.com


なぜこんなことを書くかというと、ここ数週間のブログを眺め返して気がついたことがあるからです。ウクライナ難民のことばかり。気がついても、驚くというよりは「ああ、そうだろうな」というのが正直なところ。

三月の初めに、教会の中での「ウクライナ難民対応チーム」のようなアサインメントを受けて以来、このことにかかりきりのようになっていて、あまりそれ以外のことが見えていません。

来週にはアイスランドも参加しているユーロビジョンコンテストがあります。火曜と木曜日の二回に分けて準決勝。そして土曜日が決勝コンテスト。その同じ日には、アイスランドの地方総選挙です。

ラジオとかでは、結構ユーロビジョンの話題で盛り上がっているようですが、ワタシは全然蚊帳(カヤ)の外です。(「蚊帳の外」なんて、今時通じるのかな?)

加えて、テレビとかでは地方選挙も熱いトピックですし、私も辞めそうで辞めなかった緑の党の一員なので、選挙関係のメイルや集会案内、活動参加の要請等が毎日のように入ってきます。

緑の党に関する顛末はこちら: 「やめるの『ヤーメタ!』の巻き」

アイスランドでは、原則五年間以上継続して居住している場合には、外国人でも地方選挙に参加することができます。実は私は、今回もレイキャビク市の比例代表名簿に入っています。二十四番目。

こういう席は、実際に市政に参加する可能性はゼロのため、「名誉席」とか呼ばれています。もっと平たく言うと「飾り席」「雛壇」であって「こういう社会的地位の人もいるんだよ」「外国人もいるんだよ」ということをアピールするために用いられます。

外国人と選挙についてはこちらも:この国で選びたい! 選挙権と国籍




レイキャビク市政選挙 24番目のワタシ
Myndin er ur vg.is


ですから、選挙で一生懸命に走り回っている人たちも多くいます。それでもワタシにはどこ吹く風ですね。ユーロビジョンも選挙も頭に入ってこないのです。

私自身にとっての実害はないのですが、唯一困るのは、私自身が普段から関わっている「ウクライナ人以外の難民の人たち」と共にいる時間もやはり削られてしまっていることです。精神的にも「共にいる」部分が減少してしまっていることは、事実ですね。

これは良いことではありません。実は難民の人たちの中からも「なんでウクライナ難民ばかり優先するのか?」「難民差別じゃないのか?」みたいな声も漏れ聞こえてきます。

つい一年足らず前、タリバンの復権を前にしてアフガニスタンからの難民が急増した際には、アイスランドでもそのニュースがひっきりなしだったのですが、今はアフガンの「ア」の字も聞こえてきません。

確かに当事者にしてみれば、「そういうもんじゃないだろう?」と言いたくなるのは当然でしょう。

これらはかなりセンシティブな事柄ですし、きちんと丁寧に対応する必要があります。この点は、また機会を見てきちんと書いてみたいと思います。

サポートをしている側にしてみれば、別に誰彼を好みで優先しているわけではないし、後回しにしているわけでもない。差別しようとしているわけでもありません。それは確かだと思います。

ですが、そういう状況の中で生じてくる「差別」とみなされることこそ、実は本物の「差別」なのではないかという思いがあります。これも、かなり繊細な事柄でしょうし、言葉足らずで誤解を生みたくはありませんので、またの機会に改めて書いてみたいと思います。

とにかく「凡庸」であるワタシは、まだもうしばらくは「ウクライナ」に頭を持って行かれたままになりそうです。それでも「オレたちのことはもうお忘れ?」と他の難民の人たちから後ろ指をさされないよう、心には「ゆとり」を保てるよう祈って参ります。


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復活祭の「お茶会」の顛末

2022-04-30 21:12:09 | 日記
こんにちは/こんばんは。

五月になりますね。もう一年の三分の一を消費したわけですか?はやっ! というよりもコワッ! になりつつあります。




清涼感アップ用ピック
Myndin er eftir Joe_Yates@unsplash.com


多少、前回書きましたことに結論を付ける必要があると思います。前回は、西方教会(カトリックや多くのプロテスタント教会)の復活祭よりも一週遅れでやってくる東方教会(ロシアやウクライナを含む正教会)の復活祭に関連することを書きました。

先の24日の日曜日がその復活祭だったのですが、アイスランドにやってきているウクライナ難民の人たちが、多少なりとも復活祭を祝えるようにと、私たちアイスランドの国民教会もお手伝いしていたのです。

私たちがお手伝いした集会は、正式のミサではなく、伝統的なイースター・ブレッドと呼ばれる手焼きのパンと、装飾されたタマゴを分け合って共に時を過ごすための、なんというか、大き目のティーパーティー?のようなものでした。

場所はネス教会という教会の集会棟。お茶会とはいえ復活祭なので、国民教会のアグネス監督が復活祭の短いお話しをしに来てくれました。

会場の準備等は私とアニー牧師が責任者となって進めたのですが、参加者がどれほどになるのか皆目見当がつかず。多分「六十人から百人の間だろう」ということで、ガラス張りの明るいホールにセッティング。百人くらいなら大丈夫のはず。




毎日曜日、これくらい来てくれれば嬉しいもの


ウクライナ難民の人たちは、レイキャビクだけではなく、空港の町ケフラビクや港町ハフナフョルズル等にも分散して滞在しています。そのため、何台かのマイクロバスがそれぞれの町へお迎えのために出向くように手配されました。

開始は午後二時だったのですが、一時過ぎにはぼちぼちと参加者が現れ始め、一時半過ぎには相当数の人々が参集していました。

この時点で百人越え。「これ、まだ一つのグループだから。もっと席がないと」と支援のボランティアグループから注釈。慌てて、隣接する大ホールにも席を用意しました。

もともとセッティングをしていたホールと大ホールは可動式の壁で遮られていますが、この壁は収納してひとつのMaxホールにすることは可能です。ですが、収納には多少のノウハウが必要で、そのノウハウを持っている教会スタッフはすでに帰宅済み。

「始めっから開けときゃ良かった」とは後悔先に立たずの典型。でもめげてる時間はない。






予想を超えた数の参加者


結果、二百人以上が集まっていたため(ニュースでは「三百人が参加」と報道。ホンマでっか?)、アグネス監督の挨拶も教会堂ですることに急遽変更。皆さんには集会棟と隣接する教会堂へ移動してもらいました。

ミサや礼拝式の場合は、オルガンが前奏を始めると、それが「始まるよー!」の合図となって静まるものなのですが、今回は「ティーパーティー」なので、オルガンはなし。コレも計算違いや。

仕方なく、私とアニー牧師がキャンドルを手にしてしずしずと行進して聖壇のキャンドルに点灯。始まりの雰囲気を作ろうとしました。ですが、あちこちで私語がまだ聞かれ、なんとなく締まりがない。

それがアグネス監督が話しを始め、ウクライナ青年アレックさんが通訳を始めると水を打ったような静寂に包まれました。約十分のお話しの締めくくりにアグネス監督が「キリストは蘇りたもう。真実に蘇りたもう」という復活祭の挨拶言葉のようになっているフレーズを用いました。

それをアレックさんが「フリストール ボスクレス」と訳し始めると、その場のウクライナ人全員で「ボイーストゥヌ ボスクレス」とすかさず返答の唱和。この辺は身に染み付いている伝統を感じさせ面白かったです。

そして、アグネス監督に大拍手。再び集会棟へ移る際、わざわざアグネス監督に「ありがとうございました。娘は感動して泣いていました」と言ってくるお母さんもいたほど。

??そんなに感動する内容だったか?そういえば、事前に原稿を見せた際にアレックさんも「こんな興味深いスピーチはみたことない」とか言ってたなあ... ?

そして思い当たりました。正教会のミサは司祭中心で、一般の信徒は決まりきったフレーズを時折唱えたり、教会の周りを歩いたり、と私たちの礼拝とは相当異なったしきたりです。

司祭(牧師)が、信徒の人が理解できるような「お話し」をする、ということ自体が新鮮な体験だったのではなかろうか?と。

日本のお寺での供養とかでも、お坊さんがお経を唱える部分では、私たちはなにもわからないじゃないですか。時折、その後で「講話」をしてくださるお坊さんもあり、ホッとさせられたりしますよね。それと同じようなものではないかと。

私たちのルーテル教会では「説教」という聖書からの教えのお話しが礼拝式の中心にありますので、司祭(牧師)がお話しをしてくれるのがフツー。今回は、我々にとっての「当たり前」がみんなにとっての「当たり前」ではないことの見本かも。

その後、集会棟でお茶会の開始。「コーヒーカップ足りない!」「砂糖はどこ?」「椅子をもっと」「ゴミ用の大袋をもうひとつ」「飲み残しのコーヒーやジュースを空けるバケツみたいなもの必要!」








すべてホームメイドのパン 各家庭に秘伝のレシピーがあるとか


まあ、忙しかった。ニュースの報道クルーもふたつくらい入ってたりして、芋を洗うような... (失礼) と言うのかな? 一瞬でしたが、私は後楽園ホールでのプロレスが終った後の出口のごった返しを思い起こしましたよ。

それに後から気がついたのですが、ああいうごった返しの中に身を投じたのは、なんと三年ぶりのことじゃありませんか! 久しぶりのことだったんですねー。

さて、たくさんの綺麗な手焼きのパンが並べられていたのですが、私は最後の最後まで一切れも口にする機会が持てませんでした。最後に一切れ口にしてみました。... 正直言って、別に美味しくはなかった... です (^-^;  パンだ、これ。ケーキじゃない。

後片付けは、支援グループの人たちや、参加した難民の人たちの幾人かが積極的にしてくれ、私とアニー牧師は楽をすることができました。ありがたや。

意外と短い時間ですべてが終了。二時から始まったティーパーティー。五時にはすべての片付けも終わり、お疲れ様ー。




イースター・ブレッドと並ぶ復活祭のマストアイテム 装飾タマゴ


本来なら喜びの溢れる復活祭なのですが、現在のウクライナ難民の人たちにとっては苦難と悲しみの中での復活祭。アグネス監督のお話しを通訳してくれたアレック青年の妹は、いまだにあのマリウポリにいるとのこと。胸中を察することは難しいです。

それでも、例えばこの集いで、多少なりともの笑顔と笑い声の中に「復活」への希望が見えた思いがします。きちんとした考えを持つ、ロシア人の人たちが手伝ってくれ共にいてくれたことにも「復活」への希望が見えた思いがします。

私にとっては、今年二回目の復活祭の日曜日のようでもあり、またかなりデフォルメされた復活祭の集会でもあったような気がするのですが、それでも復活祭の深い意義は、自分の教会でのイースター礼拝でよりも、むしろ今回の「ティーパーティー」の方でより強く感じられた思いがしてしまうワタシなのでした。


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捨てる神あれば...  意外な「お宝」?

2022-04-23 20:15:49 | 日記
こんにちは/こんばんは。

先の木曜日から、アイスランドはオフィシャルに「夏」となりました。四月の第四週の木曜日がSumardagurinn fyrsti スーマルダーグリン・フィルスティ「夏の第一日」として定められており、国民の祝日になっています。

凍てつく夏 古の知恵では想定内


だいたいこの「夏開き」の日は雨が降ったり、寒かったりと「夏?」感が震えることが多いのですが、今年はまあ、そんなに鳥肌が立つこともありませんでした。

そういえば、復活祭にも雪は降らなかったですね。「復活祭には雪が降る」という都市伝説があるのですが、今年はそれも一休みのようでした。




くつろぎ感アップ用ピック Vikの風景
Myndin er eftir saikrishna-saketh-yellapragada@unsplash.com


前回は、Paskarパースカー(復活祭)関連のことを、特にウクライナの人たちの多数派が属する正教会との関係で書いてみました。

その中で、正教会の復活祭は、(今年は)カトリックやプロテスタントらの西方教会の一週間後、4月24日であることもお伝えしました。そして、私らアイスランド国民教会のスタッフも、「どのようにしてウクライナ難民の人たちが復活祭を祝えるか」という点で、いろいろ協力していることにも触れました。

事前の話し合いの中で、「ヨーロッパのどこかからウクライナ正教会の司祭を招いてミサを守る」という案が出されたものの、これはうまくいかなかったことも前回書いた通りです。

ただ、前回触れられなかったのですが、その案と並んで「ウクライナかあるいは他の国からのライブ・フィードを見ることでミサに参加する」という案も出されていました。パブリック・ビューですね。

この案を出したのは私自身です。コロナ開けということもあり、この状況の中ではそういうのも次善の策ではないかと。

協議に参加していた人たちの中には賛同する向きもありましたが、ミサの宗教的価値を重んじる人の中には「ミサの後で食べるイースターブレッドは、司祭によって『聖別』されなくてはならない。オンラインで聖別することはできない」という意見もあり、「待った」がかけられてしまいました。

「聖別」というのは、教会の中で特に大切なものを特別に「聖なるもの」となるように神からの祝福を受けることです。









イースターエッグのカラーリング作業 玉ねぎは茶色、赤ラディッシュは赤色用


という流れで、つまり 1)司祭を招いてミサを持つ=ボツ 2)パブリック・ビューイング形式のミサ=ボツ となり、最後の代替案 3)ミサとは切り離して、イースターブレッドとタマゴの装飾を「文化的イベント」として楽しむ が残ったわけなのです。

実はこのみっつの案、最後の最後までウダウダと結論が出ないまま持ち越され、最終的に「三番目の案で行こう!」となったのは、「冬の最後の日」つまり今月20日のことでした。(今土曜日ですので)三日前。フー...

それでも月曜日には、「イースターのパンを焼きたい」と申し出てくれていたロシアの婦人たちと会い、準備には入っていました。それでも僅か一週間足らず。

婦人たちはパン焼きに関してはベテラン揃いなので、そちらは心配ないとしても、会場の設定や、隣り町からのチャーターバスの手配、子供たちのプログラムの準備等々、短期間になさねばならないことは山のようにあります。








こっちはパン焼きの準備 完成品は「乞う次回!」


まあ、それでも教会というのは、そういうことには慣れているものですが。

というわけで、今週(4月23日までの週)は、ワタシもかなりキリキリマイさせられた週となりました。

前々回触れましたネス教会が会場となり、正式のミサではないとしても、復活祭の意義と「共にあること」を確かめるために、アグネス監督が国民教会を代表して挨拶してくれることが決定。

私や同僚のアニー牧師は、現場の責任者ではあるのですが、実際のイベント遂行者はウクライナ難民を支えるボランティア・センターの人たちです。こちらに住んでいるウクライナ人、その人たちに関係するアイスランド人、支援しているロシア人等々がその中心。

我々、国民協会サイドはあくまで「サポーター」です。実際、今、土曜日。にもかかわらず、一体どのくらいの人数が集まるのか、大雑把な数もこちらは把握できていません。大丈夫かな?

自分の企画だったらこういうことはないです。小心者のワタシは、いつも準備万端、万一に備えていつもプランB、果てはプランCくらいまで準備してかかるタチです。




くつろぎ感アップ用ピック2 Flateyの風景
Myndin er eftir Einar_H_Reynis@unsplash com

そういう意味では、こういう状況での活動 – つまり、突発的で流動的な状況の中で、いろいろなことを至急に、かつ見込みのみで計画して実施する – というのは、非常に貴重な経験というか、新しい世界に踏み込んだ気がします。

「捨てる神あれば拾う神あり」っていう諺ありますよね。これって、チョー日本的な諺だと思うのですが、実は結構気に入っていて?ちょくちょく心に浮かびます。

本来的には「嫌なことをする人もあれば、優しくしてくれる人もある」「辛く当たってくる人もあれば、助けてくれる人もある」という風に、対人関係について使われるものなのでしょうが、私は勝手に意味を拡張しています。

つまり、何かが上手くいかない、思い通りに進まない時でも、そこになにかしら思いがけないようなプラスの宝が埋まってたりする、みたいな。

「みたいな」というよりは、これはかなり私にとっての、生活上の確信です。実際にそういうことの連続でしたから、ワタシ自身の生活は。

今回も、思い通りに行かない面だけに囚われてしまうことを避けるようにし、意外な「お宝」を探っていこうと思っています。


*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。

藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com

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コメント (2)
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