レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

アビとおじいちゃん、それにモアファア

2020-07-12 00:00:00 | 日記
それなりに夏らしい天気が続いているレイキャビクです。「暑い」と感じることはまずありませんが -それでもたまに外で日差しの下にいると「暑い」こともあります- 「寒い」ことがないだけで、心持ちが良くなります。

日本のニュースにもついていくようにしていますが、大雨の被害は尋常ではないですね。コロナ の後でこれでは、本当にたまったものではないでしょうし、被災地の皆様にはお見舞い申し上げます。

一方、東京では木金と二百人を超えるコロナ新感染者ですか?困ったものですね。このタイミングで集会規制の緩和や、国内トラヴェルの支援が行われるとか。「これが正しい」という答えがない問題なので、為政者にとっても舵取りは難しいだろうと思います。

さて、本来のしょうもない話題に戻ります。

前回「ホンマでっか!? TV」に触れましたが、その続きから。八王子の話題の後、番組の後半ではさんまさん、所さん、そして郷ひろみさんが登場。なんでも当日がさんまさんの六十七歳の誕生日だったそうなのですが、この御三方、みなさん同い歳なのだそうです。

で、そういう話題になったのですが、さんまさん、所さんが共通して口にしていたのが「六十七歳になっても、若い頃『六十後半はこんなやろうなあ』と考えていた有様とは、全然違う』ということ。 「昔は六十歳とかは、もっとこう悟ったようなもんだろうと想像してたけど、全然今までと同じや」とのこと。

これ、私の周囲を見渡しても、ほとんどの人が口にすることのように思われます。私自身もそう思います。今現在六十一歳になったのですが、若い頃、その辺の歳の人はこうだろう、と思っていたのとは雲泥の差がある自分です。

「オレ、セイチョウしないからなあ...」と感じていたのですが、同じようなことをあっちからも、こっちからも聞くようになって「ああ、これはワタシ限定のことではなく、みんな同じなんだ」と気が付かされました。

ということはですね、皆さん。もし皆さんがまだ四十歳かあるいはそれより若い世代としたら、あなた方が心に思っている「六十台はこうだろうイメージ」は、すべからず「ハズレ」だよ〜、ということなのです。(*^^*) 六十台とはまだそんなに「熟成」してはいないのでした。




先週の日曜日、洗礼式の様子


さて、これが今回のお話しの前提となります。これからが本題。

実は先の五月に娘に赤ちゃんが生まれました。女の子。で、先週の日曜日にその赤ちゃんの洗礼式(キリスト教に入るための教会の儀式)が行われました。この洗礼式は、赤ちゃんに名前を命名する習慣がありますし、また、親戚や友人に赤ちゃんをお披露目する機会でもあります。

この赤ちゃん、愛称をドラミちゃんと言いますが、私にとっては初孫です。そういうことから、周囲の邦人の方々が「トーマさんも、いよいよ『おじいちゃん』ですねえ」とか言い始めたのです。

ギョギョ! おじいちゃん!? これこそ「ホンマでっか!?」です。

なんというか、「娘に赤ちゃんが生まれた」というのは事実です。おめでたいことで、なんの抵抗もありません。その孫から見た続柄が「祖父」であることも事実です。これは客観的な事実関係。

しかしです。それが「おじいちゃん」になると、そう簡単には受け入れられない。何せ、先に述べましたように、私自身はまだ熟成していない「万年青年」なのですから。それが「おじいちゃん」と呼ばれると「いやいや、まだそんな歳じゃないから」と言いたくなってしまうのです。

アイスランド語では「祖父」のことはafiアビ、「祖母」はammaアンマと言います。このアビ、アンマは孫から見ての「親の親」という意味しかなく、一般的な意味での「老人」「高齢者」という用法で使われることはありません。

こちらでは、割とよくあることなのですが、例えば女性が二十歳で娘を産んだとしましょう。そんなに特別なことではありません。その娘が、今度は自分が二十歳になった時に子供を産んだとします。すると、生まれた子供の母親の母親は、四十歳にしてアンマとなります。

アイスランド語では「アンマ」と言ってなんら問題も違和感もありません。だって「祖母」という族柄だけを指す言葉で、年齢は関係ない言葉ですから。

ですが日本語だと「おばあちゃん」となり、どこか違和感が出てきます。どう考えても「高齢者」ではありませんから。だからおそらく日本では「若いおばあちゃんねえ」とか注釈を付ける羽目になるだろうと思うのです。




洗礼式用のケーキ 中央に名前が書かれていますが、式終了まで「砂糖の皮」で秘匿


問題は何か、というと、日本語では「おじいちゃん」「おばあちゃん」という言葉には二重の意味があり、一方で「祖父」「祖母」という続柄を示しながら、同時にそれは「高齢者」を指す言葉になってしまっていることです。

多分、昔はそういうものだったのでしょう。孫ができる年齢というのは、社会的に見ても高齢者に属する年齢だったのだろうと思います。

ですが、平均寿命が九十歳近辺に達している昨今では、これはもう事実から解離している面があるのではないでしょうか?さんまさん、所さん、郷ひろみさんたちだって、どうみても「おじいちゃんず」ではないではないか。

で、ワタシは強く訴えたい! 「孫との関係」を指す意味において、従来の「おじいちゃん」「おばあちゃん」に替わる言葉を創るべきだ、と! 

後から糾弾されないように、この辺で断り書きをしておきますが、別に「高齢者」が悪いとか、マイナスだとか言っているわけではないですよ。高齢者の方々は、人生への見識も知恵も豊かでしょうし、一方では肉体的な強さでは弱り始めているでしょうから、それにふさわしい敬意といたわりを社会から受けて然るべきだと考えます。

言いたいことは、「六十台では、まだその途上であるだけだよ〜」ということ。 人には歳相応の対応というものが必要なのです。幼稚園児に三角関数を教えることはしないでしょうし、高校生に年金相談窓口は必要ないでしょう。つまり、そういうことです。

孫ができたからといって、「おじいちゃん」「おばあちゃん」の冠を被せて、無理やり高齢者の範疇に押し込むのはヤメロー! 無理強いしなくたって、いずれ自然とその範疇に入っていくのだ、ワレワレは。




洗礼式は、こちらではけっこうなお祝いになります


よろしい。それでは、アイスランド語のアビ、アンマに相当するような「高齢者」の意味を含まない「祖父」「祖母」を表す言葉を創るとしましょう。どんな言葉が良いでしょうか?

ウ〜ン... こちらに住んでいると、「アビさん」とか「アンマさん」とか横文字流用で済ませられるのですが、日本語を創るとなると多少のセンスが必要ですね。新語造成は圧倒的に若い世代の方々の方が得意でしょうから、ここはやはり一般公募か?

ちなみにデンマーク語ではfarmorファアモア(父の母=父方のアンマ)とかfarrfarファアファア(父の父=父方のアビ)、morfarモアファア(母の父=母方のアビ)、mormorモアモア(母の母=母方のアンマ)とか呼びます。単純。

でも、ファアファア、モアモア... ... パンダか!? (*^^*)

というわけで、今回はなんとか「おじいちゃん」入りに抵抗するワタシの必死の抵抗と悲痛な叫びの回でした。こんな内容のブログを書いているワタシは、どうやっても高齢者の域には達していないのでした。論より証拠。

もし、皆さんに良い新語の案がありましたら、是非ともご提示を。m(_ _)m


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八王子市民人生相談!?

2020-07-05 00:00:00 | 日記
六月末から七月初めにかけて、アイスランドではレイキャビクを含んで全国的に「夏」っぽい天候に恵まれています。「レイキャビクでも20度を超えるぞ!」という予報が、二度三度とニュースに流れました。

公式的な記録は20度には及ばなかったと思うのですが、外を歩いているときに限っての気温だと、まあ20度は行っていただろう、という気がします。願わくば、もうしばらく続いて欲しい「夏日」です。




20という数値を見ることは「稀」
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ここ何回か真面目な内容が続きましたので、今回は通常に戻り、しょうもない内容のブログになります。

先日久しぶりに「ホンマでっか!? TV」をネットで観ました。「八王子市民人生相談」とかいうタイトルだったので目に入ってきたのです。八王子出身のタレントさんとかが集まっての回となりました。

ああ、そうだ。なぜ「八王子」が目に入ったかというと、八王子がマイ・ホームタウンだからです。西八王子駅前にあった南多摩病院が私の出生場所。まだあるかどうかは知りませんが。

(ネットで検索したら、ちゃんとありました。スミマセン。m(_ _)m しかも、以前より数段上のモダンな建物になっている)

トウキョウ港街ひとり日誌(18-1)– ハチオウジの復活


「ホンマでっか!?」ですが、集まったのはヒロミさん、高橋みなみさん、フワちゃん、マキシマム・ザ・ホルモン(ゴメン、全然知らない)のナヲさん、ファンキーの加藤さん、それにアンジャッシュの大島さん... コジマだよー!

ついでに児嶋さんの相方の多目的トイレ王も八王子なんですよねー。それにゲストではないのですが、コメントレギュラーの池田清彦先生も三十年以上も八王子の住民とか。




私が生まれた「南多摩病院」 立派な建物になりました
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で、いろいろ八王子出身者の悩みというか不満をトークしたわけですが、まあ八王子出身者には「あるある」のオンパレードでした。

自然発生的に八王子組の頭領はヒロミさんになったわけですが、まず悩みというか不平のナンバーワンは「都民からバカにされる」「八王子のクセに『東京出身』って言うな!」というようなこと。

TOKYOだよ! 八王子は。

それの関連で話題になったのが高尾山。言うもまでもなく、今では人気の観光スポットなのです –実は、ワタシ的にはそれがいまだに良く理解できないのですが– 。

ファンキー加藤さんから緊急お知らせがあり、高尾山はこの「ホンマでっか!?」の収録があった前日の六月某日に「日本遺産」に認定されたとのこと。東京都からでは初の快挙とか。

(ちょっと不思議なのは「父島とか母島とかはどうなの?」ということ。東京都でしょう、小笠原諸島は?)

それはとにかく、「高尾山は八王子だぞ!」と言うと、「いや、高尾山はタカオザンだから」という人が多いのだそうな。この部分は私は個人的には体験したことがありません。ですが...

HACHIOJIだよ! 高尾山は。

八王子は東京から締め出したい。高尾山は高尾山で切り離して賞味したい。こういうのを「都民... いや23区エゴ」というのだ。

だいたい、その23区の成り立ちは完璧な外部依存ではないか! 先日のコロナ関連のNスタのニュースによると、埼玉県からの東京への日毎の移動人口は百万近いということです。

(*追記: このブログをいつも読んでくださっているという、大変慈愛深い女性の方がメイルで教えてくれたのですが、「埼玉都民」というのだそうです、埼玉に住み、東京へ通勤されている方々のこと。知りませんでした。ご教授、感謝です。m(_ _)m )

つまり、埼玉からだけでも、百万人が出てこなければ、都心の生活は成り立たない、ということ。これに千葉や、多少は少なくなるかもしれないけど神奈川からの労働移動人口を加えたら、いったいどれくらいになるやら?

ネットで調べられるでしょうが、そこまではしません。要は鼻高々の23区民さんの生活は、外国人..じゃない23区外の住民サマサマということなのですよ。足元の氷はテッパンではないことをお忘れなく。




八王子は東京都のここにあります
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ところで「ホンマでっか!?」では、レギュラーコメンテーターの牛窪恵さんから、いじめられっ子八王子についての、意外なポジティブなトピックも紹介されました。

それは若い世代の方々の間での最近の「住みたい街」リサーチです。一位はウォーターフロント勝ちどき。わかりますよね、私だって住めるものなら... 二位は恵比寿。三位が三鷹。そして、我が街八王子がなんと六位に入ったとのこと! これには私もちょっとビックリ。

牛窪さんの説明によると、ここにもやはりコロナの影響があるそうな。テレワークの普及により、毎日オフィスへ出向く必要のなくなった勤労者が増えたのですが、そうなると、今までは「遠距離」のイメージが強かった八王子でも「週、二三日ならいいか?」という人が増えているのだそうです。

加えて、八王子には「遠距離」でも強みがあります。JRの中央線は高尾発が多く、時間帯によっては八王子発もあります。加えて京王線も新宿直通で通っていて、こちらも八王子が始発。つまり座って行ける。これは出勤に際してはものすごいメリットです。

レイキャビク 通勤時間と公私「混合」




私の実家方面からの八王子風景 中央の十字架は私の出身教会「ルーテル八王子教会」
ちなみに富士山の右が高尾山
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さらに八王子は関東ローム層という、戸建てには良い土壌なのだそうで、マイホームを建てよう、という中堅層には魅力が出ているらしいのです。まあ、この辺はワタシには120パー関係ありませんが。

レギュラーコメンテーターの門倉貴史先生(?)は、もうひとつ付け加えてくれて、人口五十万人以上の市町村を対象とした調査で、八王子は2018-19年のゴミ排出量が日本最小だったとのこと。これも私は知りませんでした。

ゴミの分別がかなり厳しかったことは覚えていますが。ちゃんと分別していないと、持ってってくれないんですよね。一度、ワタシがだしたゴミ袋だけ、通りの角にぽつんと寂しげに残されているのを回収した覚えがあります。

八王子は歴史もあり、旧甲州街道の宿場町でしたので、歴史的にもいろいろ蘊蓄を語ることはできましょうが、つまらないのでやめておきます。

事実として長らく斜陽都市であった八王子ですが、ヒロミ頭領が元気なうちに、できるだけ盛り返してもらいたいものと願います。全国的な知名度はないでしょうし、まあ、ローカル都市ではありましょうが、皆さん、これから八王子は全国区となります。

いっそ「高尾市」に変えた方が早いんじゃないの?... ってか?


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BLM アイスランドでの独自展開 – の続き –

2020-06-28 00:00:00 | 日記
六月の最終週を迎えています。始めに、昨日の土曜日はアイスランドの大統領選挙の投票日でした。今現在(土曜日の正午)、まだ結果は出ていませんが、現職のグビューズ二大統領の再戦は間違いありません。




大統領選の支持率アンケート
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レイキャビクの今年の夏は、昨年のような「奇跡の夏」にはなりませんでしたが、それなりに夏っぽい日々を与えてくれています。レイキャビク界隈では、気温は十二、三度か「もうちょい」くらいまでは達してくれます。

気温はそんなものですが、雨と風の日がこの夏は少ないと実感しています。まあ、統計的というか、実数値を取ると違う結果になるかもしれませんが。あくまで生活実感。

さて、今回は前回の続きです。前回は、アメリカはミネアポリスでの黒人男性に対する警察暴力に端を発したプロテストが、世界に波及する中で、どのようにアイスランドにもやってきたか、ということをお話しいたしました。

当初は、そのような状況がどういう風に私自身の仕事に影響しているか、ということを仕事目線でお伝えするつもりだったのですが、長くなりすぎたため、持ち越しとさせていただいたわけです。

さて、私は教会の牧師ですが、もう二十年以上もアイスランドでの移民の人たちと関係する分野で働いています。ここ五、六年は、活動の中心が難民の人たちへとシフトしてきました。

この分野で仕事をする以上、人種民族的偏見、外国人ヘイト(ゼノフォービア)、「Iceland for Icelanders」的スローガン、文化的な相違による嫌悪と侮蔑、そして様々な形で現れる差別と向き合うことは避けられません。

私も、この仕事に就いて以来、ずっとこれらの問題とは隣り合わせでやってきました。

今回のBLM運動の中で、特にアメリカからよく聞かれる意見が、警察組織の中に組み込まれている黒人への差別と偏見の構図でした。個々人の問題のレベルを超えて、黒人を犯罪者として疑ってかかる図式が、これまでの社会の歴史の中で出来上がってしまっている、というようなことだと理解しています。

そのように、差別偏見がシステムの中に組み込まれてしまっていることを、英語ではなんと言うのでしょうか?Systematic discriminationかな? アイスランド語ではKerfisbundin mismunun ケルビスブンディン・ミスムーヌンと呼びます。

Kerfi(system)+ Bundin(bound)+ Mismunun(discrimination) です。「システムにくくり付けられた差別」ということになります。例えば「同じオフィスワーカーの中で、一律に女性の給与が男性よりも低い」というようなものが、このシステムに組み込まれた差別の典型です。

このシステマティック差別のもうひとつの典型は、法律や規則、公的な事務処理の過程などに差別が盛り込まれている場合です。私の考えでは、「戸籍制度」は日本でもっとも日常に浸透している「差別付きシステム」(あるいは「差別助長システム」)ですが、今回は深入りしません。




教会のチームが国会に送った意見書の第1ページ


アイスランドですが、実は年明けから「外国人法」の改正がアルシンキ(国会)の日程に載せられました。この改正法案は、実際には「改悪法案」で、赤十字をはじめ多くの団体、有識者が問題視するに至っています。

例えば、すでに他国で「保護」を受けている難民の再難民申請を不可能にする、こと。すでに保護を受けた難民は、もはや「難民」ではないので、そのような申請は原則受け入れられません。

それでも現行法では「相当な事由がある場合」には申請を受理することができる「お助け条項」があるのです。

ギリシャ、イタリア、ハンガリー等の国々での「難民保護」は、事実として実体がないものであることは、ヨーロッパでは誰もが目に耳にしているところです。家なし、仕事なし、ヘルスケアなし、では生活できません。

難民の人たちが、「保護」を受けながらも第三国へ逃れてくるには、それなりの理由があります。ですが「改悪案」では、今ある「お助け条項」から、この「難民再申請」をはずすことを謳っています。

この他にも、様々な点で難民や外国人の権利の削減が、この法案には含まれています。

で、私自身、この改悪は黙って見ているわけにはいかない代物だったので、教会のSeekers Ministryという、難民問題に取り組むチームに進言して(ありがたいことに、今はひとりではないのです!) 、国会への公式な意見書を取りまとめる作業を始めました。

それなりに時間と手間がかかるのですが、その真っ最中に、あのBLM運動が広まってきたのです。

アイスランドでの、外国人法「改悪」法案とアメリカから広がってきたBLM運動。別個なものなのですが、「システムにくくり付けられた差別」という観点からは多分に共通するところが多いのでした。

というわけで、アルシンキへの意見書の取りまとめをしながら、私は横目で次々と一歩踏み出して、自らの差別、偏見の体験をメディアで赤裸々に語る外国系アイスランド人や移民の人たちを見ていました。いや「横耳で聞いていた」と言うべきか?

「確かにそうだ」「あるある」と頷けるものも、「まさか!」と、私の知らないような話しもあったので、もう少し深入りしたかったのですが、今は改悪法案への意見書が先。

意見書は無事に取りまとめて送ることができました。ですが、それだけでは不十分。意見書が目的ではなく、法案がそのままで通過することを止めることが目的です。

そのためには、この法案の欠点を広く世間に知らしめ「反対」の声を集めなくてはなりません。そこで、前回にも書きました、メディアでのオピニオン・コーナーに頼ることになります。

私個人は、この法案について、まずもってふたつの意見記事を投稿しました。加えて、国会への意見書を、少し噛み砕いて普通の記事にして、これもメディアへ投稿しようということになりました。これはSeekers Ministryでのグループ作業。

私のオピニオン投稿のサンプルはこちらです。




教会のSeekers Ministryの面々


これはこれでまた結構な作業で、改めてグループ作業の大変さを思い起こさせられました。ひとりでやる方が簡単なこともあるよね、フ〜...

オピニオン一回分としては「長過ぎる」から、三回に分けることになりました。グループでの署名記事だし、それが三回続くというのは、それなりにインパクトも増すでしょう。

大切だったことは、これらの「外国人法案改悪」に反対するオピニオンが、BLM運動で言われている「システムのくっついた差別」と関連するものであることもわかってもらうことでした。

この点に関しては、長さの問題とかもあり、オピニオン記事そのものには組み込めなかったので、Facebookとかでネット記事をシェアする際に強調したのですか、まだちょっと足りないですね。改めて記事をひとつ書き足すことが必要だろう、と考えています。

というような感じで、今回のBLM運動と私自身の職務と重なるようになっているのが、ここのところの私の仕事の状況でした。幸い?なことに、改悪法案はすぐには審議入りしない模様です。

政府が悔い改めたからではなく、コロナで諸々の国会審議が遅れに遅れているのが現実だからです。そのことを法務大臣が認めたので、今現在、久しぶりにホッとしています。先週の金曜日は六月に入って初めてのデイオフにしました。そしてもう七月突入。なんか、やっぱりヘンな夏だ〜!!

日本ではコロナは去りそうで去らないコロナですね。「さあ、もう行かないと...」と言い出してから、さんざんしゃべくっているアイスランドのおばちゃんたちを思い起こさせます。

不自由な現実はありましょうが、それでも十分気を付けながら、楽しんで夏をお過ごしください。


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Black lives matter アイスランドでの独自展開

2020-06-21 00:00:00 | 日記
先週の水曜日は17. juni でした。「ソイテャンディ・ユニ」と読みます。これはアイスランドの独立記念日で、もちろん国民の祝日です。なぜか「独立記念日」という呼び方よりも、ソイテャンディ・ユニの方が日常的に使われます。

今年は例によってCちゃんの影響で、祝祭典は控えめだったとのこと。子供たちが大きくなって以降は、まったく参加していない私にとっては、ほとんど関係ありませんでした。 でも、ひとつ特別に良かった、と思えたことがあります。この日は毎年大統領が国に貢献した人に対してFalkaorda ファウルカオルザという勲章を授与します。




左からヴィーザル、アルマ、ソウロウブルの御三方 おめでとうございます
Myndin er ur Visir.is/Sigurjon


その受勲者の中に、ヴィーザルというお巡りさん、アルマとソウロウブルというふたりのお医者さんがありました。

この御三方、コロナの騒ぎの間、毎日記者会見を開き、現状のわかりやすい説明をし、さらに記者からの質問にも丁寧に答えてくれていたのです。相当の仕事だったろうと想像します。「昼帯」を担当しているようなものですから。国民のほとんどが彼らに感謝しているのではないでしょうか?

私もこの受賞は、とても的を得ていると思いましたし、珍しく私でさえ喜ばしく感じるものとなりました。おめでとうございます。

実は、今回は天気も良かったし「街中へ歩いて行って写真でも撮ってみっか?ブログのために」と、思ったりしたのですが、結局自宅での仕事になってしまいました。ここのところかなり忙しかったのです。

今回は、昨今のアイスランドの様子を、私の仕事目線でご紹介してみたいと思います。

アメリカの Black lives matterの波は世界の各地へと波及している、とニュースで見ています。その波はアイスランドへもやってきています。数年前の#Metoo運動の時と似ている面があります。

もっとも、黒人の人たちの絶対数がとても少ない事実がありますので、アイスランドでは、BLMは黒人の人たちへの差別反対という点では、例えば「アメリカでの運動を支援する」というようにして現れています。

ただそれだけではなく、アイスランドでの関連した問題として、「非白人の移民、住民に対する差別の告発」というものがここのところ頻繁になされています。

「告発」というとちょっと言葉がきついかもしれませんが、#Metooの時と同じく、差別や偏見の体験を持つ人たちが、表に出てきてそのことについて話しをするのが目立つようになりました。

ここで、先へ進む前に、アイスランドと日本のメディアのシステムの違いについて少し説明しておきますね。

Youtubeやその他のSNSの発展に伴い、一般の個人が自分の考えやパフォーマンスを、既存のメディアに頼らずに自由に発表できるようになったことはアイスランドも日本や他の欧米諸国と同様です。敢えて「欧米諸国」と言いましたのは、そうではない国も実際にアジアではあるようですので。

ただ、アイスランドではこの発展とは別に、普通の個人がメディアに個人としての意見を発表する場が「伝統的に」保証されてきました。




伝統的な紙面の中でのオピニオン・コーナー モルグンブラウジィズ紙


日本の新聞では、読者のオピニオンなどは本当に数行のものが、日にふたり分くらい掲載されるだけですよね?こちらでは、私が移ってきた三十年前ですら、毎日紙面の数ページを費やして普通の読者からの意見が掲載されていました。

昔は、紙面以外には意見表明の場がなかったので、私も二十年くらい前から定期的に新聞へ自分の意見を発表してきました。簡単ではなかったですよ、もちろん。アイスランド語ですから、助けは必要でした。

十五年くらい前から、徐々にネットが並行して意見表明の場を設けてきましたし、今ではネットの方がメインになっています。印刷版よりも、シェアできるネット版の方が好都合なことが多いのです。

これらオピニオンの場が、Facebookやインスタ、トゥイッターのような個人ベースのものではなく、ネットのニュースサイト、例えば日本やアメリカで言うならば、ヨミウリ・オンラインとかCNN.Comのような公共サイトの一部に設けられているわけです。

これは、意見の交換を公明正大にできる、という点ではかけがいのないシステムだと、私は高く評価しています。もちろん、大臣や著名な人も意見を送ってきますが、その隣りにそこらのおじちゃんや学生さんの意見が並ぶこともあります。というか、それが普通です。

大切な点はこれが「裏チャンネル」ではなく、まさにメインのメディアの一部であることです。その点に関わるのですが、匿名寄稿はNGです。それと、何か事情がない限り、必ず顔写真を添えなくてはなりません。つまり、意見は言えるけど、身元を隠してこそこそということはできないわけです。

このメディアの仕組みをまず理解していただきたいと思います。でないと、次にご紹介しますことが良くわかっていただけないでしょうから。

さて、最近、このメディアのオピニオン掲載の部分に、多くの移民、あるいはルーツを外国と分け合っている人たちが、自らの体験や意見を公開してくれているのです。それなりに勇気と覚悟がいることですし、敢えて一歩踏み出してものを言ってくれる人に、私は敬意を感じます。

で、どんな体験があるのでしょうか?

タイ人のお母さんとアイスランド人のお父さんを持つ二十代の女性は、小中学校時代にさんざん自分の容姿をからかわれたそうです。「冗談だから」と教師も見て見ぬ振り。いじめですね、もう。

別の中東からの両親を持つ女性は、アイスランドで生まれ、ずっとこの国で暮らしてきているにもかかわらず、なにかあると「自分の国へ帰れ!」といまだにののしられることがあるそうです。「私はアイスランド人ではないの?」と彼女はネットの記事で問うています。




ネットの中でのオピニオン・コーナー 「私はアイスランド人なのか?」
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あるアイスランド人の男性は、このオピニオンのコメント欄にこう書いてきました。「両親がアイスランド人でないならば、あんたはアイスランド人ではない。両親がアイスランド人なら、たとえ中国で生まれ育ってもアイスランド人さ」

私は、このネットの「コメント・システム」に関しては否定的で、こんなに人を誹謗中傷するだけのシステムなど、取り去られるべきだと考えています。当然、普段は無視するのですが、今回だけはこの男性にコメントを残しました。

「それは大変に面白い意見ですね。(スマイル) では、アイスランド人とは一体誰なのでしょうか?そもそも、アイスランド人のお父さんと、お母さんを持って生まれてきた『最初のアイスランド人』って誰?(スマイル二回目)」

この男性の見解に従えば、アイスランド人は消滅します。祖先は皆、移民なのだから。

ちょっと変わっているのは?黒人でゲイという大学生が、いかにアイスランド人のゲイの人たちが自分に対して期待というか、肉体に関する先入観的願望?を突きつけてくるか、とか。なおかつ、この人が「ものすごく支配的なキャラクターと決めつけてくる」こともあるそうで。

彼はこれを「ゲイの仲間世界での人種差別」と捉えているようです。そうかもしれないけど、いまいち私の理解を越えてしまっています。すみません。

この他にも、様々な人がそれぞれの体験、生活から多くを公表、共有の場を与えてくれています。私は、これはとても良い方向への発展と考えますし、一時(いっとき)のブーム事象ではなく、恒常的になって欲しいと願っています。

こうした意見を聞いていくと、アイスランドでの人種的、民族的、文化的差別というもの輪郭が浮かび上がってきます。直接的暴力の事例も増えてきているのですが、メインはやはり「いじめ」「侮蔑」「仲間外れ」等々の陰湿な日常的行為の中にあるようです。

これも真のアイスランドですから。

ああ、それで、そのようなアイスランドの昨今の状況が、どのように私の仕事に直接あるいは間接的に影響しているのか?ということを書くつもりでいたのですが、途中でネットの仕組みを説明しなきゃ、とか思いついたこともあり、長くなってしまいました。

この線に沿って、もう一回お話を続けさせていただきたいと思います。


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コロナ明けのピントの合わない生活

2020-06-14 00:00:00 | 日記
こんにちは。ここのところ、いくつか芸能界で話題がありましたね。ようやくコロナ以外の話題がバラエティに出てきてくれたのでホッとさせられる一面もあります。ああ、それからアメリカの騒乱ニュース以外ということで。

清野菜名さんと生田斗真さんが結婚したということで、おめでとうございます。私、清野菜名さんという方はまったく知らなかったのですが、つい二三週間くらい前に、オペンホウセのCMを目にして「ああこの可愛い女性は誰だろう?」と思いGoogleして見たのでした。わりとよくあるパターン。

で、清野菜名さんという女優さんだと知ったわけです。その途端にこのハッピーウェディング宣言。まあ、お相手が生田斗真さんということで、私としてはファミリーの延長と考えていますので、Welcomeですね。




清野菜名さん、おめでとう! トーマファミリーへようこそ
Myndin er ur News.yahoo.co.jp


その反面で、残念というかあきれたというか、なんですか?あのアンジャッシュの渡部氏(「さん」とは呼べませんね)の行動は?「不倫」「不倫」って次から次へと話題になりますが、今回のは「不倫」の「域」にも達していないのではないか?とまで感じてしまいます。かつてのトランX氏の域には達しているようですが。

世間の同情が奥様の佐々木希さんに向いているようですが、どうなるんでしょうかね?よそ様のご家庭内のお話しですので、干渉したくはありませんが、少なくともこれが希さんのトラウマにならないことを願います。

ピンチヒッターでラジオの代役で登場した「コジマだよー!」の児嶋さんの話しもYoutubeで聞きましたが、泣いてましたよ、彼。児嶋さんにも同情いたします。まさに青天の霹靂でしょうね、相方としては。

渡部氏は「完全自粛」とか言っているようですが、一体復帰できるものかどうか?あそこまで「ゲス」の振る舞いが公になってしまうと、なんというか「一線を越して行っちゃった」感があります。

さて、気がつくと六月も中旬となっていました。私の周囲には同調してくれる人が いく人かいるのですが、コロナ禍の際のStay home 期間のおかげで季節感が狂ってしまい、なんとなくいまだに四月だか五月だかであるかのような気がしてしまっています。

六月というのは、こちらではもう夏休みの入り口です。それまでに労働シーズン(九月から五月まで)の決算をしておかなくてはなりません。

私も大方のことは終えて、季節感の再アジャストを終えていたはずなのですが、周りの人が「来週から夏休みだから」とか言って職場を出ていくのを見て唖然。「休みって、終わったばっかじゃん... 」

いや、コロナ自粛は夏休みじゃないから。

まだピントが合っていない部分が残っているのでした。夏休み気分になれないだけなら罪がないですが、季節感ズレがもとで先週はミニパニックに陥ってしまいました。

6月15日という期日は、私の仕事では重要な意味を持っています。この日が次年の援助金申請の締め切り日なのです。こちらの国民教会には、毎年活動の援助金を支給する基金があります。

私は難民の人たちや移民の人たちとの集会や活動をメインにしているのですが、この人たちの多くは国民教会のメンバーではないために、活動資金というものが固定された予算枠には入っていない、という現実があります。

きちんと定例の予算が付くように努力をしている最中なのですが、過去五年間はこの援助金に助けてもらってきていますし、今年も続けなくてはなりません。ところが、この援助金の申請をコテッと忘れてしまっていたのです。

先週の火曜日、これもコロナで延期になっていたレイキャビク東地区の教会の牧師会がありました。「退屈だなあ...」と眠い目で座っていた私は、地区長の長老牧師さんの「援助金の申請ももすぐ終わるから」という言葉に目がパチクリ。ギョッ!

それまで、まったく一片の意識も頭の中になかったのです。パニクって翌日は朝七時からオフィスに出頭。大急ぎで資料をかき集めて申請の下書きを作りました。

その後、アイスランド語を同僚の牧師さんにチェックしてもらい、二三の事項を確認した後で、金曜日に無事にオンライン申請を済ませることができました。一安心です。




修繕工事が耐えることのないハットゥルグリムス教会 写真は2008年
Myndin er ur Visir.is


えっ?いくら申請したのか?絶対額はそんなに大きな額ではないのですが、個人が申請する範疇では大きめの額になるくらいです。ちなみに、教会堂の建築や修繕に関係する支出用の基金もあるのですが、こちらの方はケタが違います。

あのランドマークになっているハットゥルグリムス教会。年がら年中修繕をしていますが、そのかかりたるやOMGoogle! の世界です。そこまでの価値があるんかいな?と思ってしまう私でした。

建物は教会堂ではあっても、教会そのものではないですからねー。入れ物よりは「中身」にもお金を注いで欲しいのですが...

今回は内容がないブログなので、ちょっとだけ真面目な注釈を付けておきますと、カトリック教会では「教会」というのは建物を含みますす。オーソドクス教会でも同じだと思います。教会堂そのものが「聖なるもの」なのです。

そういう考えから、例えば警察等も教会内への立ち入りを制限されることもあるのです。

対してプロテスタント教会では、教会とは人々の交わりであって、建物は特に一日中「聖なるもの」になるわけではありません。建物までも「聖なるもの」になるのは、そこで礼拝等の集会が持たれている間だけのことになります。

二年ほど前に実際にあったことですが、オランダのあるプロテスタント教会が、強制送還に直面した難民の家族を教会内に匿うために、二十四時間体制で礼拝を続けたそうです。

プロテスタント教会では、建物と敷地は礼拝行為の間だけ「聖なる場所」として、警察が立ち入ることができないため、二十四時間礼拝を続けて家族の連行を防ごうとしたのでした。結果がどうなったかは、残念ながら私は知りません。




視力の回復を祈ります 松本光平選手



最後になりますが、前回お伝えした失明の危機にあるサッカー選手、松本光平さん。

ネットで治療費支援の活動を展開しましたが、無事に目標額を得ることができ、先週の月曜日に日本の病院で手術を受けたそうです。

視力を回復できる可能性は、ほとんどゼロに近いのだそうですが、結果が明らかになるのはまだ一週間あまり先のことだそうです。それまでずっとうつ伏せでいなければならないそうです。なぜかは良くわからないのですが。

自分がそのような状況になったことがないので、想像の域を出ないのですが、とても苦しく、不安な時期であろうと思います。なんとか、この難しい局面を乗り切っていただきたいと願います。

松本光平さんの支援サイトはこちら。

『 失明の危機 』を乗り越えて競技復帰を目指す - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)


藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com

Home Page: www.toma.is

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