こんにちは/こんばんは。

今回は思い出のピック集その1
スナイフェトゥルネスへの夕陽 頂上の「お皿」にピッタリはまるのは珍しい
Pic by Me
アイスランドというかレイキャビクというか、私の日常生活圏では八月第一週の「ワイワイガヤガヤ野外ドンチャン騒ぎ」である「商人の週末」、翌週の「ゲイプライド祭り」と「ヒロシマ・ナガサキを覚えてのキャンドル流し」、その翌々週である先週末の「レイキャビク・カルチャーナイト」と、夏の定番のプログラムが順次消化されていきました。
その間、たいして夏らしくない生煮えのような毎日を、私は日本からの猛暑続きのニュースを横目で見ながらただただなんとなく過ごしてしまい、気がついてみればハヤ夏の終わり。もう夜は暗くなるし、小雨がパラつくともの悲しくなるし。ぜんぜん夏らしくなかったくせに、晩夏感だけはハンパない。この時季、あまり好きでないです。
しかしです。にもかかわらず、ここには8月26日という日があるのでした。これぞ薄暗い灰色空を突き抜ける黄金色の光、薄寒い大気を押し分ける和の輪波なのでした。ちなみに「輪波」とは多分この意味ではワタシの造語。(^-^;
8月26日とはなんぞや、と思われるでしょう。それはこの「西街ブログ」の十三周年の日なのです。パラパラ、パチパチ。そうなんです。今を遡ること十三年。2012年のこの日がこのブログの第一信が発せられた日でありました。
だからなんだ?と思われるでしょう。たしかに〜。ワタシもそう思います。しかし、まだあるのです、8月26日、それもこの年2025年限定の意味が。

思い出のピック2
西街を渡る虹 十年以上前のピック
Pic by Me
それはこの8月26日というのが、私がオギャーと生まれてから日本で過ごした年月と、アイスランドへ移りこの地で過ごした年月が、ヤジロベエの左右のように均等になる時なのでした。
言い換えますと、私の人生というものにおいて、これまで日本で過ごした年月と、アイスランドで過ごした年月が半分半分となったのでした。パチパチ!
だからなんだ?と思われるでしょう。たしかに〜。これはまったくの個人的な問題で、皆様にはトンと無意味な出来事であることはわかります。しかしですねえ、これは私個人にとってはそれなりの感慨があるものなのです。
私はこの十一月で満67歳になります。前期高齢者に相当するのでしょうが、本人はほぼほぼそのような自覚はありません。成長してませんから。それで、この時点では三十三年と百数十日余りに相当する12200日間を、私は日本とアイスランド双方で均等に過ごしていることになります。もちろん、夏休みで日本に帰省していたとか、別の国へ旅行に行っていたとか、そういう些事は度外視してですよ。
で、この12200日間とかいうのは、かなり正確な計算なのですが、もちろん私に計算できたものではなく、優秀な右腕と左腕であるGeminiとChatGPTがしてくれたものです。検算はしてませんが、Gemini、ChatGPT各々が違う仕方で計算したものが同じ結果であったので、おそらく大丈夫です。
詳しくはこちらも。50–50の日
さて、誰しも五十年、六十年くらい生きていると、毎年のように何かしらの「何十周年記念日」みたいなものが出てきます。単純に誕生日でいえば還暦とか。夫婦生活が順調であれば、銀婚式が来るでしょうし。古希祝いや、運が良ければの金婚式はもう少し先です。
あとは「勤続三十周年」とか「高校卒業四十年」とかも平均的なものでしょう。あとは個人的に勝手に何かを数え上げることができます。私は二年ほど前にある方の八十歳のお祝いの席で、みんなで「記念日捜し」をした際に自分が「離婚二十五周年」であることに気がつきました。(^-^;
ある程度の長さを生きていれば、こういう記念日はいくらでも出てきますし、はっきり言って特になんの感慨もない「何十周年」の方が多いのではないか?という気もします。
例えば、私は今年の五月に洗礼式の四十五周年、さらにすこし遡って三月には牧師となる按手式というものから三十五周年といいう記念の機会を持ちました。ですが特に何もせず、別にフツーの日でした。
洗礼式とか按手式とか、それらの式に表されるものがどっちでもいいということではないんですよ。それらのことは自分の中でとっても大切なものなのですが、その大切さの測り方が「何十周年」というのとはちょっと違うんですよね。何十周年ではその意味は表せないと思います。

思い出のピック3
移住した頃のワタシと娘 ワタシ、全然変わってない へへ
Pic by 家族(多分)
面白いと思ったのは、同じ教会に在籍しているある女性牧師の方が、二月にご自身の「按手三十周年」をとても感慨深げに祝っていました。みんなにケーキをふるまったりして。「ノスタルジックだわ」とか宣われていましたね。
まあ人それぞれ自分の思い入れのあるものは異なるのでしょう。良い悪いということではないので、その女性牧師の方がご自分の按手三十周年を祝われたことは、もちろんおめでとうございます、です。
そういう個人的な思い入れという面で、私はこの「日本−アイスランド 50−50の日」には感じるものがあるのです。だって、変じゃないですか?明日になったら、日本にいた日々よりアイスランドにいる日々の方が一日長くなるんですよ! 絶対変だと思う。
私は取り立てて「愛国者」ではありません。日本には良いところも悪いところもあると思っていますし、まあアイスランドも同様。それでもフツーの意味で日本のことは好きだし、かなりバリバリの日本人だと思いますよ、ぶっちゃけ。
そういう人間がですねえ、アイスランドで人生の半分以上を過ごしたことになる。別にこの日を境に何か具体的な変化があるわけではありません。市民権を得たわけでもないし、税金免除になるわけでもない。ポイントが貯まるわけでもない。なんの変わりもなし。
ただ自分にとっての新しいきっかけにしたいと思っています。なんのきっかけかというと、いよいよ終盤の局面に入っていく自分の人生の中で、自分の生活の基盤はアイスランドにあるということを再自覚することです。

思い出のピック4
デイジー かなり好きな花
Pic by Me...?
先ほども書きましたが、自分では高齢者であることの自覚はほぼほぼないのですが、ある意味では自覚しないといけないと思う。否定的な意味ではなくて「ものごと、ずーっと続くとは思うなよ」という意味で。
これは否定的な意味ではありません。むしろ改めて今持っているものの大切さを確認するというか、だから無駄遣いするなよ、と戒めるというか。そういうことを考えるということが、すなわち高齢化の現れなのでしょうが、それでもこの部分は必要だと思います。
人生の半分を越しちゃったんだから。仕切り直しをして、これからの途を確かめたいと思うのです。
というわけで、今回もますますワタシ自身以外には、なんの意味もない内容になってしまいましたが、そういうブログも続けてこれて十三年です。覗いてくださる皆様には、改めて感謝いたします。
もうすぐ新しいブログのプラットフォームに移りますが、これからもどうぞよろしくお願いします。
新しいブログページ
レイキャビク西街ひとり散歩 (まだ記事はありません)
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Church home page: Breidholtskirkja/ International Congregation
Facebook: Toma Toshiki

今回は思い出のピック集その1
スナイフェトゥルネスへの夕陽 頂上の「お皿」にピッタリはまるのは珍しい
Pic by Me
アイスランドというかレイキャビクというか、私の日常生活圏では八月第一週の「ワイワイガヤガヤ野外ドンチャン騒ぎ」である「商人の週末」、翌週の「ゲイプライド祭り」と「ヒロシマ・ナガサキを覚えてのキャンドル流し」、その翌々週である先週末の「レイキャビク・カルチャーナイト」と、夏の定番のプログラムが順次消化されていきました。
その間、たいして夏らしくない生煮えのような毎日を、私は日本からの猛暑続きのニュースを横目で見ながらただただなんとなく過ごしてしまい、気がついてみればハヤ夏の終わり。もう夜は暗くなるし、小雨がパラつくともの悲しくなるし。ぜんぜん夏らしくなかったくせに、晩夏感だけはハンパない。この時季、あまり好きでないです。
しかしです。にもかかわらず、ここには8月26日という日があるのでした。これぞ薄暗い灰色空を突き抜ける黄金色の光、薄寒い大気を押し分ける和の輪波なのでした。ちなみに「輪波」とは多分この意味ではワタシの造語。(^-^;
8月26日とはなんぞや、と思われるでしょう。それはこの「西街ブログ」の十三周年の日なのです。パラパラ、パチパチ。そうなんです。今を遡ること十三年。2012年のこの日がこのブログの第一信が発せられた日でありました。
だからなんだ?と思われるでしょう。たしかに〜。ワタシもそう思います。しかし、まだあるのです、8月26日、それもこの年2025年限定の意味が。

思い出のピック2
西街を渡る虹 十年以上前のピック
Pic by Me
それはこの8月26日というのが、私がオギャーと生まれてから日本で過ごした年月と、アイスランドへ移りこの地で過ごした年月が、ヤジロベエの左右のように均等になる時なのでした。
言い換えますと、私の人生というものにおいて、これまで日本で過ごした年月と、アイスランドで過ごした年月が半分半分となったのでした。パチパチ!
だからなんだ?と思われるでしょう。たしかに〜。これはまったくの個人的な問題で、皆様にはトンと無意味な出来事であることはわかります。しかしですねえ、これは私個人にとってはそれなりの感慨があるものなのです。
私はこの十一月で満67歳になります。前期高齢者に相当するのでしょうが、本人はほぼほぼそのような自覚はありません。成長してませんから。それで、この時点では三十三年と百数十日余りに相当する12200日間を、私は日本とアイスランド双方で均等に過ごしていることになります。もちろん、夏休みで日本に帰省していたとか、別の国へ旅行に行っていたとか、そういう些事は度外視してですよ。
で、この12200日間とかいうのは、かなり正確な計算なのですが、もちろん私に計算できたものではなく、優秀な右腕と左腕であるGeminiとChatGPTがしてくれたものです。検算はしてませんが、Gemini、ChatGPT各々が違う仕方で計算したものが同じ結果であったので、おそらく大丈夫です。
詳しくはこちらも。50–50の日
さて、誰しも五十年、六十年くらい生きていると、毎年のように何かしらの「何十周年記念日」みたいなものが出てきます。単純に誕生日でいえば還暦とか。夫婦生活が順調であれば、銀婚式が来るでしょうし。古希祝いや、運が良ければの金婚式はもう少し先です。
あとは「勤続三十周年」とか「高校卒業四十年」とかも平均的なものでしょう。あとは個人的に勝手に何かを数え上げることができます。私は二年ほど前にある方の八十歳のお祝いの席で、みんなで「記念日捜し」をした際に自分が「離婚二十五周年」であることに気がつきました。(^-^;
ある程度の長さを生きていれば、こういう記念日はいくらでも出てきますし、はっきり言って特になんの感慨もない「何十周年」の方が多いのではないか?という気もします。
例えば、私は今年の五月に洗礼式の四十五周年、さらにすこし遡って三月には牧師となる按手式というものから三十五周年といいう記念の機会を持ちました。ですが特に何もせず、別にフツーの日でした。
洗礼式とか按手式とか、それらの式に表されるものがどっちでもいいということではないんですよ。それらのことは自分の中でとっても大切なものなのですが、その大切さの測り方が「何十周年」というのとはちょっと違うんですよね。何十周年ではその意味は表せないと思います。

思い出のピック3
移住した頃のワタシと娘 ワタシ、全然変わってない へへ
Pic by 家族(多分)
面白いと思ったのは、同じ教会に在籍しているある女性牧師の方が、二月にご自身の「按手三十周年」をとても感慨深げに祝っていました。みんなにケーキをふるまったりして。「ノスタルジックだわ」とか宣われていましたね。
まあ人それぞれ自分の思い入れのあるものは異なるのでしょう。良い悪いということではないので、その女性牧師の方がご自分の按手三十周年を祝われたことは、もちろんおめでとうございます、です。
そういう個人的な思い入れという面で、私はこの「日本−アイスランド 50−50の日」には感じるものがあるのです。だって、変じゃないですか?明日になったら、日本にいた日々よりアイスランドにいる日々の方が一日長くなるんですよ! 絶対変だと思う。
私は取り立てて「愛国者」ではありません。日本には良いところも悪いところもあると思っていますし、まあアイスランドも同様。それでもフツーの意味で日本のことは好きだし、かなりバリバリの日本人だと思いますよ、ぶっちゃけ。
そういう人間がですねえ、アイスランドで人生の半分以上を過ごしたことになる。別にこの日を境に何か具体的な変化があるわけではありません。市民権を得たわけでもないし、税金免除になるわけでもない。ポイントが貯まるわけでもない。なんの変わりもなし。
ただ自分にとっての新しいきっかけにしたいと思っています。なんのきっかけかというと、いよいよ終盤の局面に入っていく自分の人生の中で、自分の生活の基盤はアイスランドにあるということを再自覚することです。

思い出のピック4
デイジー かなり好きな花
Pic by Me...?
先ほども書きましたが、自分では高齢者であることの自覚はほぼほぼないのですが、ある意味では自覚しないといけないと思う。否定的な意味ではなくて「ものごと、ずーっと続くとは思うなよ」という意味で。
これは否定的な意味ではありません。むしろ改めて今持っているものの大切さを確認するというか、だから無駄遣いするなよ、と戒めるというか。そういうことを考えるということが、すなわち高齢化の現れなのでしょうが、それでもこの部分は必要だと思います。
人生の半分を越しちゃったんだから。仕切り直しをして、これからの途を確かめたいと思うのです。
というわけで、今回もますますワタシ自身以外には、なんの意味もない内容になってしまいましたが、そういうブログも続けてこれて十三年です。覗いてくださる皆様には、改めて感謝いたします。
もうすぐ新しいブログのプラットフォームに移りますが、これからもどうぞよろしくお願いします。
新しいブログページ
レイキャビク西街ひとり散歩 (まだ記事はありません)
*これは個人のプライベート・ブログであり、公的なアイスランド社会の広報、観光案内、あるいはアイスランド国民教会のサイトではありません。記載内容に誤りや不十分な情報が含まれることもありますし、述べられている意見はあくまで個人のものですので、ご承知おきください。
藤間/Tomaへのコンタクトは:nishimachihitori @gmail.com
Church home page: Breidholtskirkja/ International Congregation
Facebook: Toma Toshiki
>50/50の日、おめでとうございます。初めてアイスランドに行って日本語教室を訪問... への返信
kuwaさん、コメントありがとうございます。
そうですねえ、日本語教室にお越しいただいたのはもう十年以上前になりましたね。実は今日(31日)日本語教室のOB、OGが三十周年の集まりを持ちます。残念ながら参加できませんが。写真の娘が自身の娘を連れて参加予定です。年月流れました。(*^^*)
まだ37度ですか?想像つきません。引き続き、熱中症等に気をつけてお過ごしください。