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『復讐する海ー捕鯨船エセックス号の悲劇』 ナサニエル・フィルブリック(著) 相原真理子(訳)

2010年03月22日 | ノンフィクション


復讐する海.jpg


シーシェパードによる調査捕鯨妨害でクローズアップされるクジラの問題、アカデミー賞受賞作品「ザ・コーヴ」で取り上げられたイルカ。そして、つい先日ワシントン条約締約国会議で採決されたクロマグロと、たて続けに日本の漁業関係者のみならず、国民にとっても関心の高い海の生物が話題になっています。

これらは単に不良環境保護団体の問題ではなく、またパンダのような絶滅危惧種の問題ともことなり、各国の伝統や文化、あるいは宗教に深く関わることだけに常に対立が起こりますね。どうやっても満場一致なんていうことはあり得ない。

クロマグロ取引禁止に関するモナコ提案否決に向けて、日本の水面下での多数派工作でも、「欧米は話しても無駄」 と、アメリカやEU各国は根回しの対象にすらならないようです。


本書は、「話しても無駄」 という相手でも、「読ませれば何とかなる」 のではないかと思わせるような一冊です。クジラ、イルカ、マグロなどの問題で日本に反対の立場にいる人々にぜひ読んでもらいたい一冊。しかも、全米図書賞を受賞したすばらしいノンフィクションです。


世界一の海洋小説とも呼ばれる、ハーマン・メルヴィルの書いた『白鯨』。そのクライマックスシーンは、怒り狂ったマッコウクジラが実在していた捕鯨船エセックス号を沈めてしまった事件を元に書かれていたのだそうです。 


『白鯨』 では船が沈没したところで物語を終えてしまうのですが、実際のエセックス号の悲劇は、その沈没後からはじまったと言っても過言ではありません。エセックス号の乗組員たちは、クジラに沈没させられたあと、小さなボート3隻に乗り移り、それぞれ故郷の町、ナンタケットへたどり着くことを目指したのです。


1820年、今から180年も前、江戸時代のできごとです。当時アメリカでは、鯨から油を取るために多くの捕鯨船が太平洋に出ていました。1853年にペリーが浦賀に現われた理由のひとつも捕鯨の中継地として日本を利用したかったためですね。


アメリカ近海の鯨を捕りつくし、日本沖、西太平洋に鯨の群れがいることを発見していたからです。彼らは日本人のように鯨を食べるのではなく、わずかな鯨油を採ったらあとは全部捨てる。こんな乱獲をしておきながら、今頃になって日本の捕鯨反対なんてよく言えたもんです。まったく。


(日本の調査捕鯨:マッコウクジラ、大きいですね)
マッコウクジラ3.jpg

このひれでたたかれたら、ひとたまりもないでしょうね。 

マッコウクジラ.jpg
「(財)日本鯨類研究所 提供」


さて、その鯨油を求めて次第に遠くまで出なければならなくなった捕鯨船、エセックス号が沈没した後、彼らは必死で5000キロ離れた故郷を目指しますが、20人のうち生き残ったのはわずかに8人。

いったい何があったのか、3隻のうちの一つが救出された時、半死半生の状態の船員二人は手に、仲間の骨を握っていた…。そう、彼らは仲間の肉を食べながら生きながらえてきたわけです。


実際に起こったことが、あまりにも衝撃的であったために、当初はその事実が簡単には受け入れられませんでした。敬虔なクエーカー教徒たちの町でできたその捕鯨船なのですが、最初に食べられたのが黒人たちであったということも、彼らにはうまく説明できなかったそうです。


生き残った乗組員たちは、それぞれにいろいろな形で事件について語ったり、書いたりしていたのですが、それらのなかには、近年になって見つかったものがあります。当時考えられていたとは異なる事実も判明し、本書はそれを綿密に収集分析した一冊なのです。

できごと自体も想像を絶するすさまじさですが、本書の取材がすごい。筆者はエセックス号の故郷であるナンタケットに住む歴史家ですが、すべてのできごとを実に丹念に調べ上げているのがわかります。いったいこれを書き上げるのに何年かかったのか、そう聞きたくなるくらいの力作です。


どんな悲惨なできごとも、どんな予想外の事故に対しても徹底して冷静な筆致で、その状況を再現しようと努め、何が失敗だったのかを見極め、船員たちの心理を読み解こうとします。この、感情を徹底的に排した書き方が、返ってその時に起こっていたことの深刻さ、不気味さを印象付けます。


途中で見つけた小さな無人島にとどまって、地獄のような航海をやめ、仲間と別れる決断をした船員もいます。仲間に進んで食べられたものまでいます。人肉を食べてでも、その筆舌に尽くしがたい困難を乗り越えて還ってきた船員たち。

しかし、それは英雄として賞賛されるでしょうか、それとも…。故郷の人々はそれをどう受け止めたのかを知るために、生還した船員のその後の人生までしっかりと追跡をしています。


以上のような内容だけに目をそむけたくなるような事実もたくさん出てきます。決して美しい物語ではありません。エセックス号が転覆して以来、食料も水も減る一方で、自分たちの正確な位置すら確認できず、仲間も一人、また一人と力尽き死んで行ってしまうわけです。

絶望の淵で、極限の状況に置かれた者たちの姿、地獄絵図でもあります。刻々迫ってくる自分の最期を感じながら、自然に翻弄されながらも生き続けてしまう人々。人間のたくましさというより、生の虚しさまで感じるような一冊でした。



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復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇

集英社

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『復讐する海ー捕鯨船エセックス号の悲劇』 ナサニエル・フィルブリック(著) 相原真理子(訳)
集英社:296P:2415円

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解放!『それでも私は腐敗と闘う』 イングリッド・ベタンクール 永田千奈・訳

2008年07月09日 | ノンフィクション


イングリッド.jpg


一年以上前に、ご紹介した本書ですが、ほとんぞ絶望的だと私が勝手に思い込んでいた、著者のイングリッド・ベタンクール氏が解放されたそうです。

恥かしながら、まったくこのニュースに気付きませんでしたが、ブログのコメント欄でアロンソさんが教えて下さいました。本当にありがとうございます。


以前の記事 ⇒ それでも私は腐敗と闘う


今月7月3日のことだったようですが、開放時にはフランスのサルコジ大統領も出迎えたそうです。以前の記事の最後に触れましたように、本書をご紹介した時点では、Wikipedia には何も載っていなかったのですが、現在はすでに解放に関する詳細まで書かれていました。

 Wiki ⇒ イングリッド・ベタンクール


開放されて良かったとはいえ、誘拐されたのが2002年ですからあまりにも長い期間でした。お子さんたちも見違えるように大きくなっていたでしょうね。まさしく “小説よりも奇なり” という気がします。

解放後も元気にされているようですから、いつかまた事件について執筆されることを期待しています。


それにしても、日本でも、もっともっと大きく取り上げられるべきニュースだと思うのですが…。


 
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それでも私は腐敗と闘う

草思社

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それにしても、こんな意義のある本を出版した草思社が倒産とは…
残念。

⇒ 以前の記事『草思社 民事再生法申請』
 

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『体験的本多勝一論』 殿岡昭郎

2007年09月05日 | ノンフィクション


本多勝一論.jpg


つい先日、大学時代の友人と話していた際に話題になったのが本多勝一氏でした。相変わらず、根強いファンがいるものですね。氏の著作では、これまで 『新アメリカ合州国』 を取り上げました。おもしろい一冊でした。


本多氏の名前は、大学生以下の世代には、もうちょっとなじみではないかもしれませんが、いわずと知れた元朝日新聞のスター記者で、ベトナム戦争時に関する著作で国際的にも名を知られているジャーナリストです。

南京大虐殺の告発のレポートを送ったことで、日本中のエリート層から大変な注目を浴びました。いわゆる市民派とか左翼と呼ばれる人々からは崇められ、反対の側からはののしられることが多い人物です。

攻撃がものすごいのか、カツラをかぶりサングラス。顔も出さなければ、誕生日も明かさない、今となっては伝説上と言ったら言いすぎでしょうが、本当に正体不明です。ニュース23の筑紫哲也氏などと、“週刊金曜日” を運営していました。


筆者はまだ、本多氏が名声の頂点にいたころから、その著作のいかがわしさを指摘しました。

殿岡氏がある雑誌に掲載した本多批判が、本多氏の逆鱗に触れ、とうとう提訴、裁判で名誉毀損や謝罪広告などを請求されました。

訴えられたのは昭和59年で、最高裁判所の判決が平成10年だそうです。人生の何分の1か、かなりの長期間に渡って本多氏と戦いました。

しかし結果は3戦3勝、すべての裁判所で完全勝利をつかんだのですが、本書はその経過を明らかにしたものです。いったい本多氏というのはどういう人物か、その報道姿勢の問題点、裁判に至った経緯、公判でのやり取り、さらにその間の双方の動きなどをつまびらかにしています。


殿岡氏本人は、大新聞社の大記者相手の裁判にほとほと疲れ果てた様子ですが、非常におもしろく読めました。裁判の様子や、本多氏の作戦の展開などがまるで小説を読んでいるかのようで引き込まれました。実に執念深い戦いぶりです。


以下が目次です。

第1部 裁判提起まで(本多勝一氏との争い;前哨戦(1)東京学芸大学への公開質問状
前哨戦(1)本多氏と堤『諸君!』編集長との文書合戦)

第2部
 裁判始まる(人違い裁判?;くい違う争点)

第3部
 証人尋問(証人席の本多氏;対比の妙、硬派・村田氏VS.軟派・筑紫氏;剛直の堤氏)

第4部
 録音テープをめぐる攻防(いわれない“改竄”の汚名;本多氏の謀略;最終弁論)

第5部
 判決下る(地裁判決;完全勝利;高裁判決;最高裁判決)


センセーショナルな週刊誌の書き方に対し、政党や政治家、また出版社が訴えるということを耳にします。つい数日前にも、民主党の議員となった、“さくらパパ” こと横峯良郎氏さんが、賭けゴルフなどを報道した週刊誌を訴えると伝えられましたね。

しかし実際は、その後の裁判の経緯が細かく報道されるのは大きな事件だけで、名誉毀損などの裁判の詳細がいちいち伝えられることはまれです。つまり訴えるということ自体がポーズかなと思わせるようなものばかりです。


おそらく本多氏の提訴もそういう意味合いがあるのですが、本多氏の執念がすごいのです。筆者の主張は、本多ルポルタージュはルポの名を借りた、政治宣伝であるというような内容です。

本多氏を好きな方もそうでない方も、あるいはまったくご存じない方にもお薦めできる興味深い一冊だと思います。



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体験的本多勝一論―本多ルポルタージュ破産の証明
殿岡 昭郎
日新報道

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『たった一人の30年戦争』 小野田寛郎

2007年08月15日 | ノンフィクション

 

たった一人の30年戦争.jpg

 
62回目の終戦記念日です。

日本の夏は広島・長崎への原爆投下、そして終戦の時期にあたりますから、先祖が帰ってくるといわれるお盆前後は平和や戦争について考えさせられる季節です。

まったく出口の見えないイラク戦争。自民党が参議院選挙に大敗しましたので、外交・防衛政策が大きく変わることがあるのでしょうか。護憲を強く主張していた勢力は選挙で支持を得られませんでしたが、イラク特措法の延長に反対していた民主党は大躍進です。


靖国の問題もありますね。拙ブログでも、『靖国問題の原点(三土修平)』 などを取り上げました。昨年、当時の小泉首相が公約としていた8月15日の靖国神社参拝をしてから一年、今年、安倍首相はどうするのか注目していましたが、どうも見送りのようです。

参拝すれば、せっかく好転し始めた日中関係がぎくしゃくしますが、何もしなければ首相の支持層である保守的なグループからも批判が出る。板ばさみでしょうが、それにしても曖昧戦略というのは、どうなんでしょう。どういう立場の人にもあまり良い印象を与えないように感じます。

さらに先日は慰安婦問題で日本に公式謝罪を求める決議案が、“同盟国” と思っていたアメリカの国会で可決されてしまいました。日本の大臣が、“原爆投下はしょうがない” と発言し辞任。戦争の傷跡は何年たっても癒えることはありません。


さて、本書です。

終戦が昭和20年で、その約30年後、昭和48年にフィリピンのルバング島で発見された小野田寛郎氏の著作です。敬愛する tani 先輩 が、読んで泣けたという一冊です。

小野田氏はジャングルから出て、身柄を当局に確保された後でさえ、「上官の命令解除がなければ帰国しない」 と語り、わざわざかつての上官がフィリピンに飛んで直接命令解除を伝えました。

小野田 敬礼.jpg



 「美談」 ととらえるのか、究極の 「悲劇」 と感ずるか…。それこそ当時は大ニュースで、子供だった私もよく記憶しています。小野田氏の敬礼した写真は今でも頭に焼き付いています。

戦争を知らない当時の子どもには、それがどういうことか理解できるわけもなく、単によく30年も、ジャングルで逃げ回っていたものだと感心しただけですが、本書を読むとそれがまったく考え違いだとわかります。

小野田氏は30年の間、人目に付かないように、必死で食料だけを集めて逃げていたのだと思い込んでいましたが、とんでもない誤り。実はひたすら日本軍の勝利を信じて、時に人里へ降りて、攻撃すら仕掛けながら生き延びていたということがわかります。

書名の通り、本当に氏は30年間一人(途中まで二人) で闘っていたのです。以前にご紹介した 『還ってきた台湾人日本兵(河崎真澄)』 で、その身柄を確保した際の話しにも大変驚きましたが、本書の記述にも同様で、戦争を知らない世代には衝撃的です。


以下が目次です。

ブラジルの日々
30年目の投降命令
フィリピン戦線へ
ルバング島での戦闘
密林の「残置諜者」
「救出」は米軍の謀略工作だ
終戦28年目、小塚一等兵の“戦死”
たった一人の任務遂行
帰還、狂騒と虚脱と
生きる


ジャングルでの生活の描写も想像を絶するものだったのですが、さらに印象的なのは、氏が日本の変わりようを嘆いているくだりです。戦争に負けてしまったことはともかく、なぜ日本がこうも変わってしまったのかという戸惑いと無念と怒りでしょうか。

こんな日本にいるくらいなら、という思いでブラジルに渡ってしまいます。そのニュースを聞いた当時は、どうも腑に落ちない気がしたものですが、本書を読んでその真意がわかりました。


日本のために戦い続けた人がなぜそんな決断をせざるを得ないのか、戦争だけでなく、現在の日本社会を考える機会を与えてくれる絶好の一冊だと思います。多くの人に読んでいただきたいと思います。



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P.S.また、小野田氏は慰安婦の問題に関して、数年前に雑誌「正論」に論文を掲載しております。よろしければご覧下さい

 ⇒ 『私が見た従軍慰安婦の正体



たった一人の30年戦争
小野田 寛郎
東京新聞出版局

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『検察秘録ー誰も書けなかった事件の深層』 村串栄一

2007年07月01日 | ノンフィクション


検察秘録.jpg

 

“東京地検特捜部” と聞くとどんな響きがあるでしょうか。正義感に燃え、巨悪に立ち向かう法の番人の集団であることは確かでしょう。

つい先日も、自らの身内ともいえる緒方重成・元公安調査庁長官を朝鮮総連との取引に関する詐欺容疑で逮捕しました。最近の大物逮捕ということでは、村上ファンドの村上氏、ホリエモンこと堀江貴文氏、自民党の政治家・村岡兼造氏らでしょうか。

ただ、特捜検事といえども、彼らも人間。法の厳正な執行を盾に、時の権力者にさえ立ち向かう一方で、検事総長を頂点にしたピラミッド組織の中で出世が気になる役人であることには変わりありません。現実はテレビドラマのように単純な勧善懲悪でストーリーが進むわけではないのですね。


本書はそんな地検特捜部の生の姿を描いています。少し前、鈴木宗男氏が逮捕された頃に書かれたもので、当時の雰囲気では鈴木宗男氏は、カネと権力を追い求める政治屋のようなイメージで報道されていましたから、検察に拍手喝采が送られました。

これまで見ますと、金丸逮捕、リクルート事件野村沙知代など、世間を欺く悪質犯罪を見事に暴いたことも事実ですが、残念ながら取り逃がした事件も数多いのです。旧橋本派の一億円献金問題はどうなったんでしょう。黒幕はすべて逃げおおせて、いかにも歯切れが悪い印象です。


旧大蔵省、国税、防衛省、政治家などが捜査対象となれば文字通り、現場は “死闘” を繰り広げますが、上層部からの理不尽な捜査停止圧力や自らの不祥事による断念などを本書ではつまびらかにしています。

東京地検特捜部の検事は僅か40名弱ですので、ベテラン記者が検事たちの人物像を把握することは比較的容易ですが、事件の裏の裏までよくぞここまで書けたと思います。

日の当たる部分だけでなく、検事の年収から出世に関わる抗争、組織の解説に至るまで、修羅場を生き抜く男達の生の姿を伝えてくれています。

目次です。


第1章
 瓦解した捜査

第2章
 政治家逮捕

第3章
 検察内部の権力闘争

第4章
 検事という職業

第5章
 傷だらけの特捜物語

第6章
 国税、警察との緊張関係

第7章
 正念場の特捜検察


ただ、その鈴木宗男氏の一連の捜査の中で、それに引きずられて逮捕された、佐藤優氏の書いた衝撃の一冊 『国家の罠』 には、検察が国策の中で動かされている事実を認めないわけにはいきません。

また、あまり評判になっていませんが、宮本雅史氏の書いた 『真実無罪』 では、やはり大物政治家の村上正邦氏(もう忘れられそうですが)が、おとしいれられる様子が克明に描かれています。 


“権力の横暴は許さない” “相手が誰であろうと関係ない” “俺が責任を取る” と、大物逮捕に向かう検事の集団であって欲しい。そう思います。




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検察秘録.jpg 検察秘録―誰も書けなかった事件の深層

光文社

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『中国農民調査』 陳 桂棣・春桃【著】・納村 公子・椙田 雅美【訳】

2007年06月18日 | ノンフィクション


中国農民調査.jpg


中国で、千人以上の子供が奴隷にされていたというショッキングなニュースが流れました。 相互リンクの ysbeeさんのブログに詳しく出ています。よく指摘されるように、中国の農村と都市部の格差の問題は暴発寸前というのが現実的なものとして感じられました。

東アジア「反日」トライアングル』 の中で、古田博司氏は、日本がポスト近代になっているのだが、韓国は近代化のさなかで、中国はその入り口、北朝鮮に至っては中世であると指摘していました。

古田氏は過去の日本と、現在の中国、韓国、北朝鮮の類似点を指摘し、大変分かりやすい説明をしていましたが、今回の奴隷、人身売買事件は、その中国に対する認識すらまだ甘いのではないという中国の前近代ぶり、農村問題の深刻さを証明しました。

そこで、中国の農村の実態を調べ上げた、告発の書を紹介します。

本書の著者はご夫婦で作家です。中国の人口の多数を占める農民の実態を世に問うことを目的に、3年間をかけて徹底的に農村を歩き、さまざまな事件や役人の横暴、腐敗ぶりを告発したものです。すべて実名でのルポになっています。

もともとはネットでダイジェスト版を公表し、やがて出版、発売当初はあっという間に中国全土で話題になったそうで、多くの中国の代表的なテレビ番組に出演依頼が殺到したほどだそうです。

実際、本書は国際ルポルタージュ文学賞である「ユリシーズ賞」まで受賞しています。あまり知名度は高くないようですが、以前ご紹介し、謎の死をとげたアンナ・ポリトコフスカヤ女史(『プーチニズム』)も受賞しているところからも、価値ある賞だと思います。

本書は、ネットを中心に一種の社会現象といえるようなところまで盛り上がったのですが、ある日突然、発売禁止処分が下ります。一夜にしてまるで本書は最初から存在しなかったかのような扱いを受けることになります。ただし、ものすごい数の海賊版が出回っているようです。


目次は以下のとおりです。


第1章 事件(路営村、丁作明リンチ死事件;悪人が治める村;税金取り立て抵抗事件;直訴活動の長い道のり)

第2章
 何が問題なのか(不公平な天秤;地方役人、虚偽の実態さまざま)

第3章
 改革の長い道のり(出口を求めて;安徽の大地に大任を授ける;そして現実は;道を求めて)


読んでいても、ちょっと信じがたいような蛮行、リンチや略奪が公権力によってもたらされます。農民が “貧困にあえぐ” というような表現だけでは伝わらない地獄のような生活が丹念に綴られ、どういう性格のどういう役人がこういう意図でやっているというところまで書かれています。一つ一つの事件の全貌がつかめます。


すべて実名ですから、著者にとっては、仕返しはとてもおそろしいはずですが、アンナポリトコフスカヤのように、本書でもまったくひるんでいません。自分の子供を預けてまで執筆に取り組んだそうです。名誉毀損で裁判で訴えられているようですが…。


中国の農村の問題は、『ワイルド・スワン』でも容易に想像できますし、以前ご紹介した『餓鬼』には、その悲惨な様子がこれでもかというくらい延々と描かれています。本書はそういった事件の背景まで詳しく調べているのが特徴です。


ただ、あとがきで筆者も述べていますが、前国家主席である江沢民の時代より、現在の胡錦濤、温家宝体制の方がずっとましなようで、三農問題(農業・農村・農民)に前向きに取り組んでいるようです。


衝撃の一冊です。かなり分量がありますが(二段組で約300ページ)、興味ある方にはお薦めします。


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中国農民調査

文藝春秋

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『イラク生残記』 勝谷誠彦

2007年05月09日 | ノンフィクション

 

イラク生残記.jpg



ブッシュ大統領の支持率が30%近くまで落ち込んだそうです。ついに末期症状でしょうか。

来年は大統領選挙。ブッシュ大統領の所属する共和党に対して、民主党の大統領候補ではアフリカ系アメリカ人のオバマ氏と、ヒラリークリントン女氏の名前が取りざたされ、アメリカ社会も大きく変わりそうな気配はありますね。


ブッシュ大統領が支持を失いつつある一番の原因はやはりイラク問題。何とか片付けたい米政権をまるであざ笑うかのように、イラクの治安は悪化しているようです。

つい先日の自爆テロで、ジャーナリストを含む100人以上が死亡と報道されています。100人規模の死者が出るテロは、とんでもない大事件だと思うのですが、めったに新聞の一面にもならないし、我々も慣れっこになってしまったのかあまり話題になりません。

米バージニア工科大学で、韓国人大学生の銃乱射によって、30人以上もの死者が出た事件には本当に驚かされ、怒りを感じましたが、イラクではとにかく毎日のようにイラク人、アメリカ兵が殺されているわけです。


そして、サマワからは撤退したものの、日本の自衛隊だっていまだに加わっているわけですから、いっそう早い解決が望まれます。


さて、本書はその勝谷誠彦氏のイラク取材のレポートです。十数年前、当時記者であった勝谷氏は、湾岸戦争を取材しようとイラクに向かいました。しかし、米軍によって、「前線の取材を許可するには順番」 があると言われてしまいます。


「最初に血を流している国、次に汗を流している国、最後に金だけを垂れ流している国だ」 と、実にあっけなく取材拒否をされたそうです。“国家が国家としての行動をきちんととらない時、その国民がどのような辱めを受けるかということを知った”、とあります。


そしてイラク戦争。記者を引退し、現在コラムニストとして活躍する著者が、再びイラクへの取材を決意しました。

その理由は、自衛隊がサマワに入ってからの報道は横並びであるということ。東京では机の上で資料を読んで組み立てたもののような気がしていたと感じていると述べています。

1・ フセイン拘束に関する米軍の不審な報道。
2・ 奥氏と井ノ上氏の外交官の死。
3・ 自衛隊派遣性急さへの疑問。 

これらが引き金となり、自ら現場に行き、自分の目で確かめようという何年振りかの衝動が起こったためだそうです。しかし“取材”と言っても戦場ですから、相当な覚悟が必要です。

このブログでも、戦場を写した 『不肖・宮嶋 in イラク―死んでもないのに、カメラを離してしまいました』 という強烈な写真集と、イラクでの活動の厳しさがよくわかる『砂漠の戦争 - イラクを駆け抜けた友、奥克彦へ(岡本行夫)』 。きちんとイラクの歴史などまで記述された『イラク(田中宇)』 などを取り上げました。 


著者の取材に協力・同行したのが、殺害された橋田信介さんと小川功太郎さん。本書は亡くなった二人と、著者ともう一人の同行者の記録です。本書を書き上げることは、“偶然生き残った私の義務” と語っています。


本書に掲載されている内容はバグダッド入りする前に、襲撃され、首筋に拳銃を突きつけられ金品を奪われたことから始まり、外交官が襲撃された現場での取材、更にフセインが拘束された穴の検証、自衛隊がいるサマワへの取材。


著者が肌で感じた、イラク、アメリカを率直に語ります。イラクはまさに戦場であるということが良く分かり、当時の小泉首相の言葉、国会での自衛隊派遣の論議や、テレビでもっともらしくイラク情勢をコメントする識者に対する怒りや無念の気持ちを飾らずに述べているように思います。


イラク生残記

講談社

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『冑佛(かぶとぼとけ)伝説』 河村隆夫

2007年05月07日 | ノンフィクション


冑佛伝説.jpg



長い休みが終わりました。(当塾は関係ありませんが…(笑)。) お休みモードから勉強モードへ切り替えるにはピッタリの一冊かも。


端午の節句に飾る“兜(かぶと)”、もちろんそれは昔の武士が合戦に際して、攻撃などから身を守るために付けていたわけですね。彼らは戦場で命をかけて戦いますが、どれほど屈強な武将であったとしても、そこは戦場、敵が倒れ仲間が死ぬのを目の当たりにすれば、自分の存命を神仏に願うのは自然でしょう。


マラソン選手だってパンツにお守りを縫い付けたり、受験にだってお守りを持っていく日本人のこと、その昔、戦国武将らも、自分の兜に本当に小さな仏像(2・3センチ) をお守りとして付けていることがあったそうです。


それを冑佛(かぶとぼとけ)というのだそうですが、それにまつわる大変興味深い一冊で、静岡にある旧家の河村家(筆者のご自宅が市の指定文化財)に伝わる冑佛をめぐるドラマが描かれています。


“冑佛” というものをご存知の方は少ないでしょう。というのは本書の著者である河村氏は、代々自分の家に伝わるその冑佛について調べようと、多くの専門家に当たりますが、その多くが “聞いたことがない” と答えたそうですから。


河村氏は、祖母から聞かされていた、家に伝わるご先祖様の冑佛の話を、以前から面白半分に来客にしていたようですが、ある人から、“似たようなものが小田原城にも展示されている” と聞き、ひょっとしたら、手許にあるこのポケットサイズの小さな仏像は、河村家だけの記念品ではなく、歴史を彩るひとつの証しになるかもしれないと気付き、調査に乗り出します。


ところが、いざはじめたものの、それは困難を極めます。甲冑などの専門家ですら見たこともないし、聞いたこともないと拒絶されてしまい、素人である筆者では、権威ある専門家の見解を引っくり返すすべはありません。専門家に嘲笑されて落胆、田舎の一凡夫が抱いた歴史ロマンに過ぎないのか、冑佛を世に出すなど、身分不相応な大それた夢だったのかと…。



180px-Samurai.jpg

 

『冑佛があるなら記録があるはずです』。つまり、小田原城や他に似たものがあっただけではダメで、公式文書にその記載がなければ、素人の論文など扱えないと突き返されてしまいます。


それでも諦めず、わずかな協力者と運を頼りに、今にも切れそうな細い糸をたぐるように地方の博物館やら教育委員会やら専門家のもとをまわります。もちろん空振りも多かったでしょうが、その中で、確かに戦国武将たちの間で、そんな習慣があったことが分かってきます。


いくつか似たような小さい仏像が残っており、全国バラバラに散らばってはいても、冑佛はまぎれもなく歴史の中にしっかりと存在していたということが分かってきたわけです。


そして、ついに、筆者が入院中に病室で調べていた古文書の中に、その記述を見つけます。公式文書に出会ったわけで、数百年に渡って闇に放っておかれた冑佛が、伝説通りに存在していたことが証明され、河村氏が紆余曲折を経て、とうとう冑佛を歴史の表舞台に登場させることに成功します。


冑佛の話題が、テレビで取り上げられると、今度は逆に、全国から冑佛を持っているという人などの問い合わせの電話や手紙が殺到します。やがて、NHKの大河ドラマ 『利家とまつ』の1シーンにも映し出されるという顛末を描いた一冊なのです。


冑佛という神秘の世界の扉が、数百年後の現代、ついに開かれるまでの数奇な道筋、筆者の、雑念と戦いながら冑佛の歴史の穴だけでなく、自分の人生に対する空虚感を埋めるかのような心理描写。


先が見えない悪戦苦闘の中で、まるで、御先祖様や冑佛が導いてくれたかのような、不思議な出来事や幸運などが重なりあい、最後に多くの名だたる武将が登場してくるさまは圧巻です。


河村氏はかつて小説家を志された時期もあったというだけあって、博識で表現も豊富なので、私は引き込まれました。その上、塾で教えていらっしゃる!つまり私と同業でもあるんですね。心でエールを送りながら読みましたよ(笑)。

古文書などが出てきますので、そこに書かれていることは易しくはないのですが、歴史に興味のある人にはおもしろく読めると思います。ぜひどうぞ。


胄佛伝説

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『死にゆく妻との旅路』 清水久典

2007年05月02日 | ノンフィクション

 

死にゆく妻との旅路.jpg


連休の谷間に、ヘビーな本で恐縮ですが、のんびりできるお休みだからこそ、家族や夫婦というものをいろいろ感じたり考えさせられたりするものではないでしょうか。


“熟年離婚” などというイヤな言葉もすっかり定着してしまった感がありますが…。これは、そんな世相とは対極的な筆者自身の実話です。“いったいこんな人生があるのか” という、正直いまだに私にも消化しきれないようなストーリーでした。当塾の先生に教えていただきました。


筆者の清水久典氏の仕事は縫製業。独立し、自分で工場を経営するまでになりますが、機械化するだけの設備投資も追いつかず、また徐々に中国製の安価な製品におされ、経営は苦しくなってしまいます。高度成長後の典型的な地方の中小・零細企業主だったのです。

ただでさえ厳しい経営環境ですが…、


ある友人の借金の保証人となり、はたから見れば案の定というべきか、その友人は借金を返済しないまま、行方をくらましてしまい、ここから人生が狂いはじめてしまいます。当然、著者は保証人として、友人の借金の返済を求められます。

懸命にもがき、あちらこちらで数百万単位の借金をしながらやりくりしますが、とうとう行き詰まります。税務署からの税金納付の督促などが続き、自分の借金の保証人になってもらった親戚からは、自己破産するように迫られるという状況にまで追い込まれてしまうのです。


そんな折、さらに悪いことは重なり、なんと妻のひとみさんがガンに冒され手術をします。ひとみさんは、まだ40歳という若さ。手術をしてもその結果は、完治どころか、3ヶ月以内に再発する可能性があるという最悪のもの、もちろん治療にもかなりのお金はかかるわけです。


こうなれば、もう“逃げる” か “自殺する” しかない。どちらかの選択に迫られた著者に、ひとみさんはただ 『一緒にいて欲しい』 と。今まで金策に走り回って、ひと月以上も家をるすにすることが珍しくなかった筆者ですが、ことここに及んで、“卑怯と言われてもかまわない” と故郷を捨てる決断をします。


いつ再発するかわからないガンの恐怖をいだきながらも、職探しのために故郷を捨て、夫婦二人のポンコツ車での旅行が始まります。再生のための旅立ちのつもりでしたが、結果は残酷にも死の旅へ出かけてしまったのです。

ふるさと七尾を出発し京都、姫路など関西をめぐり、次に浜松、静岡から甲府、そして富士山と。こうして、ひと月があっという間に過ぎますが、これ以上の遠出もできません。だからといってやはり七尾へは帰ることができず、娘さんの嫁ぎ先のアパートで少し過ごした後はすぐにまた旅に出ます。

ひとみさんが旅のはじめに言ったのは、

「オッサン、これからは名前で呼んでほしいわ」 ひとまわり年下のひとみさんは筆者のことをオッサンと呼びながら、こんなことを口にします。ひとみさんはこれまで、必死に働く、“お母さん” でした。


結局仕事探しもうまくいかず、もちろんお金に困っているこの夫婦には、優雅な旅行を楽しむ余裕などこれっぽっちありません。なけなしの金を手に、ポンコツのワゴン車の中での寝泊り、その食生活など、はたから見れば浮浪者に近い貧乏旅行です。

しかも、不幸なことに病魔は待ってくれませんでした。すでに歩くことさえ困難を極めつつあった奥さんに

「ひとみ、あっちが能登や」 筆者は、故郷近くをそう言います。

いつのまにか再出発の旅は、望郷の、そして思い出作りの旅へとなってしまったようで、筆者がひとみさんにかける何気ない一言が涙を誘います。残されたわずかな時間で何とか心穏やかに楽しい、美しい記憶を残してやりたいという思いが、短いことばの中でもヒシヒシと伝わってきます。

やがて、やせ細り、食べ物を受け付けず、オムツを替えてやりながら会話もなくなります。すべてワゴン車の中のできごとです。とうとう奥さんは旅の最中に亡くなってしまい、筆者は物言わぬその亡骸と向き合うことになります。


自分の最愛の妻が望み、覚悟の上でのできごととはいえ、治療を受けさせなかったのは「保護者遺棄致死」という犯罪ですから、警察に逮捕されてしまいます。


娘に対して、ひとみさんが思いを綴ったひらがなばかりの手紙、奥さんの死を迎えた著者の嘆き、悲しみ、後悔は胸を打ちます。もし治療させてやっていたらどうなったであろうと…。

刑事に手錠をかけられ、きっと普通の人間ならここで、安堵とともにギブアップしそうに思います。妻の近くに早くいきたいと思うのが人情かなと…。でもここで娘さんがお父さんを励まします。「ここから始まる」と…。

その後の著者の行動は、どん底から這い上がろうとする、人間の底力を記したもので、そこから本書が生まれたのです。


文庫で、200ページ程です。ガン治療を拒絶してまで旅に出るという、常識はずれの行動ですから、読む人によっては好き嫌いが分かれるかと思います。間違いなく衝撃を受ける内容です。興味のある方は一読してみて下さい。現在映画化の話まであるようです。 


死にゆく妻との旅路

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『それでも私は腐敗と闘う』 イングリッド・ベタンクール 永田千奈・訳

2007年04月19日 | ノンフィクション


イングリッド.jpg

 

アメリカのバージニア工科大で起こった韓国人留学生による銃乱射事件、32人もの人が亡くなったそうですね。前途有望な若者たちが、実に理不尽なことに戦場ではなく、学校で命を絶たれたこと、そしてその遺族の方々の心情、友人を奪われてしまった人々の無念を思うと、言葉を失います。


ただでさえ韓国・アメリカの関係が微妙な時の事件だけに、両国の一般国民が受けた衝撃は想像に余りあります。銃を持つのは自衛のための権利、というアメリカ社会の伝統、やはりこれすら受け入れるのでしょうか。


これだけでも銃社会の非情な現実を思い知らされるのに充分ですが、対岸の火事ではありませんでした。

単なる偶然ですが、逆にいえば現代の象徴的な事件なのか、この日本でも、長崎市の伊藤一長市長が銃撃されて亡くなられました。表現のしようのないほどの怒りがこみ上げます。ご冥福をお祈りする、それしかありません。


無論、殺人犯が捕まらない事件は不気味で恐ろしくなるのですが、あっさり暴力団の仕業だ、異常な連中が起こしたものだと片付けるのも納得しかねるところがあります。特に政治がらみの事件は、底知れぬ違和感が残ります。
 

つまり、知性の無力さを、ペンや正義の弱さを思い知らせてやるという暴虐性は絶対に許してはいけないと思うのです。


そして、ペンも正義も弱いということを知らない青二才とからかわれながら、それでも、きっと勝てると信じて、目に見えない巨悪と闘っている人の姿が思い浮かべられれば、みんな勇気が出てくるのではないでしょうか。


本書の著者、コロンビア人のイングリッド・ベタンクールがまさにそういう人で、今もまだ生きていることを信じて紹介します。


以前取り上げた、『エメラルドカウボーイ』 を読めば、外国人から見たコロンビアがどれほど危険なのか、よくわかります。同じ悲惨な国情であっても、北朝鮮の独裁政権の方が、ずっとわかりやすい構造です。

また、そのコロンビアの政界や軍やマスコミまでも牛耳ってしまうマフィアのボスを扱った『パブロを殺せ』 を読めば、まともな人間なら、本当に絶望の国としか表現しようの無い実体がわかります。

北朝鮮なら、独裁者さえいなくなれば、少なくとも政治はかなり変わると期待できると思いますが、コロンビアは違いますね。実際、確かに極悪非道のパブロ本人は殺されましたが、第2、第3のパブロができてしまう。そうでなかったはずの人がパブロにばけてしまいます。


私が『パブロを殺せ』を読んだ後です。調べてみますと、実はコロンビア政府がパブロを追っているころ、コロンビアの政治家で唯一命がけで政治改革に取り組んでいる女性がいることを知りました。

それが本書の著者イングリッド・ベタンクール。


名家の一令嬢であった彼女が、ノブレスオブレッジに目覚める姿は信じられないほど勇敢です。別の言葉なら無謀です。アッパークラスであったがゆえに知ってしまった祖国の裏。その現状に心動かされ、資金も知名度も無いまま愛国心をたぎらせ、政治腐敗の一掃だけを掲げてフランスから帰国、コロンビアの国会議員に立候補、なんと当選してしまいます。

選挙運動の間も、当選した後も、とにかく政界実力者やら、裏組織からさまざまな妨害、裏切りを繰り返し受け、その詳細が現役政治家の実名ではっきりと明かされています。

自分が動けば動くほど、結局自分の周囲に迷惑がかかる、迷惑どころか危険が及ぶため、まず彼女の下した決断はなんと夫と離婚。子どもも海外へのがしてまでやり遂げようとする改革に対する使命感。ものすごいです。


そこまでやれば、もちろん成果はあります。たびたび訪れる危機を戦士の覚悟と、抜群の知性を発揮して切り抜けます。しかしどうしても一枚だけ破れない壁は国家権力そのもの。物言わせぬ圧力です。

ここで、結局ついには自分が大統領になるしかない、本丸を直接自分がのっとり、権力を手に入れる以外に方法が無いわけです。そう新たな決意を固め、本書をしたため、同じ年の大統領選に立候補するのです。


ところが本書を上梓したあと、行方不明、誘拐されてしまいます。選挙期間中に注目の大統領候補が誘拐される国があるのか。当然、彼女の勢いを恐れた候補やその陣営が怪しいに決まっています。みんなそれを知っているか、感づいているにもかかわらず、やはりその候補が大統領になってしまう現実。

すでに6年経った現在もそのまま安否は分かっていないのです。本書ももちろんコロンビアでは出版できなかったのですが、ベタンクール家とつながりのあるフランスでやっと出版にこぎつけ、その後日本語に翻訳されました。


高校生で充分読める内容ですが、その前に日本のすべての政治家に読んで欲しいと感ぜざるをえません。間違いなく衝撃と感動の一冊です。




『それでも私は腐敗と闘う』イングリッド・ベタンクール
草思社:277P:1890円



P.S.他のブログなどで、本書のレビューを探したのですが、残念ながらほとんどありません。何でも載っているはずのWikiにもありません。おかしいと思いませんか。

フランスのドビルパン首相がフランス軍をもって救出作戦までしたそうですが、日本ではまったく報道されません。

私の拙いレビューよりも、アマゾンのカスタマーレビューや本書の説明を実際に読んでいただきたいと思ったので、アマゾンのIDを取得し、アフィリエイトリンクを貼らせてもらいました。ぜひ関心を向けていただけますよう。

それでも私は腐敗と闘う

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『復讐する海ー捕鯨船エセックス号の悲劇』 ナサニエル・フィルブリック(著) 相原真理子(訳)

2007年04月10日 | ノンフィクション


復讐する海.jpg


全米図書賞を受賞したすばらしいノンフィクションです。


世界一の海洋小説とも呼ばれる、ハーマン・メルヴィルの書いた『白鯨』。そのクライマックスシーンは、怒り狂ったマッコウクジラが実在していた捕鯨船エセックス号を沈めてしまった事件を元に書かれていたのだそうです。 


『白鯨』 では船が沈没したところで物語を終えてしまうのですが、実際のエセックス号の悲劇は、その沈没後からはじまったと言っても過言ではありません。エセックス号の乗組員たちは、クジラに沈没させられたあと、小さなボート3隻に乗り移り、それぞれ故郷の町、ナンタケットへたどり着くことを目指したのです。


1820年、今から180年も前、江戸時代のできごとです。当時アメリカでは、鯨から油を取るために多くの捕鯨船が太平洋に出ていました。1853年にペリーが浦賀に現われた理由のひとつも捕鯨の中継地として日本を利用したかったためですね。


アメリカ近海の鯨を捕りつくし、日本沖、西太平洋に鯨の群れがいることを発見していたからです。話はそれますが、彼らは日本人のように鯨を食べるのではなく、わずかな鯨油を採ったらあとは全部捨てる。こんな乱獲をしておきながら、今頃になって日本の捕鯨反対なんてよく言えたもんです。まったく。


(日本の調査捕鯨:マッコウクジラ、大きいですね)
マッコウクジラ3.jpg

このひれでたたかれたら、ひとたまりもないでしょうね。 

マッコウクジラ.jpg
「(財)日本鯨類研究所 提供」


さて、その鯨油を求めて次第に遠くまで出なければならなくなった捕鯨船、エセックス号が沈没した後、彼らは必死で5000キロ離れた故郷を目指しますが、20人のうち生き残ったのはわずかに8人。

いったい何があったのか、3隻のうちの一つが救出された時、半死半生の状態の船員二人は手に、仲間の骨を握っていた…。そう、彼らは仲間の肉を食べながら生きながらえてきたわけです。


実際に起こったことが、あまりにも衝撃的であったために、当初はその事実が簡単には受け入れられませんでした。敬虔なクエーカー教徒たちの町でできたその捕鯨船なのですが、最初に食べられたのが黒人たちであったということも、彼らにはうまく説明できなかったそうです。


生き残った乗組員たちは、それぞれにいろいろな形で事件について語ったり、書いたりしていたのですが、それらのなかには、近年になって見つかったものがあります。当時考えられていたとは異なる事実も判明し、本書はそれを綿密に収集分析した一冊なのです。

できごと自体も想像を絶するすさまじさですが、本書の取材がすごい。筆者はエセックス号の故郷であるナンタケットに住む歴史家ですが、すべてのできごとを実に丹念に調べ上げているのがわかります。いったいこれを書き上げるのに何年かかったのか、そう聞きたくなるくらいの力作です。


どんな悲惨なできごとも、どんな予想外の事故に対しても徹底して冷静な筆致で、その状況を再現しようと努め、何が失敗だったのかを見極め、船員たちの心理を読み解こうとします。この、感情を徹底的に排した書き方が、返ってその時に起こっていたことの深刻さ、不気味さを印象付けます。


途中で見つけた小さな無人島にとどまって、地獄のような航海をやめ、仲間と別れる決断をした船員もいます。仲間に進んで食べられたものまでいます。人肉を食べてでも、その筆舌に尽くしがたい困難を乗り越えて還ってきた船員たち。

しかし、それは英雄として賞賛されるでしょうか、それとも…。故郷の人々はそれをどう受け止めたのかを知るために、生還した船員のその後の人生までしっかりと追跡をしています。


以上のような内容だけに目をそむけたくなるような事実もたくさん出てきます。決して美しい物語ではありません。エセックス号が転覆して以来、食料も水も減る一方で、自分たちの正確な位置すら確認できず、仲間も一人、また一人と力尽き死んで行ってしまうわけです。

絶望の淵で、極限の状況に置かれた者たちの姿、地獄絵図でもあります。刻々迫ってくる自分の最期を感じながら、自然に翻弄されながらも生き続けてしまう人々。人間のたくましさというより、生の虚しさまで感じるような一冊でした。

復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇

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『復讐する海ー捕鯨船エセックス号の悲劇』 ナサニエル・フィルブリック(著) 相原真理子(訳)
集英社:296P:2415円

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『無念は力-伝説のルポライター児玉隆也の38年』坂上遼

2007年01月23日 | ノンフィクション

 

無念は力.jpg



写真の人物をご存知でしょうか。すでに30年ほど前の1975年、38歳で亡くなったルポライター、児玉隆也氏です。



マスコミに進みたいという高校生も多いですね。単に有名人に会えるからという他愛のないものから、いわゆるジャーナリズムの世界にあこがれる正統派まで、多くの人をひきつけます。私だってマスコミというのはどんな世界かのぞいてみたい気がします。


ただ、ロシアで 『プーチニズム』 を書いたアンナ・ポリトコフスカヤ氏は殺害されましたし、日本では、マスコミで大きな事件が報じられるたびに、ジャーナリストでなくても、繰り返し不可解な“自殺”があると、『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』 を書いたベンジャミンフルフォード氏は指摘するように、見かけ以上に複雑ですね。



また、衝撃を受けた一冊、『日経新聞の黒い霧(大塚将司)』 を読んでも、弱い立場にいる人間が権力者を告発するのは、いかに日本が民主国家だと言っても容易ではない、どころか首尾よく終えるのは極めて難しいとわかります。


本書で描かれるのは、それに挑戦した児玉隆也氏の短い人生です。ジャーナリズムにあこがれた一人で、必死の努力で、その夢がかない名声の頂点に近付く直前に、残念ながら病に倒れてしまった人物です。


彼は田中角栄に食いさがろうとし、志半ばで病に倒れてしまうのですが、筆者の坂上遼氏は児玉氏とは全く面識もない第三者。熱心な一ファンとして6年もかけて本書を書き上げたそうです。 


児玉氏は戦中の極貧の環境下、8歳で父親を亡くすも、苦学をし早稲田大学を卒業。つてに頼って、工場での職をしている間に、記事などの投稿作品などが認められ、念願の出版業界に身を置くようになります。


父親が亡くなった時、棺が買えず、タンスを棺おけがわりに遺体を寝かし、大八車で火葬場へ運んだのは、まだ氏が小学校2年生の時のことです。そんな少年がやがて権力の隆盛を誇っていたあの田中角栄を追い詰める記事を書くようになっていったわけです。


その後数々のレポートやスクープなどが認められ、ついに編集長にまで上りつめますが、結局、その地位を捨て、フリーのジャーナリスト、いわゆるルポライターとして独立します。生活はどんなに苦しくとも自分の書きたいものが書きたいという信念です。


ところが独立したとたんに襲った病魔。ガンになってしまいます。今でこそ、ガンは誰でも口にする言葉ですが、当時ガンは隠さなくてはならない病気でした。家族やまわりの苦悩は深まりますが、本人はそれを知ったあと『ガン病棟の99日』という闘病記を出しました。日本で初めての“ガンの闘病記”だそうです。


死の直前、丸谷才一氏の推薦で、知の巨人、立花隆氏の“田中角栄研究”と児玉氏の“淋しき越山会の女王” がある賞を共同受賞し、もう大宅壮一の時代は終わったと指摘されたことがことの他うれしかったそうです。



ただし、正義感をふりかざしてばかりいたり、きれいごとだけを言っていたのでは、取材も進みません。冒頭で述べたように、どれほど美しい心や情熱があるからといっても、権力側はそうやすやすとスクープ価値のある情報が出て行くのを許しませんから、児玉氏の方もありとあらゆる手段を講じたようです。


筆者である坂上氏が、本書のために取材しているあいだも、あからさまな取材拒否や、児玉氏に批判的な反応がたくさんあったそうです。かつてのファンとしての複雑な感想も添えられています。


結局、取材した結果、そういうネガティブな内容も含めて、悲運の正義漢として持ち上げるのではなく、無念の天才ルポライターとして人間くさく書かれています。


実にさまざまな無念が描かれています。人生の師と仰ぐ三島由紀夫に最後の最後で認められなかった無念。

そして彼の死後、彼を題材にした映画とドラマができるはずだったのが、時の政治家のあからさまな圧力で流れてしまったのも無念でしょう。

どうりで “立花隆と双璧” 児玉隆也と言っても人が知らないはずです。


マスコミに行きたいという高校生には、一見華やかに見えるジャーナリストの活動の影に、さまざまな制約や大きな犠牲が伴っていることを知るのにも良い一冊だと思います。


やはり人生どこかでは、リスクをとる覚悟が必要。受験はその最初の経験かもね。その経験が人生に大きくプラスに働きますように!

 



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無念は力―伝説のルポライター児玉隆也の38年

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『無念は力 -伝説のルポライター児玉隆也の38年』坂上遼
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『悩む力 べてるの家の人びと』 斉藤道雄

2007年01月04日 | ノンフィクション

 

悩む力.jpg



さぁ、いよいよ本格的に世の中が動き出しますね。それにしても、コンビニやスーパー、ファミリーレストランなど、正月休みなく働く人々も増えました。ご苦労さまです。病院やさまざまな施設で働いている方も気が抜けませんね。


さて、「べてるの家」 をご存知でしょうか。何度かテレビで取り上げられたこともありますが、北海道の浦河にある、精神分裂病患者やアルコール中毒者などの自立を支援する共同住宅です。


そもそも、べてるの家は、向谷地さんという一人の青年が、ソーシャルワーカーとしてその地の赤十字病院に赴任してきた20年以上前、その町であいていた教会の建物で、入退院を繰り返す患者さんたちと共同生活をはじめたのがはじまりです。


「べてるの家」の特徴は、従来の精神病医療とは違って、彼らの病気を治そうとはしません。みなが、自分の、そして相手の現状をそのまま受け入れ、悩み、苦しみ、それを他人と分かち合う、そうした人間関係を実践しようとしています。


規則もほとんどなく、唯一 “三度のメシよりミーティング” と言って、いつもみんなでミーティングをし、ありとあらゆる問題を解決する…というより、確認をしあいます。ここでのモットーも、普通と逆で、“手を動かすより、口を動かせ”(笑)。


ただ、こうした理想を語るのは簡単ですが、それを実践するのは大変です。


実際、ミーティングの途中でも幻覚が現われてしまう人もいれば、妄想にとりつかれている人もいます。寝転がっている人もいれば、ぶつぶつひとり言を入っている人もいます。中には暴れだす人までも…。

ですから「べてるの家」には、日頃から暴力やお金を取られたなどのトラブルが絶えません。それを解決していくというより、やはり消化するとでも言いましょうか、人の集まりだからそういうこともあるという覚悟でみなが受け入れているような雰囲気です。

そこに人間社会の縮図、すなわち人本来の姿が隠されずにあらわになっているのではないかと感じるのです。思いやりや協力という美しい場面もたくさんあるのですが、負の部分だって受け入れる。障害だって個性のひとつだという考え方です。


そうは言っても、みなが自立をし、社会参加できることが目標であることには違いありませんから、べてるは決して内部だけで完結した組織を作りたいのではなく、健常者との繋がりにも非常に積極的です。施設の運営にお金もかかりますね。

そこで、地元の昆布を販売する仕事を始めますが、ここでも座右の銘は、なんと、“安心してサボれる会社作り” です。昼寝をする人、逃亡してしまう作業員もいます。それでも、得意のミーティングで商品開発まで実行し、今では立派な企業として成り立つまでになっているようです。


こうしてまわりがそれを完全に受け入れるという社会が出来上がっていると、障害を持った人々が、(それは施設だけでなく、街も含めてですが)、ものすごい力を発揮するというのが分かります。

今や、彼らを世話する立場の人だけでなく、ベてるで暮らす、その患者さんたちまでが、さまざまなところに講演に出かけるほどだというのです。大変すばらしいと思うのですが、本書には、そうした“べてるの家” の経緯やそこで繰り広げられる様々なドラマが描かれています。


以前、このブログで取り上げた 『教養としての「死」を考える』 の中で鷲田清一氏は、社会から死や生、食や排泄までも見えなくなってしまったことが、人間が自分ひとりで生きているという現代人の錯覚を生んでいると指摘しました。

その鷲田氏が、つい先日テレビで、べてるの家の人々がごく普通に社会に溶け込んでいる、どんな人の集団でも、一定割合で障害を持つ人はおり、それが自然なのだというようなことを語っており、思い出して本書を紹介させていただきました。


近年、医療や福祉の分野に進みたいという生徒がかなり増えてきましたが、きっとこの本を読んでみれば、“社会って何だろう” “健常者と障害を持った人の本質的な違いはあるのか” “病気って?” ということを考えずにはいられないはずです。

そういう生徒には特にお薦めの一冊です。


ベテルのHPはこちら→ 【ベてるの家


悩む力

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 『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄
みすず書房:241P:1890円


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『自壊する帝国』佐藤優

2006年12月29日 | ノンフィクション

 

 ゥ壊する帝国 佐藤優.jpg


今年もブログを振り返れば、いろんな本を読んだなぁ~という気がします。本当は、2006年、心に残ったこの1冊などと選んでみたいところですが、じっくり考える時間がありませんし、あれも良い、これも捨てがたいなんて、結局、決められそうにありませんね。


そうはいっても印象深い本がありまして、本書は今年読んだ中でもっとも印象に残った本の中の一冊であることには間違いありません。ノンフィクションの中なら確実に今年の3冊に入れることができそうです。


佐藤優氏の著作は、 国策捜査を告発し、その評価をめぐり藤原正彦氏と櫻井よし子氏の論争にまで発展した『国家の罠』、 その続編で、逮捕当時、鈴木宗男、佐藤批判一色の中、堂々と佐藤擁護の論陣を張った産経新聞の斎藤勉記者が佐藤氏にインタビューした『国家の自縛』を取り上げました。


いずれもショッキングな内容で、印象深い本ですが、本書はその要素にプラス、スパイ小説なみの劇的展開や緊張感が加わって、前二作以上に高い評価を与えても良いのではないかと考えています。


一人の日本人外交官が、ありとあらゆる知恵と行動力を駆使して、ソビエト社会の指導者層の間を綱渡りで情報収集に当たる様は圧巻ですし、大物とのコミュニケーションを可能にする、その桁違いの知性にも驚嘆させられます。


ロシア人相手にウオトカ(ウオッカ)を浴びるほど飲み、駆け引きはしてもだますことはせず、むしろ立場を超えて共感を惜しまず、万全の準備や根回しをしたあとは、常に緊迫感あふれるソビエト幹部や他の実力者たちとの真剣勝負で情報を引き出します。

ソ連解体に際して繰り広げられる権力闘争やさまざまなグループの凄まじい利権確保の争いの間を、見事な読みと、そこまで築き上げた人脈を駆使して日本の役に立てようと行動している訳です。接触する相手は、学生から大統領側近まで、実に幅広く、レストランから本屋さんまで将来役立ちそうなところには、前もっていろんな種がまいてあるのです。本当かと思うほど、気配りは行き届いています。


ロシアおよびその周辺諸国社会の激しさは、歴史を見ても、最近の動きを見てもわかりますし、KGBなど諜報機関の冷酷さは、『プーチニズム』を読んでも、その著者アンナ・ポリトコフスカヤ氏が殺されてしまった事実からも痛感させられます。


その『プーチニズム』 の中で、中心的に取り上げられている、チェチェンで起きた、ロシア軍幹部による少女暴行殺人事件。プーチン政権に致命的打撃になりかねなかった問題でしたが、佐藤氏はプーチン政権とつながる、裁判官や政治家の人脈や人柄までも解説してみせます。

 

本書を読む限り、佐藤氏はソビエト社会に完全に溶け込んでいますし、情報が混乱していた当時、最後はソビエト社会の指導層たちから、逆に頼りにされるほどの情報網と人間的な信頼を勝ち得ているように思えるのです。

つまり、日本外交にとって余人をもって代え難い人材に育っていたのに、それを国策捜査によって、逮捕にまで追い込んでしまった、日本外務省の官僚体質、あるいは政府の不明が悔やまれます。


彼が鈴木宗男氏と同時期に逮捕されたおり、我々日本人が、やっと悪い奴が排除された などと思わされていた一方で、佐藤氏のロシアなどの友人たちが支援をしたいと申し出たというのは、何とも皮肉で、象徴的な現象です。


最近は、こうした意欲的な本の執筆活動だけでなく、ラジオや雑誌などでも、佐藤優という名前を、頻繁に目にしたり、耳にするようになりました。やはり世間が放っておかない洞察力と経験や情報を持っているのでしょう。

今後、大きな成果をあげてきたロシア外交の前線に、佐藤氏が戻ることはないのでしょうが、そこで築いた内外の信頼が、今こうして別の形で活躍の場を与えているのだなと思った次第です。


 

P.S.そういえば佐藤氏がラジオで、森政権末期、加藤の乱の加藤紘一氏は何と外務省を通じて、ロシアに “森はもうダメだ” というメッセージを送らせたという信じがたいエピソードを暴露していました。 

さすがに黙っていられなくなった佐藤氏は、そんな外交は許されないと思い、森首相に伝えに行くと、佐藤氏の手を握って、“僕のことより日本の外交のことを考えてくれ” と、カッコいいことを言ったそうです。

自民党内部の権力争いが外交にとんでもない影響を与えているんだと思った記憶があります。何となく佐藤氏をおとしいれたい勢力の存在もぼんやり感じることができました。

自壊する帝国

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『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作』 高沢皓司

2006年10月24日 | ノンフィクション


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ある北朝鮮専門家が『北朝鮮関連の中でとにかく最高に面白い』と絶賛していた本をご紹介します。そのとおり、臨場感あふれる、読み応えのある一冊で、以前ご紹介した、『北朝鮮に消えた友と私の物語』に勝るとも劣らぬ一冊、双璧だと思っております。

講談社ノンフィクション賞を受賞し、ある雑誌の編集長は「これこそが本当のドキュメンタリーだ」と言って、社員に配って読ませたそうです。

1970年、日本赤軍の9名が日本航空機ボーイング727“よど号”をハイジャックし、北朝鮮へ向かいました。本書はその事件の経緯から、その後の犯人たちの北朝鮮での生活を実に丹念に追ったものです。

いくつも驚愕の事実が見えて来ます。(週刊誌風ですね、でもそう表現したくなる内容です) 彼らが北朝鮮へ着き、そこでの生活や待遇、洗脳のされ方、そして、日本に対する工作へ協力し、拉致にまでかかわるようになる様子などなど。きっと拉致された方々の状況もこれに近いのかなという気がします。そういえば彼らの娘たちは、堂々と日本に来ましたね。



著者は北朝鮮に出向き、よど号ハイジャック犯のリーダー田宮高麿と何度も会ううちに、友情とも同情ともいえる、ある種の共感を持つにいたります。

一方、北朝鮮では当時、日本では全く想像を絶するような計画が実行に移されていました。そこでも田宮は中心的な役割を演じ、金日成の絶対的信任を得ているわけです。

ゆえに筆者に対しても、明らかなうそ、北朝鮮のすばらしさを宣伝をするのですが、度重なる筆者との接触の中で、徐々にマインドコントロールが解かれ、著者には隠しきれない田宮氏の本音が読み取れるようになります。

かつての世界革命の旗手として日本中を騒がせた若者は疲れ果て、とうとう「日本に帰りたくても何もできない」旨を語るようになるのですが、もしそれが、北朝鮮当局に知られてしまったら、即、死を意味します。そして実際、彼は謎の急死をしてしまいます。


他のメンバーとその妻たちは有本さん拉致にかかわっていることはわかっているのですが、妻たちの中にも拉致同然に連れて来られた人物もおり、その一人一人を慎重に分析し、世界中を駆け回って情報を集め、ありとあらゆる彼らのうそ、謀略を暴き出しています。この取材の丹念さ、執念はすごいです。

本書は小泉訪朝(2002年)で拉致問題がクローズアップされる前(2000年)に出版されているわけですから、すでにかなりの証拠が一ジャーナリストの手にあったことがわかります。

金正日、金日成は本気で日本の「北朝鮮化」を画策しており、そのためには手段を選びません。対日工作は多岐に渡ります。 それに乗せられたマスコミ、政治家、知識人が日本に溢れていることを思うと背筋が寒くなります。

拉致被害者がいったい何人いるのかわかりませんが、彼らを北朝鮮から取り返せば、その口からさらなる驚愕の事実が次々に語られることは間違いないと確信しました。 



http://tokkun.net/jump.htm 

宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作

新潮社

詳  細


『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作』高沢皓司
新潮文庫:685P:900円 



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P.S.
 どういうわけか、よど号ハイジャック事件や浅間山荘事件イスラエル・ロッド空港襲撃事件は入試には出ないんですよね。知らない人も増えました。北朝鮮といえば、不審船のイメージがあるためか、当教室の川柳で数年前、『よど号は ずっと船だと 思ってた』という川柳まで…。助けて~。
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