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『還ってきた台湾人日本兵』河崎真澄

2006年04月19日 | ノンフィクション

ウクライナから83歳の元日本兵、上野石之助さんが63年ぶりに帰国されたというニュースが流れました。戦時死亡宣告が確定していたというのですから、驚きです。墓参りをしたいというご希望を持っておられて、実現したということになりますね。お帰りなさい。

戦後20年以上たった昭和46年、グアム島で発見された元日本兵、横井庄一さんは、その折「生きて虜囚の辱めを受けず」と言い、二年後ルバング島で発見された小野田寛郎さんは「上官の命令解除がなければ帰国しない」と語り、わざわざかつての上官がフィリピンに飛んで直接命令解除を伝えました。「悲劇」でもあり「美談」でもあります。それこそ当時は大ニュースで、子供だった私もよく記憶しております。

その翌年、実はもう一人インドネシア、モロタイ島で元日本兵、中村輝夫さんが発見されていたそうです。ご存知でしょうか。その時彼は「米軍はまだいるのか」と繰り返し聞いていたというのです。 

中村氏はジャングルで保護された時は全裸で、保護におもむいた人々が練習通り遠巻きにしていっせいに「君が代」を歌うと、大変驚きながらも、片手で局部を隠しながら、なんと直立不動の姿勢を取ったそうです。続けて「愛国行進曲」を歌うと、その声が日本人でないと気付き「バカヤロー」と叫び、銃を手にとって戦う姿勢を見せたということです。

かつての軍人達はその姿を見て何ともいえない感動を覚えたそうです。終戦からその時まで、ジャングルで30年間、銃の手入れを怠らなかったことだけでも驚嘆に値します。ところがです!なぜ中村氏の場合は小野田氏や横井氏の時のように騒がれなかったか…。故郷である「日本に帰りたい」と語った中村氏の希望はなぜかなえられなかったか…。

中村氏は台湾の高砂族出身であったがゆえに、日本国からは日本人とは認められなかった!戦前、日本人として生まれ、教育され、血書をしたためての志願兵、日本兵として出征し、日本語を話し、日本語でものを考えていたにもかかわらず…。30年間ひたすら孤独に耐えてきたにもかかわらずです。

台湾にはいまだに親日、反日の複雑な思いを抱いている人々が多くいます。李登揮という偉大な指導者がいても、残念ながら日本政府は中国をおもんばかって、日台関係を改善しようという動きは見られませんでした。

結局、中村氏は日本政府から多額の見舞金をもらうも、それが逆に周囲との軋轢を生むことになってしまい、妻が再婚したりと、寂しく一生を終えてしまいました。本書は、いまだに存命している台湾人日本兵やその周辺を取材して書かれています。いろんなことを考えさせられる一冊です。

http://tokkun.net/jump.htm

還ってきた台湾人日本兵

文藝春秋

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14 コメント

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Unknown (HIRO)
2006-04-19 23:16:15
これは何故かよく覚えています。発見された時は話題になったのに台湾人であると分かったとたん、ニュースから消えましたよね。妻が再婚していてひどく悲しみ、戻るよう泣いたと記憶しています。この本は新刊ですか?

是非、読んでみたいです。しかし、VIVAさんのブログは、いつ読んでも分かり易い解説ですね。「嫌韓流2」を読みました。面白かったですよ。
あ~ありがとうございます (VIVA)
2006-04-20 00:42:27
HIROさん:お久しぶりです!(少なくともここでは)。でも時々HIROさんのブログを拝見してますよ。本書で書かれていることを覚えていらっしゃるとは…、さすが図書館勤務です(あれ?おかしいかな?(笑))。嫌韓流2、すぐに読んでみます。これからもたまにはコメント下さいね。

とにかく、お体大切になさってください。
お帰りなさい! (多摩 三郎)
2006-04-20 09:46:05
上野さんのニュースを見て、まだ戦後は終ってないと実感しました。台湾については、昨年、行って見て日本には感謝しているという言葉が多くかえって来ましたが、日本の占領下にあって出征した人たちの、救済がなされていない事を非常に残念に思いました。日本人として戦ったわけですから、それを思うと悲しいですね。上野さんも犠牲者ですが、命があっただけでも、良かったと思います、故郷でお墓参りして、又ウクライナに戻ったら日本の思い出を語って、日本とウクライナの架け橋になってもらえればと思っています。
Unknown (山猫男爵)
2006-04-20 12:55:28
はじめまして。

面白そう、というと語弊がありますか。とても興味深そうな本ですね。

確か、台湾出身の旧軍人・軍属が恩給支給を求めた訴訟もあったように記憶しています。条約と立法政策の問題とされ、負けていたと思いますけれど。

台湾と外交関係を結びにくいのは、あの国が中華民国を引きずっているのも有る様な気がします。モンゴル独立は承認していない建前ですし。

まあ、中国との関係が直接の原因でしょうけれどね。
リンクお願いします。 (HIRO)
2006-04-20 14:01:40
ほかの人にも是非、よんでもらいたいので

VIVAさんのブログをリンクさせてください。

よろしくお願いします。毎回、楽しみです。
そうそう、この人もいましたね (dashi)
2006-04-20 14:14:51
この人が発見されたというニュースに

「えっ、また? いっぱいいるんだな~」

と驚いているうちに、さーっと報道が途絶えてしまいましたね。私もなんかヘンな感じで記憶に残っています。

台湾も、大陸から移って来た人たちに高砂族は圧倒されてしまったと思います、ちょうど日本の中に置けるアイヌ民族のように。高砂族でない人だったら、扱いはまた違っていたかもしれませんね。



TBいただいたので来てみました。こういう真面目なサイトは落ち着きますね。他のページも読ませてもらいますね。
コメントありがとうございます (VIVA)
2006-04-20 16:00:19
多摩三郎さま:ブログ拝見しました。まことに僭越ながら、私と似たような感じ方をされていると思いうれしくなりました。



山猫男爵さま:ぜひ、軍事の面からヒントになるような本がありましたらご紹介下さい。



dashiさま:覚えていらっしゃるのですね。ブログのお父様のお話、興味深く読ませていただきました。またコメントをいただければ幸いです。



HIROさま:ありがとうございます。私もそうさせていただきます。嫌韓流2注文しました。
複雑 (虎哲)
2006-04-21 18:42:35
TBありがとうございます。

>親日、反日の複雑な思いを

そうですね。ここ重要な指摘です。

台湾=親日というわけではなく、特に中村さんのような先住民は大弾圧を食らったこともあります。

台湾人の日本兵は国籍がなくなったために日本兵なら受けられる救済がありませんでした。

そのことは、積み残された「戦争責任」問題の一つ、といえるでしょうね。
TBありがとうございます! (may)
2006-04-21 22:24:30
現役の「兵士」たちが、語ってくれる「戦争」を「昔話」にしてはいけないのだと「中年」になった自分は、強く思うようになりました。

TBありがとうございました。
TBお礼 (ふじっこ)
2006-04-22 13:36:00
はじめまして。TB有難うございます。

上のお話も踏まえて色々判る年になって、

どう考えても日本人の思考回路というのは

どこまでも閉鎖的なんだなと感じます。

昔の人は酷いって思ってましたけど、

それは現代も変わりませんね。

せめて自分だけはといつも思ってはいるのですが。
TB拝受 (tani)
2006-04-23 08:21:18
2005.7月からブログを始めました。

192□年生まれの若輩ですが、3,4月は無欠席です。(サイタ サイタ サクラ ガ サイタ)時代は「勤勉超衆」賞として「修身」教科書をご褒美に頂きました。

TBをお返ししました。
Unknown (ちまり)
2006-04-25 02:32:31
始めまして。

トラバありがと~ございました。



本とか、マジメなのはあまり読まないのでこ~ゆう本があるコトも知らなかったデス。

中村さんの話、涙もろぃちまりには致命的な感じでした。

ちょっと本、読んでみようかなぁとか思いマシタよ♪

やっと読みました。 (HIRO)
2006-05-11 21:47:27
「還ってきた台湾人日本兵」読了しました。

何か時間がかかってしまいました。いつも

読むのが遅いのに加えて忙しくて。



不思議な感じがしました。かつての高砂族

は日本人そのものだったんですね。つまり

今で言えば、沖縄のようなものでしょうか。



30年もの長い間ひたすら日本人として生

きて来たのにとっくに日本人ではなくなっ

てしまい。糸が切れたように抜け殻になっ

てわずか4年で死んでしまった・・・。



果たして、発見されて良かったのかどうか。

そうですね (VIVA)
2006-05-11 22:05:07
発見されて良かったのかどうかと問われると、答えに困りますね。英雄物語が悲しいお話になってしまいましたよね。でもご本人はともかく、後世の我々が台湾でそういう話があったことを知るのは大切なことではないかという気がします。

コメントありがとうございました。

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