全米図書賞を受賞したすばらしいノンフィクションです。
世界一の海洋小説とも呼ばれる、ハーマン・メルヴィルの書いた『白鯨』。そのクライマックスシーンは、怒り狂ったマッコウクジラが実在していた捕鯨船エセックス号を沈めてしまった事件を元に書かれていたのだそうです。
『白鯨』 では船が沈没したところで物語を終えてしまうのですが、実際のエセックス号の悲劇は、その沈没後からはじまったと言っても過言ではありません。エセックス号の乗組員たちは、クジラに沈没させられたあと、小さなボート3隻に乗り移り、それぞれ故郷の町、ナンタケットへたどり着くことを目指したのです。
1820年、今から180年も前、江戸時代のできごとです。当時アメリカでは、鯨から油を取るために多くの捕鯨船が太平洋に出ていました。1853年にペリーが浦賀に現われた理由のひとつも捕鯨の中継地として日本を利用したかったためですね。
アメリカ近海の鯨を捕りつくし、日本沖、西太平洋に鯨の群れがいることを発見していたからです。話はそれますが、彼らは日本人のように鯨を食べるのではなく、わずかな鯨油を採ったらあとは全部捨てる。こんな乱獲をしておきながら、今頃になって日本の捕鯨反対なんてよく言えたもんです。まったく。
(日本の調査捕鯨:マッコウクジラ、大きいですね)
このひれでたたかれたら、ひとたまりもないでしょうね。
「(財)日本鯨類研究所 提供」
さて、その鯨油を求めて次第に遠くまで出なければならなくなった捕鯨船、エセックス号が沈没した後、彼らは必死で5000キロ離れた故郷を目指しますが、20人のうち生き残ったのはわずかに8人。
いったい何があったのか、3隻のうちの一つが救出された時、半死半生の状態の船員二人は手に、仲間の骨を握っていた…。そう、彼らは仲間の肉を食べながら生きながらえてきたわけです。
実際に起こったことが、あまりにも衝撃的であったために、当初はその事実が簡単には受け入れられませんでした。敬虔なクエーカー教徒たちの町でできたその捕鯨船なのですが、最初に食べられたのが黒人たちであったということも、彼らにはうまく説明できなかったそうです。
生き残った乗組員たちは、それぞれにいろいろな形で事件について語ったり、書いたりしていたのですが、それらのなかには、近年になって見つかったものがあります。当時考えられていたとは異なる事実も判明し、本書はそれを綿密に収集分析した一冊なのです。
できごと自体も想像を絶するすさまじさですが、本書の取材がすごい。筆者はエセックス号の故郷であるナンタケットに住む歴史家ですが、すべてのできごとを実に丹念に調べ上げているのがわかります。いったいこれを書き上げるのに何年かかったのか、そう聞きたくなるくらいの力作です。
どんな悲惨なできごとも、どんな予想外の事故に対しても徹底して冷静な筆致で、その状況を再現しようと努め、何が失敗だったのかを見極め、船員たちの心理を読み解こうとします。この、感情を徹底的に排した書き方が、返ってその時に起こっていたことの深刻さ、不気味さを印象付けます。
途中で見つけた小さな無人島にとどまって、地獄のような航海をやめ、仲間と別れる決断をした船員もいます。仲間に進んで食べられたものまでいます。人肉を食べてでも、その筆舌に尽くしがたい困難を乗り越えて還ってきた船員たち。
しかし、それは英雄として賞賛されるでしょうか、それとも…。故郷の人々はそれをどう受け止めたのかを知るために、生還した船員のその後の人生までしっかりと追跡をしています。
以上のような内容だけに目をそむけたくなるような事実もたくさん出てきます。決して美しい物語ではありません。エセックス号が転覆して以来、食料も水も減る一方で、自分たちの正確な位置すら確認できず、仲間も一人、また一人と力尽き死んで行ってしまうわけです。
絶望の淵で、極限の状況に置かれた者たちの姿、地獄絵図でもあります。刻々迫ってくる自分の最期を感じながら、自然に翻弄されながらも生き続けてしまう人々。人間のたくましさというより、生の虚しさまで感じるような一冊でした。
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復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇 集英社 詳細 |
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頑張って追いかけます。5000キロまではないはずです(笑)。
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『復讐する海ー捕鯨船エセックス号の悲劇』 ナサニエル・フィルブリック(著) 相原真理子(訳)
集英社:296P:2415円
作者の取材姿勢や書き方が、私の好きな吉村昭さんに似ているようで、そういう点からも読んでみたいです。丹念な取材、冷静な筆致、いいですね。
>こんな乱獲をしておきながら、今頃になって日本の捕鯨反対なんてよく言えたもんです。まったく。
本当にこの問題では、どんなに親しい友人でも、オーストラリア人とは絶対に解り合えません。
過去の乱獲もですが、他民族の文化になぜここまで口出しするのかを考えると、未だに白人やキリスト教徒が他の民族や他宗教を下に見ていることを感じます。
ヒンズー教徒はキリスト教徒に「牛を食べるな。」と言いませんし、海洋民族が牧畜民族に「魚を食べろ。」とはいいませんよね。
極めつけはアボリジニ(オーストラリア原住民)に、それまで食べていたものを食べるなと規制した根拠のいかがわしさです。芋虫やアリは野蛮だから止めろ、クジラは高等動物だから止めろ、と。どこからどこまではいいというのを何故キリスト教系白人が決めるのでしょう?「高等も下等もダメなら魚だけにしましょう。」と言っても、彼らは絶対承諾しないはず。
普段オーストラリア人は寛容で親切ですが、この議論になると、自分勝手に思えて仕方ありません。
日本の捕鯨船は何度もアメリカの環境保護団体に攻撃されているのに、ニュースにも採り上げられず、日本政府が何もしないのもおかしいと思います。
話が大幅にずれてしまいました。ごめんなさい。
本書は本当にすばらしいと思うので、興味のある方にはぜひ手にとっていただきたいのですが、同時に、いつも理不尽な攻撃にさらされている日本の捕鯨の問題も知って欲しいと思っておりました。
ですからちょうど良いコメントで感謝しております。ありがとうございました。
原題は「Moby Dick」、つまりレッドツェッペリンの伝説のドラムソロの名曲と同じタイトルです。(現代だったら、「白鯨」とは訳さないでしょうね)
「白鯨」には、過酷な後日談があったのですね。身につまされます。
「ハイペリオン」シリーズで有名なダン・シモンズの最新作に「The Terror」という大作があります。欧米では有名らしい1840年代のFranklin expedition(フランクリン探険隊)の悲劇を題材に書かれた小説のようです。こちらも、エセックス号の船員たちと似て、北極で遭難し極限の状況下におかれた人間たちの行動を扱ったフィクションです。
さて、オグ・マンディーノの「The Greatest Salesman in the World」を読み終わりました。最初の1/3のフィクションの部分は面白いのですが、自己啓発本と化する1/3以降は???でした。自己啓発の部分をフィクションにする才能があれば素晴らしかったのにとおもいました。
そうですか、自己啓発部分はイマイチですね。