朝日新聞(2日付け)の文化欄の平川克美氏(リナックスカフェ社長)の、
『生活観が宿ってこそ お金だ』という記事を読んで、なるほどと思いました。(^^;ゞ
その中で氏は、
『金融取引の場というのは、金額という記号を取引する場であり、
交換されるのは「欲望とリスク」という形のない幻想である。
幻想には限度がないので、商品市場のような需要バランスは存在しない。
金融市場には厳密な意味での商品が存在しないのだから、それは「市場」ではない。』(意訳)と言われています。
『お金には、私たちの汗やため息が染み込んでいる。
だからこそ、労働者の汗が染み込んだ商品と(等価)交換可能なのであり、
私たちはお金を大切にしたいと思うのだ。
こん眼差しがなければ、お金は記号に過ぎなくなる。
お金の価値は「小さな経済」にこそ宿っている。』のだそうです。
平川克美氏
『生活観が宿ってこそ お金だ』という記事を読んで、なるほどと思いました。(^^;ゞ
その中で氏は、
『金融取引の場というのは、金額という記号を取引する場であり、
交換されるのは「欲望とリスク」という形のない幻想である。
幻想には限度がないので、商品市場のような需要バランスは存在しない。
金融市場には厳密な意味での商品が存在しないのだから、それは「市場」ではない。』(意訳)と言われています。
『お金には、私たちの汗やため息が染み込んでいる。
だからこそ、労働者の汗が染み込んだ商品と(等価)交換可能なのであり、
私たちはお金を大切にしたいと思うのだ。
こん眼差しがなければ、お金は記号に過ぎなくなる。
お金の価値は「小さな経済」にこそ宿っている。』のだそうです。
平川克美氏