歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

津市・多気北畠氏遺跡 刀の鞘の栗形が県内初出土 10日現地説明会

2009年01月08日 | Weblog
 津市教委は6日、同市美杉町上多気の多気北畠氏遺跡第31次発掘調査で、室町時代後期(16世紀中頃)のものとみられる刀装具の栗形(くりかた)などが出土したと発表した。県埋蔵文化財センターによると、栗形の出土は県内で初めてで、発掘で出土するのは全国的にも珍しいという。
 今回発掘調査が行われているのは、国史跡「多気北畠氏城館跡」東側の城下町のうち、石列で計画的に区画されたとみられる部分。
 出土した栗形は金属製。ほかに、刀装具の鋳型や鋳造に使われた小さな容器「取瓶(とりべ)」や、鍛冶で送風に使う「鞴(ふいご)」の破片、土師器の鍋や皿などの日用品も見つかった。16世紀中ごろの建物跡も確認され、当時刀の装具が作られていたことが分かるという。
 市教委生涯学習課は「城下町に、刀装具を生産する工房のようなものを構えていたことを裏付ける貴重な資料」としている。
 北畠氏は南北朝時代に伊勢国入りした。伊勢国司として同市美杉町に本拠地を置き、室町から戦国時代にかけて伊勢国を支配し、城下町を築いた。
発掘調査は1996年から始められ、中世城館では国内最古となる石垣や建物跡を確認している。
 川を挟んでその東側に位置する多気北畠氏遺跡は、2006年度から調査が進められている。
 現地説明会は10日午後1時半から行われる。問合せは、津市埋蔵文化財センター多気北畠氏遺跡調査分室。
[参考:読売新聞、毎日新聞]

栗形(くりかた)
 刀の鞘口(さやぐち)近くに付け、「下げ緒」を通して刀を帯からの脱落を防止するためもの。栗の実に似ているため栗形と呼ばれるようになった。栗は当て字で「刳り形」が語源とも。角や金属製が多い。

北畠氏
 村上源氏久我系の中院通方1189-1239)の子・北畠雅家を始祖とする。雅家の3代後に親房が生れ、その跡は長男・顕家(1318-1338)、三男・顕能(?-?)らが生れる。伊勢(多気)北畠氏は顕能を祖とする。
[関連:福島県霊山寺]
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三次市・宮の本24号古墳 埴輪片を使用した石棺

2009年01月08日 | Weblog
 宮の本24号古墳(同市江田町、4世紀末―5世紀初め)で、埴輪片を使った箱式石棺があることが、6日までに分かった。埴輪片を石棺に混在させるのは全国でも確認例がほとんどないという。古墳葬送のあり方をめぐり注目される。
 墳丘中腹を巡る平たいテラスに100本近い円筒埴輪が並び、埴輪が2列になる場所に箱式石棺がある。埴輪片の蓋石のすき間にあったほか、頭部の蓋石と下の石の間にも敷いていた。内部は長さ60cm、幅20―30cmと狭い。
 10日午後1時から県立生涯学習センター(広島市東区光町2丁目)で開かれる「平成20年度ひろしまの遺跡を語る」で調査の詳細が紹介される。
[参考:中国新聞]
埴輪片を石棺に混在 三次(中国新聞) - goo ニュース
参考:前出

宮の本古墳群
 三次市街の北東9kmの江の川支流馬洗川北岸、標高287mの山塊から西に派生する丘陵上に30基余りの古墳がある。近くには、寺町廃寺跡、上山手廃寺跡が存在するなど、古代備後国北部の中枢の地であったと思われる。
 宮の本24号古墳は直径30m、高さ3.5mの円墳。墳丘には3基の埋葬施設(堅穴式石室1、箱式石棺2)があり、埋葬施設の間から円筒埴輪とは異なる埴輪片が比較的多く出土している。墳丘斜面に葺石が施され,その中間には100本程度の円筒埴輪が樹立されている。この古墳を取り巻くように6基の小古墳(直径8~16mの円墳)がつくられ,その多くは箱式石棺を埋葬施設としているが,第20号古墳は南に開口する横穴式石室を構築している。7基の古墳は4世紀末から7世紀前半にかけて築造されたと考えられる。
[参考:広島県教育事業団事務局埋蔵文化財調査室・宮の本第20~26号古墳・遺跡見学会資料(2007.10.20)ほかより]


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広陵町・巣山古墳 周濠外堤から長さ100mにわたる葺石が出土 17日に現地説明会

2009年01月08日 | Weblog
 奈良県広陵町の国の特別史跡・巣山古墳(4世紀後半、全長約220m、前方後円墳)で、周濠の外堤から築造当初のままの葺石が長さ約100m、幅2mにわたって出土したと、同町教委が7日発表した。
 同古墳は、古代の大豪族・葛城氏など有力者の墓とみられ、大王級の巨大古墳の築造当時の様子が分かる貴重な資料とする。
 前方部の斜面では葺石が見つかっており、墳丘と外堤の両方に葺石を敷き詰め、被葬者の威厳を高める視覚効果もあったとみられる。香芝市の二上山で産出する板状(長さ約30~40cm)と、拳大の安山岩が使われた。
 外堤周辺の堀底から、樹木の根や鋤なども見つかり、築造当初の周濠は沼地状だったらしい。
 一方、8~9世紀の地層からは外堤の石を剥がして作った取水溝や突堤が見つかり、農業用ため池として利用されたらしい。
 現地説明会が、17日午前10時~午後3時に行われる。発掘現場や墳丘の見学ができる。
[参考:読売新聞、産経新聞、奈良新聞]
長さ100メートルの葺石、奈良・巣山古墳で出土(読売新聞) - goo ニュース

 2006.1.19市教委は、巣山古墳の前方部斜面で、古墳を装飾する葺石が長さ約100m、幅約3mにわたって出土したことを発表した。
 前方部裾の最下部に人頭大の石を並べ、斜面に拳大の石を敷き詰めていた。いずれも二上山産とみられる安山岩。
[参考:2006.1.20読売新聞]
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