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弥阿里(ミアリ)のこと

2009-03-20 05:26:34 | Weblog
ミアリの記事を紹介しよう・・・・。
俗称「ミアリテキサス」と呼ばれるソウル城北区ハウォルゴク洞88番地。こちらは「清涼里588」といろいろな点で違っている。588の女性たちは立って客引きをするが,テキサスの女の子たちはきれいに着飾り,人形のようにおとなしく座って客を迎える。

 ミアリテキサスの路地に入ると,よそでは見られない案内文が,店ごとに掲示されている。「現金7万ウォン,カード8万ウォン」。客一人当たりの料金だが,クレジットカードが可能という意味だ。約200の店があるテキサスには,一つの店に2~12人の女の子がいる。ここの経営者たちは,全国の特殊地域の中でテキサスだけが税金をきちんと払っていると主張する。その根拠がすなわち信用カード決済が可能という点だ。

ある夜,9時頃のハウォルゴク洞の店。何も飾りがされていない,殺風景な小部屋で,ある女性と向き合った。長細い酒席のテーブルが置かれ,わきにはカラオケセットがあった。部屋の床はオンドルで暖かかった。胸の曲線がぼんやりすけて見える白いドレスを着た女性は,二十三歳。大邱出身でこの店では「カウル(秋)」と呼ばれる。

 ミアリテキサスは,ほかでもなく女性の金康子さんが鍾岩警察署長として赴任し,未成年者売買春を根絶させようと腕を振るった所としても有名だ。ところが驚くべきことに,ここの職業女性たちは金康子署長に感謝していた。権益が増えたというのがその理由だ。月給をピンハネする経営者がいなくなり,一部の店に残っていた監禁営業もなくなったそうだ。カウルさんは「金署長にまたいらしてほしいです」と言った。金康子署長は毎週店を回って,女性たちの通帳に週給(または月給)がきちんと入金されているかどうかを点検し,月給制を定着させたそうだ。カウルさんもドイツの売春合法化をうらやんだ。テキサス女性たちも,そんな恩恵(社会保障)を受けたいということだ。

 カウルさんの人生流転も,588の女性たちと大差ない。父親が事業に失敗して倒れ,病床に伏すようになって,母親はお手伝いさんをしたが,治療費どころか生活費にも困って,姉の自分が高校卒業とともにお金を稼がなければならなかった。二人の弟の世話もしなければならなかった。初めは大邱の纎維工場に就職して働いたが,仕事のきつさに比べて月給がとても少なく,ルームサロンで働くようになった。数カ月後,だまされて釜山の玩月洞に売られた。そして借金を抱えて二年前こちらにやって来た。

「ルームサロンに通っていたときはお金を貯められませんでした。服を買わなければなりませんから。服も安物を着ていてはお客さんたちが見向きもしませんから。ある程度いいものを着なければならないので,たくさん稼いでもあまり残りません。行き帰りの交通費もかかるでしょう。家賃もかかるでしょう。ここ来てからは,お金がかかるものはあまりありません」

 テキサスの女性たちは,大部分が店で寝泊まりし,食事も解決する。服代といっても,ドレスの費用だけだ。

 テキサスにやってくる男性たちの中には「ショー」が目的の人もいる。女性たちの「ショー」をうっとうしがる人もいるが,ミアリテキサスは同じ売買春でもお酒と余興という前戯があるわけだ。このような伝統は,今は消えた鍾路3街の私娼街に由来するそうだ。

「お客さんたちと話をしたり,お酒も飲んだり,ときには歌も歌ったりして人間的な交歓のようなものも感じます。売春という気がしない時もあります」

 しかしカウルさんも,侮蔑感を感じる時があると言った。お客さんたちがいろんな理由をつけてお金を返せといい,女の子たちに乱暴を働いて警察に届けると脅す時だ。無許可の建物で行っている不法営業という弱点を知っている一部の客が,女の子たちを殴ったり窓ガラスを壊したりするが,経営者と女の子たちは警察への通報が心配で戦々恐々としている。
「私たちを人間扱いしてくれないときが悲しいです。誰が好き好んでこんな仕事をするでしょか。特に同じ女性から「人間のクズ」並に扱われるときは,傷つきます」

 彼女は「一つの職場として堂々と働きたい」と言った。
「女性団体などは,こういう所をなくそうと言うけれど,ここの女性たちがどうしてこんな仕事をしなくちゃならないのか,そのつらい事情を理解してほしいです。むしろ公娼制を取り入れて堂々と働ける風土を作るほうが自立に役立つと思います」

 カウルさんは月給ではなく日給でもらっているが,毎月の稼ぎの3分の2を闘病中の父の薬代と弟や妹たちの生活費として家に送る。現在,預金通帳が三つあり,積み立て預金をし始めて2年目になる。あと1年がんばれば,目標にしている自立のための資金がたまりそうだと言った。

「故郷に帰って,喫茶店か化粧品店をするのが夢です。私の過去を知らない人と結婚して平凡に暮したいです。だって私たちにとっては平凡に暮すことさえ大変でしょう?」

 願い事がかなうとしたら,どんなことを望むかと聞いてみた。
「母が去年脳卒中に死んだのですが,母が生き返ってくれたらと思います」

 彼女はこう言うと,涙がこみ上げるのか,目もとを手で覆い,顔をそむけた。記者が謝ると,彼女は向こうを向いたまま「大丈夫です」と言った。マスカラが少しとれたのが見えた。


 全国には,職業女性を保護し,彼女たちの自立を助ける団体がたくさんある。売買春根絶のためのハンソリフェ,セウムトなどがそれだ。ハンソリフェのある関係者は,「欠損家庭(片親の家庭)ではなくとも家庭内暴力の経験があったり,親が子どもを守れないようなとき,10代の少女が家出をすることになる」,「本人は家が嫌で自発的に家出したと言うが,実際は社会文化的強制によって追い出されただけ」と語った。

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