2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋荘(ソンギョジャン)
教育館です。
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋荘(ソンギョジャン)
韓国第一の伝統家屋後世に伝える韓国建築の美しさ
朝鮮時代の貴族だった、孝寧大君(朝鮮時代の世宗大王の2番目の兄)の11代子孫である李乃蕃(イ・ネボン)により建てられた99間の典型的な士大夫家の上流住宅こと江陵船橋荘。船橋荘の「船」の字は、建てられた当時に、この前が鏡浦湖だったため、出入のために船を利用しなければならなかったことに由来している。
300余年間10代に渡って増築・発展し、今日の形に至る。その原型がよく保存されていて伝統家屋の構造や生活ぶりが垣間見ることができ、1945年4月18日重要民族資料第5号に指定された。
現在の敷地は約3万坪で大きなサランチェ(居間)、小さなサランチェ、門屋、蓮池堂、東別堂、母屋、奥のサランチェ、活来亭、西別堂と体験間などを合わせると、10余りの計130間もある。
園内は宿泊施設、伝統韓国料理レストラン、さまざまな体験プログラムがある文化体験室などが整っている。
また、2000年には韓国放送公社(KBS)で実施した「20世紀韓国TOP10」というアンケートで、韓国の中で最も美しく、規模が大きい第一の伝統家屋に選ばれた。この美しさから多くの歴史ドラマのロケ地としても使われている。
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋荘に来ています。
韓屋の体験場として利用されているようです。
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋荘は体験プログラムとして伝統料理文化体験、民俗遊び体験、書道講座、公演体験、礼儀作法体験などがあります。
民俗木工房 記念品販売店
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋莊(선교장)
船橋荘は江原道地域で最もきれいに残されている品位ある上流階級の家屋です。
船橋荘は朝鮮後期、孝寧大君の子孫であるイ・ネボン(李乃蕃/1703-1781)がイタチの群れを追いかけて偶然見つけた土地に建てた邸宅で、彼の子孫が現在も住んでいます。
総建坪1,051.24㎡(318坪)で長いヘンナン(伝統的な屋敷で表門の両側にある、仕える者が居住する部屋)に囲まれた母屋や離れ、東別堂という家族が集まる部屋や祖先を祀る部屋などがそのまま残っています。
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋莊(선교장)
*母屋
イ・ネボンによって1700年前建立された建物で、船橋荘の建物の中で最も庶民的な性格をもっており居間の向かいには広い板の間があり台所が居間と隣りあっています。
*悦話堂(ヨルヮダン)
主人専用の離れとして1815年に建てられ、悦話堂という名前は中国の詩人である陶淵明の親戚之情話という作品からとって名づけたと言われています。悦話堂は3段の石の上に建てられた楼閣形式の建物で、非常に風情のある姿を見せています。
東別堂(トンビョルダン)
母屋に連結し主人専用に建てられたㄱ字型の建物です。東側に2つ、西側に1つのオンドル部屋をつくり前には広い板の間が、後ろと東側には小さな縁側があります。
2013.2.11
{韓国 江陵 カンヌン}
船橋荘に入ってみます。(入場料2,000ウォンです)
船橋荘は江原道地域で最もきれいに残されている品位ある上流階級の家屋です。
江陵市から鏡浦方面に4km程離れたところにある船橋荘は朝鮮時代の上流階級の邸宅を代表する場所として重要民俗資料第5号に指定されました。
船橋荘という名前は、鏡浦湖が現在よりも広かった時代、出入りするのに船を利用していたためこの地域を船橋の村(船橋里)と呼んでいたことに由来しています。
船橋荘は朝鮮後期、孝寧大君の子孫であるイ・ネボン(李乃蕃/1703-1781)がイタチの群れを追いかけて偶然見つけた土地に建てた邸宅で、彼の子孫が現在も住んでいます。
総建坪1,051.24㎡(318坪)で長いヘンナン(伝統的な屋敷で表門の両側にある、仕える者が居住する部屋)に囲まれた母屋や離れ、東別堂という家族が集まる部屋や祖先を祀る部屋などがそのまま残っています。
門の外には数百坪の蓮池の上に造られた活來亭という東屋があり、また庭園までも備えています。
船橋荘は建物だけでなく朝鮮後期の住居生活や生活用具を研究する際の貴重な資料になっており、周辺の景観とうまく調和しています。
船橋荘の離れは「悦話堂」と呼ばれ李朝建国の歴史を記した「龍飛御天歌」という歌や高麗史など数千冊の本や絵が収められています。