硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 23

2021-04-04 21:19:08 | 日記
その後を続くように、のんびり教室に向かうと、教室では、皆がいつものようにはしゃいでいた。
時々思うけど、この光景に出くわす度に、同じ時間がループしているんじゃないかと思ってしまう。

今日も、平川綾乃は、仲のいい、君塚明日香、村主詩音と賑やかにおしゃべりをしていた。そして、僕と目が合うと、いつもように「川島ぁ、おはよう~。」と手を振ってくる。それは、予定調和のように。

「おはよう。」

「川島ぁ~。なんか元気ないぞぉ~。」

「いつもと変わらないよ。」

と、少し元気を出して返事を返すと、

「暗いぞ~川島ぁ~。」

君塚と村主が間髪入れず突っ込んで、三人で笑っている。

昨日の今日だから、心境も変わっているというのに、平川綾乃はいつもと変わらない。ひょっとして、すでに心臓を機械化しているのかとさえ思えてしまう。

ホームルームが始まると、早々に机に寝そべってしまう人、真面目に聞いている人、真面目に聞いているふりをして聞いていない人の三者三様に別れてしまい、先生が熱弁する「コロナ禍の過ごし方」というテーマは教室の中で浮遊していた。
熱く語る先生には悪いけれど、僕らの間では、「意外と大丈夫なんじゃね?」という、共通意識が芽生えていた。それは、国会議員や官僚といった人の不祥事や、感染しても死なないという過信と、コロナ禍の動向より、人気YouTuberの新しい動画やオンラインゲーム、推しのアイドルやヒットチャート、校内でのゴシップといった話題の方が、学校という社会では必要な情報だと皆が感じているから、注意喚起も響いてこないんじゃないかと思う。

恋物語 22

2021-04-03 21:23:42 | 日記
「門を一度くぐれば、校則と教員の支配下にあるからな。それに不満があるとしても、組織の刷新を図るほどの権力は持ち合わせてないし、刷新出来たとしても統治する力もない。これが現実である以上、今は静かに従う事が学生としての正しい立ち居振る舞いだと思ってる。」

「沈黙と服従かぁ。」

「そのように捉えるから、堅苦しいと感じるのだよ。それよりも、社会というものは俺たちが思っている以上に理不尽な所だぞ。」

「そうだよなぁ。ネットニュースとか見てても、決して明るいとは言えないもんなぁ。」

「学校は所詮、城壁の中だよ。一国の王である釈迦がカピラヴァストゥ城から出家したのは、人生の真実を知ろうとしたからだよ。それを俺たちに置き換えるとしたなら、真実とは学校より理不尽な社会にあり、今はその真実を知るための修行の時と思っていた方が、この先良い人生を送れるんじゃないかと思う。」

「深いな。」

「深いだろう。そして、釈迦は修行の極致で、一切皆苦という言葉を説いた。一切皆苦とは、苦しみもありのままに受け入れる事なんだ。だから、静かに従うことも悪い事ばかりじゃないのさ。」

「深いな。」

「深いさ。」

そう言った後、松嶋は細い目で曇り空を見上げ、「そう、これもまた修行。」と呟いた。

「いい説法だったよ。ありがとう。じゃぁ、また後でな。」
「ふむ。また後で。」

クラスの違う松嶋とは玄関で別れ、靴箱から上履きを取り出すと、「川島君。」と僕を呼んだ。

「おっ、おはよう。」

振り返ると、真島きららがそこにいた。

「おはよう。真島さん。」

振り返ると、しばらくお見合いをする。真島さん、なんだか固まってる。

「・・・じゃ、じゃあ、また後で。」

ぎごちなくそう言うと、逃げるような足取りで喧騒な廊下の中へその姿を同化させていった。

恋物語 21

2021-04-02 21:15:09 | 日記
しかし、松嶋の、あの、まさかの発言は気になる。嘘だとしても、「ホトケ」の松嶋が、何故そんな嘘をつくのかが気になる。ここは、すっきりさせておきたいところだ。

「さっきの話なんだが。」

「さっきの話とはなんだ? 」

「ドーテーではないと宣言してたけど、それって本当に本当? 」

「川島に嘘をついてどうする。」

表情一つ変えず、淡々と話す「ホトケ」。これは、本当なのかもしれない。

「じゃあ、彼女はどこの誰なんだ? 」

「興味があるのか? 」

「大いにある。なぜなら、松嶋だからだ。」

「ほっほっほっ。それが川島の駄目な所だと言ったばかりだろう。どこまでも疑り深い奴だな。」

「痛い所を突いてくるなぁ。」

「ほっほっほっ。しかし、疑われている身としては、潔白を晴らさなければ、お互いに具合も悪かろう。ここは、川島を信じ、口外しないという約束で、写メを披露しようではないか。」

「いいの? 」

「川島だからだぞ。」

「ありがとう。」

松嶋はポケットから携帯を取り出すと、アプリを起動しストックされている写真の中から探し出そうとしていた。

「おはようございます。」

生活指導で、ゴリゴリの体育会系の荒又勝則先生と、保健の、男子からは女子力が足りないと言われている水野櫻子先生が校門前で、登校する生徒をチェックしながら、挨拶をしていた。僕らは顔を上げ、「先生、おはようございます!」 とあいさつをすると、水野先生は携帯をいじる松嶋に対して注意をした。

「松嶋くん。校内での携帯の使用は・・・分かってるわね。」

「心得ています。先生。」

素直に応じる松嶋。先生の目の前で、携帯をシャットダウンした。

「ありがとうね。」

優しく微笑む水野先生に松嶋は静かに頭を下げた。その振る舞いに大人だなと感心しつつも松嶋の謎の「彼女」の写真を見逃してしまった事を悔やんだ。


恋物語 20

2021-04-01 21:16:38 | 日記
「う~ん。大変残念だ。」

「なぁ、前々から聞きたかったんだけど、なぜ、そこまでこだわってるの? 」

「おっ、良い質問だ。いいか。このボタンを押して合図が鳴れば、一瞬でもこの空間を支配できたことになるんだぞ。この背徳感を朝から味わえるなんて愉快だとは思わないか。」

思わず吹き出す。

「わからないなぁ~。その感覚。」

「まぁ、川島はまだ子供だから無理もないか。」

「子供って、同じ歳だろ。」

「いや、歳は同じでもドウテイではないのだよ・・・・・・。川島。やはり視線を感じるぞ。こっそりと周りを見渡してみろ。」

「・・・・・またかよぉ。」

少し動揺したけれど、何事もなかったかのように、さりげなく後ろを見ると、後部座席で静かに座っている真島きららと目が合った。

「ましまさん? 」

気が付いても、さり気なくを押し通す。不自然にならないよう首をかしげて視線を逸らすと、真島さんも慌てて目線を逸らしていた。

「気のせいだよ。」

「う~ん。ほんとにそうだろうかぁ。」

そう言って、疑い深い松嶋は腕を組んで首を傾げた。
真島さんとは確かに目が合ったけど、見つめられていたっていう訳じゃない。真島さんは目力があるから、もっと分かりやすいはずだ。
それに、真島さんから見つめられる理由なんてない。

「さぁ、着いたぞ。」

「おおっ、いざ行こう。」

バスが停車場に止まると、僕らは、はちみつが傾けた瓶からこぼれていくように連なって、ドロドロとバスから降りた。