硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 37

2021-04-29 19:44:08 | 日記
あれは、働き始めてから2年目の5月の連休明けの月曜日だった。
午後2時を少し回った頃、体調不良を訴えた彼が助けを求めにきた。私は、彼の話に耳を傾けながら、バイタルサインを観察していると、本当は体調など悪くないのだと言った。
こういった場合、無理強いをしない。開いているベッドで休むよう促すと、彼は、ありがとうございますと丁寧に礼を言って、床に就いた。

彼らにも悩みはあるだろうし、精神論で説き伏せるような時代遅れのケアをするつもりもない。先ずは感情表現の自由を認める事が大切である。

5分もすると、軽く寝息を立てて眠ってしまった。まだまだ幼いのだ。
彼が寝ている間に、彼の様子や対処方法などを記載しておく。

五月の柔らかな日差しが、部屋一面に広がっている。窓の外の緑が瑞々しく青い。私は、当たり前の平凡かつ平穏な時をようやく手に入れた。
もし、幼い頃、諦めて怠惰になっていたら、私が不遇なのは親や社会にあると責任転嫁し、引きこもっていたかもしれない。

30分ほどで彼は目覚め、ベッドから足をおろし腰かけると、改まって私に向かって話し出した。

「水野さん。少しだけお話しても良いでしょうか? 」

「水野さんではないでしょ。」

「すいません。では、水野先生。」

「なんですか? 」

「先生には恋人がおられるんですか。」

この子は何を言っているんだろう。と、思った。そして、私をからかおうとしているのだと捉えた。

「なにを言っているの? 大人をからかうもんじゃありません。」

そう諭したが、彼は真っ直ぐに私を見続け、

「僕は真面目に窺っているのです。」

と、答えた。