『PERFECT DAYS』(2023.10.23.東京国際映画祭.TOHOシネマズ日比谷)
東京の下町で暮らし、渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。一見淡々と同じ毎日を繰り返しているように見えるが、彼にとっての日々は常に新鮮で小さな喜びに満ちている。
平山の楽しみは、昔の音楽をカセットテープで聴くことと、休日のたびに古本屋で買う文庫本を読むこと。そんな彼の人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、木々の写真を撮っていた。ある日、そんな彼の静かな日常にちょっとした変化が訪れる。
渋谷区内の17か所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエーターが改修する「THE TOKYO TOILET プロジェクト」に賛同したビム・ベンダース監督が、渋谷の街、そして同プロジェクトで改修された公共トイレを舞台に描く。役所がカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞。共演に中野有紗、田中泯、柄本時生、石川さゆり、三浦友和ら。
ベンダース流の“現代の小津安二郎映画”とも呼ぶべき傑作。役所演じる主人公の名前が、小津映画でよく笠智衆が演じた役名と同じというところで、すでにベンダースは種明かしをしているわけだが。
さてこの映画、事件らしい事件はほとんど起こらない。そして全てを語らない省略の妙(例えば平山の過去)や、几帳面でこだわり性の平山が、毎日繰り返す規則性のある動きや丁寧な仕事ぶりを見せながら、見る者に不思議な安心感を抱かせるあたりに、小津の影を感じる。
一方、寡黙な平山が表情や目線で語ることによって、彼がふとした瞬間に浮かべるほほ笑みの効果が倍増する。加えて、終盤の三浦と影踏みに興じるシーンから、エンディングの、平山の泣き笑いの表情をアップで捉えた長いショットにつながる一連が、平山の人生に対する満足と後悔を同時に表現していて見事だった。全ては役所の演技力、表現力の高さによるもの。平山と接する人たちや街の点描も秀逸だ。
役所が主演した『銀河鉄道の父』の成島出監督にインタビューした際に、「役所さんのすごいところは、本当に役に成り切るところ。あの年齢で、自分の我や個性よりも役が強いという。あのレベルの俳優でそれができるのは、僕が知っている範囲では役所さんだけ」と語っていたが、この映画を見て、その言葉に納得した。
カーステ(カセットテープ)から流れた曲と古本屋で買った本。ベンダースの趣味というか、こだわりが感じられる。
「朝日のあたる家」(アニマルズ)
「ドック・オブ・ザ・ベイ」(オーティス・レディング)
「パーフェクト・デイズ」(ルー・リード)
「レドンド・ビーチ」(パティ・スミス)
「めざめぬ街」(ローリング・ストーンズ)
「ペイル・ブルー・アイズ」(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)
「サニー・アフタヌーン」(キンクス)
「ブラウン・アイド・ガール」(ヴァン・モリソン)
「フィーリング・グッド」(ニーナ・シモン)
『野生の棕櫚』(ウィリアム・フォークナー)
『木』(幸田文)
『11の物語』(パトリシア・ハイスミス )
『恋愛小説家』(97)(1998.6.7.みゆき座)
潔癖症で人間嫌いなのに人気恋愛小説家の独身中年男性(ジャック・ニコルソン)と、シングルマザーのウエイトレス(ヘレン・ハント)との不器用な恋を描く大人のラブストーリー。
今年のオスカーで、ニコルソンが主演男優賞、ハントが主演女優賞を受賞して、『タイタニック』に一矢報いた恋愛喜劇だが、ニコルソン演じる恋愛下手の小説家の改心の様子がいささか弱いし、ストーリー全体にも、同じくジェームズ・L・ブルックス監督の『愛と追憶の日々』(83)ほどのうまさが見られない。
また、小道具の猫を使い過ぎて、その分、人間ドラマが削がれている。例えば、トリュフォーの『アメリカの夜』(73)での、猫の使い方のうまさを思い浮かべると、両者の差は一目瞭然。この辺りにも、最近のヒューマンドラマの退化が如実に表れているとは言えないだろうか。