TAMO2ちんのお気持ち

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読書メモ:『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』

2011-01-12 21:06:00 | 読書
『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』(若宮 健著、祥伝社新書)

 パチンコと言えば、小生は父親の記憶。幼稚園に行くかいかないかの頃、国鉄平野駅近くにあるパチンコ屋につれていかれて、20個くらいの玉を渡され、一球一球噛み締める様に(笑)はじいて、、、大抵なくなる。その後は父親が終わるのを待つ。当時は、手で弾くし、そのちょっと前は手で一球一球入れる方式だったらしい。景品ものんきなものだった。この頃は、少なくとも博打とは言えなかったと思う。

 時代は下がって。父親が矢鱈小遣いをくれ~と母親にせびるようになったのはいつの頃からだったか。最初は競馬かと思っていたが、どうもそうではない。博打事に詳しい親戚に聞くと、一番怪しいのはパチンコであった。家計簿をキチンとつけていた母親が父親が死ぬちょっと前に調べたら、どうも、家一軒分くらいはパチンコですっていたようだ。

 父親が依存症と言っていいくらいにのめり込んだのは定年退職後のことだと思う。小生は成年になっていたけど、いわゆる「家庭崩壊」の危機であった。

 こういう家族は日本中で何十万軒もあると思う。


 そういう父親がいたからはっきり書こう。現代のパチンコは博打そのものである。裁判所の判例は「遊戯」であり、博打でないとしているようだが、パチンコ狂いがいた家族から見たら博打以外の何者でもない。それにしても変だ。この国は博打が禁止されているはずなのだが。

 その「変」がどのようにして通用しているかのカラクリと、パチンコ(メダルチギ)被害が広がる前に禁止することに成功した韓国との対比を通じて、日本の国家社会の病を描いているのが本書である。

 韓国が全廃出来たのは、メダルチギやカジノ「江原(カンウォン)ランド」の博打で身を持ち崩す人が出てきたときに、世論が廃止に動いて、メディアがそれに乗っかって大いに報道し、政府が動いたことと、一旦こうと決まれば断固として、例外を認めず、激しく行動する韓国の国民性にある。徹底的に出来たのは、メダルチギ業者が政財界や警察に十分浸透していなかったことと、メダルチギが貧乏人の博打という「偏見」から、中間層以上が近寄らなかったことがあるようだ。

 方や日本。この本で晒し者にされているが、民主党の山田正彦衆議院議員。彼は、賭博性の高い機種を制限しようと政府がしたときに、その当時(2007年)パチンコ業界が苦境にあったので、そんなことをするとパチンコ業界から失業者が四~五万人出るぞ、と恫喝した。国会議員が先頭に立って、パチンコを擁護する体たらくである。・・・と思っていて、氏のサイトにあたったら、どうもニュアンスが違う。
http://www.yamabiko2000.com/modules/smartsection/item.php?itemid=108

 大量失業の可能性について、責任は公安委員会のいい加減さにあるのではないか、という追及のようだ。

(上サイトより、山田氏の質問)

私が聞きたいのは、今言った、射幸心をそそるおそれがあるから、ここで、風営法を受けた施行規則を公安委員会で変えたというのは、今まで認めておったいわゆる二百万台の機械には射幸心をそそるおそれがあったから変えた、いわゆる違法機であったということを国家公安委員会は放置しておったということにならないんですか。わからなかったら、もうそれは答えられなくても結構。(中略)
許認可を与えるところと取り締まるところが一緒というのは、これは、法律的に違法だとか不当だとか適切じゃなくて、おかしい、不適切だ、そう思われませんか。


 しかしまあ、三点方式を止めて換金合法化すべきとか、山田氏は言っているので、余り味方じゃない気はする(笑)。

 山田氏のことを置くにしても、日本には「自民党遊技業振興議員連盟」などのパチンコ擁護議員連がある。しかしこれらは別にパチンコ業界のためにある、というものでもなく、勝共連合と同じく政治家が献金してくれる団体に名前を貸しているだけの、実は無力な団体のようだ。

 それよりも、パチンコ業界は自分たちを管轄する警察への付け届けのほうが大事に思っているようである。だから、多少違法性が疑われるようなことをパチンコ業界がやっても、警察の手も鈍るというものだ。性風俗であれ、アルコール系の風俗であれ、付け届けをはじめ、心証を悪くしたら「法の下の平等」もどこへやらの嫌がらせを、法の名のもとに行なうのが警察であることは、庶民なら誰でも知っていることである。
例:http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-2128.html

 頼りない政治家はともかく、こうやって国家権力の一部をパチンコ業界は絡め取る。

 そして、かつては年間30兆円売り上げを誇ったパチンコ業界は、第四の権力と言われるメディアを銭の力で手名づける。こうして、日本のマスコミはパチンコにまつわる数多くの悲劇を「個人の資質」に矮小化して報道し、パチンコを「免罪」する。言葉の正確な意味で、テレビなんかは賎業である。社会の木鐸とはおこがましい。そう言われたければ、韓国のマスコミのように振る舞いたまえ。

 さて。パチンコホールは確かに儲けているが、しかし、著者はホールを小作人、パチンコ台を作っているところを地主、警察・官僚を悪代官に喩える。たしかにそうだ、ホールに新台をドンドン入れ替えさせる競争を煽り、石原裕次郎のような失敗台の負担を押し付けている構造は、地主―小作人の関係に喩えられるし、大量の天下りを業界に受け入れてもらっている(というよりは、させている)警察業界は、悪代官そのものだ。

 数千人の利益のために、数百万人が泣くと言われるパチンコ。亡国遊戯。これをなくしたら、百万単位の失業者が出るとも言われる。しかし、それがどうしたというのだ。国家のシステムが変わる時、大量の失業者が一旦生まれるのは歴史の法則だ。かつての石炭産業、養蚕産業、鉱業を見なさい。何百万人失業したことか。問題は、セーフティーネットなのだ。


 ただ、小生はパチンコは賭博性をなくした上で、維持してもいいと思う。昭和40年代前半みたいにして。


・手打ち
・手篭め
・景品は御菓子、三点方式は廃止の上、換金は禁止


 最後に。パチンコの害を訴える政治家が生まれ育った街にいた。日本共産党の稲森豊氏。社民党もこの問題には関心がありそう。朝鮮半島の関連の特殊権益ではなく、一般の日本人のために頑張れ。あと、保守系の方々も頑張る人がいる。数は少ないが期待したいし、支えたいと思う。
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