TAMO2ちんのお気持ち

リベラルもすなるお気持ち表明を、激派のおいらもしてみむとてするなり。

革命的熱狂の落とし穴

2011-05-10 21:21:00 | 今日のマルエンなぞ
『フランスにおける内乱』より


 どんな革命にも、その真実の代表者たちとならんで、違ったタイプの人間が割りこんでくるものである。彼らのうちのある者は、過去の革命の生きのこり、信者であって、現在の運動にたいする理解を欠いてはいるが、人も知るその誠実と勇気によって、あるいはたんなる伝統の力によって、民衆に影響力をたもっている。また他の者は、毎年毎年、時の政府に反対して同じ級切型の雄弁をひとくさり繰りかえしてきたおかげで、第一級の革命家という評判をくすねとった、ただのわめき屋である。三月一八日のあとでも、やはりそういう人間が幾人か現われてきたし、いくつかの場合にはまんまと枢要な役割を演じさえした。彼らは、その力のおよぶ範囲で、労働者階級の真の行動を妨げたが、それは、以前のあらゆる革命でこの種の人間が革命の十分な発展を妨げたのとまったく同様である。彼らは避けられない害悪である。時とともに、彼らはふりおとされる。しかし、コミューンには、その時があたえられなかった。
 じつにすばらしかったのは、コミューンがパリにもたらした変化である! 第二帝政のみだらなパリは、もはや跡かたもなかった。パリはもはや、イギリスの地主、アイルランドの不在地主、アメリカの元奴隷所有者や成金、ロシアの元農奴主、ワラキアの大貴族《ボヤール》の集合地ではなくなった。もはや死体公示所〔Morgue〕に一つの死体もなく、夜盗もなく、窃盗もほとんどなくなった。じじつ、一八四八年二月事件以来はじめて、パリの街々は安全になった。しかも、どんな種類の警察もないのに、そうなったのである。コミューンの一議員は言った。
 「われわれはもう、殺人や盗みや個人的な暴行ざたを聞かなくなった。まったく、まるで警察がその保守的な友人たちの全部をヴェルサイユへ引きつれていったかのようである。」
 遊女たち〔cocottes〕とは、その保護者たち、すなわち逐電した家族、宗教、ことに財産の守り手たちのあとを追っていった。彼女たちに代わって、古代の婦人のように雄々しく、気高く、献身的な、真のパリの婦人がふたたび表面に姿をあらわした。労働し、考え、たたかい、血を流しつつあるパリは、――新社会を生みだすことに熱中するあまり、食人鬼が門前にいることさえほとんど忘れて――その歴史的創意の熱情にかがやいていた!


たったこれだけの行数で、何と分厚い内容があることか!
自律というものがいかになされ、それがいかに楽しいものか!
そして、敵を忘れさせてしまうということで、危険なものであるか!

コメント (3)
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