はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

月館の殺人・上下

2008-02-05 10:00:15 | マンガ
月館の殺人 上 IKKI COMICS
佐々木 倫子,綾辻 行人
小学館

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月館の殺人 (下)??
佐々木 倫子,綾辻 行人
小学館

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「月館の殺人・上下」漫画・佐々木倫子 原作:綾辻行人

 雁ヶ谷空海(かりがやそらみ)は電車に乗ったことがない。いくら沖縄だって、18歳になるまでいくらでも乗る機会はあったはずなのに、なぜか母・みずほが邪魔をする。いかにもさりげない風を装って空海の行く手を阻む。ただの意地悪のようにも見えたし、重大な理由があるようにも見えた。だがみずほが電車を嫌っているのはたしかで、だから空海は電車に乗ったことがなかった。みずほが死ぬまで。
 早くに父を亡くし、今また母を亡くした空海。まだ進学するか就職するかすら決まっていなかった女子高生にはその孤独は荷が重い。安アパートで一人打ちひしがれる彼女のもとを、弁護士・中在家が訪ねてきた。中在家はいう。自分はみずほの父、つまり空海の祖父の使いである。財産相続について話したいことがあると聞かされた空海は、誰かにすがりたい一心で北海道へ飛ぶんだ。
 稚瀬布発月館行の列車・幻夜号の切符を手に真冬の北海道を行くセルシオ。眼前に飛び出したアライグマに驚いて運転を誤った中在家はセルシオをクラッシュさせてしまう。幻夜号の発車は20:40。日本の列車は定時運行。このままでは時間に間に合わない……。
 困りきった2人の前に現れた救世主はスマートなイケメン探偵・日置健太郎。セルシオにこだわる中在家をその場に残し、やはり幻夜に乗る予定だった日置と共に稚瀬布に到着した空海。改札口を抜けると、そこには蒸気をあげる列車が待っていた。
 その列車がオリエント急行で、しかもD51に引っ張られているんだと説明されてもいまいちぴんとこない空海。だが初めて乗る列車の豪華さと重々しさには感動した。しかし新鮮な気持ちで車内を見ていると、目に付くのはおかしな乗客ばかり。車内の寸法を測っていたり、時刻表を片手にぶつぶつ呟いていたり、灰皿を盗もうとしていたり、女連れの日置を見て驚愕していたり……そう、幻夜はキング・オブ・テツ(鉄道オタク)の空海の祖父が、その年他人が驚くような功績を残したテツを招待して走る特別列車だったのだ。
 乗客7人で囲むディナーのテーブル。祖父から貰ったドレスを着て、タキシードを着た日置のエスコートを受けて、うきうきしていた空海の気分は、いきなりのバッシングで地に沈んだ。何せ招待客はテツばかり。生まれてこの方一度も列車に乗ったことのない天然空海の発言に、いちいち激しいツッコミが飛ぶ。苦境に立たされた自分をフォローしてくれる日置にときめきいたりしながらも、空海はやはり楽しめなかった。まだ見ぬ祖父のことや、祖父を嫌っていた母のことが脳裏から離れない。自分が置かれている状況も、これからのことにも不安が一杯だった。
 走行中の車内に乗り込んでくる老婆の霊の話で決定的に気分が悪くなった空海は、自室にひきもり、眠れないので睡眠薬を飲んだ。悪夢にうなされ、夜中に起きると、何もかもが悲しくなった。一人廊下で泣いていると、不意に外へと通じるドアが開いた……。

 綾辻行人原作の連続殺人事件を「おたんこナース」の佐々木倫子が漫画化したもの。
 コレクションテツ、撮りテツ、乗りテツ、時刻表テツ、模型テツ、鉄道考古学テツ。様々なオタクが自分本位に車内を歩き回り騒ぎまくる様が面白い。せっかくの寝台車なんだから寝たいけど寝るのはもったいない、とか。このために寝ダメしてきた、とか。アルコール飲んだら眠くなるから飲まない、とか。全力でこの一夜を楽しもうとする姿勢に好感がもてる。
 そのテツたちに振り回される主人公・空海もなかなかユニーク。すぐ泣き、妄想癖がある。このテツたちが自分に用意された結婚相手なんだと誤解するシーンは笑える。
 トリックとしては特別なものは何もない。ただ状況設定がよく、下巻から始まる怒涛の展開には読みごたえがある。佐々木倫子の描くキャラも粒だっていて飽きない。
 以前、テツをメインにしたドラマで「特急田中3号」というのがあった。それを見たときにテツメインの話ってつまらんのかなと思ったのだが、さにあらず。見せ方の差。