はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

アルキメデスは手を汚さない

2007-07-24 22:48:34 | 小説
 柴本美雪は死んだ。自殺でも他殺でもない。若い体が中絶施術に絶えられなかった。最後に「アルキメデス」という言葉を残して、彼女は死んだ。
 美雪の父・柴本健次郎は、火葬が始まると堪えてきた思いを吐き出すように宣言した。
「美雪、仇は必ずとってやる」
 怨念のこもった言葉だった。隣にいた妻にしか聞き取れぬつぶやきが、それから始まる長い闘いの幕開けの合図だった。

「アルキメデスは手を汚さない」小峰元

 70年代。あさま山荘事件や田中角栄内閣誕生。高度経済成長のひずみが生み出した学園闘争など、日本が熱く弾けていた時代。
 とある地方のとある高校に通っていた女子生徒の死は、思ってもみない事件を連鎖させた。弁当に毒薬を混入させられた男子生徒が倒れ、その周辺で行方不明事件が発生した。
 美雪の父親を探す健次郎。毒薬混入事件の捜査をすすめる警察官・野村。柳生、内藤、延命ら生徒たちはその世代特有の潔癖さで大人たちを拒絶する。裏でこそこそ、ではなく正面きって堂々とやり合う。
 そんな青臭い戦いと、場違いなダイイング・メッセージ「アルキメデス」の意外な接点とは……。
 江戸川乱歩賞受賞の青春ミステリ。帯に東野圭吾の推薦文があったので手にとった。大人と子供の断絶、というテーマは使い古されてはいるが、これほど徹底的に扱ったものはないかもしれない。
 密室仕掛けや謎解きはたいしたことないが、題名のセンスと70年代という舞台設定がマッチしている。雰囲気のよさも、この手の青春ミステリでは重要なポイントだろう。
 刊行から30年以上が経過し、筆者はすでに他界している。今もし、彼がこの世の中を見たらどう思うのだろうか。大人と子供の断絶はより度を深め、犯罪も多様悪質化している。かつての自分の作品を超えたセンセーショナルな事件が頻発している。この世の中を見て欲しかった。そしてどう思うか聞きたかった。いってもせん無きことではあるけれど、そう夢想せずにはいられなかった。それほどに、この小説の底流にあるものは冷たく、でも美しく澄んでいる。