はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

勝負の極意

2007-07-13 20:24:28 | 小説
「勝負の極意」浅田次郎

 本作は、「蒼穹の昴」、「鉄道員」などウェットな作品で数々の文学賞を受賞する反面、「プリズンホテル」など抱腹絶倒の極道小説を世に送り出してきた奇怪な作家、浅田次郎の、その相反するイメージの正体に迫るエッセイ本だ。著者が日本各地で講演した演題がそのまま文字に起こされており、ために読みやすい。目を閉じて聞いているだけでも中身がすっと頭に染みこむ様である。もちろん平易なだけではない。持ち前のユーモア溢れる文章やエピソードは、電車内などで読むにははばかられるおかしさを秘めている。
 本書は二部構成になっている。第一部は「私はこうして作家になった」。二足のわらじを履きながら作家デビューし、一人前の作家になるまでを描いている。
 第二部は「私は競馬で飯を食ってきた」。プロ馬券師としての嘘のような本当の生活と、競馬の勝ち方を描いている。
 読んで一番意外だったのは、この人にして、作家デビューするまで20年もかかっていること。これほど才能豊かな人でも苦労するのだなあ、と改めてその道の険しさを思った。
 物心ついた頃から作家になることを誓い、信じて疑わなかった少年が、努力を怠らずに日々精進し続けた20年。その間様々な職を転々とした。どろどろにドロップアウトした学生時代。三島由紀夫の死の真相を知るために飛び込んだ自衛官時代。借金の取立てに追われたヤクザの使い走り時代。天性の商才と博才を生かしたプロ馬券師時代。人生の裏街道をじぐざぐに歩みながらも見失わなかった小説家の星。ネオンと光化学スモッグで汚れた空にきらりと輝く一番星。この本が面白いのは、筆者の持つある種の徹底と純粋さ故なのだ。回り道が育んだ味の深さ故なのだ。