広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

バスガイドの嘘・Rock My …

2022-05-10 22:42:22 | 昔のこと
昭和末の学校の遠足と、貸切バスのバスガイドの、長い思い出。
小学校4年生だった1986(昭和61)年6月13日、通っていた秋田市立小学校の春の遠足があった。
当時、その小学校では、春と秋に「遠足」という学校行事が設定されていた。秋は、徒歩で全校一斉に大きな公園(年によって違う公園)に行き、縦割り活動なども含むもの。春は、修学旅行がある6年生はお留守番で、1~5年生がバスで学年ごとにそれぞれ違う目的地へ日帰りするもの。春のほうがメインで楽しい遠足だった。
※春は単に「遠足」、秋は「秋遠足」と呼ぶことがあったし、秋遠足ではおやつ持参は認められなかったような気もする。
※春は5月よりも6月上旬に行うことが多かったようだ。充分に暖かくなり、かつ梅雨入り前で、秋田ではいちばんいい気候。この年の6月13日は遅いほう。

春の行き先は、我々の6年間では、1年が大森山公園(大森山動物園)、2年が秋田空港・県立中央公園、3年が秋田県立博物館・寒風山、4年が蚶満寺・十六羅漢・象潟海岸、5年が天鷺村・高城山城址公園・県立岩城少年自然の家(オリエンテーリングなど日帰り利用)、が主な目的地であった。
4年生までは学年が上がるごとに目的地が遠くなる。4年生は、秋田県沿岸を南下し、ほんのちょっとだけ県境を越えた山形県遊佐町吹浦にある、十六羅漢(今は公的には「十六羅漢岩」と呼ぶようだ)まで行く。対して5年生は秋田市の隣町(当時は岩城町、今は由利本荘市)までなのがおもしろい。これは、5年生では、別に1泊2日でいわゆる林間学校こと「宿泊研修(宿泊訓練)」が設定されている分、遠足を控えめにしたという説明を受けた気がする。
【16日補足】象潟がある、にかほ市には、今は「白瀬南極探検隊記念館」や「フェライト子ども科学館」があり、遠足(校外学習)の見学先として最適であろう。それぞれ1990年と1998年開館で、昭和にはなかった。

そして我々世代は、1年生の時に日本海中部地震を経験している。遠足(行事名称は諸説あり)で海岸へ来てた合川町(現・北秋田市)の小学生が、津波で犠牲になった。
僕たちの小学校も、地震以前は、3年生が男鹿水族館や男鹿の海岸を目的地としていたのではないかと思われる(確証はありません)が、翌年度から男鹿へ行くのに海辺には行かないという行程に変わったのではないだろうか。
と言いながら、4年生の時には、象潟海岸の砂浜に敷物を敷いてお弁当を食べて、遠浅の海に膝まで浸かった(暑い日で気持ちよかった※)思い出があるのだが…(津波の情報収集と避難の体制が整っていれば、問題はないが…)
※気象データによれば、当日は晴れ、最高気温は秋田市で24.9℃、象潟の隣のにかほ(当時は仁賀保)では22.0℃。


さて、遠足の朝は、登校すると、校庭にたくさんの観光バスが待機しているのが恒例の光景で、気持ちが高ぶった。各学年3クラスあったので15台来るものの、学年=行き先ごとに出発時刻が異なるので、バスも一斉集結ではなかったはずだが。距離上、4年生がいちばん早い出発かつ遅い帰着(※)だった。
※遠足の「しおり」の予定によれば、4年生は8時00分集合、8時30分出発、16時00分帰着。翌年・5年生は8時20分集合、9時00分出発、15時40分帰着。

この年、バスを見て大きなショックだったのが「バスが違う」こと。秋田中央交通のバスがいた!
3年生までは、遠足も社会科見学も、秋田市交通局(秋田市営バス)の貸切バスだった。路線バスは学区内全域が市営バスエリアだったこともあり、当然だと思っていた。ちなみに、前年は路線兼用のワンロマ車が充てがわれ、冷房なし・ブルドック顔の三菱ふそうの車で寒風山へ登った。
当然、中央交通の存在は知っていたが「自分とは無関係なバス」。路線バスにもほぼ(まったく?)乗ったことがなく、少なくとも貸切はこの時が初乗車。
※今は学校行事でも、貸切専業事業者を利用することが多いが、当時の秋田にはそのようなバス会社はなかった。遠足シーズンには、学校側は日程決定・予約に、バス会社側は人と車のやり繰りに、苦労していたようだ。
2002年3月31日撮影の秋田中央交通の貸切バス
↑上の写真について。
現在は秋田市西部市民サービスセンターが建つ、新屋の秋田市交通局新屋案内所(旧南営業所)を撮影。市営バス新屋方面路線の民間移管に伴い、翌日から中央交通新屋案内所となるのに先立ち、路線車移動の都合で差し当たってジャマであろう貸切車両が大量に置かれていた。
現在の中央交通の貸切車は、白地にピンクと青紫の縦線が何本も入り「AKITA CHUO KOTSU」と書かれた塗装だが、かつては裾が肌色で、白地に青い横線が入るもの(国際興業系の線を太くした感じ?)だった。2002年時点では、旧塗装の車も少し残っていたようで、新塗装7台、旧塗装3台が写っている。中央交通のバスに興味がないので、横から遠目に撮っただけだったが、ちゃんと撮影しておけばよかった。
1986年時点では、すべてが旧塗装車であった。

少しの不満とともに学校を出発。当時は貸切バスには、バスガイドが必ず付くことになっており、遠足でも乗務(今の遠足ではどうなんだろう)。【6月8日補足・Wikipediaには、2000年の法改正以前は、貸切バスには必ずガイドが付いていたような記述がある。しかし、コメント欄で話題になっているように、法改正以前であっても、学校行事で単なる移動手段として乗る場合など、バスガイドが付かない貸切バスもあった。“ワンマン貸切”可能な、何らかの手段はあったのだろう。】
さっそくバスガイドがあいさつ。そこで、子どもながらにちょっと不安に感じる事実が発覚した(法令上の問題ではありません)。
そのガイドさんは、その春に入社したばかりの新人だという。

ところで、その前3年の交通局のガイドさんたちは、「この先の交差点で、バスはどっちへ進むでしょう?」とクイズを出したり、県立博物館の近くにある県立金足農業高校の実習田は、砂地であるためビニールを敷いているなどと説明があったりした。帰りなど、歌ったりゲームしたりもあったとは思うが、要所要所ではしっかりと。
これは、交通局やバスガイド自身が、遊びでなく学校教育の一環である遠足の意義を理解し、その行程に応じた知識を、児童にも分かるように提供してくれたのだと思う。

中央交通の新人ガイドでも、研修を受けていて、案内はそれなりできなきゃおかしいが、その人はそういう車窓案内の類が一切なかった。早々に歌を歌ったりゲームしたりしていた気がする。
岩城町へ入った時、担任の先生が、見かねたようにガイドからマイクを借りて、「右側の家の屋根を見てください。秋田市では見られない、瓦屋根の家(※)がほとんどですね。」などと説明。「しおり」にも書かれていて事前学習したことの実物を見るよう促した。ガイドさんは恐縮したような顔をしていたのを覚えている。【11日補足・このやり取りを見て、新人ガイドに対する不安と、大人って大変だなみたいな気持ちになった。】
※積雪に弱いという理由だと思われるが、雪国には瓦屋根の家はほとんどない(近年は多少増えている)。秋田県沿岸南部は、比較的温暖で雪が少ないため、旧岩城町辺りを堺に南で、瓦屋根の家が見られる。【23日補足・コメントいただいたように、トタン屋根だと潮風で錆びてしまうからという理由もあるようだ。】当時、小学校3~4年生の社会科では、秋田県内の地理を多く扱っており、県内でも気候が異なることの例として、豪雪地帯の山内村や温暖な由利地域沿岸部を取り上げていた。


その後、蚶満寺では、「蚶満寺七不思議」の1つである「咲かずのツツジ」が今年咲いたとかの説明を受けた記憶はあるので、まったく案内ができなかったわけではない(あるいはバスガイドじゃなくお寺の人かも?)。「走行中に車窓案内をする」という意識がなかったのか。
まあ、遠足の説明など、覚えている子どものほうが珍しいと我ながら思うのでどうでもいいが、本題は帰り道。たぶん、新人かどうかではない問題。
秋田中央交通のバスガイドにウソを教えられ、僕は40歳を過ぎるまで30年以上、信じてしまっていたのだ。例によって大した話じゃないが、人前で恥をかきかねない誤った情報。

象潟海岸で食べて遊んだ後、13時40分出発。車窓から金浦漁港を見学したらしいが記憶はない。あとは学校へ帰るだけだが、2時間20分もかかる計画(道の駅もない当時、途中休憩などあったのか?)。帰路は疲れて寝たか、歌やゲームはやったかも。
秋田市街地へ入ると、ガイドさんは「お別れに歌を教えましょう。簡単だからみんなも覚えてください」などと、みんなで歌うことになった。

たしかに覚えやすい歌で、こんな歌詞。
「高くて登れない 低くてくぐれない オー・ロック・マイ…」

黒人霊歌の訳詞(訳:野上 彰?)で、実際は覚えているよりもうし少し長い。最初からはしょって教えられたのか、忘れてしまったのか。
子ども向けレクリエーションソングとして知られ、輪唱もされ、6年生の音楽の教科書に掲載されていた(いる?)という話もある。NHK「みんなのうた」では1965年に違う曲名・歌詞で放送。
ただ、僕はこの先にも後(40過ぎまで)にも、タイトルも歌詞もメロディーも、まったく接することがなかった。

歌詞に出てくるフレーズが、曲のタイトルでもあり「ロック・マイ・ソウル/Rock My Soul」。

ところが、中央交通の新人ガイドは、その部分を「ロック・マイ・ソング」と教え、歌った。「Rock My Song」?
少なくとも僕個人の聞き間違いではない。周りのクラスメイトもみんな「ソング」と歌っていたから。仮に、バスガイドは「ソウル」だと分かっていたのならば、「ソングじゃなくソウルだよ」と訂正するのが普通だから、そもそも間違って覚えていて、教えた可能性が高い。
その後、英語を多少分かるようになって、時たまこの歌が頭に浮かぶと、「奇岩があって扱いに困り、どうにもならないけれど、それは自分が所有する岩」という内容なのかと考えていた。


時が経って、2018年頃だったと思う。
お笑い番組で、吉本興業のコンビ「プラス・マイナス」が、漫才を披露していた。その中で、この歌を歌っていて、「~ソウル」なのに驚いた。ネットで検索すると、それで合っている。「私の魂を揺さぶる」か。
中央交通にダマされていた!
さらにネットを見ると、「~ソング」と誤解している人は、そんなにいなそう。しかし、謎の英語「ロックマイソー」、謎の日本語「ろくまいそう(六枚草?)」だと思っていた人はちらほら。漫才で初めて知って、「プラス・マイナスが自作した歌だと思っていた」という人も(僕もガイドに教えてもらわないと同じ勘違いをしていたかも)。

一般にバスガイドの研修では、観光案内と歌はみっちり教えこまれると思う。あの頃の秋田中央交通では、間違ったタイトル・歌詞を教えていたのか。ガイド個人の判断で、好きな歌を歌うということもあり得るだろうけど。
そんな、小学4年生の遠足の思い出。
秋田中央交通では、開業100周年を記念して、同社バスに乗車した際の思い出を綴った作文を募集している。上記内容で応募(400字の制限に収められないけど)したら、直ちに審査対象外かな。



なお、翌年5年生も、残念ながら中央交通(市営バスの貸切には、宿泊研修などで乗る機会はあった)。
この時は、新人ではなさそうなガイドさんで、ソツなくこなしていた記憶。
おそらくいすゞ製のバスは、下固定・上横スライドの窓(逆T字窓)で、青系統と赤系統に着色されたガラスが交互にはめられ、窓を開けて2枚が重なると、紫色のガラスになるという、ヘンな仕掛けがあった。それを知って喜ぶ児童を見て、ガイドさんも「そういうガラスなんですよ」と喜んでいたが。

このガイドさんは、お別れに歌を歌ってくれた。
その曲は、おニャン子クラブ「恋はくえすちょん」。
当時、フジテレビ系で日曜18時から放送中だったアニメ「あんみつ姫」のオープニング曲。現在、IBC岩手放送の「じゃじゃじゃTV」の中継クイズコーナーで、部分的に流れている。

前年1986年11月に、旧中央交通本社・車庫跡にオープンした「中交ホリディスクエア」(長崎屋→ドン・キホーテ)の前付近を走行中で、車窓にそれを眺めつつ、少々恥ずかしく聞いた思い出。



話は変わって現在。
秋田中央交通にも女性運転士が複数名いらっしゃる。男だから女だからどうこうではないし、実際、男でもとても丁寧な運転で親切な接客の運転士もたくさんいるし、女でも…な運転士もいないわけでもない。
【11日追記・中央交通には、運転技能と接客のレベルを底上げして均質化すること。あるいはそれらが優れた社員への優遇をしてほしい。会社のイメージも、社員の士気も、向上するのではないだろうか。】

その中に、中央交通の元バスガイドで、いったん退職した後、同社運転士になった人がいる。
路線バスで時々お世話になるが、【11日補足・運転も接客も】気持ち良く乗車できる運転士さんの1人なのは間違いない。
ボロバス、中古、ダウンサイジングターボやオートマチックマニュアルトランスミッションなど運転特性がまちまちで注意を要しそうなバスが混在する中、どんなバスをどんな道で運転しても、いつも安心して乗車できる。
客層や時間帯で変えているそうだが、多くはないけれど的確な肉声案内もしてくれる。元バスガイドだったと思えば、たしかにそういうお声で聞き取りやすい。

このバス会社の代表取締役社長は、公の場にほぼ姿を現さない。
その一方、この女性運転士さんは、何度も多くの目に触れる場所に、顔写真やお名前が出ている。すなわち、求人情報媒体や、広告も兼ねた新聞記事など。
昨2021年、秋田魁新報の文化面か何かの記事にも登場した。そこでは、お歳まで掲載。社長の歳、代わりに出てくる営業本部長の歳は、新聞記事にも書かれないのに【社長のプロフィールは企画特集として掲載されたこともあった。この記事参照】。

失礼ながら、そのお歳から逆算すると、上記のバスガイドさんたちと、同年代に当たりそう。
ということは、もしかしたらこの運転士さんも、「ロックマイソング」を歌っていたのかも?!


バスガイドのウソは、中央交通ばかりではない。秋田市交通局のバスガイドにも、少々問題ある情報(例によって大したことじゃないですが)を教えられたことがあった。続く。【追記】その前に幼稚園の行事でのバスの思い出もありました。
コメント (12)
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