田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

<教員免許>国家資格に 自民提言へ、資質向上図る

2015年05月03日 | 日記
 毎日新聞の記事です。大筋は、大学で教員養成課程を履修した後に国家試験と一定の研修期間を経て免許を取得する内容で、現在の医師免許のような位置付けが想定されるそうです。
 
 『医師免許のような』と、あたかも医師免許を手本としたら不安です。私は比較的多くの医師と知り合いましたが、人間的な魅力を感じた医師はいませんでした。魅力どころか、人間的には少々疑問を感ずる人が多いように思いました。医学部合格のために、時間の全てを勉強に向け、青春で学ばなければならなかったことがおきざりにされた感があります。入学すればしたで、偏った考え方を持ちがちです。医療の世界にこのような考えを持ち込まないで欲しいとさえ思いました。
 
 教師に目を向けると、あまりに性犯罪が多いと感じます。偶然の比率にしては多すぎます。おそらく自覚がないまま、自分の性癖に由来するものを、就きたい職業としているのだと感じます。医学部より入学しやすい教育学部で履修し、教育委員会が実施する採用試験にさえ合格すれば良いのであまり難しくはなく、人間性のチェックがなされないことが怖いことです。
 
 医師国家試験のみならず多くの国家試験、またはそれに準ずる試験が相対試験や絶対試験であろうが、いわゆる点さえ取れば合格でき、塾の指導が合否を決めるようでは優れた人材を見つけられません。普通の人、普通の常識、普通の神経を持ち合わせた人のみが解ける問題を出題すべきです。
 
 教職が世襲化していることは良くないことです。教職に就くには身辺調査が厳しいと聞きます。三親等以内に○○があってはならないとか、親戚に特殊な宗教の信者がいてはならないなどの噂が耳に入ります。世襲ならば身辺は明らかですから、親子二代の先生が多いのですが、医者と議員に二世が多いのは何かしらの関係があるかもしれません。
 
 ある日の記事で、立正大教授の金子勝氏は「日本を戦争できる国にする。そうした国家の方針を小中高教育でたたき込むためには、現場の教師を“従属”させる必要があります。安倍政権はそれを狙っているとしか思えません。教員免許が国家資格化すれば、政府に忠実な教師ばかりを採用でき、逆に意に沿わない、盾突く教師をクビにできる」と書いています。私も現に国家資格を持っていますが、資格に国が口を挟む余地はないと思います。教員試験だけが国に従属する者、しやすい者を選別できるのだろうか疑問です。
 
 大学の先生だけが無資格が許されています。だからこそ大学自治が認められていると思うけど、中立の立場が必要じゃなかろうかと思う私です。