教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

<群馬・小6自殺>担任「いじめあった」…学校側と食い違い

2010年11月03日 10時57分04秒 | 受験・学校
『 群馬県桐生市立新里東www.gun-esg.gsn.ed.jp/)小6年、上村明子さん(12)が自殺し、遺族が「いじめが原因」と訴えている問題で、担任教諭が県警の聴取に対し「明子さんへのいじめがあった」と認めていることが1日、捜査関係者などへの取材でわかった。学校側はこれまで「いじめという認識はなかった」と説明しており、学校と担任の認識が食い違っている。 明子さんは10月23日、自宅で自殺した。遺書は見つかっていない。捜査関係者と学校関係者によると、担任への聴取は明子さんの学校での生活や、自殺までの経緯について説明を求めるために行われた。担任はこの中で、同級生が明子さんを無視したり、給食時に明子さんを避けて座るなどのいじめがあったと説明したという。
 同小の岸洋一校長は会見で、「5年生の時に母親から『いじめられた』という訴えがあったことは確認できたが、明子さんの勘違いだった。明子さんからいじめに関する特別な相談はなかった」と説明していた。』毎日新聞 11月2日(火)2時32分配信
学級担任の女性教諭がいじめが有ったと認め、自分の指導力不足と謝った
そうですが。校側はこれまで「いじめという認識はなかったと言っていますが、義務教育の小学校の校長として管理責任と教育者としてどう考えているのでしょうか。1人の小学生が、いじめにより自殺したのです。
学級担任が、いじめで対処出来ないのなら、経験豊かな生活指導の担当の先生と校長も協力して、いじめと取組むべきではなかったのではないでしょうか。今更アンケートを実施しても自殺した上村明子山は帰って来ません。
校長のいじめは認識していませんと言うような言葉は、いじめによる自殺は、無かったいじめを隠そうとする気持も考えられます。
いじめによる自殺を公表するとプログを見た子供たちが動揺すると言うコメントも来ましたが。学校側がいじめを認めずこれまで隠蔽して来た実例は全国的に多く、テレビや新聞で公表しなかったら、第二、第三のいじめによる自殺が起きいじめにより自殺した子供達の霊も浮かばれず、保護者は泣き寝入りするだけです。お宮さんならぬ、いじめによる自殺の迷宮入りです。
教育とは、学力を身に付けて良い成績を取ることだけでは有りません。
現実の矛盾や誤り、不正に目を背けることなく、真実を見つめることも大切です。戦後65年平和な日本で、平和ボケしてしまって命の貴さ事実を見据える 
ことを保護者も忘れているのでは有りませんか。
何度心理カウンセラーを学校に派遣しても動揺している子供達を一時的に救えても学校からいじめ問題やいじめによる自殺は無くならず根本的な解決にはなりません。このようなコメントを書き込んで来たお母さんの子供でも何時いじめに合うか分かりません。いじめを無くすのは、教育現場の先生方の智恵と努力しかないと思います。
この学級、学級崩壊状態だったとか、上村明子さんのお母さんが、フィリピンの人で、容姿や風体で揶揄されていたと言うことも有ったようです。国際化時代の日本で、英語を小学校から教えるよりも、人の立場に立ち基本的人権を尊重する教育をすることが大切です。
偏狭な島国根性を持たずに日本人としての広い心と大らかさや思いやり、人情を忘れているのでは有りませんか。
私の近くの小学校にフィリピン人のお母さんが、お子さんを通わておられますが。日本の学校でいじめに遭わないかか最初心配していましたが、一度も遭っていませんと言われました。通っている小学校側の生徒指導と対応が良いと言いました。日本中の小学校でいじめは皆無とは思えませんが。
学校の先生方が、いじめ問題と向き合い、生徒の人権を尊重し、真面目に生活指導に取組んでいる学校も有ると言うことも事実です。学校側もいじめによる自殺者を出したのですから心が痛むと言われるのなら、亡くなった上村明子さんの御冥福を祈る為にも小学校側が、教育者として誠意と責任を持って真相を解明すべきでは有りませんか。其れが教育者としの責任で、人の道と思います。

川崎市多摩区の市立中学校3年の男子生徒(当時14)が6月、「(いじめから)友人のことも護(まも)れなかった」という遺書を残して自殺した出来事で、
私のブログで取上げさせて頂ました御縁で亡くなられたS君のお父様から テレビ朝日www.tv-asahi.co.jp「報道ステーション」に寄せられたコメントをを再度掲載させて頂きます。
『本件に対して、小生のコメントが紹介されました。実は、昨日の夕方、テレビ朝日から取材の依頼がありまして、本件についてのコメントを求められました。ひょっとするとご覧になったかも分かりませんが、午後10時から放送の「報道ステーション」の中で、本件に対して小生のコメントが紹介されました。
お父様のコメントの内容です。
『このような事件が起こると、学校はいつも決まり文句のように「イジメは把握しておりません。」とか、「イジメはありませんでした。」と言います。ろくに調べもしないで、なぜそのように断言できるのでしょうか。不思議でなりません。イジメは、大なり、小なりどの学校、どのクラスでも存在します。これは紛れもない事実です。イジメは、ありませんでした。」と発言する輩は、公の場で「自分たちに能力は、ありませんでした。」と認めているのと同じです。本当に恥ずかしいことだとなぜ分からないのでしょうか。「おそらくイジメは、あったと思います。私たちは、それを発見することが出来ませんでした。これからは、「その反省を踏まえて徹底的に調査をし、事実解明をしたいと思います。」となぜ言えないのでしょうか。被害者はこの先ずっと一生、愛する我が子を奪われた悲しみと怒りを背負わなければなりません。
何年経てば癒されるとか、「何年経てば忘れることが出来るなどという」ことは決してありません。
更に追い討ちを掛けるように、いわれの無い誹謗・中傷に晒され、反省の無い加害者たちに振り回され、何度も、何度も苦しみを味わうことになるのです。
起こるべくして起こった不幸から、誰もが目を背けることなく、二度とこのような不幸が起こらないように、加害生徒には他の生徒と隔離をして徹底的な教育とご遺族への謝罪を、被害者ご遺族には、心のこもったアフターケアーを、
学校教師、教育委員会には、早急なる真相解明とご遺族への謝罪を、各人が、この問題に対して、真摯に向き合って行ける環境が作られることを切に願っております。
』 と書かれて来ました。
この中学校の先生は、いじめにより自殺を出した学校の教育責任と教育専門職としての「教員の職業意識」の欠如と希薄さを切実に感じられ、教育者として誠意の無い中学校側の対応と教育者の「人間性と命を大切にする心の無さ」を感じられた息子さんをいじめにより亡くされたお父さんの心底からの雄たけびと切なるお気持と思いました。
群馬県桐生市の小学6年、上村明子さんの
『ご遺族のお悲しみが癒える日が来ますことを願ってやみません。
明子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。』
お父様のお気持を尊重する為に原文に句読点と括弧だけを付け加えさせて頂きました。

URLhttp://www18.ocn.ne.jp/~abc8181

プログランキングドツトネット http://blogranking.net/blogs/26928

日本プログ村
    http://www.blogmura.com/profile/232300.html

人気プログランキング
http://parts.blog.with2.net/bp.php?id=627436

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 県知事選は「逮捕覚悟で」 ... | トップ | 神木倒れる…「前九年の役」で... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿