ロード・マーシャル時事報告場

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言いたい事 あと雑記

2017-12-13 06:07:18 | Weblog
一つ、言いたい事がある。

「ベビーカーは免罪符じゃねぇ」

以上である。



以下、雑記

「糖尿病になって、初めて周囲の理解が得られないことの大変さに気付いた」

という記事があった。

はなから周囲の理解など得られぬ障害者からの視点で現在の所感を述べると、

「くっだらねぇ、今更ガタガタ言うな、勧められたら飯食え酒飲め、“これまでの無理解だった自分の所業と整合性を合わせろ”」

である。ざまあみろ。

さて、上記言いたい事にいくつか追加事項。

「妊婦も老人もジェンダーも免罪符じゃねえ。こっちはお前らよりヨボヨボなんだ」

まあ、理解されないのだろうな。
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北朝鮮の武装難民からのマルティン・ボルマン

2017-12-12 04:20:32 | Weblog
標記の件、速やかに話題から消えるだろうし、そのほうが世のため人のため“市民のため”である。

さて、宣伝で国民を騙すのが得意というレッテルが貼られている国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)であるが、そのプロパガンダの手法が当時の共産党を模倣していた事実を左寄りの人は決して公にしない。

極右・極左は正反対のようで、重きを置くものも手法も似ているという極地であるな。

そういえばソ連もユダヤ人の再定住問題をやってたしな。

これはナチズムやコミュニズムに限らず、自由主義にもいえるかもしれない点は注意が必要である。
まあ、日本がそこまでの境地にたどり着くことはまずあるまいが。

そんなわけで現日本政治家諸君には「マルティン・ボルマン」の称号を与えようと考える。
詳しくは彼の生い立ち、殊更「彼の最期付近の行動」を見ればよくわかろう。

権力を、あきらめない。(マルティン・ボルマン)
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平等原理主義

2017-12-10 05:21:34 | Weblog
以前も述べたが、方向性はさておき、真に平等性を求めるならば指導者はスターリンが人類史の中で最もふさわしい。

彼の猜疑心は極限にまで拡大し、家族を含むあらゆる人物が"平等に"粛清対象となった。

スターリンの長男は独ソ戦でドイツの捕虜となった。
この時、世間一般のいわゆる薄っぺらい「立派な指導者」ならば毅然と接しつつ「泣いて馬謖を切る」思い、となろう。

スターリンの場合、このような情を挟む余地のないほど"平等"である。

スターリンは息子が自分を困らせるために捕虜にわざとなったと考え、
「ナチスに寝返った息子など存在しない」
としてドイツのあらゆる捕虜交換に関する交渉を突っぱねた。
最終的に長男は強制収容所の電気柵に突進して自殺したが、そのかなり前にもピストル自殺未遂をしている。

息子の自殺未遂に対してもスターリンは「あいつは銃をまっすぐに撃つことも出来んのか」と発言しており、"平等"において贔屓を引き起こす余計な情を持ち合わせていない。

長女の最初の恋人を「イギリス人のスパイ」として粛清してもいる。

これらは、「毅然かつ人情ある指導者」という人間の抱える不可能な虚像と一線を画する。
ロボットのようにすべてに対して平等に接する。
「人命以外何も失っていない」、この信念を貫き実行し続ける能力こそが、本当に"平等"を求めるならば必要な資質であろう。

なお、平等なのに一人スターリンが上にいる、という構造的欠陥も有しているが。


よもやま話に、スペイン内戦において共和派は戦艦一つを動かすのにも乗組員全員の賛同が必要であった。
自由・平等。
理念は素晴らしいが、実現はまず難しい。

当ブログが現日本社会に対してい抱いている感情の内、この相容れない本音と建て前を使い分けている虫のよさが挙げられる。

まだ、スターリン率いるソ連、あるいはヒトラー率いるナチスのほうが一貫性のある論理的手法である。
忖度などというが、このようなことは「虫のいい曖昧さ」を作り出す。
日本人はそれを隠れ蓑にするのが大好きな民族である。

そのような民族は、一億総特攻で消えていたほうが「世界全体の為のがん摘出」と同義で良かったことである。

日本の第二次大戦の敗戦が「国民の悲劇」にすり替えられている一方で、世界では日本の敗北は「平和を守ったこと」という違いすらも直視できないあたり、期待していないので感情も起きないと思っていたが、笑いが起こる。
・・・負の感情はあるのだろう。
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西から日が昇る

2017-12-07 04:40:04 | Weblog
「あり得ない」事の象徴だそうだが、ドラマ「高い城の男 シーズン2 OP」等では映像的技法でそれが再現されている。

サンフランシスコに日本の象徴、朝日が昇り、ゴールデン・ゲート・ブリッジに日本軍機が投影される。

まさに、「高い城の男」の世界観をそのものといえよう。

またうがった見方をすれば、日本がアメリカに第二次大戦で勝つことは、「西から日が昇る」レベルに等しいともいえる。
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忍たま乱太郎に思う(地球市民)

2017-12-05 04:25:40 | Weblog
「忍たま乱太郎」は恐るべきナショナリズムの権化です。

生徒は男女別々のクラスに別けられ、教員の女装風貌と相まって、男女平等の精神のかけらもありません。

食堂での同調的な食事風景、そして「遺すことは許されない」―。アレルギー問題もある昨今、あまりに現実からかけ離れた方針です。

加えて、彼らは忍者、すなわちスパイなのです。スパイ養成学校をコミカルに子供たちに侵透させる。

恐ろしいアニメなのです。

(地球市民)


揚げ足取りなどいくらでもできるな。


追記

色々なネタについて「不謹慎だ」と言う(あるいは思う)人間は、それが潜在的に不謹慎ネタになり得る事を認めている人間である。
彼らも同類というわけだ。
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釜炊きが先か美味いが先か、一億総躍進という幻影

2017-12-03 17:07:26 | Weblog
釜炊きが先か、美味いが先か

昨今の炊飯器では、釜炊きの再現にこだわり、「おいしさ」を訴求している商品がおおい。

しかし、ここに卵が先か鶏が先かの議論がある。

果たして釜炊きは美味いのであろうか。
長年釜炊きしか選択肢がなかったために、その味がスタンダードとなり、「美味しい」の基準とされてしまった。
だから後から登場した炊飯器は一部でけなされ、炊飯器も釜炊き再現にこだわったとしたら、どうだろう。

美味いは主観的は判断である。
逆に炊飯器しか知らない世代ならば、釜炊きごはんは「美味しくない」可能性もある。

どちらかに主軸を固定して礼賛する風潮を日本人は好むが、それは危うい側面を持っている。


一億総躍進という幻影

自民党の昔の一億総躍進の影響であろうか、電車のポスターで「がんになった社員の就労をサポートする会社」みたいな公共広告があった。
曰く、社員がんになった、就業規則で辞めなければならない現状である。
だがあいつは必要な人材だし、本人も就労継続を希望している。
だから会社を改革、という流れである。

しかし、日の丸親方からの強制を以ても企業としての本音は、「そんな社員クビ切りたい」であろう。
「あいつは必要な人材だ」、ここ、大本営発表なみの脚色が加えられている。
配慮が必要な社員など、国家が強制しなければ企業にとって何のメリットもない。
あと、社員の就労継続希望も胡散臭い。本音はクビを切られたらどこも雇ってくれないという現実であろう。
そういった本音と建前を別け続けるから、いつまでたってもちぐはぐな経営と社会なのである。
疾患者は迷わず例外なく安楽死、と言った方がはるかに率直かつまともである。

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