ロード・マーシャル時事報告場

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自身の生物学振り返り

2018-11-17 08:25:58 | Weblog
当ブログが生物学を志した理由は以前述べたと思う。
また高校時代の「生物」は、全国的に見てもかなりの学力レベルにあったと、個人的には思っている。

しかしこれは本当に「好きだから夢中」だったかというと、良くも悪くもちがう側面が見えてくる。


生物に突出した成績を残していた反面、他の学力はあまり良くなかった。
(自称)進学校のなかであまり良くなかったのだから、世間一般での度合いは判らなかったが、これは私にとって一つのコンプレックスであり、一つの決断を下す理由となった。


「他の学力はもはやついていけない、ならば生物だけは絶対にトップをキープし続けよう」

という、ストイックというか、特化型の授業の受け方をしたのだ。

授業の合間の休憩時間は、友人が持ってきた生物の東大過去問(この友人もまた変、かつ面白い奴である)を解いてみるというほどに。

まあ、結果としてセンター試験その他が良かったので問題なかったが、ふと思う事がある。

「一つのことに特化しろ」

とよく“才能ある人”は言うが、なるほどそれは言葉では理に適っているが、果たして“一般人”が現在社会で生き抜くための手法足り得るのか、という点を最近、自身のこれまでの生物学を振り返って思う次第。
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電磁波対決(レギオン vs 御坂美琴)

2018-11-16 05:55:59 | Weblog
標記の件、「いつの流行だ」とか「またか」というのはあると思うので、暇な者が暇つぶし程度に見てもらえればと思う。

最初に、タイトルは「電波対決」にしようかと思ったが、厳密には違うし、ニュアンスもより当ブログ方面になってしまうのでやめてみた。


さて、両者ともおおまかに「電気」に関係する存在である。

主な闘い方は、レギオンはマイクロ波シェル、御坂美琴はレールガンであるが、それぞれ応用技でいろんなことが出来る。

レギオン:通信妨害、パチンコ大当たり
御坂美琴:砂鉄で剣を作ったり、ハッキング

うーん、ちょっとレギオンがチープだな(パチンコあたり)。

究極的には、御坂美琴のレールガンをレギオンの干渉波クローが防げるか、マイクロ波シェルの危害半径から脱出する余裕が御坂美琴にあるか、という点かとおもう。
小型レギオンの存在は御坂美琴にとってはかなりの脅威となろう。ただ、電波誘導可能なので、レギオン達の意志に反して遊兵化は可能と思われる。

こうなってくるとやはり小回りの利く御坂美琴の方が有利かとも思えるが、レギオンにはレッドロットという触手による攻撃も可能なため、気を緩めてはいけない。


なお、両者の戦略目標も考慮する必要がある。
レギオンの場合それは繁殖、すなわち草体の発射である。
おそらく御坂美琴の場合、電磁波が多用される都市へのレギオンの侵攻阻止および草体発射に伴う大爆発による都市消滅阻止である。

ああ、こう考えると対決は案外筋の通る話だな。


映画「ガメラ2 ~レギオン襲来~」の台詞を引用すれば「花が咲いた時点で、我々の負け」だそうなので(少なくともとあるシリーズの学園都市は冬の札幌や仙台より暖かそうだ)、草体を大型レギオンまたは小型レギオンに植えつけられる前に、レギオン(まさしく集団)を殲滅する必要がある。

そうなってくると今度は逆に御坂美琴の方が不利ともいえる。

まあ、とあるシリーズにはいろんな方々がおられるようなので、そういった人材も活かせばレギオン殲滅は可能であろう。
1対1の場合、レギオン vs 御坂美琴は、これはもう世界観が違うので個人の主観によって勝敗が決まるかと思う。

テーマを出しておいて、投げやる当ブログの典型的な日記である。
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温泉マニア

2018-11-13 06:09:13 | Weblog
当ブログのまともな趣味として旅行がある。
こと温泉に関しては目がない。

そういうわけで全国各地の温泉に行ってきたわけだが、そのような状況で旅行雑誌の温泉項目を見ると、懐かしかったり、ツッコミを入れたかったり、なるほどとなったりで楽しい。
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前回の日記追記補足

2018-11-12 03:53:32 | Weblog
毎度毎度、住んでいる選挙区の立候補者のレベルが極度に低い件について。
まるで文化祭のポスターのようである。

それで当選するんだから穴場かもしれないし、逆に「そういう層」が住んでいるので敢えてレベルを下げているのかもしれない。

ただ近くの大学の文化祭ポスターの方が出来が毎回良いのはどうかと思う。
動物園かな。

動物園といえば、話がぶっ飛んで第二次世界大戦のクルスクの戦いにおけるドイツ兵器群は動物園(猛獣)だったな。
ティーガーとかパンターとかエレファントとか。フンメルが入っているあたり、結構ニッチな動物園である。
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今日

2018-11-11 15:48:00 | Weblog
いつからか今日は「ポッキーの日」のようだ。

もちろん当ブログとしては第一次世界大戦終結日の方が重要で、人類史上初の大戦が終結した平和記念日としたいが、反面当時の日本の様な戦争特需がなくなっての不景気や、戦後処理のずひどさが第二次世界大戦の素地を作った事を考えると物事なかなか喜べないものだ。

シンプルにポッキー食いながらばか騒ぎしてた方がきっと楽しい。
もちろんこちらも、人生の価値を楽しさに置くことが果たしてどれ程妥当かは考えた方がいいかも知れない。
案外、無い頭・欠けた知識で考える行為も楽しいのは確かなのだから。

11月11日の2000年にはオーストリアのスキー場のケーブルカー火災で日本人含む多くの人々が「登り窯できれいに焼けた」な。一般的には悲劇なのだろうが立場や見る面を変えれば別の考えも出てくるはずだ。


追記

ふと、毎回思う事がある。

選挙の度に街宣車がうるさく辺りをウロウロし、駅や街頭で演説が大音量で始まる。そして選挙が終わるとピタっと止まる。そういう姿勢を見られると、「本当に言っていることを思っているのか」と問いたくなる。

まあ、そういう関連の法律もあるだろうから、それに従っているのだろうが、それに従った上できちんと国民・市民に不快感なくアピール出来る「やり方」、普段からの活動もあるのではなかろうか。「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」がお里の議員たちなので、そういうのは得意のはずだと、忖度できぬも思うところ。

もちろん、例えば法令に触れず街頭演説を普段からしていたらしていたで(実際は法令に反た時間に日本共産党とか立憲民主党とかやってるが)、以前書いたように「“平民”が朝から労働に向かう最中、お前たちはそういう事をせず活動に専念できる立場で、何がアベストップだ」となるだろうが、そういう意見も含んだうえで(以下略。

あるいは、何もしなかったら何もしなかったで「何もしてないから認知もされないし、してないやつに投票しない」ともなるし、「今の政府をぶっ壊しましょうと言っているが、現状の法令に従った選挙運動をしている奴らに何を“現状打破できる”のか」というツッコミもあろう。しかしそういうダブルスタンダードをやってのけるのに長けているはずなので、きっとそういう事も含んだうえで(以下略。

あれだな、騒々しく喧伝して認知してもらわないといけない、というのではなく普段から注目されるに値する結果(行動なら誰でもできる)を残していればいいのだ。
こう書くとすぐ、「そもそも国民・市民が政治に興味を」という「言い訳」が出てくるだろうが、そういうのはいらない。
一見難題に思われるかもしれないが、それくらいの結果を残す志と才能とがないければ、議員として選出されるに値しない、財源の無駄遣いである。
出馬する者には「それなりの勝算」ではなく、せめて「それなりの覚悟」は求めたい。


追々記

ぶっちゃけ市議はそんなに影響力も、くわえて言うなら収入もあまりなく、落選した時に失うものは大きいかもしれない。だからこそこの時とばかりに大声を出しているのだろうが、最近の市議の有効求人倍率は全国平均で0.8程度だ。結構な安全物件なので、喚き立てることはしないでいただきたい。そんな「エモーショナルな議員」はいらない。
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最終予備

2018-11-08 06:05:19 | Weblog
友人達と旅行をする際、私は良く「最終予備」と言われている。

すなわち、旅行先でコンセントが足りないとなると延長コードをもってきていたり、
異なるアダプタコードを持っていたり、
複数のバッテリーを持っていたり、
ハプニングで目的地に行けないことが判明しても第二案を出したり、ということをしていて、最後の砦というわけだ。

こう書くと私が素晴らしいように見えるが、良く言えば高い準備性、悪く言えば大げさなので、逆に新規性や挑戦心に欠けるともいえる。
私が一人で旅行をすると、「ミッションクリア(準備を練って)」になって何とも味気ない。

無謀なことを平気でやる友人がいて、結局なんだかんだで「それが形」になっている。
形になっているからこそ、友人はますます無謀になり、私はますます準備をするわけだが、まあ友人相手なら良い悪いもない、というか友人の無謀さがなければ得られない体験もたくさんあったなぁ、というのが現段階での考えだ。

私も人間なので、「この人のことなら構わない」というのは存在する。
昔喫煙に関して、「友人の喫煙は構わないが、無関係の人間の喫煙で健康が損なわれるのは許せない」というのと同じだな。


人はどんなになっても主観を持って判断する。
常々このブログで日本の障害者差別について文句を言っているが、きっと同じ理由で差別は無くなることはないだろう。

加えて言うなら、主観もさることながら、人は「自分たちに理解できない事」を受け止めることなど出来ないのだ。
当ブログ含めて。

逆に言えば、理解できない、主観の存在が、人間らしさといえるのかなぁ。
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最高指導者の逆

2018-11-07 18:16:49 | Weblog
前々回の日記でスター・ウォーズを書いたのでふと。


「最高指導者」の逆とくれば「最低指導者」と、短絡的に考えることが出来る。

「指導者の逆も必要なのではないか」という無粋なツッコミは無しだ。
もちろんファースト・オーダーの「最高指導者」は「職位」であるが、それも放置である。


さて、スター・ウォーズの世界、銀河広と言えど、「最低指導者」の逸材があらゆる方面で溢れている。
ちょっと、なあ。

皇帝、ベイダー、ターキン、グリーヴァス、ヌート・ガンレイ・・・。
ちょっと前だとクレニック、ああ、そういえばカイロ・レンも現状ファースト・オーダーのトップだったな。

下手をすれば(しなくても)ジェダイにも「最低指導者」はいるので、結構「最低争い」の人選に困る。
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会津戦争

2018-11-06 12:37:02 | Weblog
白虎隊とかの話もあって、どちらかというと「敗けてお涙頂戴」なイメージが強い。
当ブログは日本史、特に幕末にほとんど興味がないので、そんなイメージなのだ。

ただ、内容を調べると、

・「圧倒的不利」という和睦進言を退けて戦いを決意
・農民、町民のみならず難民まで徴兵
・ただし会津藩は重税を課していたため士気はガタガタ

と、あまり「お涙」要素が無い件について。
wikipedia情報では、ほとんどの財産を徴用された町人は「官軍様、会賊」と言っていたとか。

本日はその会津戦争が終了した日である。


感じることは2つ。

1つ目は、常々言っているように明治以降の(現在含む)日本政府でも結構「面子の為に」があって、変わっていないなあ、という点。日本人は基本的に技術を与えられた江戸時代民、という認識が良かろう。

2つ目は、現在の福島のアイデンティティにもなっている会津戦争だが、当時占領された町人や農民は「解放されて喜んでる」のではないか、という点(ヤーヤー一揆とか最たる例である)。そのあと下らん面子根性を出してアイデンティティを保持する姿勢は滑稽である。「搾取者でも見方によっては悲劇の主役で、その配下の俺たちは」というのは奴隷根性と事大主義の融合である。


そういう「くだらない面子の為の無理な融合による強引な行為の実施」が日本人は大好きだと感じる次第。
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スター・ウォーズ友人の意見

2018-11-05 06:37:40 | Weblog
 友人と話す機会があった。

 友人はEP1から順番にEP8までを観ている。
 そういう意味ではコアなファンからは「新参者」と言われる類かもしれない。

 しかし、友人はEP8については実は2回(1回目は劇場、2回目はEP1から通して)見ているが、2回目に観て肯定的な考えに至ったらしい。

 曰く、

「スターウォーズのEP1~3、そして8は、ジェダイの栄枯盛衰の物語であり、その観点でみれば物語には一貫性がある」

 みたいなことらしい。もっと深いことを言っていたようだが、ちょっと当ブログのレベルが低いのと、当ブログ自身のスター・ウォーズフィルターがかかっているのでこれ以上を書くと友人の発言をより間違えた表現にしかねない。

 そう言われてみると、間延びしたEP3もなんだかんだで面白い観点で観れるかもしれないな。

 ディズニーになって、EP7以降が作られたわけだが、旧ファンを取り入れながら、一つの物語としてスター・ウォーズを表そうとしているのだろうか。
 まあ、そういう結論はEP9を観てからでもよかろう。


 ちなみに、当ブログもカイロ・レンについて再評価している。
 友人は理解できなかったようだが、カイロ・レンが例えダース・ベイダーの血を継いでいるとはいえ、銀河の中で何故最高指導者スノークが彼を選んだのかが気になったのがとっかかりだ。以前も書いたが、カイロ・レンはそれまでのキャラクターとは比べ物にならないほど「揺らいだ存在」である。その「揺らぎ、不安定さ」こそがスノークを魅了したのだろうし、カイロ・レンの魅力である。
 しかし、となればEP8のスノークのあの状態はどうなのよ、という事が議論の焦点になってくるから、復活とかはないだろうがこれはこれでEP9待ちである。

 なんだかんだで、スター・ウォーズは新旧ファンを取り入れながら物語を続けているのはなかなか凄いところである。
 ディズニー風にいえば「永遠に未完」なのだろうか。それはそれでちょっと追いかけ続けることが面倒な気もしてくる。
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ずるい?

2018-10-31 06:12:02 | Weblog
これまでの日記で触れているが、障害者である。

世間の一部には、障害者の各種優遇を「ずるい!」と言う者もいるようだ。
確かに、各種施設利用料の減免や税制措置の優遇、さらに「優先席」といった身近なものまでいろいろある。

ただ反論させてもらうならば、生命保険はもちろん、ローンすら拒絶させるので「一般人が思っているより資金補助もらって安定的に暮らせる」訳ではない。
少なくとも現在の生活はできるが、老後・人生設計などで大きな足枷があるのも事実である。
もちろん、これは当ブログが普段から言っている「差別」ではなく、利益を追求する保険・金融企業としての当然の行動だとも認識している。


さて、標題に戻って、それでも障害者の優遇措置を「ずるい」と言う者がいるわけだが、正直こっちだってなりたくてなったわけではない。
障害を発生させる前は結構そういう考えも「確かに」と思っていたが(学生時代:レベルが知れる話であるな)、いざ自分の身に起こってみると、これも普段の日記で書いていることが見事ブーメランではあるが、かくも辛い生活とは思わなんだ。


肯定的捉え方をするならば、「障害になって初めて人の痛みを知った」と言えるが、当ブログは紹介分で利己的とあるように、あまりそれ以上広げることはできない。

そういうわけで、障害者がずるいのであれば、「好き好んで摂取」して循環器系、肝機能、がん等に「将来的により高い確率でなり」何の問題もなく健康保険と医療保険を受給している喫煙者や飲酒者は「ずるい」を通り越して「害悪」と言える。

うーむ、稚拙さが本日の日記は足りないな(自覚からの開きおなり、あるいは強がり)。


そういうわけで、福島原発被災者は「そこに住んでいたこと自体が自己責任」という論調を主張してみたい。
いや、「障害者がずるく」て、この国の体質を見るに、結構筋が通っているかもしれないぞ。

あるいは幕末期に江戸幕府に味方した子孫の末路ともいえる(そこをいえばオーストラリア人とか凄そうだが)。
これも「自己責任」というやつだ。
自己責任ならば公的負担は少なくていいので、その財源となる国民の財布にも優しいし賛同も得やすいだろう。


ちなみに、最近騒がれてる、イスラムからようやく帰ってきたお騒がせ者については、当ブログは支持していないので、そこは注意してもらいたい。
「自己責任」であっても、どちらかというと「好き好んで」と「独断の知見」という、当ブログが今回非難したものと、当ブログの稚拙な部分、二つを持っているからな。

そう考えると、上には上がいるものだと感心してしまう。
「微妙」を良しとする当ブログとしては、「まあよかろう」の精神で。
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