ロード・マーシャル時事報告場

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電波

2009-02-27 23:39:27 | 電波
修士論文ができた。
卒論よりも短い・・・・w

ってかわが研究室だけ英語とか・・・・。
TOEIC♯検閲により削除♯点台の私には相当な負担であった。

さて、私は非常に微妙かつ意味不明、そして内輪なネタのものが大好きである。
つまりは、

このようなもの

である。

元ネタと合わせて見るとさらに良い。

こういう感じの意味不明さは大好きである。
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ツィタデレとは何か

2008-11-21 19:20:50 | 電波
前回の日記の補足についてである。

ツィタデレとは―

イタリア「ドイツ・・・・俺たちを助けるためにわざわざ来てくれたのか?」
ドイツ 「かっ勘違いしないでよっ!別にあんたたち(の方面)が心配できたんじゃないんだからね!!そっ・・・・それに・・・もともと東部戦線は失敗しそうだったし・・・」

ツンデレとはツンツン・デレデレらしいが、思うにツィタデレは

裏切り・・・イタリアの事
敗北・・・東部戦線の事

を意味しかねない。
むしろどちらかとういうとこれはすでにヤンデレに近いのではないか?
恐ろしいことに大戦末期のヒトラーは錯乱しており、かのドイツ軍、ドイツ国家、そしてドイツ国民は、この錯乱状態の狂者によって指揮、運営、指導されていたのである。歴史的に見て、ツィタデレの起こった1943年にはもう、ドイツの負けは目に見えていた。
ツィタデレこそは東部戦線においてドイツ軍が実行した最後の大規模攻勢であり、その目的は1944ノルマンディー上陸から見ても果たせなかったことは確実である。
ヤンデレにこの哀しさ成分、そして少々の電波(錯乱状態故の不可能な命令)を加えたものこそが、ツィタデレではなかろうか。

ツィタデレについて「挫」考してみた。

これだけではなんなので小話を。ひょっとしたら以前書いたかもしれぬが、その場合もまあもう一度。

第二次世界大戦終結直後、驚くべきことにソ連は核兵器を大した脅威とみなしていなかった。というのも、広島と長崎に原子爆弾を2発投下しても、直後の死者が
二都市で 2 0 万 人 し か 死んでいないから、というものであった。

さすが、第二次世界大戦で自国民を2000万人死なせたソ連は言うことが違う。

「人命以外何も失ってはいない」

とは、かの共産主義の星、スターリンの言葉であるが、この言葉から考えるにつくづく共産主義でなくてよかったと思うものである。カチンの森やポーランド占領なんかもやってるんだから、ナチスと同等、いやまだナチスのほうが(ry

別にたいした意図はないが、上の言葉に福田元首相の

「私は客観的に物事を判断できるんです」

という言葉を合わせるとすごいことになる件について。
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宣伝大臣は自身の名前を同盟国に明確に伝えていない時点で失格だと思う

2008-11-15 21:20:38 | 電波
「条約が有効なのは、私にとって有益な間だけだ。」

とはヒトラーの有名な言葉である。
独ソ不可侵条約などを見ると、彼のこの言葉が真実であることがわかるだろう。

私も堂々とこんなことが言ってみたいものである。

問題なのは相手も同じことを考えているということである。


ヒトラー迷言集に、ゲッベルス(ゲッペルスではない)の
「思想宣伝には秘訣がある。何より宣伝の対象人物に、それが宣伝だと気づかせてはならない。同様に、宣伝の意図も巧妙に隠しておく必要がある。相手の知らぬ間に、たっぷり思想をしみこませるのだ。」

という言葉があった。
ナチといえば「宣伝」であろうか。
が、実際問題としてナチの「宣伝手法」は当時あまり革新的ではないというか、オーソドックスなものだったともいう。

「ナチ=宣伝」という構図が後世の“宣伝”であるとすれば、
上記のゲッベルスの言葉と合わせて非常に興味深い。




「当番、シャンペンを持ってこい。ブタめが死んだぞ。」
いつかこんなことも言ってみたい。
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電波分を・・・

2007-11-29 05:10:03 | 電波
かの中つ国から軍艦が来たようである。

http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/

今回来たのは中国人民解放軍海軍ミサイル駆逐艦深圳(シンセン)である。

様々なブログを見ていると、大体が

「自称平和を愛する市民団体は米軍艦艇が来た時には大々的に抗議活動するくせに、なぜ中国の軍艦が来た時には何一つ抗議活動をしないのだ」

という意見であった。
が、まあ、そんなことを今更言っても仕方ないであろう。
これらの市民団体は文化大革命的なやさしさにつつまれた仕様であり、彼らにとってはまさしく「解放者」なのだから。
ちなみに文化大革命的なやさしさは、チベット人民にすら抱擁する滋味溢るるものである。

で、この記事を見つつ、右だ、左だ、あーだ、という反応を楽しみつつ、自分もその中に入って楽しんでいるのだが、ふと思い出したことがある。

地上の楽園的やさしさ溢るる奴らは、政治家、特に与党の人物を呼び捨てにする傾向があるな。

あの太田もしかり。

一時期政治関係の講義を受けていたが、その中にもう、ばりばりの優しさあるふるる中華・運動家・打倒・改革(革命)風味(言葉で表しにくいな、太田風味といえばよかろう)な奴がいた。
 そういう奴に限って、そんな授業をまじめに聞いており、自分は政治に熱意があるだけでなく理解があり、「モノ言う」市民であり、周囲は啓蒙すべき対象であると同時に政治に無関心な馬鹿ものである。自分はその反対で・・・的なオーラをぷんぷん漂わせつつ、無駄に授業中に発言し、ちょっとズレたことに話を発展させてしまうお馬鹿さんである。
 まったく、あんたの活動精神は、現状と理想のずれに対する欝憤。あんたが発言を抑えられないのは、その啓蒙したい精神と目立ちたい精神に現実を批判することで自己優位であることを確認したい方向が加わってできたなれの果てであることに気づけよ。いや、誰か気付かせてあげろよ。

話がそれた。偏見自己分析はやめて、だ。

で、そういう奴らはなぜか、現政権与党を呼び捨てにすることがある。
そりゃあ、偉大なるロード・マーシャル様も当ブログで「ローゼン麻生」とか言っておるが、
彼らは真面目な顔で、テレビとか講義とか、そんな場所で、そう、政治を語るように、

「結局小泉は~、○○なだけであって~、その点鳩山さんは~」

と、まるで自分が専門家であるかのようなかわいそうな錯覚を見ながら話すのである。
興味深いのは、呼び捨てと「さん」付けを人物によって区別する点である。
すなわち自己の主張と相容れない奴らは呼び捨て、支持する奴らには「さん」付けなのである。

 当然といえば当然の行為だが、どちらも(少なくとも大学講義を聴いている学生にとっては)年上&はるかに経験を積んだ存在である。そして何よりテレビとか講義中とかで呼び捨てである。
 どうせ呼び捨てにすることで他人に対する切り捨て感も含めて優位性を味わいたいだけだろうが。てめーの価値観で判断した物事を他人に向けてやかましく騒ぐなよ。

とまあ、そんな偏見的な愚痴を、当ブログで垂れ流してみたのだが・・・。

投稿時間を見てもらえればわかるように(もちろん徹夜であって、残念ながら早起きではない)、眠いともうなにがなんだかわからなくなるな。前との文章につながりがなくても、意味不明でもどうでもよくなってくる。

 意味不明の愚痴も含め、こんなんなら書くな、と言われそうだが、そこは書くことにする。たかが日記ごときに理路整然&規範など必要ないのである(ちなみにどこまで「規範のない状況」が許されるかについては、偉大なるロード・マーシャル様の聡明な脳内倫理憲章にて「柔軟に」対処していくので、安心である。・・・少なくともマスコミよりは・・・たぶん)。
 偉大なるロード・マーシャル様はコモドゥス的な優しさに包まれつつ、シベリア溢るるツンデル仕様の記事を提供することを約束いたします。


追伸
 ・・・べっ、べつに「シベリア的なやさしさ」みないた文章が書きたくて書いたんじゃないんだからね!
       なんという、エルンスト・ツンデル
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浮世離れ

2007-02-27 02:58:14 | 電波
卒論で忙しい。
そういうわけで、格好の日記のネタであったバレンタインデーもスルーというか、それ以降も本日まで日記を書いていなかったわけである。
この忙しさは当面続くと思われ、午前4時に研究室から帰る当該学生について、美しい日本や教育改革を標榜する安部総理は何を思うのか真に問うてみたい気持ちでいっぱいである。まさか勤勉さが日本人の取り柄とは言うまいな。

まあ、卒論もある程度の段階は完成したので、久しぶりに本日日記を書いて見る。
まあ、忙しいのとネタがないのも相まって、至極単純なものであるが。

先日、研究室でふと「カチューシャ」という単語を独り言の様に言っていたら、先輩(男性)から
「偉大なるロード・マーシャル様はカチューシャつけた女の子が好きなんか」
と問われた。一瞬何のことだかわからないでいると、そこに女性の方がやってきて、
「でも最近はカチューシャもまたはやってきてるんですよ」
と、会話に加わってきた。
ますます何のことだかわからなくなって、よくよく会話を聞いていると、ヘアバンドの方のカチューシャであった
なるほどこれは通じまいて。
何せ私がつぶやいていたのは、ロケット砲のカチューシャである。
そんなもの誰も知るまいて。
ましてや「カチューシャたくさんあったら、さぞかしすごい眺めだろうな」という言葉は、どことなくマニアで変態な印象になってしまう。

しかし、ここに衝撃の事実がある。
ヘアバンドの“カチューシャ”も、ロケット砲の“カチューシャ”も、その由来は同一のものであるらしいのだ。カチューシャとはもともとは、ロシアなどによく見られる女性名イェカチェリーナ(エカテリーナのほうが日本人としては一般的か)の愛称形である。
 前者の「ヘアバンド」カチューシャは、トルストイの長編小説『復活』の主人公であり、日本で公演された際、カチューシャ役を演ずる女優が着けていたヘアバンドがたいへん印象的だったため、その後、そのようなC字形をしたプラスチックまたは金属製のヘアバンドは「カチューシャ」と呼ばれるようになったとされている。
 一方後者の「兵器」カチューシャは、世界的に有名な『カチューシャ』というロシアの歌にちなんで名づけられたという。

要するに前者と後者は共通の語源を持ち、日本で言うところの「花子さん」である

従って前者を日本風に言うならば、「最近また頭に花子さんつけるのが流行しているんです」であり、ソ連軍の到来を告げるなら「花子さんが来たぞ!」となるわけであり、どちらも本来の意味から微妙にずれながらなんとなく意味が通っている感じがよい
なお、上記の由来からもわかるように、これら2つのカチューシャという名前のうち、より正統なのは後者のほうであり、むしろ浮世離れしているのは一般的“日本人”ということもできる。国際情勢を鑑みるに、この指摘は必ずしも的外れではない。諸君らもこれからは気をつけ、カチューシャと発言するときは主にロケット砲であるという認識を持っておこう

なお、カチューシャについてだが、個人的には大好きである。とくに「スターリンのオルガン」という通称が大変良い。
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夢の内容

2007-01-06 10:54:49 | 電波
「どうしたんだい?」
「夢を、見たの」
「どんな夢だ?」


以下、夢の内容

最初の舞台は研究室のP2施設であった。
某細胞株がないことに気づきP2施設を探していた私は、
たまたま近くを通りがかった先輩(誰かは夢では分からなかった)に、
「この細胞はどこにあるんですかね?」
と、質問した。
すると先輩は、
「大実験室のスーパーマンに聞けば分かると思う」
と回答した。
そこで大実験室へと行き、スーパーマンを探すと、そのスーパーマンは高校時代の世界史の先生、タゴであった。
話をすると、結局2人で細胞を探すことになり、
なぜか私が通っていた小学校の土手を探しながら歩くことになった。
すると我々の横の道にセルシオ(しかしワゴン車であった)が停車し、中から小学校時代の女性友達が出てきた。
同時にその友達の母も出てきたが、彼女は有名な脳外科病院の院長の妻で、あまり評判がよくないらしく、スーパーマン(タゴ)も少々嫌悪感を示していた。
しかし、その妻は
「夫が消えて、入院したの。開業を続けたいから、夫を探して」
と、改まって依頼してきた。
結局その依頼を引き受けることなり、我々は広島にある新井口駅へと赴いた。
この駅のすぐ近くに存在する病院に院長が入院していることはなぜか依頼されたときから分かっており、スーパーマンは病院に向かって大声で院長に職務を続けるように説得をしていた。
しかしそのとき院長が病院内から拒否の回答を示し、彼は病気ではなくて精神的に疲れて一人でいたいと主張し、頑として譲らない。
仕方なく我々は新井口駅へと帰ることになったのである。

ここでいったん話が途切れる。

その頃、実はスーパーマンの敵である悪人は、なかば家業である中華料理の弁当屋を営みながらスーパーマンを陥れる計画を練っていた。
彼はスーパーマンに仕出しする弁当の料理の一品目に、ゴキブリの幼生を入れた。
このゴキブリの幼生を食べると、側頭葉が破壊され、マトモな判断ができなくなり、麻薬を打たれたかのような効力があるということであった。

さっそくこのゴキブリの幼生入りの中華弁当をスーパーマンは電車内で食べることになる。
スーパーマンは、ついにゴキブリの入った料理、「ブロッコリーの入っている中華餡かけ和え」に箸をつけた。そしてゴキブリの幼生の粒をいぶかしみながらもついに口に入れた。
その味は、大豆であった。
なお、それ以外の料理品目は丹精こめて作られた絶品であり、罠を仕掛けるのはあくまでも一品目のみという頑固さに、スーパーヒーローの影に生きる悪役の主義を垣間見た。

一方その頃私は、なぜかのび太の部屋(または駅のホーム)と思しき場所にいて、ドラえもんとドラミが
「味噌(夢の概念ではぬか)漬けは毒を分解するんだよ」
といいながら、なにやら人間大のものに味噌(夢の概念ではぬか)を塗りたくっておった。何に塗っていたのか、私が見たときにはすでに味噌まみれでその原型は分からなかった。
この光景を見た私は、次の場面では新井口駅へと戻っていた。

すると一人の車掌がホームで
「おい!大変だ!スーパーマンが毒に当たって脳内麻薬状態になった!!」
と騒いでおった。
すっかり天神川駅(広島県にある駅。貨物ヤードのような場所に作られている)のような状態になっている新井口駅のホームで野次馬とともに壊れたスーパーマンが運転しているという問題の電車を待っていると、やがてそれが来た。
やってくる電車の運転席の中で、今度は車掌の姿となっているスーパーマンは、立って両手と首ををだらんと下げて、その口からはよだれがたれていた。顔の具体的表情は首を下に垂れ下げていたので見えなかった。
電車はホームに入ったにもかかわらず、しかし運転手であるスーパーマンがあの状態であれば、当然ホームを通過して走っていく。
ホームで私の隣にいた車掌があわててホームの緊急用ブレーキを作動させ、
電車は320メートルオーバーランして止まった。
昨今の情勢から風評被害を恐れたホームの車掌は、すぐにマイクを取って乗客、野次馬に呼びかけた。
「皆さん!ご覧ください!これは有事の際を想定した緊急オーバーラン対処避難訓練です!我々JRは、常に乗客の安全を最優先にして行動しています!」
野次馬や乗客たちはそれで納得して帰り始め、
私はドラえもんとともに、さあ今度はスーパーマンを味噌漬けにして毒を分解しようと、スーパーマンが先ほどとおなじ状態で突っ立っているであろう電車の方へと移動した―。

と、そこで目が覚めたのである。

・・・・・・・。
・・・・・。
・・・。

普段から意味不明な夢を見る私であるが、いくらなんでもここまでくれば私にも意味不明であった。スタンスとしては実に私らしい夢ではある。

よく夢の内容から、その個人の心理状態を把握することがあるらしいが、ぜひともこの夢から私の心理状態を推測し、教えて欲しい。
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正義とは?

2006-12-24 03:39:50 | 電波
意識とは?我々とは?生きるとは?生物とは?生命とは?命とは?死とは?

それは、一連の化学反応の連続の状態。

客観的不毛真実。

進化とは?

それは、偶然によっておきた揺らぎが、淘汰によって選択され、必然となること。

受け売り的事実。

で、本題。

正義とは?

よく映画やらアニメやらでこれを問うているものがあるが、それらの大部分において、それぞれが主張する正義について疑問を感じ、正義がひとつでないことが以下略、正義の数は人の数だけ存在して、たくさんの正義が以下略、の展開が多い。

実に間違っている。

正義とは、人の数だけ存在するのではなく、国家の数だけ存在するアレである。

したがって、
アレはアレなわけであって、世の中に存在する正義もわずか200個足らずという、実に単純な構造である。

さらに今から遡ること約40年前に至っては、その種類は大まかに2つ、ないし3つにまとめることができ、現在よりもさらに単純明快である。
「昔はよかった」という言葉には、そこら辺のにも事情があるのではないか。


さて、このように意外と数が少なかったアレな「正義」であるが、わが国の現状はどうであろうか。
わが国の場合、世界最大勢力の正義に属しているので、当面は安泰である。
しかしながら最近は、お隣の正義がスカッド二段重ねでムリヤリ形にした距離弾道弾や、手に余るのに無理して大量破壊兵器作って自衛を主張するという、割と難民ライクなことをしているので、注意が必要ではある。

余談であるが、現在プレイ中のHearts of IronⅡdoomsdayにおいて、北アイルランドがナチスドイツの助けを借りてアイルランドの正式な領土となった。ドイツ外交の綿密な計算、諜報部の活発な活動、適切な軍事力の投入がIRAもびっくりのこの結果を生んだのである。
ちなみにアイルランドはドイツの属国になっている。

要するにその、なんだ、
アレだよアレ。
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すべての頂点に君臨するものとしての心得及び目指す人格像

2006-10-26 01:31:54 | 電波
当然のことであるが、偉大なるロード・マーシャル様は全生命のトップであり、これらを率いていく使命がある。

と、このような電波事を言っていたら、

「じゃあ、帝王学を学べ」

と、言われた。

だが、ちょっと待ってほしい。

何もわざわざ、全てを統べるトップである人間が、帝王学を学ぶ必要はないのではないか。
話は逸れるが、以前ゲーム、Hearts of IronⅡで、米帝を目指したプレイをしたと日記に書いたが、実はアメリカ合衆国は一時期、“帝国”だった時期があったのである。

その米帝初代皇帝の名は「ジョシュア・A・ノートン1世」である。

http://www.geocities.co.jp/Playtown-King/2816/flash/norton.html

偉大なるロード・マーシャル様は、このような皇帝を目指すべきである。


他力本願。

偉大なるロード・マーシャル様が信仰する(させられた)、広島某中学国語教師発、オウム真理教空中浮遊限定対抗的新興宗教、“オウミ”真理教の唯一にして絶対の教えである。

教えが簡単なのはいいことである。
拡大解釈ができるのはもっといいことである。




ノートン1世の話の続き―

 ―彼は誰からも奪わず、誰も殺さず、誰も追放しなかった。

余談になるが、彼と同じ称号を持つもので、彼の業績に匹敵する偉業を成し遂げようとしている人物が今現在存在している。
私が思うに、平成天皇はこの意味で、彼と同じ偉業を成し遂げようとしているのではないか。
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保証制度はないのだろうか。

2006-10-11 22:52:41 | 電波
今日も核実験である。核は恐ろしい。放射能によるがんや白血病・・・だが、ちょっとそれどころではない。

卒業実験がいったん中止に追い込まれたのだ。毎日深夜までやっているにもかかわらず。


ふざけるな!!!!!!


どれだけ努力していいことをしても、結果がでないときは決して出ない。なかなかに厳しいものである。

だから今日も今日とて電波を流す。




どうでもいいが、私の手には毎日、発がん性物質のエチジウムブロマイドが付着する。
北の核よりもよっぽど脅威であり、危険である。

こういうものに対して我々には何一つ保証されないのであろうか。北の核のことをギャアギャアいう前に、身近なところで毎日深夜まで働く我々の安全対策をどうにかしてほしい。

「おまえは、ドクターもとらずに将来“海外で”“研究者として”やっていけるのか」
                                by我らが教授

誰ですか。他人の人生を勝手に決めつけてる野郎は。
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幸せって何だっけ?

2006-10-02 23:43:26 | 電波


安部新総裁誕生である。

さて、本日の日記の導入として、2つの言葉をここに書くことにする。


「死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ。」

「そうだ人生はすばらしい。 何より大切なのは勇気だ、想像力だ。」

                両方ともにチャップリンより

彼が映画グラディエーターのコモドゥスを見たら激怒するに20ペソ。


で、本日の日記である。

金がない!
まあかくも効率よく支出だけがかさんでいくものである。まさに官能的なまでのすばらしい勢いである。
チャップリンも言っておったではないか。

「人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ」

すなわち

勇気(x)×想像力(y)×(お金(z)/10)=人生(F)、であり

x,yにいかなる値を代入しようとも、z=0である限り人生の楽しさはないのである。

何よりも大事なのは勇気と想像力であるが、それらの総合産物の最終的な値を決定付けるファクターとしてお金という指標が存在するのである。

さらに言えば、この公式によりz=マイナス値であると、xとyの両値がプラスに大きければ大きいほど大変な困難が人生に待っているという、まことに人生の世知辛さ、不条理さ、そしてそれに対する処世術を示した公式でもある。


従って、お金のない現状は、当然ながらこの公式的にあまり人生がすばらしいものではない状況である。
おかしい。
Hearts of Iron Ⅱにおいてはあれほど収支を黒字にする術に長けているというのに。
まあ、Hearts of IronⅡにおいては、こと戦争をする上で“資金”というのはあまり重要なものではないのではあるがな。むしろ資金の無償提供よりも石油や物資の無償提供のほうがはるかにうれしいわけである。
そこらへんが現実世界における、湾岸戦争時の日本の資金提供に対する態度&アフガン侵攻時における海上補給に対する態度に微妙に通じるものがあって面白い。

というわけで、幸せって何だっけ?
棒番組でも細木和子がいろいろと説明しているようであるが、個人的にあの中でもっとも幸せなのは細木和子であると思う。チャップリン公式に当てはめても矛盾しない。
しかしまあ、物質的幸せの絶頂にいながら、自身の幸せはおろか、もはや幸せというものそのものすらも知覚することができなくなったとは、なんと嘆かわしいことであろうか。こんなにも日本人のモラルは低下したのであろうか。

幸せとは何か。
それは、自身の現状に対する満足から発生する、「生きている」ことへの喜びであり、この「生きていること」から、さらにはその生を支えてくれるものたちへの感謝の気持ちを持つことができるという状態である。

すなわち、以下のような状態である。



あれ?幸せって何だっけ?
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