ロード・マーシャル時事報告場

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2017-06-30 05:32:24 | Weblog
現日本社会に何も抱いていないというと、外山恒一でも支持しろという意見もあるかと思う。

しかし当ブログは外山恒一を支持しない。

彼はアナーキストでありながらファシズムを名乗る、当ブログの理解を超えた存在だからである。

一体どうすればアナキズムとファシズムが両立するというのだろうか。
例え彼のアナキズムが「社会的無政府主義」としても、それはそれで彼の昔の演説とは食い違ってしまう。
というか、ファシズムを名乗っておきながらあの「有権者諸君」で始まる演説はまるで矛盾している。

理解できない、納得できない儲け話にのることが愚かなように、外山恒一を当ブログが支持することはあってはならない。

彼なりの理論体系もあるのだろうが、同様に当ブログは当ブログの理論により彼を認めない。


獄中にて本を執筆し、ファシズムに転向したとしているが、ヒトラーの獄中体験とそこで執筆された「我が闘争」に自らを重ね合わせるような妄想をしている可能性も否定できない。

となればそれは、「彼が主役の世界」になってしまい、やはり当ブログとしては不満が残る。

とりあえず彼のことは「無知の泉」と称しておこう。


追記 "fate" "destiny"

"fate"の方が、"destiny"より悪い意味だそうだ。
かつ、"destiny"の方が確実性があるっぽい。

これらを加味して考えるに、ドラマ「高い城の男」のヒトラーの台詞の一つは、彼自身の願望を含んでいる可能性がある。

ヒトラーが「運命を信じるかね」と質問したとき英語字幕では"fate"が使われていた。
ヒトラーの危惧を考えるに、そして彼の問いへの自身の回答を考えるに、
なるべく確実性がない、そして悪い意味の"fate"が使われたのではなかろうか。
完璧主義者リドリー・スコットが制作総指揮なので、妄想が過ぎるとも断言できまい。
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俳優へのいじめ (追記 TYPE MOON×指輪物語×ヘルシング)

2017-06-28 04:17:52 | Weblog
スター・ウォーズEP1公開後、主人公アナキン・スカイウォーカーを演じたジェイク・ロイドは「生き地獄」のようないじめ等を受けたという。
ハリー・ポッターシリーズのマルフォイを演じたトム・フェルトンもいやがらせを受けている。

さて、当ブログが最も憧れる悪役、映画「グラディエーター」のコモドゥスを演じたホアキン・フェニックスはどうかと調べてみたら、どちらかというと生い立ちや家族構成自体が生き地獄っぽかった。ちょっと両親も昔カルト入ってり、アルコール依存症だったり、ちょっと目も当てられない。

当ブログはホアキン・フェニックス氏については、さしていやがらせをしない。

「慈悲深かろう・・・
 慈悲深いと言え!!」

哲人皇帝の息子、か。
ダース・ベイダーの孫であるカイロ・レンの屈折と傾倒とは、コモドゥスにも似ているところであり、当ブログが魅力と感じる一部でもある。

一方で、これらのキャラクターが有していない、グリーヴァス将軍のような“力こそすべて”的な単純さも好きである。ああ、あるいはグリーヴァス将軍も操り人形としての虚しさもあるのかもしれない。

当ブログの好きな悪役キャラクターは基本的に屈折型なのかもしれない。

ただ、昔流行った、ダース・ベイダーではないダース・ミーダーには傾倒できないな。屈折率が違うのか。

最近ネットでスミーダー卿の4コマを探しても全く出てこない件について、少し寒気が覚える。

「謝罪と賠償を要求する」

「そこまで堕ちたか!」

スミーダー

なるほど、ネタという意味で屈折していないのかな。



追記 TYPE MOON×指輪物語×ヘルシング

死徒:TYPE MOONで出来る、吸血鬼のようなもの。詳しくはプレイしたこともアニメを見たこともないので不明だが、吸血鬼ちょっとできそこないみたいなニュアンスで捉えている。
吸血鬼といえば、やはりヘルシングであろう。「ただの人間」であるところの少佐が、1000人の吸血鬼の戦闘団を率いてロンドンを襲撃する。少佐の言葉は伝説級である。
一方、「シト」と言えば、当ブログでは真っ先に指輪物語の「いとしいしと」を想起させる。
そういえばヘルシングの少佐も「吸血鬼」を「だからこそ愛しく、だからこそ憎む。」としている。

フロド「愛故に・・・、愛などいらぬ」(違うか)

さて、そんなわけで訳の分からない融合を試みるものである。


以下、死徒に対する、ゴラムと少佐の所感


ゴラム
「いとしい死徒、やっと会えたよ。
 わしらはいつもいっしょ。さあ、おいしいおいしい新鮮なお肉だよ」

・・・ゴラム死徒説。
500年以上生きているので、案外有力な死徒かもしれない。闇落ちフロドを“倒した”実績もある。
ナズグル(指輪の幽鬼)を飛び越えて、死徒二十七祖に加えてもいいのではなかろうか。
「許されざる魅了者」的な綽名で。

あるいは、「身の毛のよだつもの」を意味する「サウロン」を実質的に倒したともいえるし、その倒し方は「フォースにバランスをもたらす」と言われたアナキンに結構似ている気がするので、「中つ国バランサー」という綽名でもいいかもしれない。


少佐
「他者との融合、心の統合、吸血鬼の本質。なんと素晴らしい。
 だが冗談じゃない。まっぴらごめんだね。
 俺のものは俺のものだ。毛筋一本、血液一滴。
 私は私だ!いいね、うらやましい。まぶしい、美しい。
 だからこそ愛しく、だからこそ憎む。
 だからこそお前は私の敵だ、敵に値する!」

・・・殲滅機関は別にTYPE MOONの埋葬機関でもなく、さらには王立国境騎士団やヴァチカン13課でなくとも、「最後の大隊」で十分ではなかろうか。
「俺のなにもかもくれてやったが、奴のなにもかも消してやった」
ともいっているので、殲滅後のアフターケアも万全である説。

結構少佐以外の最後の大隊幹部もイキイキしていそう。

ドク「おお!いいなこれ。素晴らしい、欲しい!」
リップヴァーン「用が済んだら、ちゃっちゃとおっ死ね、出来そこない」
ゾーリン「ハッハッハッハッハッ!さあもう許さない、さあもう助からない!」
ウォルター「ゴミです」(死徒を処理しながら)

あと、Fate/Zeroまで範囲を広げると、
シュレディンガー「働いたっつーの!遠坂ん家いって、時臣(マクスウェルだったりする)見てきたっつーの!」

とか、けっこういけるかもしれぬ。
難点は、死徒殲滅が「街単位」であるところか。


追追記

世界・ふしぎ発見!野々村真×ヘルシング少佐

「フ、ハハ。初めて当たったぞ! ああこれは良い、良い番組・・・、良い番組だった」(パーフェクト賞を取って)
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毎日が自粛日

2017-06-26 04:03:12 | Weblog
同調を周囲に強要する現日本社会では、例えば3月11日を小馬鹿にすると、「自粛しろ」ということになりかねないというか、実際なっている。

さて、そのような状況の中、本日6月26日は菅原道真の祟りで藤原清貫が死んだ日である。

このようなわけで本日は、菅原道真の怒りを鎮め、喪に服するべき1日である。

また1944年には京都で、1945年には奈良で空襲のあった日であり、日本キリスト教史上、最大の弾圧事件が起こった日でもある。

さらにさかのぼれば、ドイツ・ハーメルンで約130人の子供が集団失踪している(ハーメルンの笛吹き男)。


このように本日は多角的に喪に服するべき日なので、自粛とその強要が大好きな日本人は喪に服した一日を過ごすべきである。

そんなことをやっていたら毎日喪に服してしまう?
そのとおり!

それが嫌なら、3月11日を小馬鹿にしてもいいはずである。筋を通せという話であるな。
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「嫌なら出ていけ」

2017-06-24 04:37:54 | Weblog
現日本社会に失望しているというと、標記の様な返しがくる。

そのわりに結構「健常者も不満」を言っている気がするが・・・。

その点はさておき、標記発言はフジテレビの「嫌なら見るな」に置き換えれば、そのナンセンスさが判ると思われる。

第一、嫌だからと言って出ていく義務はない。

そのような思考回路は、さすが、日本の村社会の賜物である。

100歩譲って、「嫌なら改革しよう」のほうがまだ建設的であるのだが、同調圧力の恐ろしさよ。


もちろん、当ブログが現日本社会自体に何の希望も抱いていないのであれば、現日本社会が自発的に変化するとも思っていない点は注意すべき点である。

「この国はいつだって、スクラップアンドビルド」

とは映画「シン・ゴジラ」のラスト付近の言葉であるが、これは過ちである。
正しくは、

「この国はいつだって外部からの圧力で変化してきた」

である。
遣唐使しかり、幕末しかり、戦後しかり、である。

このような村保守的社会構造自体の改革は望むべくもなかろう。

従って、当ブログとしては、不満を述べつつ「しゃぶりつくす」精神で行こうと考える次第である。

文句があるなら、変えてみたらいいのではなかろうか。
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B to B

2017-06-22 04:29:32 | Weblog
バルバロッサ作戦から始まり、バグラチオン作戦で決定した、第二次世界大戦陸戦の主戦線。

正確にはバルバロッサ作戦発動が確定した21日であるかな(暗号文「ドルトムント」)。

史上最大の戦闘である。

遡って第一次大戦後、後のイギリス首相ウィンストン・チャーチルが、

「戦争からきらめきと、魔術的な美が失われた」

としていたが、現日本社会に失望している身としては、第二次大戦の総力戦もまた「きらめき」であることに違いはない。

不正規戦が発展する昨今、核の運用が「使用」ではなく「抑止」になる一方の昨今、我々もまた、

「戦争からきらめきと、魔術的な美が失われた」

と嘆いてもいいのかもしれない。

ただ、不正規戦はそれはそれで楽しいので、日本を含んで存分にやっていただきたい。

楽しみと考えれば、案外テロが起こっても笑える。例え被害者になっても。

「じゃあなれ」

等という輩がいれば、最近言っているように「自覚無き者」であるので、当ブログともども是非被害を受ける環境を作っていただきたい。
すなわち、移民の増大や中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、ロシアなどへの対抗の諦め、である。

案外アメリカの手ぬるい民主化より、このような現日本社会は旧共産圏の徹底性をもってやったほうがいいのではないだろうか。
「良薬は口に苦し」
とも言う。

日本が、社会が、住んでる人が、など、大いに結構なことではないか。これも一つの「改革」である。
ほら、「痛みを伴う改革」も必要なんだろう。きっと。
そういう「苦労に耐える」のはこの国では「美徳」のはずである。
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宇宙人

2017-06-20 04:30:42 | Weblog
「宇宙人は実在するか」

という問いに、8割の日本人が

「いいえ」

と答えたそうで、さすがは科学立国日本、底の浅さが知れ渡る事象である。

我々がいるのだ、何故我々だけ特別なのだろうか。

その「なんとなく」という“空気”に似た納得性こそ、日本人の盲点である。

現実的に考えれば、宇宙人の存在は確率論的に実在すると考えてよかろう。

ただ、それが(お互いに)観測できる位置にいない、というだけのことである。

知的生命の誕生が天文学的確率だとしても、宇宙はまさしく天文学の世界である。


本来ならば、「我々はこの宇宙にたった一人ぼっちなのか」という苦悩程度は持っていいし、そこからジャック・モノーの「偶然と必然」あるいは、映画「コンタクト」へと思考は昇華されるべきものであるが、日本国民のあまりに多くの人々が、水稲稲作者・漁師・車夫といった農民階級で、彼等はあまりにも愚鈍、余りに考え方がのろいので仕方のないことである。

疑似科学立国日本。
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あたしのロジーナ

2017-06-18 11:26:32 | Weblog
あれはあたしがまだ8つの頃の話

パパ(ロシア)とママ(共産党)と行った夢の楽園

大きなパンが欲しくって 泣いた

そんなあたしにパパが与えたのは 空想の理論「共産党宣言」

作り手(レーニン)の過ちで口がないから 何も言えない思想 ロジーナ

それを両手に抱えてみつめるあたしに パパが言ったのよ 全てはロジーナ

あなたに服は似合わない(強制徴発) 脱がして輸出してしまいましょう(飢餓輸出)

裸になったあなたを抱くと ひとつになれた気がしたわ(同一階級)

あたしのロジーナ 眠れない夜も(NKVD夜の訪問) 何も言わず ただ側にいてくれた

あたしのロジーナ その目にあたしが映るたび想う 楽園の牢獄

裸の私を見て 西側が言ったわ “自分をなくしちゃったの? じゃあ 教えましょう”

親戚の国がいろんな自由化を それはたくさん作ってくれたわ “でも全部 捨てられた”

どうしてと西側は怒るけど じゃあ西側 どうしてわからないの? 平等の美しさを…

わたしのことは 祖国が 一番よくわかってるのよ(ソヴィエト・ロシアでは祖国があなたを作る)

(ナチスからソ連を)守るように言われた時 あなたの声が聴こえた気がしたわ

あたしのロジーナ 声にならない声が響くのは 督戦の恐怖

あたしのロジーナ その鼻に耳に テープを貼って いいこね 瞼を閉じて

あたしのロジーナ あたしが死ぬ時は あの部屋を思い出してね

あたしのロジーナ そして新しい 淋しがりの誰かを共産党員にしてあげて

ウララー ウララララー...



ロジーナ:故郷・祖国の意
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ヘタレの伝統

2017-06-15 04:55:08 | Weblog
ふと思うのだが、日本人は前回の日記のような精神論を好む。

何故なのか。

孔子などの中国の昔の偉人が敬われるのは、実態としてそれが出来ない社会があるという強力な後押しがある。

となれば、精神論を好む日本人もまた、実態としてはそれが出来ていないのではなかろうか。

実際幕末の幕府ヘタレだったり(何故か西欧植民地化を防いだという「結果論」が賞賛されているが)、
第二次大戦一億総特攻だって結局ヘタレて出来なかった。

出来ないからこそ、憧れる。
出来ないからこそ、出来ないものを非難する。

このような構図があるのかもしれない。

ブラック企業で蔓延している精神論も、元をただせば利益を出せない責任の明確化の回避ともいえ、つまりは言い訳的ヘタレである。

社畜自慢も同様である。

日本の伝統は、サムライでもなければ、ハラキリでもない、ヘタレにこそ真髄があると提唱したい。
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根性論

2017-06-14 06:20:16 | Weblog
日本人は精神主義に基づいたドラスティックな変化が大好きである。

だから、北朝鮮から核ミサイルが飛んできても、根性論で何とかなるのではなかろうか。

あるいは、それが東京に直撃しても「この国は何度でもスクラップアンドビルド」な根性論で何とかすべきである。

だってそれが好きなのだから。

ほらあれだ、竹やりでB29を落とそうとした状態から何も変わっていないのだから。
苦労礼賛の狂った民族だからな。


「日本国民のあまりに多くの人々が、水稲稲作者・漁師・車夫といった農民階級で、彼等はあまりにも愚鈍、余りに考え方がのろく」て仕方のないことではあるが。
ほら「社畜」とかもそうである。

特別攻撃の正当な評価すらできないこの国民など。
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泣ける戦車映画

2017-06-13 04:26:24 | Weblog
某勢力「ガルパン!ガルパン!」

・・・「ライフ・イズ・ビューティフル」ぐらいではなかろうか。
あまり泣けなかったが。
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