ロード・マーシャル時事報告場

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好きな酒質

2017-08-31 05:15:06 | Weblog
前回の日記、日本項目がまるで右翼のようなアジり方であったが、そんな因果関係はないので。
念のため。

さて、当ブログは障害の治療上もはや飲酒はできないが、好きな酒質について述べたい。
私は華やかな香りと、クリアな味わいを望んでいる。

そうなると大抵は「端麗辛口吟醸酒」という「ちょっと古い今時」をイメージされるかもしれないが、生ぬるい。

当ブログが初めての自主的に購入した酒はウオッカであった。
それが由来となってか、当ブログはウオッカレベルの「味」のクリアさを求めているのである。

如何に「端麗辛口」を追求しようと、醸造酒である限り日本酒は雑味が多い。
また蒸留酒とて樽貯蔵で出てくる風味もまた、当ブログに言わせれば「調和が取れなければただの不協和」である。

このようなスタンスの中、粕取り焼酎を推したい。

「カストリ」と聞くと戦後直後の闇市の粗悪な三倍酒を思い浮かべるかもしれないが、本来は酒粕を蒸留して得る焼酎を指す。

既にブランド化しすぎて異物混入“事故”すら起こしている獺祭の粕取り焼酎がなかなかいいが、獺祭はブランド化しすぎていて足元を見ているような価格を吹っかけている。
同じレベルで、1/5程度の値段で買える、繁桝の粕取り焼酎が当ブログの目指す酒質の一つの方向である。

日本酒の大吟醸酒をはるかに超える高い香りと、それを除けば一切邪魔しないクリアな味。
九州の酒であるが、案外関東でも買える。

一方、先の蒸留酒の樽貯蔵について「調和が取れなければ」という前置きがあったが、裏を返せば「調和が取れれば素晴らしい酒」という事になる。
九州は繊月酒造の米焼酎、無言は実に「旨い」。
先の繁桝粕取り焼酎より幾分高いが、獺祭焼酎に比べれば半分未満の値段である。

おすすめなので、飲めるものは頼んでみてもいいかもしれない。
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ミサイルの歌

2017-08-29 17:37:08 | Weblog
アメリカ本土~
ハワイ グアム~
日本 韓国 シルクワーム~
中国 ロシア~


ミサイル目標、君ならどこにする~


アメリカ!

アメリカ狙いは自分に素直 思ったことを隠せない
でも技術の現実だいぶ違うから夢から醒めなさい


じゃあ、ハワイ!

ハワイ狙いは少しはお利口 アメリカ本土より少しお利口
でもまだまだ夢見がちだから 歴史を学びなさい


じゃあグアム!

グアム狙いは だいぶお利口 アメリカ本土よりいくらかCOOL
そこまで技術が届いているなら もうひと頑張りです


じゃあ日本!

日本狙いは正解に近い もっとも限りなく正解に近い
内通者とよく相談して 上手にやりましょう


韓国!

韓国狙いは中途半端 砲弾の届く距離中途半端 「同族だけれど優位に立ちたい……」そんなの微妙過ぎ~


シルクワーム!
シルクワームは卑屈すぎます 自国に自身がない証拠です 瀬戸際外交はけっして怖くな~い 勇気を持ってください


じゃあ…

中国狙いとロシア狙いは 自棄になればいいってもんじゃないことを 肝に銘じておいてください 世界の敵ですよ~!

いろんな目標見てきたけれど 最後に私が言いたい事は 当てないミサイルは 意味ないことですよ~!

ウラーララーララー ウラーラララー 先軍政治 主体思想~


というわけで北朝鮮のミサイルは「そんなの微妙過ぎ」。
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障害者とは

2017-08-29 04:57:48 | Weblog
24時間テレビでは障害者が何かにチャレンジしている姿勢を美化し、対してNHKはその姿勢に疑問符を呈する。

障害者には「譲る」建前がある一方で、弱者への「しわ寄せ」が行く。

障害を持っていても「権利を行使する補助」を制度化している時代もあれば「最終解決対象者」としていた時代もある。


障害を持つ者の正体とは一体なんであろうな。

外面から見れば、時局に流されていろいろとカテゴライズされているが、そもそもそのスタンスが間違っているのではなかろうか。

乙武氏のプライベートが話題となったが、乙武氏が障害者でなければ騒ぎもそこまで大きくはなかったのではないだろうか。
「障害者聖人像」という勝手な虚像との剥離こそ、可の話題があそこまで注目された実態ではなかろうか。

障害者も健常者同様多様で、片やブッタの様な聖人もいれば、当ブログのようにダウンフォール作戦中止を嘆く者もいる。

話がそれるが、ダウンフォール作戦実施が「悪いこと」なのは現在の日本の時局における価値観であり、当時あるいは実施後(そしておそらく現在の世界の趨勢)は「正義の鉄槌」であったこともまた、価値観のあやふやさを象徴するものである。

障害者はもっとアピールしていいと思う。
多数の健常者に勝手なレッテルを貼られてやりたい放題されている。

有権者諸君!!
私が(略)。

外山恒一氏は(少なくとも身体的には)障害は無いが、弱者という観点から見たらあの演説である、類似性があるかもしれない。

しかし当ブログは明確に外山恒一氏とも異なる。
外山恒一氏は「スクラップアンドスクラップ」を唱えながらもなお立候補という道を選んだ。
日本社会に対して何らかの希望を持っている証である。

一障害者である私は今後、そもそも選挙に行くのであろうか。
全く期待をしていないのならば行く必要も消える。
例えそれによって「障害者最終解決法案」が可決されようと、ただただネクローシスあるのみだ。
それは逆効果という意見もまた、日本社会に希望を持ち続けていることに注意が必要である。

実際問題障害者も健常者も千差万別である。
願わくば健常者が障害者になって不利益を被った時、怒りを覚えてもらえたら嬉しい。

いやほらなに、それまで散々歪を認めていた者がいざ自分が対象となって怒りを感じるとか、直情的すぎてシニカルではないか。

世の中には黒い障害者もいるのである。
ただ、何を以て「黒」とするかも時局が決めることである。

タブー視されているナチスなドイツであるが、あの時ユダヤ人が「大多数の西欧の悪」だったことは紛れもない事実である。
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兵器の使い方

2017-08-27 13:24:40 | Weblog
映画「ゴジラvsビオランテ」は不可侵領域でるが、敢えて一言述べるなら、「92式ペトリオット<改>対Gシステム特車」の存在である。

原型となったペトリオットミサイルは対空ミサイルである。

空の目標は「高速」、「小型」、「軟目標」に特徴づけられ、対空ミサイルもそれに合わせた開発がなされている。

ゴジラは上記特徴の真逆である。
動きはむしろ「堂々」としており、vsビオランテ時点で高さ80mと「巨大」、超兵器も効かない「硬目標」である。

これらとゴジラの絶大な放射火炎の威力を考えるに、MGM-140 ATACMSを搭載したMLRSで山影から隠れて運用するべきではなかっただろうか。

とはいえ、超兵器の範疇に入る92式メーサー戦車の複数の攻撃をものともせず、また若狭にて体制を立て直す際の、防衛目的である原発の近くという立地上、少しでも多くの火力を集めたいと考えるのは不思議ではなく、もしかしたらヤングエリートの「効率を超えた合理性」があるのかもしれない。

実際、抗核エネルギーバクテリアの撃ち込みに成功し、ビオランテの存在もあったが、圧倒的なゴジラから最終的に黒木特佐は原発を守り抜いている。
この事実は変わらない。

来年度の予算はゼロにする男ではあるが。来年があればな。
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ポジフィルム、前から見るか 後から見るか

2017-08-24 05:14:04 | Weblog
あんまり現社会体制に不満を言っても非生産的である。
まあ、それでも出てしまうのだが、本日は「もしも」あるいは「世界は変わった」つながりで。

「打ち上げ花火、下から見るか 横から見るか」

というアニメがあるらしい。
作品についてはwikipedia頼りになるが、あれかな。
「やり直し」という観点において(「If もしも」シリーズでは異色でもある)、日本アニメ業界は一億総後悔でもしたいのであろうか。

すなわち、「君の名は。」であり、「Steins;Gate」、「魔法少女まどかマギカ」等である。

しかしまあ、ドラマ版「高い城の男」も死んだはずの人物が出てきてシーズン2終わりであるし、「もしも」からの「現実世界影響もの」は案外世界共通万人受けしやすいのかもしれない。
当ブログが最も推すヒトラー映画「アドルフの画集」もまた、ヒトラーを最初に人間視したとともに、「ヒトラーにも別の生き方があれば」を示したものであったしな。
「ブラジルから来た少年」も究極的に言えば、「ヒトラーのもしも」を再現する試みもその一要因であろう。


しかし上記日本アニメの「もしも」と下記ヒトラー関連「もしも」には大きな違いがある。

恋愛ものか、世界ものか、ということであり、当ブログとしては後者推しであるが、まあそこまでは追及しなくても良かろう。


キューバ危機の時、実は核魚雷搭載ソ連潜水艦が命令上核魚雷を使用すべき状況にあった。
(ソ連なのに)命令に反し、使用しないことを貫き通した将校がいたために世界核戦争が避けられたのだが、「もしも」使われていれば、どうなっていただろうか。

歴史ものでいえばそのあたりからの第三次世界大戦(全面核戦争)という「もしも」があってもいいかもしれない。
とはいえ「博士の異常な愛情(略)」を超えることはできないだろうが。


というわけで、ポジフィルム「イナゴの身重く横たわる」前から見るか 後ろからみるか


前(ヒトラー)「一緒に観よう」

後(ヴェゲナー)「ジーク・ハイル! ・・・これは?」

前(ヒトラー)「現実になりえた世界だよ。君は運命を信じるかね?」

(略)

前(ヒトラー)「ハイドリヒが送った刺客だな。君に人は殺せん。あの時以来できないはずだ。帝国を信じられなくなり君は負けた。私にではない君自身にだ」

後(ヴェゲナー)「あなたの名のもとに悪魔に魂を売った時、私は負けたのだ―」

(略)

後(ヴェゲナー)「神よお許しを」


―ポジフィルム、前から見るか 後ろから見るか。
というかラインハルト・ハイドリヒが生きてる時点でかなりの「もしも」である。

上記刺客の件がどうなったかは本編を見てもらうとするが、大きなヒントとして以下にヒトラーの言葉を記す。

「役に立つのは人を殴れる人間だけだ」

うん、ちょっと賛同できかねるが、同じくヒトラーの言葉

「命は弱さを許さない」

に対して、劣等人種スラヴ人にフルボッコにされて自殺に追い込まれたヒトラーを鑑みるに、一連の発言は壮大なブーメランと言えよう。
ヒトラーだけではない、ドイツ国民そのものへの、だ(同様に日本も同じである)。


なお、ヒトラー関連は「もしも」ものや「再評価」がなされている。
昭和天皇についてもソクーロフ監督の「太陽」が結構やっている。
そろそろ、スターリンについても頭を落ち着かせて考察すべき時期かもしれないな。
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あれだ

2017-08-22 05:29:06 | Weblog
あんまり「日本に期待していない」を強調すると、右の方から「中国・朝鮮人認定」されかねない。

そういうわけで、

すばらしいですわぁ、日本。
障害があっても生きられるなんて素敵!
生きているだけでも御の字、それ以上を望むなんてエゴも甚だしいですわ!
例え社会的差別があっても、個人的理解が無くても、生きていけるだけで幸せです!

・・・ソマリアと変わらんな。
いやむしろソマリアの方が「ダブルスタンダード」でない分、生きやすい世の中かもしれない。

ソマリアじゃあ障害者はそもそも生きていけない?
大丈夫、健常人もすぐ死ぬ。

ここは日本伝統芸の「俺が苦しいのだからお前も苦労しろ」でいこうじゃないか。

経団連が推進するようにぜひとも移民を大々的に導入すべきである。
ことイスラムとヒンドゥーで。
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外国人労働者がいないと日本社会が回らないという意見

2017-08-20 05:36:44 | Weblog
標記の件、若手人材不足と経験者不足等の問題によるとのことである。

しかし裏を返せば、若手人材や熟練者の育成をサボっており、
また、非効率な仕事の仕方を改善していない証左でもある。

そんな社会潰れていいと思う。
罪名は、サボタージュで。
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特攻隊の違和感

2017-08-18 04:37:02 | Weblog
涙なしでは語られないと言われる特攻隊である。

確かに、当時日本が出来る戦術で最も効果ある方法であった。

しかし悲しいかな、日本人は「散っていった人々」に涙するらしい。

そもそも「散る」とか、武士ですか。
日本人の大部分は農民だという事実を忘れて武士として振る舞うとは恐れ入る。

「笑顔の写真」や「感動的な遺言」等あるが、どうせすべて検閲済みだぞ。
ソビエト・ロシア並みの検閲・改変・修正は時局的にも当然である。

さて、戦術的に最も効果あると言えども結局負けたわけである。
特別攻撃が残した成果とは、タイフォン計画ぐらいではなかろうか。
それも冷戦・ジェット機・ミサイルのほうがより深刻であった。

となると特別攻撃の残したものはなんであろう。
人情を挟まず考えてみてもらいたい。
大切な人々を守るため、という常套句に対して、国の総資産の25%程度は消失し、完全なる無条件降伏である。

戦術・戦略的に勝てていない。
すなわち、無駄死にである。

こう書くと、すぐ「命の意義が」という反論が出てくるのが日本の農奴ムラ社会が、変革できていない証左である。


特攻隊について論じる場合は、

「若い命の悲劇」

等という仮想(夢想)戦記ではなく、

実際唯一実施可能な戦法だったが、無駄でもあった、と認めたうえで論じなければ、そもそもの視点がずれている。


実情、これを「若い命の悲劇」として涙するという連中こそ信用ならない。
当時の価値観を肯定し、彼らの死を美徳とはいかないまでも「現代の我々の為に死んでいった意義ある」と捉えている限り、きっと日本の労働問題・社会問題の根源は解決されないのである。


重ねて言うが、それならば中途半端に無条件降伏などせず、ぜひ「世のため人の為」に、一億総特攻の名のもとに決号作戦を実施していただきたかった。

それによって当ブログが存在しなくなったとしても、正直あれだ。現日本社会に障害を持って暮らす悲惨さを考えれば、そのほうがむしろよかった。
極論すれば最終解決対象者としてジェノサイドされた方が、まだ現日本社会で暮らすより「本音と建て前」がない分マシというのが、障害者としての実感である。


なお、仮に終戦が遅れたという「成果」があったとしても、それによって、原爆投下その他が実施された点も見逃してはならない。
彼らによって救われた命があるというのならば、逆に戦争が長引き、戦闘・戦争全体において奪われた多数の命も存在するという観点を、頭の悪い奴らは見逃しがちである。
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北朝鮮のミサイル

2017-08-16 15:03:00 | Weblog
北朝鮮のミサイルは、性能的に見ても大したことのないものである。

単弾頭式、中距離弾道弾。

いつものやるやる詐欺でやらないだろうから、騒ぎ過ぎである。

むしろ撃って命中して「戴いたら」、「誤射」として「日本を見直すいい機会」と持っていくのがいつものスタンスであろう。

まあ、別にどうでもいいが。

やるなら瀬戸内海まで侵入してからの潜水艦発射ぐらいしてもらわないと、反応に困る。

また、このような中途半端な性能のミサイルの迎撃にあーだこーだ言っている時点で、ミサイル防衛の進捗はその程度という事であり、核による抑止力の方がはるかに安上がりというわけだ。

ちょっと北のミサイル如きで、日本社会如きが騒ぎ過ぎである。
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淡々と

2017-08-13 20:54:22 | Weblog
大河ドラマを見てふと思った。

当ブログが「ヒトラー ~最期の12日間~」が好きな理由の1つは、
ただ事実を淡々と流すその姿勢であると。

もちろんヒトラー ~最期の12日間~も「映画」ではあるが、無駄に盛り上げようとしていない。
国家崩壊の淡々さもまた、アツいドラマ性と比較可能な魅力がある。

一般人、ヒトラーのみならず、ゲッベルス一家の子供の最期の、音楽もない淡々さこそ、
「ヒトラー ~最期の12日間~」の真髄である。

「今更何の意味が?」
「私の意思だ!」

その後のエヴァの行動含め、なかなかの淡々さである。
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