けっこういい加減になぐり書き!

主に1日の〈聴いた・読んだ・こんな事あった!〉を備忘録代わりに書いています。

しみじみと夏の日の思い出(その1)

2009-10-15 | まち歩き

もう一ヶ月以上前の話しですが、ふと思い立ったので書きたいと思います。


8月の終わり。
夏の思い出に、と言うわけでは全くないけれど、何年かぶり、いや10年ぶりぐらい?になるのか、以前住んでいた町の最寄り駅に降り立ちました。


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今住んでいる場所から、私鉄で数駅しか離れていないし、電車で通過するので、沿線の風景は見慣れた光景。


そこは、小学生時代まで住んでいた町の、唯一の私鉄の駅で、昔も(多分そうだった)今も急行が停まる駅。
で、休みの日、出かけたついでに、ふと何を思ったか、ぶらりとその駅に降り立ってしまいました。
何か、急に懐かしくなったから。



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まず、駅舎が殆んど変わらないのに感心です。それにまだ売店あるんだ。昔、よくコーヒー牛乳飲んだなぁ。
嗚呼、懐かしい。
これだけで、降り立った甲斐があったってもんです。


階段を降りて駅前(表側?)に出て、まずビックリしたのが、駅前の様子が10年前とは全くと言っていいほど変わっていた事。
子供の頃は雑然としていたし、10年ぐらい前も、まだ雑然とした感があった駅前なのに、小奇麗になったというか何というか、雰囲気が全然違う。
当時あった銀行とか、パチンコ屋とかはあるものの、そのいずれもが様変わりしているし。
でも、昔(子供の頃)は栄えていたのに、何となくキレイになったものの、寂れた感じがする駅前になっていた気がする・・・。


踏み切りを渡って、駅の裏側?になる、旧国道3号線の方へと向かう。
大型ショッピングセンターが立っている。これは、私が住んでいた頃からあった覚えもあるが、今は規模が大きくなっている。映画館が入っているもんなぁ。
でも、そっちの方へ歩くと、昔の雰囲気が残っていて、妙に嬉しかったです。昼間だったからわからないけど、今も名物「朝市」やっているのだろうか?


こちら側には大して見る所(思い出)もないので、また線路を越えて、再び表側に戻ります。


そして、子供の頃に頻繁にお世話になっていた小児科医院の前に立ってみました。私鉄の線路沿いにあるから、建物はいつも見ていたけど。
名医として有名で、遠くからも患者がやって来ていて、朝早くからいつも超満員(使い方間違っているか)だった、この小児科医院。
病院の名前は変わらないが、あの当時、すでに楽に50は過ぎていた先生だったから、今はもう2代目(3代目?)の医師なのだろうなぁ。
昔(昭和40年代)は、ほんとボロボロで、途中で今の場所に新しく建替えたのを覚えているけど、今のはその造りとも違うので、再度建替えたのだろう。
なので、病院を見ても、何とも思わなかった・・・嫌ってほど思い出がある小児科医院であるのだけども、残念。


そのそばには、兄、そして私と、2年続けて虫垂炎手術でお世話になった思い出のある外科病院があったのだが、こちらはもう随分と前に廃業している。
改めて、ちょっとばかり寂しいものを感じましたね。
手術終了直後に、見るかい?と言われて、膿盆に入ったまだ血がついている切り取った盲腸を見せてくれて、目の前でメスを使って半分に切って「中はキレイだね」と言われたのを覚えているけど・・・今思うと、自分の内臓の一部である。よく見たよなぁ・・・。
脳の画像とか、胃の内視鏡の映像でさえ見たら気分悪くなる今の私だと、そんな生々しいモノは絶対に見れない、見たら気分悪くなるのが確実・・・。(汗)
若い中学1年生故の、怖いもの見たさがなせる業だったのだろうな。全然平気だったのですから。


そして、この病院群の近くに、小学校5・6年時の担任(女性)の自宅があったのを思い出しました。小学生の時に、1度だけ行った事があります。
でも、あまりいい思い出が無い先生だったから、恩師とは言えない先生。
家、どの辺りだったかな?と思いつつも、この辺り、大きく区画が変わっているし、おまけにもう昔の事なんで、場所を失念していて、行ってみるのを断念。
先生、当時もう50代後半だったから、もう・・・。(おいおい)


再び、病院から駅の方へと歩き出す。


病院の近くには、友達の両親がやっていた飲食店があって、働き出してから時々飲食に行きました。
だが、小母さんが病気で倒れたので、店を閉めてしまいました。それ以来、ずっと会っていないけど、元気にしているのだろうか?昔から色々お世話になり、息子のように可愛がってくれた方なので、心配である。
それが10年ぐらい前か・・・。それ以来、この地に降り立っていないわけか?
思えば、その友達にも10年以上会ってないなぁ・・・。あいつ、元気にしているのだろうか?



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駅の方に歩いていると、この中華料理店。
電車の中でいつも見ていたのだけど、店の前に立ったら、何か妙な感慨がありました。
小学5年生時に、原因不明の微熱が続き、福岡市の日赤病院へ一週間ばかり入院した事があって、その退院した日の帰りに、この中華料理店に寄って「チャンポン」を食べた思い出がある店です。
その時の「チャンポン」が、もの凄く美味しかったのを、今でも覚えています。
外食が嬉しかったのもあって(当時滅多に外食などしなかった)、美味しく感じたのもあるのだろうけど、この時の光景はしっかり記憶に残っています。
この日は入口に定休日との表示があったけど、まだ店が続いているのかな?やってるんだろうな、きっと。
いつか、食べに行ってみたい。いや、やっぱ行かない方がいいかな。あの味は、思い出のままで残していた方がいいのかも。
間近で見たら、やっぱり懐かしかったです。



食べ物で、もう1つ。
虫垂炎で12日間入院、退院した際には、駅に隣接していた西鉄ストアの中の惣菜店で「巻き寿司」を買って帰って、それがとても美味しかったのを思い出しました。
この「巻き寿司」が好きで、子供の頃、機会があったらよく買ってもらっていたものです。
退院後、何が食べたい?と言われ、真っ先に思いついたのが、この「巻き寿司」でした。
今思えば、寿司屋が作るヤツでもなく、ごく普通の「巻き寿司」だったのだけど、本当に美味しかったなぁ。


その西鉄ストアが、すでに建物自体解体されて無くなっていたのにショックを受けました。
駅周辺に出掛けた際は、よく買い物していたから。
寂しいものです、やはり。


全く関係ないけど、私、入院すると、扁桃腺を腫らす・・・という、変なジンクス?がありました。
微熱が続いて入院した時も、入院してからは不思議と微熱が出ず、検査の結果もどこも異常が無いとわかり、いざ退院が決まったら・・・扁桃腺炎で高熱を発して、やっと?治療を受けることになりました。
虫垂炎で手術した際も、後2日で退院という時に、またもや扁桃腺炎・・・。
不思議なものです。


と、この文章を書いたからか、一週間前に久しぶりに扁桃腺炎に罹った私。(苦笑)


長くなるので続きます。
                                                   

コメント
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