
「ALWAYS三丁目の夕日'64」を観に行ってきた。一人で(泣)。
早めに映画館に入ったらボクより前席はガラガラだけど
後ろ側はそれなりの年齢の人達でこんでいる。

「三丁目の夕日」は1958年、昭和33年。
「続・三丁目の夕日」は1959年、昭和34年ころか。
今度の「三丁目の夕日'64」は1964年、昭和39年。
http://www.always3.jp/osarai/index.html
高校二年生の時なんだけど、少し前のような気がしたけど
もう48年も前の話なんだ(泣)。
10月10日が東京オリンピックの開会式。
10日前の10月1日に東海道新幹線が開通、開業。
この映画のキャッチコピーが
「どんなに時代が変わっても、夢があるから、前を向ける」
いいなぁ。良かったなぁ。
この頃の写真を探してみたが、あるはずなのに見つからない。
どこへ行ってしまったんだろうか?。
山の写真だけは、すぐに見つかった。
その頃、社会人山岳会に属して山ばかり行っていたので、
当時のコトが山日記に記されていた。


この年の夏休みは涸沢をベースキャンプにして、穂高、滝谷、ジャンダルムの
岩場を楽しんでいたんだな。
http://www.the-support.net/something/onsen/oosawa/index.html
その他にも、学校のこと、試験勉強のこと、彼女のこと(笑)、
色気づいてオシャレに目覚めた頃でもあった。
平凡パンチ創刊第二号。
1964年、昭和39年5月創刊第一号は捨ててしまった。
第二号が残っている。

映画を観ていたら、当時のミユキ族が出てきて、懐かしかったな(笑)。
でも、東京の1964年と静岡の1964年とは大違いかも。
静岡は数年遅れていたような気がします。
●追記
夕日町住民票を取りました(笑)。

http://www.always3.jp/card/
「山頂の夕日」ではなくて、積もり積もった「それなりの想い出」は
いっぱいありますよ。
彼と彼女のコトだってありますからね(笑)。
●soneくん
今度は「3丁目の夕日」を観に行ってください(笑)。
●KAHさん
どうもです。
ホントだ。
夏休みの登校日…って書いてあった(笑)。
●ポプラさん
平凡パンチの創刊号は見当たりません。
捨ててしまったに間違いありません。
手元に在るのは創刊第二号か。
第二号は何円なんだろう(笑)。
古本大手、まんだせらけの店舗で
8400円で売られてました。
大事に保存されてくださいね
駐車料金が3H無料はグッド!
おまけにシニア料金¥1000は魅力です…又行きたいです。
>当時のコトが山日記に記されていた。
田中さんの場合、思い出は「山頂の夕日」かも?
VANジャケット。
懐かしいですね。KENTもJUNもありました。
実は今でも、その頃のジャケット、セーターがあります。
実際に着ることも出来ます(笑)。
バッグもいくつかあります。(あるはずです(笑))
今度、引っ張り出してみよう。
ひびJUNも間違えですひびのというお店がJUNを扱ってました。
この頃の葉山マリーナ、現在はヨット置き場になっているけどエメラルドプールで毎週芸能ショーをやっておりよく見にいったものです。
葉山マリーナに来るみゆき族ファッションをマネしたり、当時としてはかなり生意気だった!市内にはひびJUNのショップBANは僕の友人の親がやっていた、昨年その友人と同窓会発起の件で集まった事がある、6人しか集まらなかったけど中でもセンスは抜群!服飾関係と思いきや鎌倉でダンス教室を開いてました。
海が近いのにヨットやってる者はいない。
>>親から見た自分。自分から見た親。そんな親子の関係が
そういう見方がありますね。
ボクの場合、まだ、子供がその歳に達していないので
実感はありませんが、普通の団塊の世代の人間は、「そう」
思うでしょうネ。
親から見た自分。自分から見た親。そんな親子の関係が
同様に次世代の我が子を見る際、我が子から見た自分に自分から見た親が投影される。
そんな投影が行ったり来たり。。ずっとこんな関係が続いていくことを平凡ながらこの映画を見て私は願いました。