深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

位相空間論を治療に用いる

2019-03-27 21:48:54 | 心身宇宙論

人体を見る視点として数学の概念を取り入れることをしていて、これまでに「微分方程式論を治療に用いる」「代数的トポロジーを治療に用いる」などといった記事を書いてきたが、今回はそれのもっと前段階となるような話。本来はこの記事があって、その後にこれまでアップしてきた記事が来るべきだが、何しろこれに気づいたのは一昨日のことで、だから今になってしまった。

さて、今回のテーマは位相空間のハウスドルフ(Hausdorff)性について。ちなみに、このハウスドルフ性を備えた位相空間のことをハウスドルフ空間と呼ぶ。

まずハウスドルフ空間の定義について、『集合と位相空間』(朝倉書店、森田茂之)に沿って述べると

位相空間Xの任意の相異なる2点x, yに対して、x∈U, y∈VでU∩V=∅を満たすXの開集合U, Vが取れる時、Xをハウスドルフ空間という。


この定義を理解するためには、位相空間、開集合といった言葉の意味を知らなければならない(実は位相空間とは開集合が定義された空間のことなので、実際には開集合の意味が分かればいいのだ)が、そこから書き起こすと到底1つの記事に収まりきらないので、ここでは省略する。

その上でこの定義をもう少し分かりやすく言い換えると、これは

ハウスドルフ空間とは、空間内のどんな相異なる2点もその周囲も含めて2つに分離できる空間


ということを言っている。そして数学では一般に、議論のベースとなる空間はハウスドルフ空間であることを前提としている。

多くの人が「空間」と聞いて普通に想像するのはユークリッド空間であり、ユークリッド空間においては上に述べたハウスドルフ性は完全に満たされている(だからユークリッド空間はハウスドルフ空間でもある)。なので、何でこんな分かりきったことをわざわざハウスドルフ空間などという大層な名をつけて定義しなければならないのか、と疑問に思われるかもしれない(数学科の学生でもそうだ)。
けれど数学ではユークリッド空間ではない、もっと抽象的な空間で理論を構築する必要があるが、ハウスドルフ性が満たされていないと非常に厄介なことが起こってしまうのだ。その例を『複素解析』(ちくま学芸文庫、笠原乾吉)に書かれたものに基づいて述べると、

2次元ユークリッド空間(通常の2次元平面)をR^2と書く。R^2上にない点pを1つ取り、X=R^2∪{p}とし、U=R^2、V=(R^2-{0})∪{p}と置くと、明らかにX=U∪V(VのR^2-{0}とは2次元平面から原点を取り除くということ)。
ここで写像φ:U→R^2を恒等写像(つまりφ(x)=xとなる写像)、ψ:V→R^2をψ(p)=0、そしてp以外のVの点xはψ(x)=xとなるように定義すると、UとVの共通領域においてφψ^-1は連続写像となるので、Xは(U,φ)と(V,ψ)により多様体となる(多様体の定義は省略するが、ここで述べているのは「Xのことを調べるには、(U,φ)と(V,ψ)について調べればよい」という意味だと理解してほしい)。

ところがXがハウスドルフ空間でないと、X上に無限点列{1, 1/2, 1/3, …, 1/n, …}を取り、それを写像φ,ψで移すとUでは1/n→0=φ(0)であるのに、Vでは1/n→0=ψ(p)となり、同じ収束点列が2つの極限を持つという病的な状態が生じてしまう。


(なお誤解する人がいるかもしれないので一応断っておくと、これは「ハウスドルフ空間でないと同じ収束点列が複数の極限を持つ」ということではなく、あくまで「ハウスドルフ空間でないと、このようなことも起こり得る」ということである。)

治療ではよく、構造的な部分で頚椎の○番が○○変位してるとか、生理学、生化学的な部分で○○回路とか○○カスケードが正常に働いていない、などといった見立てをして、それを修正するように施術するが、それは全て身体の数学的基盤が正常(と一般に思われている状態)であることが前提だが、もしその相手の体がハウスドルフ性を満たしていないとしたら、そうした見立てそのものが全く意味をなさなくなってしまうわけだ。

とはいえ、私の見るところでは死体でもない限り、その体がハウスドルフ性を満たさなくなっている、ということはまずなさそうだ。けれども──

ハウスドルフ空間のことをT2空間ということもある。T2ということは、T1やT3もあるのではないかと思った人は正しい。実はT0からあるのだが、T0とT1はハウスドルフ空間より条件が緩いので、ここでは扱わない。問題はT3、T4空間だ。また『集合と位相空間』に沿ってその定義を述べると

位相空間X上の任意の点xと、点xを含まないXの任意の閉集合Fに対して、x∈U, F⊂VでU∩V=∅を満たすXの開集合U, Vが取れる時、XをT3空間という。
位相空間X上の互いに交わらない任意の閉集合E, Fに対して、E⊂U, F⊂VでU∩V=∅を満たすXの開集合U, Vが取れる時、XをT4空間という。


ここでも閉集合の定義は述べないが、空間上に取った1点は閉集合なのでT3空間もT4空間もハウスドルフ空間(T2空間)より条件が厳しいことがわかる。そして、この定義は

T3、T4空間とは、共通部分を持たない任意の閉集合(T3の場合は一方が1点)が、その周囲も含めて2つに分離できる空間

だということを言っているのだが、T2空間と違って体がこのT3性、T4性を満たさないケースが少数だが、ある割合で存在するのだ。その場合、治療ではまずT4性を満たすように持っていかなければ、何をやってもムダになってしまうだろう(T3性はT4性より条件が緩いので、T4性を満たせば明らかにT3性は満たされる)。

時々治療院のサイトなどで「根本治療」という言葉を目にすることがあるが、私はそんなものがあるとは全く思っていない(という話を以前、「『根本治療』って何だ?」という記事でも書いた)。ただ仮に「根本治療」をうたうなら、「あなたの頚椎の○番が○○変位してます」とか「○○回路/○○カスケードが正常に働いていませんね」なんて浅~いレベルじゃなく、最低でもここに述べたようなことが調べられ、解決できなければ嘘だ。

そのためには、上に述べたT2~T4空間の定義を理解しなければならない。それについては上記の『集合と位相空間』を含め、位相空間論の本なら記述があるので、それを参照されたいが、開集合の意味がわかればそこまでは必要ないだろう。開集合については、ネットに「位相空間のキソ」という資料(東工大の講義用資料っぽい)があり、これなどは比較的分かりやすそうだ。なお、閉集合は開集合の補集合である(これは「開集合でないものは閉集合」という意味ではないので、ご注意)。


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