だからちがうんだってば.

ブログ人から引っ越しました

経済学の教え方

2011-07-15 01:12:40 | 生活
Faculty Development(略称FD)は,大学教員の教育能力を高める組織的取り組みのことを指すんだそうですが,その一環として若手教員による「私が工夫していること」の発表会がありました.うちの職場にしてはめずらしくなかなか気の利いた企画です(←えらそうですな).発表者は,信者もつくという噂のTKさんと,着任間もないTYさん.お二人ともいろいろ工夫されていて刺激になりました.簡単にまとめると,時間や紙などの資源をけちってはいけないということと,初期条件は無視できない,という,極めて経済学的には妥当なはなしでした,で終わらせるのもなんなのでもう少し.

具体的な方法はさておくにしても,お二人に共通していたのは初期条件への対処です.ここでいう初期条件というのは,授業が始まる時点,つまり学期初めの時点で,学生がなにを知っていてなにに興味があるかという点です.大学教育なんだから(しかもけっこういいとこなんだから),学生は教えられるであろうトピックに強い関心を持ち,それを受け入れるに十分な基礎知識・学力を持っているはずで,そのために入試をしているんじゃないか,と言われればそのとおりではあるんですが,その条件が満たされていれば「文系の学生は遊んでばっかり」とかいう評判は立たないはずでして.

たとえば,高校社会(地歴・公民)と比較的連続性の強い経済史のばあい,たいがいの大学では世界史・日本史・地理のどれか1つだけを受験科目にしている(選択制にしている)関係上,世界史・地理を選択して入学した学生には日本経済史の基礎知識があんまりない,ということになります.ミクロ・マクロといった基礎科目のばあい,大学入試で政経や公民を選ぶ学生は少数派ですから,どういう現象を対象とするのか,から説明する必要があります.ぼくの場合は大学入試で日本史・世界史の2科目を選択したので(そういう大学もあります),政経や公民は高校1年か2年以来みとらん,という状況でした.また,経済学部を選ぶ学生が「経済学をやりたい!」と思っている比率はかなり低いです.たぶん,医学部や薬学部に比べるとかなり低いでしょうし,工学部や理学部よりも低いと思います.法学部よりも低そうなので(法には資格試験がある)ひょっとして一番低いのかしらん(統計はないですが).あんまり興味がないことの知識が身に入らないのは道理で,しかも経済学で扱うような経済現象は,高校でたての若者,とくに(入試向けの)勉強や部活をがんばってきた若者にはピンと来ない,さらに大学デビューもある,となると,教える側にとっての初期条件はかなりキツイということになります.1年生や2年生に,日本の失業率やGDPや公債残高を聞いてもほとんど答は返ってきません(初任給を聞くと意外とちゃんと答えます).

となると,意外と教えやすいのはミクロのゲーム理論ということになってて,「ミク戦」はそういう発想で書かれたんじゃなかったでしたっけ.興味がないことの知識が身に入らないのの裏側には,興味があることは勝手に勉強するという現象があるわけなので,ほっといても教科書や参考書を読んだり質問に来たりする少数の変人以外のマジョリティの学生を動員するためには,DVD見せたり一般向けの本を読ませたりしつつうまいこと好奇心を刺激せねばならず,ついでに言葉と式とグラフで説明ができるように説明しないといけないとなると,こりゃまた準備が大変ですね,とまあそういう話.大学の教員には学部時代から興味を持って勉強しているひとが多い(ぼくは違います)ので,ここらへんの事情がどうなのかしらねー,と思ったり思わなかったり.

てなことを考えると,ミクロ4単位・マクロ4単位(4単位は,週2コマ半期もしくは通年週1コマ)で,応用分野の授業を取らせるのはけっこうきついんじゃないでしょか.「2年のミクロでやったでしょ? わかんない? 復習しといて!」は,じつはけっこう要求水準が高いのでは.日本経済論とか世界経済論とか経済学入門とか(与太話ではないやつ)そういったたぐいの授業を1年生でもっと取らせて,ミクロ・マクロはそれぞれ6~8単位(最近の流れから言うと,マクロは少なくてもいいかも),これらを取ってなければ応用的な授業はとらせない(並行履修は認めない),できないやつにはシビアに容赦なくFを出す,とかしないと,なにがなんだか分からないままご卒業,ということになりゃせんか,と思いました.ミクロ・マクロの授業時間数が増えれば,具体例としてちょっとずつ応用の話(労働や産業組織や環境や貿易や財政やそういうはなし)を入れる余地も増えていいんじゃないかしら.あー,経済史や地理や制度のほうはよくわかりません.人的な手当ての仕方も知りません(授業負担が少ないほうがいい授業が増えそうですし)ので実現可能性はわかんないです.いまのうちの大学はそれでもけっこううまく組んであるように思います.はい.

まあでもこういう議論でさえ,上位校の話なんだよねー,と言われちゃうかもしれません.教育の経済学とならんで経済学の教育は,欧米ではひとつの分野だそうで学術誌もあるそうですけど,日本ではどうなんでしょうか.