内容としては,知事・市町村長といった首長と,県議会・市町村議会という2つの「代表」がいる日本の地方政府において,この二元代表制が政策決定過程にどのような影響を及ぼしているかを,理論的な背景を提示したうえで,統計的検証および事例研究を行う,というものです.二元代表制とともにカギとなっているのは現状維持点からの変化であり,まったくの白紙の状態からの政策形成が現実的にはほとんど不可能であることを考慮すれば,現状からの変化の方向こそが議論の対象になるということでしょうか.
都道府県・市町村といった「地方政府」の意思決定の分析は,ともすれば中央政府との関係で議論されることが多く,財政的・人的なつながりが強く,またおそらくは歴史的な経緯もあって日常的な接触が多いことからも,それもしかたなかったところなのかとおもいますが,この本では中央政府との関係はそれほど着目されず,首長と議会の関係に焦点が当てられています.普通のアプローチのような気もしますが,あんまりなかったものなのかもしれません.
序章と終章を除くと6章建ての本になっていて,うち3章では統計的な手法を用いた実証が行われています.パネルデータに対する重回帰分析やイベントヒストリー分析(生存期間分析)という経済学の実証ではよく見かける手法が使われていて,手法的には財政論や政治経済学と親和性が高そうです.変数の外生性の仮定がどうなのかしらん,パネルデータを使う場合には変数の「時点」はどうなんだろ,と思うところもちょくちょくあるのですが,そこはたぶんこの本で強調したいことではないと思うのであんまり騒がないのが吉かとおもったり.
うすうす分かるような分からないようなのは,首長と議会の立ち位置の差です.この本の基本的な枠組みでは,首長は「組織化されない利益」を志向する一方で,地方議員は「組織化された個別的利益」を志向するとされています.その意味で,首長と地方議員(から構成される地方議会)は異なる「公益」の実現を目指すこととなり,この両者の相互作用が地方政府としての意思決定に影響する,となります.その原因はそれぞれが選ばれる選挙制度の違いによります.そうかな,と思うような思わないような.というのも,議会は議員から構成されており,基本的には多数決が採用されていることから,特定の個別利益を侵害するような議案に対して,それに直接関係する議員は反対したとしても,それ以外の議員は反対はしないはずだからです.とすると,組織化されない公益の実現のために個別利益を侵害するような議案は議会でも通ってしまうことになり,首長と議会の間に意思決定のずれは生まれないような気がします.もちろん,議員の間に結託があり,「うちの利益が侵害されたときには協力してくれ,そちらの利益が侵害されたときには協力するから」といった関係が議員間で成り立っていたり,あるいは,特定の個別利益を代表するような議員の数がとくに多い(たとえば一票の格差のせいで)というケースでは首長と議会にずれが出ることは十分に考えられます.
もちろん,首長も地方議員もこんなカリカチュアライズされた(←昨日の研究会で聞いたので使ってみた.使用法がおかしいかも)存在ではありません.たとえば第5章の分析では,東京都の臨海副都心開発の事例が検討されていますが,そこでは,1991年の鈴木知事の再選によって社会党が与党化した,との記述があります.もし議員が支持者の組織化された利益のみを考慮しているのなら,知事が選挙で大勝したとしても(個別利益が変化しない限り)その考え方を変える理由はないように思います.知事とは異なる意見を持っていた議員は,基本的には知事とは異なる意見を持っていた有権者に支えられていたはずです.その意味で「組織化された利益」を代表していたのだから.そこへきて知事が選挙で大勝して再選されたとき,この議員が意見を変えるとすれば,それはひとつには知事選の結果を見て支持者の有権者が考えを変えたということがあるかもしれません.支持者が意見を変えていないとすれば,議員もまた支持者以外の有権者,すなわち組織化されない公益を考慮して意見を変えたことになります.「知事が圧勝した再選結果の余勢を駆って議会を抑えた」みたいな言い方は報道では聞くことがあるような気がしますが,なんでそうなるか,は説明が要るような気もします.BesleyとかCoateとかの論文でこんなような話があったようななかったような.
第5章については,都債の借換制約が利いているってそれはつまりstrategic deficitってことか,と思ったり,有権者より知事のほうが近視眼的ってことかと思ったり,事例研究ならではのおもしろさもあります.他の章もそれぞれにおもしろいけど.
やっぱりイガラシくんはすごいねえ,とまあそういう話.
砂原庸介.2011.地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択.有斐閣. |