医療過誤訴訟が日本でも増えてきて(?),訴訟リスクの高まりに伴って医療現場に副作用が出ているんじゃないか,という話は,医療従事者などのあいだではよく語られるようになってきているそうです.たとえばここ.訴訟大国アメリカでは,医療過誤訴訟が多いので,医師が賠償金を支払うときのための保険があって,その保険料が高くなりすぎるので問題だ,ってな話もあります.
というわけで(?),「医療訴訟制度が変わると医者の行動は変わるか?」という論文を読んでみました(授業で).Kessler and McClellan (1996, QJE) という論文なのですが,要するに「医療過誤訴訟の制度,たとえば賠償金の上限設定などが変化すると,医療費と医療のoutcomeに変化は生じるか」というのをDDっぽい回帰で分析したものです.結論は,訴訟制度の変化(医師の負担を減らす方向での)は,医療のoutcomeをそれほど変化させないが,医療費はかなり下がる.したがって,これまでは,訴訟を恐れた防衛医療(defensive medicine)が行われていたに違いない.そのような防衛医療がなくなれば,急性心筋梗塞患者の生存1年当たりすくなくとも10万ドルは節約でき,一般的に用いられるQALYと比べると,このような防衛医療をなくすのは正当化できる,というものでした.
この論文では単に医療費が変化する,ということだけが実証されていますが,この医療費の変化分が検査(撮影など)に多く依存しているという研究もあります.また,過激な医療過誤訴訟があると医師のなり手がいなくなっちゃうんじゃないか,という問題意識からも研究をしている人たちがいます.Baicker and Chandra (2005) はそこらへんのレビューをしつつ,州データを用いて検証を行っています.彼らは「医師の数全体にはそんなに影響しないが,いくつかの分野・地域では影響がある」という結論を導いています.
Kessler and McClellan (1996)は, 患者のマイクロデータが利用可能で,州ごとに制度が異なる,というアメリカならではの分析ですが,その後の一連の研究は最近の日本についてもなかなか示唆にとんだ研究ではないかと思います.こういうのについて,実際にデータを使って分析してる人っているんでしょうか.医療過誤訴訟や関連する事件のデータから必要ですけど.マスメディアの報道と医師の行動の変化,とか,日本でもできそうな感じがしないんでもないんですが.誰かやる人がいたらぜひご一報を.
Kessler, Daniel and Mark McClellan. 1996. Do doctors practice defensive medicine? Quarterly Journal of Economics 111(2), 353-390. [JSTOR]
Baicker, Katherine and Amitabh Chandra. 2005. Defensive medicine and disappearing doctors?. Regulation 28(3), 24-31. [SSRN]
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