必要な絶叫 リッツォス(中井久夫訳)
おおよその時刻と光と色を決めなければ。
夜だ。馬車が樽を積んで通る。
車輪の一つが石膏の作品を砕く。
壁のつぎ目にひびが入る。窓ガラスの背後に
見えるのは向うの壁に白いキッチン、冷蔵庫、
老人の裸足。それから浴室の灯が消える。
カーテンがひかれる。女中が林檎を盛ったボウルをバルコンに出す。
蓄音機が鳴ってる。関係ないもの、
対照性のないものの中から選べるか。
ついに金切り声が聞こえて、ナイフが木のテーブルに突き立てられ、
紙ナプキンを突き刺した。
ナプキンには鮮やかな上下の唇の紅。
こうなると話は別だ。
*
この作品も映画の1シーンのようである。そういう作品をめざしているのだろう。そして、1行目は、そういう「わざと」を明確にしている。事実を書くのではなく、フィクションとしてのことば。ある瞬間をそのまま描くのではなく、あることを書くために、「時刻」をきめる。そして、基調となる色をきめる。そこから映画をつくるように、詩をつくる。
暗い夜の街の全景。通りの奥から馬車があらわれる。近づいてくる。車輪のアップ。たがしカメラが近づいて行くのではなく、車輪が近づいてきてアップになる。その車輪をおうようにしてカメラは動き、石膏の作品(彫像?)が砕かれるアップ。そこでカメラは止まる。馬車が通りすぎて、道の向こうに壁。窓。そして窓の奥にはキッチン。カメラは窓に近づいていき、キッチンを映しながら戸外から室へと移動していく。
説明はなく、せりふもなく、ただ「もの」だけを映しながら。そうして、観客が自分で「ストーリー」を組み立てるのを待っている。老人が動き、女中が動き、音楽が流れる。その音楽を切り裂くようにして、かなきり声。
突然、ナイフのアップ。紙ナプキンのアップ。ナプキンに残された口紅、唇の形のアップ。女は映らない。映ったとしても、スカートや足だけ。顔は映さない。
リッツォスの詩の特徴(物語の特徴)は、そこに「顔」がないことだとも言える。ひとは登場する。けれども、特別な顔を持っていない。名前をもっていない。不特定多数のひとりとして登場する。名前、顔がないので、抽象的な感じがする。具体的な描写にもかかわらず、とても抽象的な印象が残る。そして、その抽象性が、一種の孤独を感じさせる。余分なものをそぎおとして、とても清潔な印象残す。
読者は、ただ動きを見るだけである。動き、運動のなかにリッツォスは詩を感じているのだと思う。
おおよその時刻と光と色を決めなければ。
夜だ。馬車が樽を積んで通る。
車輪の一つが石膏の作品を砕く。
壁のつぎ目にひびが入る。窓ガラスの背後に
見えるのは向うの壁に白いキッチン、冷蔵庫、
老人の裸足。それから浴室の灯が消える。
カーテンがひかれる。女中が林檎を盛ったボウルをバルコンに出す。
蓄音機が鳴ってる。関係ないもの、
対照性のないものの中から選べるか。
ついに金切り声が聞こえて、ナイフが木のテーブルに突き立てられ、
紙ナプキンを突き刺した。
ナプキンには鮮やかな上下の唇の紅。
こうなると話は別だ。
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この作品も映画の1シーンのようである。そういう作品をめざしているのだろう。そして、1行目は、そういう「わざと」を明確にしている。事実を書くのではなく、フィクションとしてのことば。ある瞬間をそのまま描くのではなく、あることを書くために、「時刻」をきめる。そして、基調となる色をきめる。そこから映画をつくるように、詩をつくる。
暗い夜の街の全景。通りの奥から馬車があらわれる。近づいてくる。車輪のアップ。たがしカメラが近づいて行くのではなく、車輪が近づいてきてアップになる。その車輪をおうようにしてカメラは動き、石膏の作品(彫像?)が砕かれるアップ。そこでカメラは止まる。馬車が通りすぎて、道の向こうに壁。窓。そして窓の奥にはキッチン。カメラは窓に近づいていき、キッチンを映しながら戸外から室へと移動していく。
説明はなく、せりふもなく、ただ「もの」だけを映しながら。そうして、観客が自分で「ストーリー」を組み立てるのを待っている。老人が動き、女中が動き、音楽が流れる。その音楽を切り裂くようにして、かなきり声。
突然、ナイフのアップ。紙ナプキンのアップ。ナプキンに残された口紅、唇の形のアップ。女は映らない。映ったとしても、スカートや足だけ。顔は映さない。
リッツォスの詩の特徴(物語の特徴)は、そこに「顔」がないことだとも言える。ひとは登場する。けれども、特別な顔を持っていない。名前をもっていない。不特定多数のひとりとして登場する。名前、顔がないので、抽象的な感じがする。具体的な描写にもかかわらず、とても抽象的な印象が残る。そして、その抽象性が、一種の孤独を感じさせる。余分なものをそぎおとして、とても清潔な印象残す。
読者は、ただ動きを見るだけである。動き、運動のなかにリッツォスは詩を感じているのだと思う。