監督 クロード・オータン・ララ 出演 ジェラール・フィリップ、ダニエル・ダリュー
主人公の「こころの声」を台詞として表現している部分は、私は好きにはなれない。こころの声は台詞ではなく、顔、肉体で表現すべきである。台詞がないのに「こころの声」が聞こえてこそ映画である--というのが、私の基本的な考え方である。台詞がないのに、声が聞こえてくる、という映画が私は好きである。
だいたい、口を開いていないのに声が聞こえるって、変でしょ?
ところが。
この映画では、それがそれほど異様には感じないし、「こころの声」が邪魔にならない。どうしてなのか。ひとつには、映画のシーン、シーンの前に引用される「ことば」(文字)の影響があるかもしれない。主にスタンダールのことばが引用され、それから「小説」の重要な部分だけが映像化されるという具合に進む映画進行が影響しているかもしれない。これは映画であると同時に小説である、というスタイルが、いい意味で作用している。主人公が口を開かなくても、「こころの声」がそのまま台詞になっていても、これは「小説」である、と思えば納得がいく。
もうひとつ。ジェラール・フィリップの色男ぶりが、口を開かずに「こころの声」を発するという異様さを吸収するのである。この映画に登場する女性は、ジェラール・フィリップを見ると、そのとたんに恋をする。夢中になる。ジェラール・フィリップが何を言っているかなど、ほとんど「意味」がない。ただ、みとれ、ただ夢中になる。「台詞」はあっても、ほんとうは存在しないのだ。同じように、映画で、ジェラール・フィリップがどれだけ「こころの声」をことばにして語ろうが、観客は、実はその台詞を聞いていない。なぜ、この男はこんなに色男なのだろう。あの、切れ長の目。笑窪。国籍不明の、「色男」としかいいようのない顔をして動き回っている。あっというまに女のこころをとらえてしまう、その目付き。その顔。その顔さえあれば、ほかは何もいらないのだ。観客は、ジェラール・フィリップがどんな演技をするか、どんなふうに人間を演じるかなど、見に来てはいない。ただ、その顔を、その色男ぶりを見に来ているだけなのだ。
うーん。
ここには、ある意味で、映画の「原点」がある。
映画自体としては、ダニエル・ダリューの演技に負っている部分が多い。ジェラール・フィリップはただ出ていればいい。映画の質、深みは、ダニエル・ダリューが支える。
いちばんおもしろいのは、ダニエル・ダリューがジェラール・フィリップと一夜をすごしたあと、夫がやってくる。夫に女は嘘をつく。そのあとの部分である。間男を庇い、夫に嘘をつく。それは大変なこと(特に当時は)である。女は自分にはそんなことができるわけがないと思っていた。ところが、やってみると実に簡単だった。その「実に簡単」ということが不思議で、その一連の行為を繰り返してみる。ジェラール・フィリップはそれを、この女、いったい何をやっているんだというような目付きで見ている。ここには「こころの声」はないのだが、その「こころの声」をダニエル・ダリューの演技が自然に引き出している。
いやあ、おもしろいなあ。このシーンだけ、何度でも見てみたいなあ。傑作だなあ。まるで別な映画になっている。
このシーンがあまりにもすばらしいので、後半、ダニエル・ダリューが登場しなくなると、映画のおもしろさが半減してしまう。そして、最後に、再びダニエル・ダリューが登場して、彼女がジェラール・フィリップの結婚を邪魔したとき、そこに嫉妬心が動いていなかったかと問われ、あ、そうだ、嫉妬していたんだと気づくシーンがある。ここで、この映画は再び一気に佳境に入る。ダニエル・ダリューに引きこまれる。嫉妬が、夫に対する嘘と同じように、実に「簡単」なのである。簡単であるということを、ダニエル・ダリューが、一瞬の顔でみせてしまう。
「赤と黒」は若い男の野望を描いているようで、ほんとうは熟女のこころの自然な動き、「簡単」になんでもやってしまう女の不思議さを描いているのかもしれない。そんなことを考えてしまった。
「小説」のなかでは、ダニエル・ダリューの演じた女はどう描写されているのか。読んでみたい、と思った。私はまだ「赤と黒」を読んでいないのだ。
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映画とは直接関係がないのかもしれないが、ジェラール・フィリップが「シャツを何枚もっているのか」と問われるシーンがおもしろかった。服ではなく、シャツ。シャツは、昔は下着だったんだねえ。ジャケットは上着。当時は下着(シャツ)を上着で隠しているという感覚だったのだろう。隠しているけれど、その一部は見える。それは上着以上に清潔でなければならない、ということかもしれない。同席している人が汗で汚れたシャツを着ていると外見でわかるのは醜い--という美意識が、当時はあったんだろうなあ、と思った。
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