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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ウニー・ルコント監督「冬の小鳥」(★★★★)

2011-03-22 22:50:25 | 映画
監督 ウニー・ルコント 出演 キム・セロン、コ・アソン

 主役のキム・セロンがとてもすばらしい。父親に見捨てられ、それでも父親を愛している。自分を探しにきてくれると、祈りつづけている。そのために周囲にとけこまない。それだけのことを繰り返し描いているのだが、どの映像にも「演技」というか、わざとというものがない。ことばを拒絶し、自分にとじこもる。けれども、いま、ここで起きていることはしっかりとみつめる。その強い視線に圧倒される。
 普通なら(?)、涙、涙、涙……という展開になるのかもしれないが、涙を拒絶して、じつにさっぱりしている。見終わったあと、なぜ涙が流れないんだろう、なぜ悲しくないんだろう、と、それが不思議になる映画である。私は、映画ではめったに泣かないのだが、この映画は、安易な涙というものを完全に拒絶している。
 それが、まったく新しい。
 ストーリーとしては何度も映画になったような物語だが、どのシーンも涙を誘わない。少女の悲しみは痛いほどわかるのに、なぜか、泣けない。同情の涙を流すことを、少女が許してくれないのだ。少女の悲しみは、彼女自身のものなのだ。だれのものでもない悲しみ。悲しみをだれにも渡さないという覚悟で少女は生きている。そのことが伝わってくる。
 プレゼントの人形を壊し、自分のものだけではなく友達のものを壊すその絶望。「むしゃくしゃすることがあるなら布団をたたけ」と言われて、布団をたたきながら少女が泣くときも、その悲しみは、私の感情よりはるかに遠くにある。スクリーンにあるのではなく、そのむこうにある。少女の肉体のなかにある。そこからあふれては来ないのだ。
 クライマックス(?)の、小さなショベルで自分の墓を掘って自殺未遂をするシーンは、びっくりしてしまう。少女がやっていることはわかるのだが、その気持ちに追いついていかない。完全な孤独のなかで、少女はたったひとりで行動している。自分で自分の顔に土を被せ、苦しくなって、泥をはねのける。死ねなかったという事実を少女がみつめるとき、あ、少女が助かってよかったと思うよりも前に、すごい、この少女は「いきる」ということ、「死ぬ」ということの意味、それは個人がひとりでひきうけなければならないものなのだという哲学を理解したのだとわかり、打ちのめされる。ほっとするのでも、あ、よかったと思うのでもない。私は、打ちのめされて、ただただスクリーンをみつめるしかないのである。
 泥をはらいのける。そして、その泥のしたからあらわれる顔--その肌の色の、何にも汚れない美しさ。その黒い目の強い力。これには驚愕の映像である。いや、映像などとはいってはいけない。人間の、いのちの力そのものである。
 ひとはよく、その気持ち、よくわかる、というけれど、少女に言わせれば、「わかってたまるか」なのだろう。個人の感情というのは、絶対的なものなのだ。人とは触れあわないものなのだ。そして、その感情というのは、いつも肉体とともにあるのだ。少女は、彼女自身の感情を自分で守ると同時に、自分の肉体をも発見している。いのちをも発見している。そういうものを発見してしまう力に圧倒される。
 この発見のあと、少女は、やっと「甘える」というか、人に「頼る」ということを思い出す。捨てられるとも知らず、自転車の後ろで父の背中にしがみつていたときの、温かい感じ。それを、もう一度だれかにもとめてもいいのだと気がつく。そして、見知らぬ人、遠いフランスの会ったこともないひとの養子になることを決意する。
 この映画は監督の「自伝」ということだが、自己をきっちりとみつめる視線が、まことにすばらしい。どの映像も感情的にならず、つまり正直なものになっている。正直な力が、少女を少しずつ少しずつ丁寧におしていく。そうして、少女が少女が自然に動いていく。まるで森鴎外の文体を映像にしたような、正確ということばしか思い浮かばない、完璧な作品である。 



 福岡・KBCシネマでやっている「キネ旬ベスト10アンコール上映」の企画で見ることができた。こういう企画を、いろいろな映画館でやってもらえると助かる。
                              (KBCシネマ1)

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