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川上 明日夫 | |
思潮社 |
川上明日夫『無人駅』(思潮社、2019年06月01日発行)
川上明日夫は独特のリズムで詩を書く。『無人駅』でも同じである。帯に引用されている「喫茶店の一隅にて」。
喫茶店の一隅にひっそり身をおいて
さてと
途方が ゆっくり首をもたげている
一服の
煙のようなとぐろに 目を許しては
これから
どうするの と そっと あなたの
思案が からみついてくる
長い行(といっても十四字だが)と短い行が交互に現われる。「思案が……」以後、少し乱れる。あるいは変化がある。しかし、この長い行と短い行の交錯というリズムは、多くの詩に共通する。
私は、このリズムが嫌いだ。他者(読者?)との交渉を拒んでいる。他者の声を無視して、自分の声を守り通している。
なぜ、このリズムが嫌いなのか。川上のリズムが狙っているのは「切断」と「接続」の強調だ。「喫茶店の一隅にひっそり身をおいて」と書いて「さてと」で前の一行を切断してしまう。切断がおこなわれたことを確認して「途方が ゆっくり首をもたげている」と接続する。それは古いことばで言えば「手術台の上のミシンとこうもり傘の出合い」なのだ。「無関係なものの偶然の出合い」。けれど、出合ってしまえば「偶然」というものなどどこにもない。出合っても、意識化されない(ことばにされない)ことがらはいくつもある。ことばにしてしまうのは、それがどこかに「必然」を含んでいる。その「必然」は、
喫茶店の一隅にひっそり身をおいて
途方が ゆっくり首をもたげている
と、「さてと」を削除してしまうと明確になる。「偶然」ではなくなる。「喫茶店」と書いたときから「途方」が動き始めている。そういう「必然」をわざと隠している。隠すことで「必然」を「偶然」のように装っている。
川上においては「偶然の出合い」は「技巧」のことなのだ。
私はまた、「目を許しては」という「翻訳のしそこない」のような「古くさい」ことばづかいも嫌いだ。「古さ」とは言い換えると「古典」ということであり、そういうことばをつかうのは、「手術台の上のミシンとこうもり傘の出合い」という「無関係なものの偶然の出合い」といっても、ほんとうは「必然」(古典を踏まえた展開)であると主張するためなのだ。
何がしかの こころの瀬せらぎと
風の音いろ
ゆるい彼方の すこしばかりの景色
を 上品にくれて
ほら 草ぼうぼうの 夢のそしりが
きょう あなたの紙魚
水を染めては 流れてゆくのです
そして、このとき「古典」とは「感性(あるいは情緒)」のことである。「感性的必然/情緒的必然」。主観にとっての「必然」。開き直りといえば開き直りだなあ、とも私は思う。
詩は主観的なものだから、主観であるという主張に対して、私はどう言えばいいのかわからない。「嫌い」としか言えない。
それから
朝のさっきは どちらへ行ったのか
から ゆるやかに はぐれて
たまに 眺めるだけの いまも が
見る に入っていった
なんだか初期の荒川洋司の詩から「固有名詞」を消し去って、修辞の運動を引き継いだような文体である。「朝のさっきは どちらへ行ったのか」というのは、あ、美しいなあと思わず声を漏らしてしまうが、その後のだらだらしたリズム、思わせぶりのことばの動きが、私はやっぱり嫌いだ。
*
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