ちいさなおしゃべり

Shantia家のメインランド生活日記

11月30日のフラ

2005年11月30日 | Hula/Tahitian
Kane'oheでのレッスン日。

実は月曜日から声が急に枯れていたので(別にのどは痛くない)、Mele Komoのオリがちゃんと出来るか心配だった。レッスン開始時にいたメンバーは私と今日から私達と一緒にレッスンすることになった中学1年生&今日からWahineクラスにあがってきた11歳(元Keiki Class)の3人のみ Mele Komoちゃんと出来てないと中に入れてもらえないよなぁ、と思いながら2人(新しい子は無理なので)でオリを唱え始めた。が!! 1行目で何かを気管に吸い込み思いっきり咳き込んだ私 もちろんそのオリがパスするわけもなくやり直し。声が枯れるといけてない…

いつもどおり、まずストレッチを10分。そしてUp&downやRollなどの基礎筋トレ。ここで普段ならCDを使ってベーシックが始まる。しかし、今回はCD抜きでアラカイのLaniがイプヘケを叩いてのベーシック。実はイプヘケでのベーシックは怖い CDならどのステップがどれくらい続くか分かっているけど、イプヘケの場合、それが全く分からない。ベーシックをするころにはコンペティションクラスのダンサーが5人、Entryクラスから最近上がってきたダンサーが3人と更に増えてそれなりの人数がいた。注意がピシピシ飛ぶ中、Laniが納得するまで続くイプヘケベーシック…。'Uwehe重視になった日はもう!! 腿の筋肉がピ~リピリ 
しかも今日は1時間半のレッスンが全てベーシックに費やされた。これは初ですな。10月から妙にベーシックに重点を置くようになり、必ずCDベーシックの後にイプヘケベーシックをやってから曲を20分くらい、という流れが続いていたが、今回はベーシックONLY!! 
やっぱり基本は大事よね。
でも最後だけはちゃんとClosing Songを踊ったわ

非常に充実したレッスンでした。

11月29日のフラ

2005年11月29日 | Hula/Tahitian
3週間ぶりのHalau Hula O Kekelaのレッスン。今回から時間が6時半に変更。時間より数分遅れて到着すると(ハワイアンタイムってことで…)、衣装の試着会が行われていた。Gracious LadiesとWahineのドレスはまだ出来ていなかったけど、Kaikamahine、ミュージシャン、Wahineのパウ&チューブトップ(パンテルーン込み)は出来上がっていた。Aunty Lindaすごーい たった2週間で30人分くらいの衣装を作っちゃったんだ。去年は衣装が最も大変だったけど、今年は衣装が一番順調のようだ。

6時40分からレッスンがスタート! はじめにKumuから2ヵ月後にせまったフェスティバルに向けていろいろ話があった。練習態度についてとか、ステージへの意気込みとかね。その中での発表。

「Young Ladies、あなた達の曲を変更するわ。イプは使わないことにしたの。代わりにプーイリで踊るわよ。もう、イプで踊る時のあなた達の座り方や立ち上がり方の悪夢を見るから

うわっ、なんかAunty今日はイライラしてるわねぇ。プーイリの曲は
"A Kona Hema o Ka Lani"
以前既に練習したことがあるので9月からの新メンバー以外は知っているのだ。

お話の後、まずGracious Ladies/Kupunaの練習。今までGracious LadiesとYoung Ladiesの両方で練習してきてたけど、舞台の流れを聞く限り絶対2曲踊るのは無理そうな感じ。だってメドレー式にYoung Ladies→Gracious Ladiesと続くのに、衣装は違うのを着るんだよ。着替える時間なんてないじゃん。なので今回はちょっと並ばないで壁とお友達になってみた。しか~し!! Kupuna達はそんな私を放っておかなかった。
「Shantia、あなた前でしょ」
「あなたが踊らないと困るのよ」
「Kela(先生の名前)、Shantiaも踊るんでしょう、この曲?」
という会話になり、Aunty Kelaも
「そうよ、Shantia、あなたもこれ踊るのよ」
と言うし。
「あの、でも2曲踊るの無理そうなんですけど?」
と尋ねてみると、
「1曲終わったら急いで舞台袖で着替えるのよ」
だって。…無理だとおもう
しかし、Kumuの言うことは絶対なので、素直に聞き従いまず"Home Kapaka"の練習。
そして入れ替わりでYoung Ladiesの"A Kona Hema"の練習。
相当踊り続けて(なんせ2グループ続けてなので)汗だくになったころ、Aunty Kelaが
「はい、じゃああなた達ちょっと休憩」
と言ってくれた。「やっと涼める~」と一瞬でも思った私が間違っていた。
「はい、Kupuna達、もう一回踊るわよ!」
との号令。つまり、私も踊るのね…。結局2時間踊りっぱなしになってしまった。

終わりのお祈りのときに更にAunty Kelaからアナウンスが。今年はソロダンサーも選んで踊るらしい。誰がソリストになるのかはAunty Kelaが直接本人に言うらしいが、私が思うにソロをこの2曲の間に入れてその間に着替えるってことか??

フェスティバルまで2ヶ月弱!! 素敵な舞台になりますよ~に

マイキーとの戦い…

2005年11月28日 | Family
ここ数週間、マイキーのある行動に父も母も半お手上げ状態。どんな行動かというと…
"おむつはずし"
まず母の希望を率直に言わせてもらうと、
頼むからやめてくれ

とにかく本当にひどいのだ。以前は濡れたおむつがイヤだったらしく、おしっこのあとに(たまにウ○チのあとも)はずしていたのだけど、今はオムツ自体が邪魔らしい。普通の短パンやジーパンをはかせていれば必ずズボンを下ろし、おむつをべリッとはずして、そのまま逃走 大抵の場合、行き先は子供部屋。そして今までに2回、子供部屋にくさ~い落し物をしている。しかも2回目のときはそれで遊んでいた

マイキーは筋力があるわりに細身。これが自体を悪化させていると母は思う。16ヶ月にして未だ6~9ヶ月用のズボンがぴったりのマイキー、腰が細いために彼の筋力でズボンを下ろすのは非常に容易らしい。ズボンが脱げればあとはおむつをはずすだけ。

上下分かれているパジャマを着せて寝せると、夜中に1回、そして朝6時半ごろに一回、彼のベッドから濡れたおむつが宙を飛ぶのだ そう、彼は取ったおむつを投げる そして夜中なら泣き出し、朝ならうれしそうにベッドの中で遊び始める、と。

何度もおむつを付け直してズボンをはかせるのに疲れた父と母は、おとといマイキーにオーバーオールを4着購入。これで昼間は大丈夫 しかしパジャマのことをすっかり忘れていた…。上下つながったパジャマを探さねば

これでさぁ、はずしたあと自分でトイレに行ってくれるならね、別にいいわよ、おむつしなくてもさ。でもまだ全然そんな気配はないからね。
あ~あ、シャーちゃんもティアもこんなことしなかったのになぁ。
このマイキー父と母の戦いはいつまで続くのだろう…

Jake Shimabukuro♪

2005年11月23日 | Event
今夜は大学の講堂でJake Shimabukuroのコンサートが開かれた。このコンサートのことを知ったときから行きたいと思っていたけど、火曜日の夜はフラがあるので諦めていた。
しかし!今日、クラスから帰ってきたら留守電に「今日の練習はお休みです」とのメッセージが入ってるではないか 慌ててに乗ってAloha Centerへ行き、コンサートのチケットを購入。お値段2ドル=約200円 激安だよねぇ、絶対。

コンサートは7時半開演。なのでその前に子供達をパジャマに着替えさせ、寝る準備をしてもらった。そしてジョセフ君に子供達を預け、講堂へGO!現地でKeakealaniと待ち合わせ。
ていうかさぁ、こういった学校のイベントを見に行くのもすっごく久しぶりだけど、学校の友達と一緒に何かに参加するっていうのも相当久しぶりで新鮮だった

登場したJakeはめがねをかけていなかった。なのでどうしても私にはえなりかずきに見えてしょうがなかった 少しのトークを交えながら、いろんなタイプの曲を演奏してくれたJake。ウクレレを一人で弾いているとは思えない!! 舞台裏に実は数名ほどミュージシャンが隠れていてメロディーを弾いたり、伴奏を弾いたりしているんじゃないかって思うほど、彼の技術はすごかった 早いテンポの曲では手があまりにも早く動くもんだからぶれちゃって、なにか肌色の紙でもウクレレの前にあるような感じ。 
私のお気に入りはシューベルトのアヴェマリア 聞きなれてる曲だからもっと受け入れやすいし、すごく落ち着いた雰囲気に弾いていたから、聞いていてリラックスできた。

1時間半のコンサートはあっという間に終わってしまった…。楽しいことをしていると時間って本当に早く過ぎるわねー。たった2ドルでこんな素敵なコンサートに行けてうれしかったな
このコンサートで一番驚いたことは、日本からファンクラブのメンバーが数人コンサートを見に来ていたこと。私の予想では最前列の真ん中に座っていた二人組みの女の子がそうだと思う。盛り上がり方が周りと違ったし。すごいよねー、わざわざ日本からこの田舎にくるのよ、Jakeのために。

ジョセフ君、コンサートに行かせてくれてありがとう。

3歳のティアも相変わらず…

2005年11月21日 | Family
朝、教会に行く時間になり、家の中はちょっとバタバタしていた。かばんの用意などをしているとラティアさんが私の教会用のサンダルを持ってきてくれた。

母:「あら、持ってきてくれたの?」
シャノン:「シャーちゃんが出したの!!」
ラティア:「ティアが持ってきた!!」

ここまでは普通だった。

母:「ありがとうね、二人とも

といいながら用意を続ける私の後ろでティアがめっちゃ小声で

ティア、やっさしぃ~

と自分を褒めていた。思わず吹き出した母



そしてこれは夜ご飯を食べているとき。
今日のメニューはカレーコロッケだった。そして果物にオレンジを切って各皿に入れていた。シャーちゃんとマイキーがコロッケ好きなのは分かっているけど、ティアの場合は波があるからとりあえず小さい丸コロッケを3つ。
"いただきまーす”をしてティアはまずオレンジを食べた。そしてしばらくご飯(米という意味)を食べた後、パパのお皿にまだオレンジがいっぱい残っているのを発見。

「パパ、ティアオレンジほしい」

と物乞い。ジョセフ君はティアのご飯がまだ残っているのを確認してから

「何と交換してくれるの?」

と聞いた。ちゃんと自分のご飯を全部食べてからならすんなりあげるけど、残っている場合はね…
てことでティアは自分のコロッケ1個とオレンジ1切れを交換。

しばらくしてまたパパのオレンジが食べたくなったティア。再び物乞いをしたときまだコロッケは残っていたので、パパが交換物を聞いたところ、

う~ん、これっ!!

と言って差し出したのはなんと、さっきパパからもらって食べたオレンジの皮~
そんな取引は却下ですよ、ティア!! なのでティアはしぶしぶコロッケを出した。どうせ食べないんだから、すんなり出せばいいのにさぁ…。


ちなみにこれはシャーちゃんの発言。

教会のプライマリーで今日はチョコレートをもらったシャーちゃん。帰り道、そのチョコレートについて母とこんな会話をした。

「シャーちゃんのチョコは"HERSHEY'S”だね」
「うん。…これ、おうまさんね」
「おうまさん?Horsey? …違う!! HERSHEY'S! Horseyじゃない

プライマリーで馬もらってどうするよ、シャーちゃん。

♪Culture Night♪

2005年11月20日 | Event


BYUH秋学期恒例のCulture Nightの1日目が昨日行われた。場所はPCCナイトショーステージ ハワイアンクラブは1番目。8時半にPCCに集合して頭にHakuをつけたり、お化粧したり、昨日変更になった退場を練習したり、と準備に忙しかった。

今年のハワイアンクラブはメリーモナークの審査員&PCCシアター部門ディレクターであるKumu Hula Cy Bridgesによる指導の下、

Kai(入場):Hiki Mai E Na Pua i Ka Lai E
Kahiko: Ala Gahaga
Auana: Ka Poli o Na Ko'olau(?)
Hoi(退場): Auanaと同じ


という流れの7分に仕上がった。入場のチャントは8年前にUncle Cyが書いたもので、ハワイ学のクラスでは覚えるのが必須。毎回クラスの度に唱えているもの。そして多分、Auanaの曲もUncle CyがこのCulture Nightのために作ったと思われる。だって、検索しても探せないんだもん。個人的にはとってもこの曲好きなんだな Kahikoは2分間、Ku'iステップのみで非常に疲れるもの。しかも早い 

ダンサーのほとんどがKahikoを一番心配していたと思う。なぜなら…
右と左を交互に向くんだけど、それぞれの数を数え間違える可能性大
だから。舞台裏でもみんなで「1,2,3,4、1,2,3,4、1,2、1,2、1,2,3,4」
と呪文のように復習。


本番のステージはすっごく楽しかった やっぱりCulture NightはPCCでするのがいいわね。去年のCACだとちょっとしっくりこないというかさ…。PCC最高!! そして舞台の上の7分は早い!あっという間に退場~。あの客席の中に退場していくの(これが昨日付け足された部分)、気持ちいいよ~。

他のクラブはCDが始まらない、などのTechnical Difficultyがあったけど、ハワイアンクラブは生演奏。その心配はゼロだった。

DVDが発売されたら絶対に買わなくちゃ。今年のハワイアンクラブは去年のよりずっといいからね(と思っている)

ちなみに下の写真はKaneダンサーの衣装も見せたくて載せてます。ステージ終わってクラスメート達と写真を撮ろうとしたら、もうKawehi達、Haku取ってるし~ なのでこんな写真でしかKaneの衣装を公開できないのが残念。ちなみに前列の一番左の女の子がこのWahineの衣装を全部縫ってくれました。ありがとう。

足が、腕が、顔が…

2005年11月18日 | School
今日の"malama ka 'aina"のクラスは久しぶりにKahua Ola=ハワイ学の畑での作業だった。何をするとは言われなかったけど、きっとLo'i=タロ畑で藻取りだろうと思い(みんなそう思っていた)、ハーフパンツでクラスに臨んだ。

学校のトラックで畑まで登り、歌とお祈りの後に与えられた作業。それは
ティーリーフの植え替え
小さい畑に植えてあるティーリーフの苗木を林に植え替える作業だった。この林に何が潜んでいるか。何でもいるんだけど、私の敵は 
作業をしてると寄ってくる、寄ってくる なぜか私が狙われる。そういえば去年もそうだった。私だけが異常なほどに刺されていた 

1時間半のクラス時間の間に右足17箇所、左足15箇所、腕両方で12箇所、顔2箇所刺された…(クラスメートと数えてみた) 作業どころじゃなかったよ。

なんでこんなに刺されるかなぁ?? 昔からそうなのよねぇ。今度の畑作業の日は虫除け必須だな。

☆★3歳の誕生日★☆

2005年11月17日 | Family

今日(11月16日)で我が家の次女ラティアさんは3歳になりました~
なので、ちょっと3年前まで記憶をさかのぼって、ティアがまだBabyだったころのお話をここで紹介

ラティアちゃんはワシントン州の田舎生まれ(うちの子はみんな田舎で生まれてるわぁ)。11月のワシントンといえば、4時半には真っ暗で寒い。曇りの日が多く、なんか気分までドヨ~ンとしてくるような空が続く なので世間では風邪がはやる。しかも家はでかいから出入り時にドアを開けたくらいじゃ換気が行きとどかないという環境。ティアちゃんが生まれたとき、シャーちゃんはナーサリークラスのおこちゃまで、そのナーサリーには子供が30人いたのだ。もちろん誰かが風邪ひきさんだと移る可能性は高く、シャーちゃんも例にもれずナーサリーから風邪を持って帰ってきた

ティアちゃんの鼻づまりが気になりだしたのは生後3週目くらい。とにかくいつも鼻が詰まっていて苦しそうだったので、よく"鼻水取り器"で吸ってあげていた。鼻が詰まっているのであまりおっぱいも飲めず、おなかがいっぱいにならないのであまり眠れず…という悪循環の日々。更に悪いことに、ティアちゃんはそんなに飲んでいないのに思いっきり吐く、という癖があった。本当に噴水のようにピューッと だからティアもミルクをあげている私も汚れずにその先のカーペットが汚れるといった感じ。

1ヶ月検診でティアの担当医に聞いても、別に大したことはない、みたいなことを言われ、不安が残りつつも医者を信用することに(素人には医学が分からんのでねぇ) でも症状は回復するどころか悪化 肩で呼吸をするようになり、飲んだおっぱいは倍にして吐き、鼻づまりは相変わらず…。ティアが寝れないので親も眠れず、一晩ごとにジョセフ君と交代でティアの面倒を見ていた。

ティアが生後6週目に入った12月28日の夜は私がティアと一緒だった。日付が変わったころ、ティアにおっぱいをあげようとしても飲む元気がない 呼吸は相変わらず肩でしてるし、泣き声が非常に小さくなっていた。一番ショッキングだったのは、口から泡をふいていたこと。こんな状態になって母がこの子にできたこと。それは「祈ること」だった。真っ暗なリビングでティアを抱いて泣きながら必死で祈った。すると、頭の中には"emergency room"ということしか考えられなくなった。時間は午前1時。寝ているジョセフ君を起こし、ティアをERに連れて行くように頼んだ。ジョセフ君も相当疲れているので脳が回ってなく、
「そこまでしなくても大丈夫なんじゃない…?」
と言ってきたが、ティアの症状と私の祈りのことを説明したらまず担当医に電話してくれた。電話の向こうには担当医ではなく、その助手(?!)がいて、ティアの脈拍はいくつかと聞いてきた。ジョセフ君がその場で測ってみたところ、1分間に100を超えていた 眠そうな助手はそれを信じていなかったけど、
「まぁ、心配ならERに連れて行けば。連絡しとくから」
との答え。

寝ているシャーちゃんを車に乗せ、ティアの生まれた隣町の病院まで10分。ERに到着すると、夜勤の先生がロビーで待っててくれてすぐに問診、そして治療室へ。ここで私はシャーちゃんを連れてロビーで待つことに。

2時間ほど経った頃、先生が「入っていいですよ」と声をかけてくれたので中へ入った。すると診察台の上に、鼻から酸素チューブを入れられ、腕には栄養剤の点滴とそれを固定している板、そして指には脈拍、血圧、体内酸素濃度を測るセンサーがつけられたティアが眠っていた。まだ生後6週の小さなティアがすごく痛々しかった…。ジョセフ君がティアの病気を説明してくれた。

ティアの症状は、脱水症状と過度の疲れ。持っていた病気はRSV。これは大抵の子供がかかるらしいが、ある程度大きくなると風邪の症状だけで済むそうだ。でもティアのような乳児の場合、症状が重く、死亡に至るケースもあるとか。ジョセフ君が言うには、もし私達がティアをERに連れて行かなかったら命に影響しただろうと先生が言ったそうだ。

午前4時半ごろに救急車で子供専門病院に移動。入院することになった。こっちの病院のERでしばらく待機していたとき、ティアのセンサーのモニターを見ていると体内酸素濃度が80%前後だった。そしてこれがたまに75を下回るとセンサー音がなりすぐに看護婦さんが様子を見に来る、という仕組み。この体内酸素濃度、このときはよく分からなかったけど、マイキーを妊娠中に喘息&アレルギー反応ですごく呼吸が苦しかったときに計ってもらったら、97%。これでも私は結構苦しかったのに、ティアはこのとき80%代。最初にERに連れて行ったときは50%代だったらしい。すっごく苦しかったんだろうな。

ティアは結局5日間入院することになった。12月29日から1月2日まで。栄養剤点滴や酸素チューブは3日で取れたけど、センサーは最後までついていた。しかもティアの部屋はナースセンターから非常に近かった。これが何を意味するかはよく分かる。

無事に退院したあとも気は抜けず、鼻水取りは必須。なのに、次の週には日本へ引越し。
ティアちゃんはこんな大変な乳児時代を持つおこちゃまなのです。
今でも普段はサルみたいに活発で笑顔振りまいてるけどね、最も病気にかかりやすくしかも中々治らない、という体質になってるんだよ。

時々、このティアの乳児時代を思い出して、「もしかしたらあの時ティアをなくしてたかも知れない」と思うとすごく怖くなる。そして今ティアちゃんが私達と一緒にいてくれることがどんなに貴重なのかを思い出させてくれる。

そんなティアちゃんも3歳。大きくなりました。

久々に…★お知らせ★

2005年11月15日 | Event
日本人の皆さん、元気ですか??
(どんな挨拶だろうか、これは…)

学校の宿題やカルチャーナイトの最終練習なんかでバタバタした生活を送っている私ですが、
今日、再び予約をしてきましたよ~
てことで…

第3回日本人ポットラック開催のお知らせ
12月4日 日曜日
午後5:45より
TVAパビリオンにて


ファイナル前ですけど、今学期で卒業してTVAを巣立っていってしまう家族も多いので、
セメスターが終わる前に、一緒に集っておいしい物を食べ、
楽しく過ごしましょう

来週中にはまたピンクの案内状をドアに貼っておきます。
他の既婚日本人にも声をかけてくださいね~



☆ちょっと早めの誕生日会☆

2005年11月14日 | Family
今週の水曜日で3歳になるラティアさん。あいにく、水曜日の夜は最も忙しい なので、日曜である今日、家族(ジョセフ君の家族を含む)だけでちいさなバースデーパーティをやった。

子供達の誕生日には自分でを焼く、と決めているので、今回も例外なくスポンジから。昨日の朝、久々にお菓子作りの道具が登場し、18cmのスポンジを焼いた、が…。なんか膨らみ方が気に食わない 一応膨らんではいるんだけど、以前焼いていたような完璧ではなかった。なので、買い物から帰ってきた夜、2個目の18cmスポンジを焼いた。…完璧じゃないけど、1個目よりはいいので我慢することに。実家も呼ぶので、十分なケーキを用意したいと思い、ジョセフ君にケーキミックスからマフィンを焼くように頼んだが、
「明日でもいいよねぇ?」
なんてちょっと気合が足りなかった。
「(…本当は今焼いてほしいんだけど)ちゃんとデコレーションするときに冷めてるならね」
と、当日に焼くことを許した。
これがいけなかった…

我が家でケーキなんかを出しっぱなしにしているとアリが大喜びしてしまうので、2個のスポンジは温度がすっかり下がったオーブンの中で一晩置くことにした。冷蔵庫じゃパサつくし、電子レンジには2個入らないからね。これで、教会が終わったらすっかり冷めてしっとりしたケーキにデコレーションが出来るはずだったのに…。

日曜の朝、教会前に子供達の朝ごはんの準備なんかをしていると、寝ぼけたままの頭でジョセフ君が頼まれたマフィンを作り出した。卵やらサラダ油やらをミックスに混ぜながらオーブンを予熱。そして出来上がった生地をマフィン型に入れるのは面倒くさい、と私にその作業を頼んだ。なので、ジョセフ君の代わりに生地を流しいれていたらオーブンが予熱完了の合図をだした。その合図よりも5分ほど遅く生地の流し込みが終了して、「さぁ、焼くぞ!」とオーブンを開けたら…

私のスポンジ~!!!

私がオーブンを使うときは必ず中を見てから予熱を開始するのだ。なので、すっかり忘れていたがジョセフ君は寝ぼけ眼でケーキ作りを始めた。そんなところまで気が利く人ではない。
決してわざとではない、と分かっていても、か~なりのお怒りモードに
宿題の時間を割いて、風邪気味の体で作ったスポンジがだよ、たかがケーキミックスのケーキの予熱で再加熱されるとは 
悪いけど、今回はその後4時間話してあげなかった。口を開くと文句がでそうだし、体調も決して麗しいわけではなかったから余計イライラが続いてね。4時間後に改めて、落ち着いた口調で
今度からはちゃんとオーブンの中を見てから予熱してください
と警告。ジョセフ君、
「はい。ごめんなさい」

再加熱のせいでパサついて周りが少々硬くなってしまったスポンジ。捨てるわけにもいかないし、焼きなおす時間もないので、使うことに。こんな風にデコレーションしてみた

これは、2段ケーキ。いちご、桃、キウイ、ぶどうで飾ってみた


こっちは3段ケーキ。2段目がチョコクリーム。こっちにキャンドルを立てた。もちろんチョコプレートから手作り。ていうかさ、チョコペンちゃんと室温に戻しておくべきだったよ 文字を書くとき、硬くてねぇ。

そしてこちらが、マフィン

いちごクリームの上にいちごとキウイ、そして巻きチョコ(?!) この巻きチョコ作りが結構おもしろかった。

このケーキ達を飾っているとき、マイキーがやってきて、お手伝いをしてくれているシャーちゃんの踏み台にのぼり、そして…パクッ!! 
…今、スポンジ食べた?!
全く、今日はうちの男共~ マイキー君、パパによってキッチンから強制退場。

6時にジョセフ君のパパ、ママ、弟が来てみんなで歌を歌い、ケーキを食べ、カレーライスを食べてプレゼントタイム 私達からは粘土用のテーブルとパンツ型おむつ ちょうど昨日買ったので包んでみた。それを開けたときのティア、めっちゃ明るい顔で

Diaper~!!

驚いたらしいな。他にもお風呂のおもちゃや、プリンセスの小さな絵本、クリスマス用のドレスなんかをもらったラティア。Grandma達が帰って早速シャーちゃんとお風呂で遊び、そして家族で聖典を読んでいる間に、私の腕のなかで 

いい一日になったかなぁ??