星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

しましまクッキー

2007-09-08 | クロネコチャン
クロネコチャンは野良猫だった。
彼女が私に近付いたのは、うちにいたクッキーという牡猫に恋していたからだ。

先住猫クッキーは、ある日向こうからやってきた。なんと玄関から。
初夏の頃、台所で私がチーズを切っているときに、
なんだかドアの向こうに誰か来た気配がして、ドアを開けると彼がいた。
茶色というより、しましまのハンサムな金色猫だった。
自分から入ってきて、私がチーズを出すと、モグモグ食べて、
そのままうちに居着いてしまった、不思議猫だ。
当時盛んにCMしていた、しましまクッキーから名前がついた。
チーズの他に、海苔と羊羹を好んで食べたから、おばあちゃんに飼われていたのかもしれない。



クッキーが、日だまりで寝ていると、彼の周りは後光が射してるみたいに輝いていた。
私はいつも幸せな気分で、うっとりとライオン丸クッキーを見ていた。
クッキーは声が出なかった。
外に出たら、いつも律儀に鉄の扉の玄関から帰ってきた。
私には、扉の外で、彼が「クーッ」と喉を鳴らす音が聞こえた。
きっと音以外の何かを彼は私に向かって出していたのだと思う。

外で、クッキーが何をしているのかというと、自転車の後ろカゴに入って寝ている。狩りとか、喧嘩とかとは無縁の(ようにみえる)ネコだった。

翌年の春先、自転車カゴにはもう一匹猫が入っていた。クッキーのおなかの上で、小さなキジ猫が寝ていたのだ。私が近付くと、その仔猫は「フッギャー!」と、凄いだみ声を出して、カゴから飛び出してどこかに行ってしまった。

毎日、その牝のキジトラ仔猫は、クッキーの温もりを求めて、自転車かごの中に入っているようになった。
クッキーは、その仔猫を踏み台にしてカゴから出てきたりして、どう見ても、仔猫の方が一途に彼を慕っているという関係に見えた。
仔猫は、クッキーが私を見ると自分のそばから離れ、私と一緒にドアの中に去って行くので、いつも私を正面から睨んで、敵視していた。私の出すチーズもカリカリも食べなかったし、誘っても決して近付いて来なかった。

春の終わり頃、クッキーが押し入れの中から出てこなくなり、無理矢理出したら、小刻みに震えている。自転車で獣医さんまで夙川沿いの道を猛スピードで走った。
獣医さんはレントゲン写真をみせて、「この猫ははもともと腸がとても短くて、よく今まで生きている方です。」と、救いのない話をした。長い点滴をした。
帰り道、自転車の後ろカゴの中でぐたっとしたクッキーは、ほとんど動きがなかったのに、突然バーンと、蓋をける音がした。それが、クッキーが振り絞った最後の力だった。
その日、川沿いの道には、桜吹雪が、目に入って、前に進めないくらい舞っていた。

          

クッキーがいなくなっても、そのキジ猫は自転車カゴに入っていた。相変わらず私を見たら「ふっぎゃー」と叫んでどこかに消える。それでも毎日やってきて、時にはドアの前で鳴いている。クッキーを呼んでいるのだ。その時の鳴き声はふっぎゃーとはほど遠い、優しく、悲しい「ニャ~オ~」だった。
やがて、痩せた小さな彼女の身体が、一目みてわかるくらい膨らんできた。
もしかしてクッキーが?
あのおとなしい野生のかけらもなかったクッキーが?
こんな細々としたいたいけな女の子を?

クッキーの子供が生まれるかもしれない、ワクワクした。
なんとか、引き入れようとしたけど、彼女は家には入ってこなかった。
やがて出産、彼女が近所の資材置き場に隠している仔猫はどうやら2匹。真っ黒ちゃんと、クッキーに似た茶色のしましま猫と確認した。
私を、クッキーとの思い出を共有する仲間として承認してくれたのか、彼女はやっと、我が家の軒下でカリカリを食べ、ミルクを飲むようになった。
それでも、仔猫は近づけようとしない。
近所の子ども達が、仔猫を運ぶ彼女を見て、「仔猫を食べてる」と、騒ぎだした。
私は子ども達に、酒屋の前の看板をみせて、「ネコさんはああやって、傷つけないように仔猫を運んでいるのよ」と、説明した。子ども達は、彼女に「クロネコヤマトノタッキュウビンチャン」という長い名前をつけた。キジトラネコなのに、やがて彼女は「クロネコチャン」という、とても健康運のある名で呼ばれるようになった。

仔猫たちは、一月も経たないうちに姿を見せなくなった。
私は無理矢理にでも、拉致すればよかったと、心から後悔した。
クロネコチャンは、窓から自由に我が家に出入りするようになって、いつのまにか
フッギャーとは言わなくなった。
じっと私の目を見て言いたいことを伝え、私に反省を促す大人のネコになった。
その家を出ることになった時、私がおずおずと、「一緒に来る?」って聞いたら、即座に「ニャ~オ」と応えた。私には「当然よ」と聞こえた。

こうして、クロネコチャンは、このベランダで、私と一緒に月を眺めるネコになった。
長ーい時間、彼女が月に帰るまで。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする