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星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

ポケットに携帯を

2009-09-07 | クロネコチャン
気温が34度もあるのに、夏の終わりを感じたのは、スーパーでかき氷のシロップに半額シールが貼られているのを見つけた時だった。ワーイ、炎天下頑張って歩いてきた甲斐があったわ。
家に帰って早速かき氷を食べた。
赤いシロップがキュロットにこぼれ落ちた。
これは、この夏ラジオ体操のカードを入れる大きなポケットが必要だったので、ユザワヤでハワイアン柄の布地を買ってきて、母の洋裁教室(生徒は私一人)で作ったキュロット二着のうちの一着。
最近そのポケットには、いつも携帯電話が入っている。

日曜の朝、近所の緑道清掃に出た。オッと携帯電話持って出るの忘れるところだったわ。虫に刺されながら一時間。この日一番大きなゴミは我が家と同じ機種の電気炊飯器だった。

5月に携帯電話の機種を変えた時、今度のはTVが見えることは確認した。しかし電話とメール以外の機能は触れることなく、それで何の不自由も感じていなかった。
ある日デジカメを持って出るのを忘れた時、携帯で写真を撮ろうとしたら、前の機種と操作が違っていて、ツールを開いたら、「歩数計」というのが目にとまった。開いてみると、何とそこには、この一ヶ月間、私が携帯を持って歩いた歩数が記録されているではないか。旅に出た日は17925歩、ボランティアの日は8221歩。わずか345歩とかいう日もある。0歩というのは持って出なかった日だ。蓄積された、運動不足の日々の、鮮やかな記録がそこにあった。
      

お出かけなしの今日は、NHK「よみがえるビートルズ」を立ったまま見ていたら3500歩追加。どうしてかしら?緑道清掃と同じくらいの歩数だわ。

ビートルズといえば(?)最近始めたことがもう一つ。いつもおろしていた前髪を最近はフォ○バーで、あげている。

             可愛いなー、このこたち… 

クロネコチャン…あなたは一日何歩くらい歩いていたの?
…月に旅立ってもう5年たったんだね。あ、そうそう今年の結婚記念日は、最近近くにできたこんなレストランのカップルシートでバリ島の映像見ながら食事したのよ。

      

…エビとサーモンの生春巻きetc、クロネコチャンの好物がたくさんあったわ。
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キャットタワー

2008-06-13 | クロネコチャン
住んでいるマンションの改修工事のため足場が組まれてから、2ヶ月が経つ。
ネットで覆われたベランダから空は見えず、憂鬱な日々が続いている。
雨が降った日にうちの中にいると、もう世間から完全に隔離された気分になる。
水害のミャンマーで、幽閉された自分の無力さに苛立ちながらも、私のところまでこうして、何かをおくり続けているアウンサンスーチーさんのことなど思ってみる。

籠城気分のせいか、いつのまにか、以前より食料のストック量が多い。
いやこれは食欲不振で消費量が少ないせいかもしれない。

昼間、レースのカーテン越しに、工事の人がベランダを時折ほいほいと横切って行くのが見える。あわてて厚いカーテンも閉めているが、ベランダからは何が見えるのだろう。
決して覗いて欲しくはないが、こちらからは、どうかプロの仕事して下さいね、と気配を送ってみたりする。

夜もべランダから星が見えない。月がぼやっと「出てますよー」くらいの存在感。
なんだかいつも涙ぐんでるような世界だ。

ただ、足場は、巨大なキャットタワーのようで、
クロネコチャンなら見逃すはずはない。
もしかしたら近所のネコさん達も、なんとなく集まっているかもしれない。

暗闇の向こうから、クロネコチャンが、現れても、
わたし、驚かないから、出ておいで~
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「アース」体験

2008-01-16 | クロネコチャン
月に還ったクロネコチャンが、みているのは、きっとこんな地球なのだろう。

   

私を見つけてくれるかな?大丈夫、ベランダで念力飛ばせばきっと届く。
わたしもこの中で生きてるから。

生き物たちが、生きようとする念力で、回っているかのような地球という星。
映画「earth」(監督アラステア・ファザーギル、マーク・リンフィールド)での映像体験は素晴らしかった。
いつも外国映画は字幕で観るのだけど、この「アース」は、画面の一部が字幕で邪魔されない、静かな渡辺謙さんのナレーション吹き替えで観て良かったと思う。

上空を渡る鳥の大群のダイナミックな映像。そのスピード感。
もう最初のこれだけで、映画館に観にきてよかったー、と思う。
私は時々、空を飛ぶ鳥が地上の私を見たらどんなに見えるのかなと想像する。
その鳥たちを上から見下ろす視線を自分が持てる、その爽快さ。

カメラは北の果てから、地球に生きる動物を追っていく。
白い北極で冬眠から目覚めるホッキョクグマ、穴から顔を出した子グマは氷上を滑りながら母熊の後を追っていく。母熊のおなかは餌を求める。

            

カメラは、温暖化による氷の減少で、なかなか餌のアザラシが捕れないホッキョクグマを追う。集団で必死に子供を守るアザラシ。すべての体力を失い、アザラシの群れの目前で命絶えるホッキョクグマ。

地球上の生物は生まれたら生きようとする。親は命がけで子を育てる。
子達は、生きるためのハードルを乗り越えなければならない。
まだ羽根も生えてないのに、オシドリ母さんは、9mの高さから、「おりといで」とひな鳥に促す。森の枯葉がひなを守ってくれる。

砂嵐の中、アフリカゾウの親子は水辺にたどりつけるのか。
目に砂が入った子象は木にぶつかる。
やっとたどりついた水辺。そこにはいろんな動物がいた。
互いを意識しながら水を飲む、ライオンとアフリカゾウ。
緊張感あふれるライオンの目。暗闇の中、ライオンの群れが一頭の象に襲いかかる。

彼らに安心して眠れる夜があるのだろうか。
そんなこと知らない。いつ死ぬかなんて心配したことはない。
今、生きてることがすべて。
生きてることは、自分にとってこの世界があるっていうことなんだ。
死ぬことは、その時がきたということ。

水を渡るキリンに、サル。
自分がこの世界の空気をすべて呼吸しているような幸せな映像。

パプアニューギニアのジャングルの枝を一生懸命掃除するスタイリッシュでマメな鳥。「楽園の鳥」という言葉にうなずく。食料や天敵の心配のない彼らは、まるで造物主の趣味でつくられた生物のようだ。
求愛ダンスを踊るカタカケフウチョウの瞼は青い。こんな鳥もいる。

                  

春になると、熱帯の海で生まれたザトウクジラは、餌の豊富な南極の海へ向かう。
300万頭のトナカイは、牧草を求めて3000㎞も大移動する。
彼らの壮大な距離感。

気になる、気になる。あのホッキョクグマは、今もアザラシのいる氷を求めて、北の冷たい海を泳ぎ続けているのだろうか。
たどり着けますように、氷が溶けませんように、と祈らずにはいられない。
地球温暖化をもたらすのはヒト、防ぐことができるのもヒトという生き物。

アムールヒョウはもう40頭以下になったという。
彼ら自身はそんなこと知らずに「今」を生きている。
今しか撮れない、そんな危機感も迫ってくる映像である。
30年後にこの映像を観ることがあったら、どんなことを私は思うだろう。
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しましまクッキー

2007-09-08 | クロネコチャン
クロネコチャンは野良猫だった。
彼女が私に近付いたのは、うちにいたクッキーという牡猫に恋していたからだ。

先住猫クッキーは、ある日向こうからやってきた。なんと玄関から。
初夏の頃、台所で私がチーズを切っているときに、
なんだかドアの向こうに誰か来た気配がして、ドアを開けると彼がいた。
茶色というより、しましまのハンサムな金色猫だった。
自分から入ってきて、私がチーズを出すと、モグモグ食べて、
そのままうちに居着いてしまった、不思議猫だ。
当時盛んにCMしていた、しましまクッキーから名前がついた。
チーズの他に、海苔と羊羹を好んで食べたから、おばあちゃんに飼われていたのかもしれない。



クッキーが、日だまりで寝ていると、彼の周りは後光が射してるみたいに輝いていた。
私はいつも幸せな気分で、うっとりとライオン丸クッキーを見ていた。
クッキーは声が出なかった。
外に出たら、いつも律儀に鉄の扉の玄関から帰ってきた。
私には、扉の外で、彼が「クーッ」と喉を鳴らす音が聞こえた。
きっと音以外の何かを彼は私に向かって出していたのだと思う。

外で、クッキーが何をしているのかというと、自転車の後ろカゴに入って寝ている。狩りとか、喧嘩とかとは無縁の(ようにみえる)ネコだった。

翌年の春先、自転車カゴにはもう一匹猫が入っていた。クッキーのおなかの上で、小さなキジ猫が寝ていたのだ。私が近付くと、その仔猫は「フッギャー!」と、凄いだみ声を出して、カゴから飛び出してどこかに行ってしまった。

毎日、その牝のキジトラ仔猫は、クッキーの温もりを求めて、自転車かごの中に入っているようになった。
クッキーは、その仔猫を踏み台にしてカゴから出てきたりして、どう見ても、仔猫の方が一途に彼を慕っているという関係に見えた。
仔猫は、クッキーが私を見ると自分のそばから離れ、私と一緒にドアの中に去って行くので、いつも私を正面から睨んで、敵視していた。私の出すチーズもカリカリも食べなかったし、誘っても決して近付いて来なかった。

春の終わり頃、クッキーが押し入れの中から出てこなくなり、無理矢理出したら、小刻みに震えている。自転車で獣医さんまで夙川沿いの道を猛スピードで走った。
獣医さんはレントゲン写真をみせて、「この猫ははもともと腸がとても短くて、よく今まで生きている方です。」と、救いのない話をした。長い点滴をした。
帰り道、自転車の後ろカゴの中でぐたっとしたクッキーは、ほとんど動きがなかったのに、突然バーンと、蓋をける音がした。それが、クッキーが振り絞った最後の力だった。
その日、川沿いの道には、桜吹雪が、目に入って、前に進めないくらい舞っていた。

          

クッキーがいなくなっても、そのキジ猫は自転車カゴに入っていた。相変わらず私を見たら「ふっぎゃー」と叫んでどこかに消える。それでも毎日やってきて、時にはドアの前で鳴いている。クッキーを呼んでいるのだ。その時の鳴き声はふっぎゃーとはほど遠い、優しく、悲しい「ニャ~オ~」だった。
やがて、痩せた小さな彼女の身体が、一目みてわかるくらい膨らんできた。
もしかしてクッキーが?
あのおとなしい野生のかけらもなかったクッキーが?
こんな細々としたいたいけな女の子を?

クッキーの子供が生まれるかもしれない、ワクワクした。
なんとか、引き入れようとしたけど、彼女は家には入ってこなかった。
やがて出産、彼女が近所の資材置き場に隠している仔猫はどうやら2匹。真っ黒ちゃんと、クッキーに似た茶色のしましま猫と確認した。
私を、クッキーとの思い出を共有する仲間として承認してくれたのか、彼女はやっと、我が家の軒下でカリカリを食べ、ミルクを飲むようになった。
それでも、仔猫は近づけようとしない。
近所の子ども達が、仔猫を運ぶ彼女を見て、「仔猫を食べてる」と、騒ぎだした。
私は子ども達に、酒屋の前の看板をみせて、「ネコさんはああやって、傷つけないように仔猫を運んでいるのよ」と、説明した。子ども達は、彼女に「クロネコヤマトノタッキュウビンチャン」という長い名前をつけた。キジトラネコなのに、やがて彼女は「クロネコチャン」という、とても健康運のある名で呼ばれるようになった。

仔猫たちは、一月も経たないうちに姿を見せなくなった。
私は無理矢理にでも、拉致すればよかったと、心から後悔した。
クロネコチャンは、窓から自由に我が家に出入りするようになって、いつのまにか
フッギャーとは言わなくなった。
じっと私の目を見て言いたいことを伝え、私に反省を促す大人のネコになった。
その家を出ることになった時、私がおずおずと、「一緒に来る?」って聞いたら、即座に「ニャ~オ」と応えた。私には「当然よ」と聞こえた。

こうして、クロネコチャンは、このベランダで、私と一緒に月を眺めるネコになった。
長ーい時間、彼女が月に帰るまで。
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クロネコチャンのいる礼拝堂

2007-09-05 | クロネコチャン
☆クロネコチャン、どうしてる?
あなたが月に帰ってから、3年めの秋を迎えようとしています。。
2年前、ご近所のアメショー君と遊んでいたら、くしゃみが止まらなくなって、お医者さんに行ったら、信じられないことに、ネコアレルギーだと診断されました。
あなたと寝起きを共にした20年間、そんなことはなかったのに…
仕方ないので、里親さんブログを覗くのやめて、このブログを始めました。
それから、1年。これが176個目。あなたに届いてるかなー☆

この夏の終わり、1m競走なんて競技があったら、きっとクロネコチャンにかなう人間はいないだろうなぁ、なんて思いながら、TVで世界陸上を観戦。
短距離レースの黒人選手の素晴らしい身体の動きを見ているうちに、1万5千年前の人類が地上に残した壁画のことを思い出した。
そう、ラスコーの洞窟壁画。こんな元気な牛さんたちを追っていた時代、全速力で走る人間がいたはず。こんな絵を描くプロの芸術家もいたのだから。
「ラスコーの壁画には夏の大三角も描かれている」ことが、最近発見された。はくちょう座のデネブは鳥人間、こと座のベガは牛の目、わし座のアルタイルは棒上の鳥として描かれているという。探せば、お月様も当然ある(はず)。

               

調べたら、洞窟は保存の為に1963年から完全閉鎖されていて、近くにラスコー2というレプリカ博物館があるとのこと。残念。でも、ラスコー洞窟のHPがとても素敵だったので、そこにどうしたらたどり着けるのかと、うろうろとフランスのブログ紀行をしていたら、これが、時間を忘れるほど楽しい。イル・ド・フランス…ジャン・コクトーってハンサムねぇー、なんて見てたら、
ミリ・ラ・フォレという小さな町の礼拝堂(シャペル・サン・ブレーズ・デ・サンプル)で、
クロネコチャンを発見!!



この草食べてもいいのかな?なんて見上げてるんでしょ。
それはね、ゲンチアナっていう、胃薬になる薬草なの。
もしかして、コクトーさんは胃痛に苦しんでいたのかな?
アヘン中毒だった若かりし頃を反省したのかもしれない。
薬草園の中の礼拝堂に、クロネコチャンそっくりの、
可愛いスフィンクスを描いて、永遠の眠りについているなんてね。
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眠れぬ夜

2007-07-18 | クロネコチャン
今夜、体育館の固い床の上に身を横たえ、体育館の屋根の雨音を、聞いている人のことを思う。咳がでるたび周りを気遣い息を潜めているうちに自分の心臓が早鐘を打ち始めた人のことを思う。大勢の人間の匂いにむせそうになってここ以外のどこかに行きたいと思っても今はここにいるしかないとあきらめる人のことを思う。できるだけあのトイレに行きたくないから水分を我慢してる人のことを思う。余震がいつくるか不安で身体が疲れ果てるまで眠れない人のことを思う。
ニュースを見て、私と同じように、12年前のことを思い出して眠れない人のことを思う。

ガスは3月末までこなかったし、水も出なかったし、通勤に4時間かかったけど、幸い一部損壊程度で住む家があり、家族に怪我した者もいない私は、日常、自分の方から地震の話をすることはない。私の周りには、もっともっと辛い経験をした人がたくさんいるからだ。地面が時々まだ揺れ続き、ガスの匂いがしていたあの朝、マンションを一歩出たら、電柱は倒れ、町内の木造2階家は、グシャッと平屋になっていた。どの屋根の下にもいつもの夜のようにぐっすり眠っていた人がいた。
…約束事のように、あの地震を境に、生活環境が変わったことだけは了解しあってのつきあいが、ここにはある。

購入したばかりでまだ入居もしてなかった全壊マンションのローンを払い続けている人のことを思う。足を折って入院していた病院で地震にあった人のことを思う。かつて勉強部屋だった焼け跡で受験参考書を探した人のことを思う。1年近くも中学校の教室で他の3家族とともに暮らし、段ボールの衝立の向こうで着替えをしていた女子高生のことを思う。亡くなった人のことじゃなく、その体験を抱えたまま、あれからも頑張って生きてる人のことを思う。今夜は、みんなぐっすり眠れているだろうか。

眠れぬ私は、我が家を見回す。家具や食器や小物たちいつから我が家にきたものかすぐに思い出せないけど、地震の前からあるものと、地震の後からあるものの区別だけはつく。
あの冬の明け方、入ってくる朝の光にはっきり見えてきた室内の様子…レンジもテレビも棚から落ちて、食器棚も倒れ、割れた食器や様々なものががらくたの山と散乱…ボーッとそれを見てたら、クロネコチャンの「フニャ~」という声が聞こえた。それまで暗闇の中、「クロネコチャーン」と呼びながら懐中電灯で探しても鳴き声ひとつしなかったから、どんなにホッとしたことか。「あの時いったいどこでどうしていたの?」って、あれから彼女と目があうたびに何度も聞いた。

いったい何が起こったのかわからないけど、いなくなった飼い主を捜して、雨に濡れながら、鼻をひくひくさせているワンちゃん・ネコさんのことを思う。
…眠れません。
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Jingle Cats

2007-02-21 | クロネコチャン
           
とっくにクリスマスも過ぎたのに、我が家では、ジングルキャッツのクリスマスソングが流れてる。
「HERE COMES SANTA CLAWS(サンタクロース)」の最後16曲目に
♪ネコのハッピーバースデイ が入っているのを思い出して、ネコさんたちにも祝ってもらった
…○○回目のMY BIRTHDAY。

それ以来、晴れた日の朝は、ついかけてしまう。
これ、家事労働のBGMにぴったし。洗濯・掃除、はかどるわー。
クリスマスソング以外の曲も楽しい。ただし「ミャリークリスマス」の最後の「蛍の光」を聴くと悲しくなるので、「サンタクロース」の方だけ。

10年位前のクリスマスに、神戸元町のファンシーショップの店内で耳に入ってきた、ネコさんたちの鳴き声。もう思い思いに勝手に叫んでるんだけど、ちゃんと「♪聖しこの夜」になってる。きいてるうちに自然に笑い出してた。クロネコチャンの缶詰用通信販売のカタログに、あったので早速注文。

1991年、ロサンジェルス在住の音楽エンジニアのマイク・スパラさんが、クリスマスパーティー用に「ジングルベル」を作ったのが始まり。当然大受け。
それから1年間かけて、実際に9匹のネコさん(チーズマフ・マックス・スプロケット・ピンキー・クララ・キューバル・グレーマー・トゥウィズラー・ペチュニア)の
「ミャアアア」「イェーン」「グールグル」「ウニャー」「ンギャー」など様々な声を収録し、陽気な犬のクロッピーの声と、スパラさん自身のギター・ハーモニカ・ドラムをくわえて、この楽しいアルバムが生まれた。

クロネコチャンはこれをかけたら、いつもそわそわして落ち着きがなくなり、うなり声のところでは、耳がピーンとなって緊張してた。だから実はクロネコチャンのいる頃は、クリスマスと誕生日にしか、かけてなかったの。

今は、Jingle Cats のメンバーの中に、密かにクロネコチャンが、混ざってるような気がする。
特に、ゴハンをマリア様にねだってるとしか思えない ♪アヴェ・マリアなんて聴くとね。


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クロネコヤマトノタッキュウビンチャン

2007-01-30 | クロネコチャン
クロネコチャンは黒猫ではない。ではなぜあなたをこうよんだのか?
クロネコチャンの本名はクロネコヤマトノタッキュウビンチャンという。
(チャンまでが名前だ。アグネス・チャンみたいに。)

昨日、見知らぬ青年を相手に、クロネコチャンの話をした。それもちょっと不思議な空間で。
見知らぬといっても、当然ネコ好きであることが判明してる人。
不思議な空間とは、大江ビルヂング101号室。
ここの乙画廊で開かれてた高橋宣子さんという方の個展で、「少女と黒猫」の小さな銅板画を観ていた時のこと…

青年「ネコを飼っておられるのですか?僕は黒猫を飼ってるんですよ」
私「うちのこは亡くなりました。黒い猫じゃないけどクロネコチャンなんですよ」
青年「それはまたどうして?」
私「クロネコチャンはノラネコでした。ある日彼女が仔猫をくわえて運んでいるのを、近所の子供達が見て、『ネコが仔猫を食べてるー』と騒いでいたので、彼らをお米屋さんの店頭の宅急便のマークのところに連れて行ったんです。『ネコはね、人間のお母さんみたいに抱っこできないから、傷つけないように仔猫の首のところをそっとくわえて大切に運ぶのよ。』と教えてあげたんです。それ以来子供達は、そのやせっぽちの気の強いノラネコを『クロネコヤマトノタッキュウビンチャン』と呼ぶようになったのだけど、当然長すぎるから、だんだん『クロネコチャン』になったんですよ。…」

その後、クロネコチャンが21歳まで長生きしたこと、20歳でてんかん発作を起こしたこと、最後の3ヶ月は、目が見えなくなったけど、最後まで頑張って自分でトイレに行ってたこと、なんて話してしまったの。ほぼ我が子自慢だったけど、その青年は時々感心しながら、楽しそうに聞いてくれたわ。

大江ビルヂングは、機動隊バスが2台停まってる御堂筋のアメリカ領事館の裏手にある大正10年建立のレトロな建物。
中には、画廊や司法書士事務所なんかが入ってるけど、
小林君のいる明智探偵事務所があっても驚かないし、
本物のエメラルドの首輪した黒猫が、ビルのオーナーだと言われても、「へぇ、そうなんだぁ」と思ってしまうような、不思議空間です。
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♪ありがとう

2006-10-18 | クロネコチャン
SMAP×SMAPを見てたら、SMAPの「♪ありがとう」が流れ、
中居君が「~してくれてありがとうって、まわりの人に言ってみて下さい」っていうので、つい、旦那に言ってしまった。
「~してくれてありがとうって、何かある?」だなんて。

何も言わないので、しばらくして「どう?」って聞いたら
返ってきた答は、「思いつかない」

…私、しおれてしまった。
ここ2週間、結婚して初めて、毎朝5時半に起きてお弁当作ってるのに。最近奥さんの仕事まじめにやってるつもりだったのに…この人はそんなこと当たり前だと思ってるんだ、何も思ってないんだ、って…ほんとにふてくされて、ベランダでやめてたタバコを沢山吸ってしまった。

…翌朝出かけに、彼が言った。

「いっしょにいてくれてありがとう。これしか思いつかない」

それからは、一日に何回もこの言葉思い出しては、じーんとしてるの。
それは、21年間いっしょに暮らしたクロネコチャンと別れる日に
私が、繰り返し繰り返しクロネコチャンにむかってつぶやいた言葉なんだもの。
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1995年

2006-09-04 | クロネコチャン
震災直後、まだデジカメも携帯も持ってなくて、
写真を撮る余裕もなかったけど、こんな写真が残ってた。

1月17日の朝落ちてきたTVはまだ床の上に、
花瓶がないから、花は空き瓶に活けてる。

でもクロネコチャンはあい変わらず、元気だった。
12歳…おばあちゃんになっても、クロネコチャンはよく遊んだね。


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最大値

2006-09-03 | クロネコチャン
このころ、42㎏、いや4.2㎏。

一緒にダイエットしようかって、何度も誘ったのに
あなたは一度も協力しようとしなかった。

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クロネコチャン

2006-09-02 | クロネコチャン
クロネコチャン、
21年間一緒に暮らしたあなたが
月に帰ってから
ちょうど今日で2年経ちました。

元気にしてる?
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