島から帰ってきて十日たった。やはりこれを書かないと夏が終わらない。
宿舎のチェックインは、フランス人カップルの次で、私たちの次はドイツ人の家族連れだった。ホテルのレストランでも夕食は半数以上が外国人。いつのまにかここは、海外に知名度の高い日本のリゾート地になっていたのだ。
島の美術館は、劇空間に近いものだった。
そう、そこは007の映画を撮るに適した場所。
シリアスな映画ではなく、明らかにありえない、非日常的な作り物であることが前提に成立する活劇がふさわしい。もちろん、ショーン・コネリーのジェームズ・ボンドで。
(以下フィクション)
ここは悪の組織スペクターの地下要塞がある島。ボンドはその島にやって来た。
日本色濃い島の旧家。家の中の暗さにボンドの目が慣れぬまま板の間に腰をおろした瞬間、宮島達男の「時の海’98」の数字が点滅する水の中から、錐のようなものがボンドめがけて飛び出す。
中国産太湖石の並ぶ不思議な庭で、ボンドが美女と一緒にジャグジーバス(蔡國強の「文化大混浴」)に入って楽しんでいる。なんて無防備なんだ。それを浜辺の穴の開いた白い船尾(大竹伸朗「シップヤード・ワークス)の穴から双眼鏡で覗く男。
ホテルの廊下、視線を感じたボンドが振り向くと、廊下の隅に輪郭のはっきりしない金属片の男の像(アントニー・ゴームリーの「サプリメントⅣ」)が立っていた。細い手首が今にも音をたててボンドの首に向かってきそうだ。
朝、ボンドが、地下要塞に向かう上り道の左側。モネのジヴェルニーの庭に模した蓮の池と見事な草花の咲き誇る庭のベンチでは、松葉杖を横に老人がのんびりと居眠りしている。でも実は刺客。池の蓮と柳の枝のアップ。突然揺れる枝と水面。
ボンドは島の美術館を彷徨う。世界制覇をめざす陰謀がここの展示の中に隠されているからだ。
地下への長いスロープを下りていく。下の壁にはアクリルガラスの中に砂でつくった世界の国旗が並ぶ(柳幸典の「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」)。砂の中をはう蟻のクローズアップ。
微笑むボンドの視線の先には、大きな丸い大理石(安田侃「天秘」)の上に寝そべる2匹の猫がいた。雄のアメショーがお腹を上に寝そべって青空を見ている。そのそばには「あんた誰よ?」とボンドに鋭いビームを送っている美しい白い牝猫。(特別出演:「アメショっす」の銀チャンとラムちゃん)
島の美術館のテラスにある、世界の海の水平線写真(杉本博司の「タイム・エクスポーズド」)が並ぶ空間では、謎の美女がボンドに近づく。壁の隙間から見える浜辺の岩壁に設置された何かの反射光に、ボンドは気付く。
「CRY AND DIE」「CRY AND LIVE」「SMILE AND DIE(笑って死ね)」「SMILE AND LIVE(笑って生きろ)」と五十個の動詞に「DIE」と「LIVE」が続く文字が次々と点滅するブルース・ナウマンの「100生きて死ね」の吹き抜け空間で、突然敵が襲いかかる。飛びかかるその瞬間、文字盤の文字全部がバッバッアと一斉について辺りはショッキングな明るさになる。
ボンドはたどり着いた。不思議な光が涌いてくる壁の前に。(ジェームズ・タレル「オープン・フィールド」)ボンドが光の中に一歩踏み出すと、壁と見えたものが消え、そこは光に満たされた、光の中に心が溶けていくような空間だった。光の中に美女の顔が見えたと思った瞬間、ボンドは敵に捕縛された。
映画のクライマックスは、ウォルター・デ・マリアの「タイム/タイムレス/ノー・タイム」をご神体のように祭る神殿のような空間。
(~写真は地中美術館パンフレットより)
黒い巨大な球の鎮座する白い空間の階段でボンドがスペクターの団員達と乱闘する。団員達の服装は、上下白のパンツスーツに斜め掛けしたポシェットという新興宗教信者のような今のスタッフの制服そのままでOK。
ついに悪の組織スペクターの首領登場。神殿の白い空間、黒い巨大な花崗岩の球の向こう、空から自然光の降り注ぐガラスの真下に立つ白装束の首領(この美術館を設計した人のイメージ)。
このステージでの負けを悟った首領は、ポケットのスイッチを押した。すると、球体であるにもかかわらず今まで不動のご神体だった黒い球が、突然動き出し、階段をボンドの方に向かって転げ落ちていく。その間に球の下に隠されていた、ヘリポートに繋がる秘密の通路から首領は脱出し、日本各地にある彼の設計した要塞に向かって飛び立った。
ミッションを終えた水着姿のボンドが、美女と一緒に黄色い南瓜のある突堤から、美しい瀬戸内海に飛び込む。
流れるテーマソング
♪タンタカタンタン タンタカタンタン タンタカタンタン、
ヒュヒュー ヒュヒュヒュー♪
ところで、今回のボンドのミッションは何だったのだろう?
宿舎のチェックインは、フランス人カップルの次で、私たちの次はドイツ人の家族連れだった。ホテルのレストランでも夕食は半数以上が外国人。いつのまにかここは、海外に知名度の高い日本のリゾート地になっていたのだ。
島の美術館は、劇空間に近いものだった。
そう、そこは007の映画を撮るに適した場所。
シリアスな映画ではなく、明らかにありえない、非日常的な作り物であることが前提に成立する活劇がふさわしい。もちろん、ショーン・コネリーのジェームズ・ボンドで。
(以下フィクション)
ここは悪の組織スペクターの地下要塞がある島。ボンドはその島にやって来た。
日本色濃い島の旧家。家の中の暗さにボンドの目が慣れぬまま板の間に腰をおろした瞬間、宮島達男の「時の海’98」の数字が点滅する水の中から、錐のようなものがボンドめがけて飛び出す。
中国産太湖石の並ぶ不思議な庭で、ボンドが美女と一緒にジャグジーバス(蔡國強の「文化大混浴」)に入って楽しんでいる。なんて無防備なんだ。それを浜辺の穴の開いた白い船尾(大竹伸朗「シップヤード・ワークス)の穴から双眼鏡で覗く男。
ホテルの廊下、視線を感じたボンドが振り向くと、廊下の隅に輪郭のはっきりしない金属片の男の像(アントニー・ゴームリーの「サプリメントⅣ」)が立っていた。細い手首が今にも音をたててボンドの首に向かってきそうだ。
朝、ボンドが、地下要塞に向かう上り道の左側。モネのジヴェルニーの庭に模した蓮の池と見事な草花の咲き誇る庭のベンチでは、松葉杖を横に老人がのんびりと居眠りしている。でも実は刺客。池の蓮と柳の枝のアップ。突然揺れる枝と水面。
ボンドは島の美術館を彷徨う。世界制覇をめざす陰謀がここの展示の中に隠されているからだ。
地下への長いスロープを下りていく。下の壁にはアクリルガラスの中に砂でつくった世界の国旗が並ぶ(柳幸典の「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」)。砂の中をはう蟻のクローズアップ。
微笑むボンドの視線の先には、大きな丸い大理石(安田侃「天秘」)の上に寝そべる2匹の猫がいた。雄のアメショーがお腹を上に寝そべって青空を見ている。そのそばには「あんた誰よ?」とボンドに鋭いビームを送っている美しい白い牝猫。(特別出演:「アメショっす」の銀チャンとラムちゃん)
島の美術館のテラスにある、世界の海の水平線写真(杉本博司の「タイム・エクスポーズド」)が並ぶ空間では、謎の美女がボンドに近づく。壁の隙間から見える浜辺の岩壁に設置された何かの反射光に、ボンドは気付く。
「CRY AND DIE」「CRY AND LIVE」「SMILE AND DIE(笑って死ね)」「SMILE AND LIVE(笑って生きろ)」と五十個の動詞に「DIE」と「LIVE」が続く文字が次々と点滅するブルース・ナウマンの「100生きて死ね」の吹き抜け空間で、突然敵が襲いかかる。飛びかかるその瞬間、文字盤の文字全部がバッバッアと一斉について辺りはショッキングな明るさになる。
ボンドはたどり着いた。不思議な光が涌いてくる壁の前に。(ジェームズ・タレル「オープン・フィールド」)ボンドが光の中に一歩踏み出すと、壁と見えたものが消え、そこは光に満たされた、光の中に心が溶けていくような空間だった。光の中に美女の顔が見えたと思った瞬間、ボンドは敵に捕縛された。
映画のクライマックスは、ウォルター・デ・マリアの「タイム/タイムレス/ノー・タイム」をご神体のように祭る神殿のような空間。
(~写真は地中美術館パンフレットより)
黒い巨大な球の鎮座する白い空間の階段でボンドがスペクターの団員達と乱闘する。団員達の服装は、上下白のパンツスーツに斜め掛けしたポシェットという新興宗教信者のような今のスタッフの制服そのままでOK。
ついに悪の組織スペクターの首領登場。神殿の白い空間、黒い巨大な花崗岩の球の向こう、空から自然光の降り注ぐガラスの真下に立つ白装束の首領(この美術館を設計した人のイメージ)。
このステージでの負けを悟った首領は、ポケットのスイッチを押した。すると、球体であるにもかかわらず今まで不動のご神体だった黒い球が、突然動き出し、階段をボンドの方に向かって転げ落ちていく。その間に球の下に隠されていた、ヘリポートに繋がる秘密の通路から首領は脱出し、日本各地にある彼の設計した要塞に向かって飛び立った。
ミッションを終えた水着姿のボンドが、美女と一緒に黄色い南瓜のある突堤から、美しい瀬戸内海に飛び込む。
流れるテーマソング
♪タンタカタンタン タンタカタンタン タンタカタンタン、
ヒュヒュー ヒュヒュヒュー♪
ところで、今回のボンドのミッションは何だったのだろう?