星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

なかそら

2012-12-11 | 持ち帰り展覧会
幼い頃、家の流しの縁で塩をかけられて、透明になっていくナメクジをじっと眺めていた記憶がある。あの時、消えてなくなるのだと思っていた。
後に、浸透圧で水分を失うだけで消えるわけではない、と知った。
万物は全て変化を続けながら存在しているのだ。

それでも、夫の浮気相手をナメクジと名付け、私の涙で消して見せるわという妻の物語に、私は感動する。(涙の塩分て何%ぐらいだろう?)
消せないとわかっていても、消せるものなら消してしまいたい。と思うことがあるのだ。
もっと強い心を持ってる人は、変化をじっと眺め続けることができるのかもしれない。

宮永愛子の作品を見て、そんな物語を思い出した。この椅子に座っていた人は消えたのだ。

     
 (nakasora~waiting for awakening)

以前、国立国際美術館の「モジリアーニ展」を見に行って、モジリアーニが消えて塩田千春の赤い糸に絡まれて帰った経験がある。
今回は、「エル・グレコ展」を見に行って、「宮永愛子~なかそら」展の方を持ち帰ってしまった。
   

ナフタリンという常温で昇華する素材でつくられた作品は、時の経過とともに形が変化していく。最初から変化をテーマにした作品だ。
ケースの内側には、形を抜け出した細かい断片が張り付いている。
モノを閉じこめても、時間を閉じこめることはできない。 

 
       (nakasora~puzzle(透き間)-)


 (nakasora~bebinning of the landscape景色のはじまり)

キンモクセイの葉脈をつないだ大きな作品。これは作者がつないだ時間を想像する。
葉脈は水の流れ。水脈は風に揺らぐ。
不安定で美しくはかない黄金色の心の幕。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする