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星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

西瓜地蔵

2025-08-13 | 五七五


   暑かろうスイカがあればのりきれる踏切横の地蔵様言
   
   
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雲の水平線

2025-04-02 | 五七五



   僕はいま水平線の向こうから泳いで来たよと休む美かえる

兵庫県立美術館屋上のフロレンティン・ホフマン作「Kobe Frog」2011、愛称美かえる
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雲に乗りたい

2025-02-12 | 五七五
 

    ひとり旅歩道橋から雲に乗る

スピード感あるものの飛行を追って振り返った時に見えた、雲の停車場のような歩道橋。
撮った後、手のひらのスマホを見下ろして視線を歩道橋に戻すと、写っていた人は消えていた。
え?え?
もう、本当に、雲に乗った?

ゆっくり近付くと、普通に道を向こうに歩いていく後ろ姿が見えた。
歩道橋には向こう側に下りる階段があったのだ。
でも、この場合、なぜ彼女は階段を上る必要があったのだろう?
やはり、雲に乗りたかったのでは。
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訪問者

2024-12-03 | 五七五


    
     布はさむベランダ勤め20年時々来るわ細足の彼

賢そうなカマキリが物干し竿の上で、さっきから立ち止まったまま動かない。
21世紀になって買った記憶がない古い洗濯の友は、グラマラス。
       
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青紅葉

2024-06-04 | 五七五
    


今年は臨港線の林檎園は豊作みたいと、喜んだ日。
美術館の裏庭で、見つけた。
きっと今までの人生でも見ていたはずだけど、出会ったのは今日が初めて。

    

      大発見プロペラついてる青紅葉

      種トンボ木洩れ陽のなか飛ぶを待つ

 
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お疲れ様

2021-12-31 | 五七五

            ~アントワネットの田舎家

   わたしまで届く光の長き旅 生かされている朝の深呼吸



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10月の朝の顔

2021-11-14 | 五七五
   朝顔に水をやったとライン来る 1輪咲いてる写真を添えて

  

10月初旬、病院で点滴三昧の8日間を過ごしていた。
夫から「水やったよ」と朝顔の写真が届いた。
ベランダには他の花も咲いているはずなのに。
蔓がぐるぐる巻きの今にも枯れそうな小さな鉢植えの朝顔の写真だけ毎朝届いた。
朝顔は夏休みの花だと思い込んでいる夫は、青い朝顔が10月に毎日咲くことが
まるで自分のおこした小さな奇跡のように感じているようだった。
小さな奇跡を人は起こせる。

青い朝顔は、11月になってもまだ時々咲いている。
朝顔は、朝の明るさを感じて開花するのではなく、暗闇を感じてから約10時間後に開花する、という。日没の早い今頃は、夜明け前のまだ暗い闇の中で咲き始めている。
うちの健気な青い朝顔は夕方になると、しおれて赤くなる。

私の腕の青い筋、素人目にはこれぞ血管という青い筋は、点滴の針を射すほど太い血管ではないことを知った。赤く太い血管は確かに流れているが、なかなか見つからなかった。

  八日間水耕栽培された秋 枯葉を見ると勝った気がする
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スーパームーン

2020-04-07 | 五七五
  
     マスク着け顔半分が日に焼けぬそんな季節の前に収まれ

という東大路エリカさんの短歌が朝日新聞に載ったのは、3月22日。
どうやら化粧せずとも日焼け止めが必要な季節になってしまった。

     四月満月スーパームーンに冠なし光受け取る

スーパームーンだから?ほぼ一か月ぶりにお化粧した今日、クレンジングクリームで落としていたら、思いっきり薬指を鼻の穴に突っ込んでしまった。
こんな時、つくづく自分は無駄に齢だけ重ねてきたと思う。
   
             
                  ~友人の家の冷蔵庫にかかっている、石川九楊さんの軸

落ち着いて、元気なものを探そう。

あったー!手にズシッと力寄せてきた大きな晩白柚(ばんぺいゆ)!
       

まるでお月様が掌に落ちてきたみたい。
中身は淡泊だけど爽やかな味、てっぺんはお風呂の香りに、厚さ3cmの皮はピールに。

    半分は崩れてジャムに晩白柚ピール苦くて新しき味

なんだかお家の中で、時間がたっぷりある、今しかできないことが沢山ありそう。
たとえば、『アリババの猫がきいてる』(新藤悦子著)みたいに、
ここにあるこのモノは、いつ、どこからきたの?どうしてきたの? 
と、考えてみるとかね。

そういえば、今使っているマスクは、随分前から我が家にあったモノ。そう、あの時買ったのだ。
2009年5月のこのブログを久しぶりに読むと、「休校中」だけど、今よりはるかに牧歌的な気がする。
でもね、あの時だってどうなるのか、わからなかった。ラスコーのクロマニョン人から851代目はきっと22世紀まで生き延びる。

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ヒメジョオン

2019-09-11 | 五七五
どうしよう、この春、ヒメジョオンと仲良しになってしまった。
道を歩いていて彼女に気がつくとつい目がいって挨拶してしまう。

    
     
中学生1年の秋、田舎の畦道に咲くコスモスと仲良しになった時とほぼ同じ感覚。
コスモスが風に揺れていると、いつしか一緒に風にゆれている。
風景の中で彼女たちを見つけては同化していた。
当然のように、私はコスモスの咲く世界の住人になっていた。

あれから半世紀近く経って、私はヒメジョオンの咲く世界の住人になった。
雑草であるヒメジョオンの登場回数は、コスモスの比ではない。
バス停のコンクリートの割れ目にも咲いていて、もう私の歩く世界中に咲いている。
その度に、心の中で「ヒメジョオン♪」とよびかけてしまう。
雑草を友としたら、こんなに世界が豊かになる。
もしかしたら、私は魔女に一歩近づいたのかもしれない。

  

              

夏の終わり、ヒメジョオンも少なくなった頃、
「雑草のように、人も案外健気に頑張って生きてるんだよ」
と呼びかけた。

 大きさは22ミリと同じだね 少し嬉しいバカップル
 
 宇宙には22ミリの星もあり 互いの生還祝う記念日 

確かなことは、いつか必ず死ぬということ。
この世に生まれて来たことが奇蹟なら、
今ここで生きていることも奇蹟。
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鯉のぼり

2017-05-05 | 五七五
原田の森の屋上に人が寝ている。
(山村幸則『空をみる』)~木が踊ってる

屋根の上 5月の空は眩しかろう

ギャラリー東館では、山村幸則さんが、屋上で鯉のぼりを振っている『風を待つ』という映像作品が流れていた。

鯉泳ぐ 眼に見えぬ風と力を見せる人

第1部は、曇り空の下、山村さん一人で渾身の力で竿を持ち、風を待ってなんとか鯉のぼりを泳がそうと頑張ってみるが、やがて力尽きてうずくまる。


第2部では、晴れゆく空の下、奥さんと男女小学生の子供二人といっしょに登場し、風が吹くと4人がぐるぐる周りながらも、力合わせて竿をたてる。人間の一家が頑張っているので、鯉のぼりの一家も楽しそうに空を泳いでいる。


10分くらい一家の奮闘は続き、風が止まったので、お疲れ様でした、と終了する。
見ていて、屋上にビュンビュンと吹く風の力を感じる、爽やかな気持ちのいい映像だった。

池よりも空や球場泳ぐ鯉 

そう、私は、五月の空に泳ぐ鯉のぼりが好きな、カープファンなの。
尼崎信用金庫のとても感じのいい女子行員さんからタイガース定期預金「猛虎大願」への預け替え誘いの電話がかかってきたのに、結局足を運ばなかったのは、きっとそのせいだと思う。野球が特別好きでもないのに、自分が思っている以上に、広島という街で青春を送り、赤ヘル軍団の初優勝をリアルタイムであの街で経験したことの余韻は大きい。時々、古葉監督や衣笠選手が泊まっていたホテルの売店でバイトしていたと自慢したりする。

白浜に向かう単線の列車の窓から見る、和歌山のかなり田舎の風景の中でも、民家の庭の鯉のぼりは2カ所でしか確認できなかった。20年くらい前に、九州の杖立温泉で川の上で大量の鯉のぼりが泳いでいるのを見て以来、あちらこちらで、例えば桜の季節の終わった夙川でも、集団で鯉のぼりが泳ぐようになった。でも、何だかあれは違う。
私の好きな鯉のぼりは、山村幸則さんのように、鯉の一家が大空に泳ぐもの。

アドベンチャーワールドの、パンダ舎の側で今年も『浜一家』の鯉のぼりが風に泳いでいた。その側で永明父さんは、もくもくと笹をかじっていた。



晴天下父さん今日も笹かじりパンダであること人であること

昨日、万博記念公園の、太陽の塔の隣でも、大きな鯉のぼりが泳いでいた.
~なんだか嬉しそう

久しぶりに、1970年以降に世界70カ国から送られた樹木の種から育った森を歩いた。

  こんにちはこんにちは世界の国からやってきた木々の緑が眼にささる

~アメリカ館のあった辺り

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かろうじて親子丼

2016-12-19 | 五七五
正論を言ったつもりで眉寄せる 銀杏散っては枝寒し街
 
 間違いを指摘された時、それが的を射てる場合は、より怒る人がいる。ということを、久しぶりに思い出した。言っても無駄だと人は言うけど、言わなければ自分が前に進めない。しかし相手に伝わらないとどうしてだんだん眉間に皺が寄るのかしら?自分は今日きっととても醜い顔をしていた。

美味しいわ 親子丼食べる母 優しくないと意味無き日々に
 
 時々真面目になって「生きていてもしょうがない」という母の、生きるスイッチを確実にonにする食べ物は、今のところ親子丼。優しい言葉には優しい言葉が、きつい言葉にはきつい言葉が返ってくる、という人間関係のイロハみたいなことを、なぜ母親相手に検証しているのかと自分で思う。なかなか優しい言葉をかけられないエラそうな一人娘は、いまだに母に甘えているのかもしれない。あくまで娘であることで25年後の自分と向き合うことを避けようとしている。


シクラメン モンロワールのチョコサンタ 金のリボンで日記をとじる
 
 いただき物の多い日、信州から蜜林檎も届いた。

「人が天国に持っていけるものは、他人に与えたものだけなんだよ」

と、いつか誰かが私に言った。
無信仰の私だけれど、今日誰かのために何かできたか考えてみる。

そうだ、親子丼は、天国に持っていけるかもしれない。次はもっと美味しくつくろうっと。
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サクラチル

2016-04-13 | 五七五
  サクラチルで始まる春も桜咲く

まだセンター試験も始まっていない何十年か前の春、「サクラチル」という一通の電報が私のもとに届いた。
信じられなかった。予想問題が的中した世界史と数学は完璧な答案が書けたという自信から、私は合格を確信していた。不合格なんて思ってもみなかった。
身体も思考も硬直したままの時間。言葉が出てこなかった。家族も無言だった。
その夜、いつものように着物姿で碁会に行っていた父が、何か叫びながらドタドタと走って帰ってきた。「○○~、合格しとるぞ~」???
個人情報保護法のある今日では信じられないことだけど、当時はラジオで夜中に大学の合格者発表があったのだ。「○○大学、合格者、○○○○」
やがて、大学から合格者宛の分厚い封筒が届き、私にもサクラサク春が来た。

大学に入学してから、受験当日大学正門前で電報を依頼した「陶芸研究会」なるものを探したが、大学内に該当する研究会はなかった。まあ逆の「サクラサク」という電報が来て実際には不合格だった、というよりは、はるかに罪は軽い。
その後、就職試験で挫折を味わい、「サクラサク」の後は必ず「サクラチル」のだと悟ったような大人になった。
今年の春も桜は咲いて、散っていった。

  二人から三人になる新学期わたしは介護科一年生

4月から、いよいよ本格的に母との同居生活が始まった。
母は2月に路上で転倒し、大腿骨を骨折して手術、大腸癌も見つかり切除手術。初期で転移なしと、I先生が言ってくれたエイプリルフールの日、ようやく退院した。40日ぶりに下界に戻った母を満開の桜が迎えてくれた。
同居3日目、おむすび持って、25本の桜が満開の近所の公園にお花見に行った。曇り空に時々太陽が出てくると驚くほどの熱線を感じる。春休みの少年達がサッカーをしている。桜の木が集まる場所には、老人会の横断幕がかかっている。ゆっくり歩く人達が、時間差で集まってきて、ついに50人くらいの団体になった。そんなゆっくり老人会を遠目に見学しながら、桜の下のベンチに坐り、バスケットを開ける。あちらにもお弁当が配られている。しばらくすると、アコーディオンが流れ、マイクを持った人が歌い始めた。昭和20年代に青春時代だった人々にとって懐かしのメロディが続く。あっ、母の頭も揺れだした。

♪古い上着よさようなら♪さみしい夢よさようなら♪青い山脈~♪(西条八十作詞)
「しかし、その上着は捨てなかっただろうな、この世代の人達は…」と、今まで一人暮らしをしていた母の部屋を整理している私は思う。石鹸、ティッシュペーパー、ラップ、貼り薬などの膨大な買い置きに驚く。1970年代石油ショックの時トイレットペーパーを買い溜めしたのは、戦中戦後配給切符持って並んだことが原体験としてあるこの世代の人達に違いない。
最近母は、表情が乏しくなって以前のように他人への配慮も忘れかなり自己中心になっている。しかし、薄いピンクの光の中で、公園でサッカーをしている子供達へ注がれた母の目線は、なんとも優しく、桜の下のその横顔をみていたら、とても嬉しくなった。

「良かったね。母さん、今年もお花見できたね。」

私達がベンチに腰掛けておむすび食べ始めたら、サッカー少年の一人が、新型の青い自転車に乗って前を通った。「いいねー」と母がいう。見ていると少年は向こうのベンチに置いたリュックを、満開の桜の根元に置き換えた。お年寄りがベンチに座れるように置きっぱなしのリュックをのけてくれたのだと思う。それを見て、リュックの持ち主らしい三角顔の少年が駆けつけた。聞こえないが「何でこんなところに置くんだ?」と彼を責めている様子。リュックを移動した顔の丸い少年は頬を染めて桜の根元を見ながら黙って笑っている。彼らは、このままの立ち位置で大人になるのかなぁ。
「心優しき少年よ、君の優しさに気づく人もいる。桜の木はちゃんと見てるわ。」
少年も、老人も、一緒に、桜色の世界で微笑む時間。
母が生まれた昭和の初めには、こんな少年達が遊ぶ姿を見ながら、「彼らもやがて兵隊さんになるんだなあ」と大人は思っていたのだろうか。そんな時代が訪れませんようにと、桜の下で真剣に祈る。桜の木の下では、遠い時間が突然訪れたりする。
 
  サクラサク人が集まり時重ね思い重なりサクラチル
 
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2015年秋

2015-09-14 | 五七五
戦争をしない国からする国へ変わろうとする国の主権者

反対と大きな声で言わないと自分許せぬそんな気がする

終末期残る命で反対叫ぶそんな大人がデモする三宮
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真夜中のセミ

2014-07-22 | 五七五
午前0時05分、突然一匹のセミがじーじーと鳴き始めた。

昼間と勘違いしたのかしら。

5分くらいたって、ふうっと音が消えた。

もしかしたら、闇の中で、最後の力をふりしぼった一声だったのかもしれない。


  どのように生きるも自由と一匹の蝉
   

  今の今自分のいのちみつめてる友にエールを届けたき夜
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ウサピョーン

2012-10-19 | 五七五
美術館からウサギが跳びだしてきた。
          
  ウサピョーン! …どこいくの?
         夕日を見にウサピョーン!             
      そして、ここで待つ   …夕日を?少し方角が違わない?

         

一夜明けて
 
    …会えたんだね。良かったね。

宍道湖に面している島根県立美術館の庭には、藪内佐斗司さんの「宍道湖うさぎ」12体。
近くの玉造温泉街の川沿いには、藪内佐斗司さんの「神話の情景」シリーズのが9体。
その中で一番可愛い像は、因幡の白兎と大国主命(おおくにぬしのみこと)。

神無月神在る所訪ね行く

勾玉は涙の形に似ていると微笑む彼女の目の形似る

うさぎ二羽 月夜の晩にぴょんぴょんとワニの背渡り新婚旅行
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