落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(11)

2017-05-18 18:43:48 | 現代小説
オヤジ達の白球(11)
 飽きっぽい男



 居酒屋「十六夜(いざよい)」の閉店時間がちかづいてきた。
祐介がいつものように、厨房で洗いものをはじめる。
常連客がひとり、ふたりと勘定を済ませて帰っていく。


 カウンターに北海の熊。小上がりにゴム職人の岡崎が残る。
この2人は、いつも看板間際まで飲む。それもまた、いつものことだ。
「どれ」熱燗をもって、北海の熊が立ち上がる。


 「おい岡崎。ずいぶん熱心に坂上の話を聞いていたな。
 今度は何だ。坂上のやろう今度は何に熱を上げ始めたんだ?」

 「ソフトのウインドミル投法をマスターして、投手になるそうだ」


 「えっ、ウインドミルをマスターしてソフトボールの投手になる?。
 あいつがか・・・。
 笑わせるな。そんな簡単にウインドミルがマスターできるものか。
 センスのある人間が普通に練習したって、早くて3年はかかる。
 無理無理。まして運動音痴のあいつのことだ。
 10年経ったって絶対に、ウインドミルで投げられるものか」


 「ずいぶん自信たっぷりに言い切ったな。
 俺もそんな風に思うが、やっこさん、今回だけはずいぶん熱をあげていた。
 何がなんでもウインドミル投法を身に着けるって、張り切っていたぜ」

 「いつものことだ。信じることはねぇ。
 いつものようにまたすぐ挫折して、諦めるさ。
 3日と持たず挫折する。そのくせすぐにまた、懲りずに新しい夢を見つけ出す。
 それが坂上という男だぜ。
 長続きしたものがこれまで、なにひとつないんだぜ。
 そのことは同級生のお前さんが、何よりもよく知っているだろう?」


 「たしかにあいつは長続きしねぇ性格だ。
 大騒ぎではじめるが、3月もしないうち、熱が冷めて挫折しちまう。
 たしかにいままでなにひとつ、長続きした趣味がねぇなぁ」


 「ほら見ろ。ゴルフだってそうだった。
 義理の兄貴から使い古しのゴルフセットをもらったのがはじまりだ。
 ろくに練習しないうち、ここのゴルフコンペに誘われた。
 よせばいいのにあの野郎、かるい気分でここのゴルフコンペに参加した。
 結局140打も打って、ぶっちぎりの最下位だ。
 ところがあの野郎、懲りずにまた半年後のコンペに参加した。
 そんときもまた最下位の130打。
 当たり前だ。
 ろくに練習しない人間が、簡単にゴルフがうまくなるはずがねぇ。
 スポーツを舐めているんだ。あいつは根っからそういう男だ」


 「そういえばロードタイプの自転車にも手を出した。
 格好いいからと3何円くらいのロードバイクと、乗るための衣装とヘルメットを
 まとめていきなり買って来た。
 だが夏は暑すぎるから嫌だと言い、冬はからっ風が吹いて寒すぎるから
 乗るには向いていないと、結局のところ乗りもしねぇ。
 いまじゃ玄関でほこりをかぶったままだ」


 「テニスもやったはずだ。
 しかし。3回コートに顔を出しただけで、うまく当たらないからとすぐ諦めた。
 卓球なら簡単だろうと倶楽部に入ったことがある。
 しかしそこでも小学生たちにコテンパンにやられて、一週間でやめた。
 あいつはなにをやらせても、長く続いたためしがねぇ。
 飽きっぽい性格ということもあるが、何事にも努力が必要だという事実を、
 なにひとつ理解していないからだ。
 救いようのない愚図な性格の持ち主だ、坂上って野郎は。
 だがよ。何でまた急に、ソフトボールのピッチャーなんか目指し始めたんだ。
 あっ・・・もしかして、例の謎の女のせいか、ひょっとして!」


 「おう。まさにそのもしかしてだ。
 あの野郎。例の謎の女の気を引きたくて、今度はソフトボールの
 ピッチャーになるそうだ」


 動機は不純だが、今度こそ本気だと怪奇炎をあげていたぜあのやろう。
と岡崎が、みじかい溜息をつく。
あいつの病気は救いようがねぇからなと、ビールに濡れたくちびるを舐める。

 
(12)へつづく

 落合順平 作品館はこちら

オヤジ達の白球(10)坂上の決心

2017-05-17 19:50:56 | 現代小説
オヤジ達の白球(10)坂上の決心




 「その通りだ。晴天の霹靂だ。まさに予想外の出会いさ。
 帽子を目深にかぶっていたので、最初は誰だかまったくわからなかった。
 だけどよ。向こうから先に、丁寧に頭を下げてきた」


 「むこうから先に頭を下げた?・・・ということはやっぱり例の謎の女か!」


 「挨拶されて、顔を確認したとき、俺も腰が抜けるほど驚いた。
 帽子の下の顔は、あの謎の女だった。
 可愛い顔をしているくせに、ソフトボールの公式審判員なんかやっているんだぜ。
 驚くだろうぜ、普通・・・」


 「へぇぇ・・・・あの女が、ソフトボールの公式審判員ねぇ。
 人は見かけによらねぇもんだ。意外だねぇ・・・」



 坂上を囲んだ男たちの口から、なんともいえないため息が漏れる。
想定外の事実だ。
ふらりとあらわれる女から、健康的なスポーツの匂いは感じない。
むしろ。どこか暗い影さえ漂っている。
女のイメージと、公式審判員をしている姿がすぐには結びつかない。


 「・・・で、どうした、そのあとは?」


 熱燗を握りしめた北海の熊が、じりっと坂上へ詰め寄る。


 「そのあと?。
 そのあとも何も、あとは普通に、ソフトの試合をしただけだ。
 あの女も球審したり、3塁の塁審なんかをしていたぜ」


 「バカやろう。試合の事なんか聞いてねぇ。
 謎の美人の公式審判員が、どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、
 未婚なのか、バツイチの子持ちなのか、そういうことを俺たちは知りたいんだ。
 そのあたりの情報はいったいどうなっているんだ?」



 「何言ってんだ。知るわけがないだろう、そんな個人なことなんか。
 親睦ソフトの大会にやって来た公式審判員のひとりが、例の女だったという事実だけだ。
 悪いか。それ以上の情報を拾ってこないで?」


 「やっぱりな」。あきらめの色が、男たちのあいだにひろがっていく。
「肝心なことがちっともわかっていねぇ。こいつに期待した俺たちが馬鹿だったぜ」
男たちがいっせいに坂上から離れていく。
熱燗をぶら下げた北海の熊も、「使えねぇな。救いようのない阿呆だ、この男は」
カウンターの定位置へ戻っていく。


 「な・・・なんだよ。
 みんなしていきなり、手のひらを反すようにいっせいに解散しやがって。
 まるで俺が、何か失態をしでかしたみたいじゃねぇか」

 「しでかしたんだよ、その失態を。いいか坂上。よく聞け。
 みんなが聞きたいのは、なぞの美女の個人情報だ。
 休みのとき、ソフトボールの公式審判員をやろうが、相撲の行司をやろうが
 そんな事はどうでもいいことだ。
 熊が言うように、もっとましな情報を拾って来い。
 期待した俺まで、なんだか損した気分になっちまったぜ」


 同級生の岡崎が、チェッと露骨に舌を打つ。


 「そういうなよ岡崎。
 話はそれだけじゃねぇぞ。実はいい話がもうひとつ有る。
 耳よりの話だ。
 こいつは間違いなく、ビッグニュースだ。
 どうだ、聞く気は有るか?」

 「耳よりの話がある?。しかも、ビッグニュース?。
 大した情報も持ってこないピンボケ野郎のくせに、よく言うぜ。
 まぁいい。同級生のよしみだ。
 酒のつまみに聞いてやるから、小さな声で言ってみな」


 「実はよ俺。一大決心をしたんだ」


 「一大決心だって?。お前さんが?。へぇぇ珍しいことがあるもんだ。
 昔から飽きっぽくて、何をやっても長続きしないお前さんが一大決心したのか。
 面白い。興味があるねぇ。なんだ早く言え。聞こうじゃねぇか」


 岡崎がグラスに残った日本酒を、グビッと音をたてて呑み込む。
 
  
(11)へつづく

 落合順平 作品館はこちら

オヤジ達の白球(9)公式審判員

2017-05-16 18:31:40 | 現代小説
オヤジ達の白球(9)公式審判員


 
 「その責任を取らされてうちの地区は今季、出場を自粛中だ」


 「あたりまえだ。今季どころか、無期限出場停止でもいいくらいだ。
 おまえたちのせいでソフトを辞めた人間が、何人もいるんだぜ」


 「俺たちのせいにするな。
 ろくにソフトを好きでないメンバーばかり集めているから、そうなるんだ。
 勝つためなら何でもする。審判を買収してどこが悪い」


 「まったく反省していないのか。呆れた奴だな、おまえは」


 「多少の反省はしているさ。
 そうか今回はジャッジの公平を期すために、公式の審判員を呼んだのか。
 最初から公式の審判員を呼んでおけば、去年のような騒動はおこらなかった。
 遅すぎるぜまったく。町のソフトボール部会の動きは」

 「よく言うぜ、まったく。
 もめ事の原因を作った張本人のおまえが。北海の熊」



 「だからよ。そいつはそっくり、おまえさんのチームへ返してやる。
 俺たちが買収したのは素人の審判たちだ。
 すこしくらい判定が甘くても、我慢するのが大人の配慮というもんだ。
 おまえらの我慢が足りないせいで、乱闘に発展したんだ。
 責任をとっておれらのチームだけが、いまだに活動を自粛中だ。
 喧嘩といえばほんらい、公平に、双方を成敗するもんだ」


 「バカ言ってんじゃねぇ。
 巻き添えを食って、おれたちまで出場停止にされてたまるか。
 頭にきた。ここで決着をつけようじゃねぇか!。
 あのときは町の役員連中が仲裁に入ったから、不完全燃焼のまま終わりになった。
 鬱憤はまだ、たっぷり残っている。
 どうだ、これから、一対一で決着をつけようじゃねぇか!」


 「面白れぇ。売られた喧嘩だ。真正面から受け立つぜ!」

 
 北海の熊が、両腕をまくりあげて立ち上がる。
「上等だ」消防士あがりの寅吉も、レスキューの帽子を投げ捨てて立ち上がる。
「待て待て、2人とも。いまはその話をする時じゃねぇ。冷静になれ2人とも」
岡崎が両手をひろげて仲裁に立ち上がる。

 
 「まったく。すぐカッとなるんだから、おまえさんたち2人は。
 喧嘩をしている場合じゃねぇ。いまは坂本の話を聞く方がさきだ。
 で、町が手配したその公式の審判員がいったいどうしたって?。
 謎の女とどんな関係が有るんだ?」


 仲裁に入った岡崎がじろりと坂上を見下ろす。


 「まぁ、まて。あわてるな。まずは乾いた喉を潤してからだ。
 勿体ねぇじゃねぇか。
 注ぎたての生ビールが俺の前にずらりと4杯も並んでいるんだ。
 ぜんぶ呑んでから、仔細をゆっくり話すからよう」


 ぐびりと喉を鳴らし、坂上が生ビールの一杯目を飲み乾す。
中ジョッキが15秒ほどで空になる。まったく見事な飲みっぷりだ。
よほど喉が渇いていたのだろう。
空になったジョッキをテーブルへ置いた坂上の手が、2杯目の生ビールへ伸びる。
その指先を岡崎がぴしりと叩く。


 「おい。おまえも、調子に乗るのもいいかげんにしろ。
 みんなお前さんが、ビールを飲むのを見るために集まっているわけじゃねぇ。
 女の話を聞きたがっているんだ。
 2杯目のビールはあとにしろ。いいから、いいかげんで見てきたことをぜんぶ話せ」


 「市の審判部から、4人の公式審判員が派遣されてきた。
 驚くなよ、おまえさんたち。
 なんとその4人の中に、女の審判員が混じっていたんだ」


 「別に珍しくものなんともないだろう。
 群馬と言えば、女子ソフトボールの強豪県として有名だ。
 去年。福岡から日立高崎ソフトボール部(注・現在はビッグカメラ)へ入った
 上野由岐子ってピッチャーは凄いぞ。
 高卒ルーキーのくせにいきなり、史上初の2試合連続の完全試合をやってのけた」


 「それだけじゃねぇ。
 上野は1999年の世界ジュニア選手権で、日本チームを優勝に導いた。
 なんでも10年にひとりの逸材だそうだ。
 そんなすごい女の子がわざわざ九州から、片田舎の群馬までやって来るんだぜ」


 「日立高崎ソフトボール部だけじゃねぇ。
 群馬にはもうひとつ、太陽誘電という強豪チームがある。
 1987年から26年間、1部リーグに在籍しているチームでリーグ優勝は通算6回。
 準優勝も3回。こっちも伝統ある名門チームだ」


 「女子ソフトボールが盛んな背景を考えれば、女の審判員なんかちっとも
 珍しくなんかないだろう。
 ん?・・・・ちょっと待て。その女の審判員というには、もしかして・・・・
 不定期にここへ現れる例の、あの謎の美女のことか。もしかして!」
 
(10)へつづく


 落合順平 作品館はこちら